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加賀 出会い編 5話

警察庁━

【公安課】

加賀教官の恋人役として潜入捜査に参加することになった私は、
教官に付いて警察庁の公安課ルームに出入りすることが増えた。

加賀

おい、そこのファイルよこせ

サトコ

「はい」

加賀

あとそっちの‥‥

サトコ

「あ、これですね」

渡したファイルに関連したもう一冊のファイルを渡すと、加賀教官が微かに目を細める。

サトコ

「教官?」

加賀

なんでもねぇ

サトコ

「?」

兵吾さん、ちょっといいですか?

加賀

どうした

例のヤマで、ホシの事務所に潜入していたシゲさんと連絡が取れないんです

加賀

定期連絡は?

昨日の深夜を最後に、そのあとは来てません

加賀

‥‥‥

公安刑事A

「シゲのやつ、潜入捜査は得意なはずだよな」

公安刑事B

「向こうの手に落ちたんじゃないか?」

話の内容から不穏な雰囲気を感じて、その場に立ち尽くしてしまう。

サトコちゃん、悪いんだけどお茶淹れてきてもらえる?

サトコ

「は、はい」

そんなに緊張しなくていいよ

トン、と東雲教官が私の背中を軽く叩いた。

ほら、前にサトコちゃんの訓練そっちのけで兵吾さんがラブホで盗聴したことがあったでしょ

あの時のヤマなんだよね

うちから1人、捜査の初期段階から向こうに潜入していた山重さんって人がいるんだけど

サトコ

「その人と連絡が取れないんですか?」

そう。こんなに長い時間連絡が途絶えてるところをみると‥

(みんなが言うように、犯人の手に落ちた‥‥)

(でもそれって大丈夫なの‥?)

お茶を淹れてみんなに配っていると、バンッ!と乱暴に公安課ルームのドアが開いた。

上層部

「加賀、1人向こうに落ちたって本当か?」

加賀

やけに耳が早いですね

上層部

「あのヤマはたまたまお前の手が空いていたから担当してもらっただけだ」

「さっさとチーム員を切り捨ててこっちのでかいヤマの捜査に回れ」

突然現れた上層部らしき人が、加賀教官のデスクに資料を投げる。

(チーム員を切り捨てる‥!?それって、連絡が途絶えた潜入捜査員を見捨てるってこと!?)

(まさか‥加賀教官はそんなことしないよね‥)

でも私の願いもむなしく、教官は冷たい表情で資料を眺めた。

加賀

もちろん。あんなカスみたいなヤマじゃ物足りなかったところです

ありがたいですよ。早速チームを編成し直します

上層部

「ああ。これまでの方は適当に泳がせとけ。そのうち誰かに引き継ぐ」

上層部の人は満足げにうなずき、公安課ルームを出て行った。

サトコ

「加賀教官‥‥」

加賀

なんだ

<選択してください>

A:見捨てたりしないですよね?

サトコ

「まさか‥見捨てたりしないですよね?」

加賀

なんの話だ

サトコ

「犯人の手に落ちたかもしれないっていう、捜査員のことです!」

加賀

それは俺に助けに行けって言ってんのか?

サトコ

「加賀教官は、見捨てたりするような人じゃないと思ってるだけです」

加賀

そりゃ残念だったな。日ごろから俺が言ってる言葉、忘れたか?

サトコ

「それは‥‥」

B:どんな事件なんですか?

サトコ

「あの‥どんな事件なんですか?」

加賀

なぜお前が知る必要がある

サトコ

「もし、私で何か役に立てることがあれば‥あの、過去の資料探したり」

加賀

なに張り切ってんだか知らねぇが、お前にできることなんてひとつもねぇ

吐き捨てるように、加賀教官が私に言葉を投げつける。

C:助けに行きましょう

サトコ

「助けに行きましょう!犯人の手に落ちたなんて、放っておけないです!」

加賀

ご立派だが、お前に何ができる?

サトコ

「え‥‥」

加賀

潜入捜査もダメ、逮捕術も尾行術もまったく使い物にならない

お前のは、『助けに行きましょう』じゃなくて『助けに行ってください』だろ

サトコ

「そ、それは‥‥」

加賀

あいにくだが、俺は忙しい。役立たずのクズに構ってる暇はねぇ

(口では『クズは切れ』なんて言ってるけど、本当に見捨てるなんて)

(じゃあ、向こうの手に落ちた捜査員はどうなるの?絶対無事じゃすまないよ‥!)

加賀

歩、例の物は仕上がってるか

もちろん。いつでもいけますよ

ショックを受ける私の横で、東雲教官が加賀教官に小さなUSBを手渡す。

バックアップは取ってあります

加賀

ああ。しばらく留守にするからな、あとはお前がやれ

今日は直帰ですよね

加賀

ああ。そう簡単にはいかねぇだろ

サトコ

「加賀教官、出かけるんですか?」

加賀

お前、まだいたのか。さっさと校舎に戻れ

サトコ

「でも、まだ書類の整理が」

加賀

んなもん、明日でいい

東雲教官が渡したUSBをポケットに入れると、

加賀教官は誰にも何も言わずに公安課ルームを出て行った。

サトコ

「‥‥‥」

(どこに行ったんだろう‥もしかして、さっきの上層部の人が持ってきた事件の方とか‥?)

