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加賀 恋の行方編 1話

【客船】

その日、私たちは息をひそめて大型客船の中を探っていた。

(ターゲットは武装してるから、すぐにわかるはず‥)
(向こうにはいなかったし、あとはこの区画しか)

足音を立てないように慎重に進んでいく。
曲がり角で壁に背を押し当ててそっと向こうを窺うと、そこには誰もいないようだった。

(どうしよう‥このまま進むべき?それとも‥)

そっと拳銃を構えた時、スッとこめかみに硬いものが触れた。

サトコ
「‥‥‥!」

加賀
これで終わりだ

サトコ
「きょ、教官‥!どうしてっ‥」

ドンッ!

【船外】

加賀教官と一緒にみんなのところに戻ると、鳴子が残念そうな顔をする。

鳴子
「あ~あ、最後に残ってたサトコもやられちゃったか~」

サトコ
「ごめん‥加賀教官、全然気配がなくて」

石神
これで加賀班は全員脱落だな

私たちは、大型客船を貸し切って大規模な合宿訓練を行っていた。

(海上保安庁と合同で、武装したシージャック役の海保を制圧するために同期と潜入‥)

でも敵の中に教官たちが潜んでいることもあり、みんなどんどん脱落している。
その時、またこめかみに硬いものが触れた。

加賀
‥おい

サトコ
「きょ、教官!本物じゃないとはいえ、むやみに銃口を向けないでください‥!」

加賀
使えねぇ駒が、一人前な口きいてんじゃねぇよ
なんだこのくだらねぇ結果は

サトコ
「すみません‥」


加賀教官のチームは、一番最初に全員脱落しちゃったか

石神
普段からたるんでる証拠だ

颯馬
でも、相手が悪いでしょう。何しろ加賀教官に襲われたんですから

加賀
相手が誰だって関係ねぇだろ
これが本当の潜入捜査だったら、お前ら全員皆殺しだな

(加賀教官が言うと、冗談に聞こえない‥)

海保隊員
「いや、でも驚きました。加賀教官が最初の打ち合わせと違う動きをするから」


単独行動は、加賀教官の十八番ですから

加賀
知ったことか

サトコ
「ほ、ほら、海保の人たちも、教官の動きにびっくりしてますし‥」

加賀
向こうに知られてからじゃ遅ぇんだよ
欺くには、まず味方からだ

(確かにそうだけど、やっぱり加賀教官の動きは読めなすぎる‥)

思わず教官を見上げると、いつものように厳しい目で他のチームの動きを追っている。
私が加賀教官を好きだと自覚してから、少し経った。

(まだ自分の中でも、まだちゃんと気持ちを整理できてない‥本当に私、この人のこと‥)

加賀
‥‥‥

私の視線に気づいたのか、目線で無言の威圧をしてくる。

<選択してください>

A:見つめ返す

(ど、どうしたんだろう?何か言った方がいいのかな)

でも何も言えず見つめ返していると、その目が細められた。

加賀
なんだ?相手してほしいのか?

サトコ
「あ、相手‥!?」

B:普通に話しかける

サトコ
「あ‥あの、脱落してすみませんでした」

加賀
うちのチームでお前が最後‥
ってことは、ここはクソみてーに低レベルなチームだな

(ひどい言われよう‥だけど、一番に脱落したチームなのは否定できない‥)

C:後ずさる

サトコ
「な、な、なんでしょう‥」

加賀
まだ何も言ってねぇ

サトコ
「まだ‥ってことは、これから何か‥?」

加賀
そうだな‥

後ずさる私を追い詰めるように、加賀教官が意味深に笑う。

加賀
使えねぇ駒には、躾が必要か

サトコ
「し、躾‥!?」

加賀
このチームのリーダーはどいつだ

サトコ
「‥私です」

加賀
なら、このチームがクズなのはお前の責任だろ

サトコ
「‥はい」

加賀
あとでじっくり教育してやる

(教官、いま絶対、私がリーダーだってわかってて言ったよね)
(躾、教育‥だから教官が言うと、冗談に聞こえないんだって‥)

鳴子
「サトコ、大丈夫?顔が蒼い‥」
「と思ったら、真っ赤だよ。もしかして熱でもある?」

サトコ
「え!?だ、大丈夫‥」

(まずい‥教官が好きだなんて、周りに知られたら大変なことになる!)

でもそう思うと同時に、思い出すのはこの間のこと。

【資料室】

手元から落ちたファイルをかき集めた私が見たのは、数年前の連続爆弾事件の捜査資料だった。

(『加賀兵吾を除く、チーム全員が殉職』‥)
(殉職って‥捜査中に亡くなったってこと‥)

(結局あのことについて、教官に何も聞けてない)
(教官以外のチーム全員が殉職‥いったい、どういうことなんだろう‥)



【ホテル外】

訓練の夜、食事が終わるとひとりで散歩に出た。

(加賀教官は私の指導官、私は訓練生‥)
(恋愛なんて‥ましてや教官に恋をするなんて、そんなの、立場的に許されることじゃない)

サトコ
「‥‥‥」

(とにかく今は、変に意識しないように訓練生としての自覚を持って‥)

ナンパ男
「ねえねえ、一人で何してんの?よかったら俺らと一緒に遊ばない?」

声に立ち止まると、周りを見知らぬ男たちに囲まれていた。

サトコ
「いえ‥結構です」

ナンパ男A
「つれないな~そう言わないで!こんなところに一人でいるなんて、ナンパ待ちでしょ?」

ナンパ男B
「俺たちが相手してあげるからさ~」

男たちから離れながらも、冷静になるよう心掛ける。

(3,4,5人か‥意表をつけば、学校で教わった犯人への対処方でどうにかなるかな)
(でも万が一、一気に来られたら‥)

ナンパ男
「ほらほら、早く行こうよ!」

迷っている間に、男の一人にぐいっと腕をつかまれた。

サトコ
「やめてくださいっ‥」

ナンパ男
「いーじゃんいーじゃん」

サトコ
「いい加減、離してください!」

ナンパ