(でも、チームを編成するって言ってたし‥それより、連絡が取れなくなった捜査員のことは‥)

公安刑事A

「さーて、仕事仕事」

公安刑事B

「あの案件終わらせとかなきゃ、加賀さんが帰ってきたら怒鳴られる」

みんな、さっきの出来事などなかったかのように平気な顔で散って行く。

サトコ

「み、みなさん、さっきの人のこと放っておくんですか‥!?」

公安刑事A

「放っておくって言われても、オレたちにはどうしようもないからな」

公安刑事B

「こういうことには、口出ししない方がいいんだよ」

サトコ

「口出ししない方が、って‥だって」

サトコちゃん

意味深な微笑をたたえた東雲教官に呼ばれて、思わず駆け寄る。

サトコ

「東雲教官も、潜入捜査に失敗した人を見捨てるんですか!?仲間じゃないんですか‥!」

そういうことはあんまり大きな声で言わないの

それにみんなが言ったように、兵吾さんのやり方には口出ししない方が身のためだと思うよ

なんとなく他の人とは違って何か知っているような様子で、東雲教官が仕事に戻る。

(加賀教官のやり方に口出ししない方がいい?)

(教官がすごい人なのはわかってる‥でも‥‥)

その時、あくびをしながら奥の部屋から出て来た男性とぶつかりそうになった。

サトコ

「あっ‥申し訳ありません!」

???

‥ああ

室長、また昼寝ですか

???

お前らがうるさいから目が覚めただろ

(室長‥?そうだ、この人確か、公安課のボスの難波室長だ)

(室長なら、部下の危険をどうにかしてくれるかも‥!)

サトコ

「難波室長、初めてお目にかかります。公安学校在学中の氷川サトコです」

難波

はい、よろしく

その、氷川サトコさんがオレに何か?

どこか含みのある言い方に、思わず後ずさりそうになる。

(なんか、つかみどころのない雰囲気の人だな‥)

ぐっと拳を握りしめて自分を奮い立たせると、まっすぐに難波室長を見つめた。

サトコ

「あの‥山重さんという捜査員が、潜入捜査に失敗して犯人の手に落ちたかもしれないんです」

「でも、加賀教官もみなさんも、助けないって‥‥」

難波

加賀が?

あぁ、とめんどくさそうに、難波室長が視線を宙に泳がせる。

難波

基本、やり方はそこの班長に任せてるからなぁ

オレが口出しすることじゃねぇんだけど

サトコ

「そんな‥‥」

(思い切って相談してみたのに、室長まで仲間を見捨てるなんて)

難波

ああ、そういえばお前、今度の捜査で加賀の恋人役やるんだったか

サトコ

「は、はい。精一杯頑張ります」

難波

なら、その役の練習にちょうどいいな

加賀の行先なら思い当る節がある。恋人ならついてってみろ

サトコ

「ついてってみろ、って‥‥」

(加賀教官のあとを追えってこと‥!?でもそんなことしたら、あとで加賀教官に‥)

(いや‥でも、やっぱりこのまま知らないフリなんてできないし‥)

サトコ

「教えてください!加賀教官はどこに行っ‥」

難波

じゃ、あとは任せた

私の言葉を遮って、室長がさっさと出口へ向かう。

(任せたって‥と、とにかく教官を追いかけよう)

サトコ

「室長、ありがとうございました!」

お礼を言って室長の背中に頭を下げると、私も急いで公安課ルームを出た。

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【ビル】

室長に言われた通り加賀教官を追いかけると、とあるビルの中へと入って行くところを見かけた。

(室長が、加賀教官はたぶん、捜査員が潜入していた組織本部の事務所に行ったって)

(それってもしかして、捜査員を助けるつもりなの?でもさっきは‥)

あとを追おうか迷っていると、ビルから人相の悪い2人組が出て来た。

人相の悪い男A

「おいお前、こんなところでなにしてんだ」

人相の悪い男B

「お前、まさか‥さっきの警察ヤローの仲間じゃねぇだろうな?」

サトコ

「わ、私は‥!」

人相の悪い男A

「逃がしたら面倒なことになりそうだな。中に連れて行くぞ」

サトコ

「離してください!」

人相の悪い男B

「うるせぇ!」

(う、ウソ‥!)

抵抗する間もなく男たちに押さえつけられ、そのままビルへと引きずり込まれてしまった。

【部屋】

男たちに引っ張られて、ある部屋へと投げ込まれる。

そこには、組織のトップと思われる男性が座っているデスクに

堂々と腰を掛け、USBをちらつかせている加賀教官の姿があった。

人相の悪い男A

「外で嗅ぎまわっていた女を捕まえました」

人相の悪い男B

「もしかして、その男の仲間かもしれません」

加賀

お前‥‥

<選択してください>

A:あとを尾けてきたんです

サトコ

「じ、実は‥室長に教えてもらって、あとを尾けてきたんです」

加賀

‥余計なことしやがって

やっぱりお前は、まだまだ尾行術を学ぶ必要があるな

人相の悪い男A

「何ごちゃごちゃ話してんだよ!」

B:申し訳ありません

サトコ

「申し訳ありません‥!教官の足手まといに‥」

加賀

お前が足手まといじゃなかったことの方が少ねぇだろ

にしても‥俺を尾けてくるなんて、いい度胸だな

人相の悪い男B

「やっぱりこの男と知り合いでしたよ‥頭!」

C:何してるんですか?

サトコ

「な、何してるんですか‥!?」

加賀

それはこっちのセリフだ

お前には、さっさと校舎に戻れと命令しておいたはずだが

サトコ

「それは‥‥」

人相の悪い男A

「ごちゃごちゃうるせぇよ!頭、2人まとめてやっちまいましょう」

(や、やるって‥殺すってこと!?)

加賀

おい、三下

そいつは俺のだ。手を出すなよ

人相の悪い男A

「ひっ‥!」

私が現れても顔色ひとつ変えず、加賀教官は男たちに余裕の笑みを見せる。

加賀

で、どうする?交渉に応じるか、今すぐ監獄にぶち込まれるか、好きな方を選べ

組織トップの男

「ぐっ‥‥」

人相の悪い男A

「て、てめえ、この女がどうなってもいいのか!?」

私の腕を掴んでいる男が、見せつけるように大声を張り上げる。

加賀

好きにしろ、そのかわり、ソレと引き換えにこの組は跡形もなく消えるだろうけどな

だが、交換条件を呑むならコレは全部見逃してやってもいい

もう一度、加賀教官がトップの男の目の前でUSBを揺らす。

加賀

もちろん元データはこっちにある。俺に何かあれば、どっちにしろお前ら全員ブタ箱行きだ

さぁ、選べ

(あのUSBに、この組織の犯罪の証拠が入ってるんだ‥!)

組織トップの男

「‥わかった。お前のところの捜査官は帰してやる」

加賀

話のわかる相手で助かった

何ボサッとしてる。行くぞ

私を掴んでいた男の腕を振り払うと、加賀教官は目線を移す。

加賀

今後は逐一、そっちの業界の情報を報告するって条件も忘れんなよ

組織トップの男

「くっ‥わかってる!」

加賀

その取引さえしっかり守ってくれりゃ、お互い安泰ってわけだ

(こ、この状況で笑ってる‥‥)

改めて加賀教官のすごさを目の当たりにして、言葉を失ってしまう。

山重さんを抱えて部屋を出て行く教官を、急いで追いかけた。

【ビル】

ビルから出る際、連絡を絶っていた山重さんを見つけた。

組織の男たちに相当な拷問を受けたのか、身なりはボロボロだった。

山重

「加賀さん、すみません‥!もう少しだったのに、オレがトチッたばっかりに」

加賀

まったくだ。おかげでせっかくの手柄がパァだ

お前は根性もあるし、まだ使えそうな駒だから助けてやったが

サトコ

「加賀教官!そんな言い方‥」

加賀

だが、覚えておけ。ヘマばかりするクズはいらねぇ。次はねぇぞ

山重

「は、はい‥!」

加賀

まあ、こんな小せぇヤマで手柄立てるより、今後に活かせる情報源を手に入れたのはでかい

あの組織の連中には、せいぜい俺の配下として働いてもらう

口の端を上げて、加賀教官がニヤリと笑う。

(言い方は冷たいけど‥でも、この人を助けるために手柄を放棄したも同じなんだ)

加賀

おい奴隷

サトコ

「は、はい!」

加賀

そこでボロ雑巾みてぇになってる奴の手当てしてやれ

山重

「加賀さん‥ありがとうございます」

加賀教官はそのまま私たちを置いて、その場を立ち去った。

【屋上】

数日後

鳴子

「はー、今日の講義はキツかったね」

サトコ

「座学続きも大変だけど、実地訓練ばっかりも疲れちゃうよね」

鳴子と一緒に外の空気を吸いに屋上に行くと、

フェンスに寄りかかって煙草をふかしている加賀教官の姿があった。

鳴子

「見て見て!加賀教官、今日も偉そうでかっこいい!」

サトコ

「うん‥‥」

(いつもと同じ横顔なのに、どうしてだろう‥ついこの前までとは少し違って見える)

(あの冷たい表情の裏側に、仲間想いの一面が隠れているのかも‥)

鳴子

「ねぇ、教官に怒られる前に行こうか」

サトコ

「そうだね」

教官は私たちに気づいているのかいないのか、こちらに一瞥もくれない。

(頭にくることもたくさんあったし、ひどい人だと思ってたけど‥)

(もしかして、周りが言うような残忍で最低な人じゃないのかもしれない)

そう思うと、屋上の出口に向かいながらも、教官から目を離すことができなかった。

(本当の教官は、どんな人なんだろう‥‥)

教官の素顔が見たい。

無意識のうちにそんなことを思いながら、屋上をあとにした。

to be continued

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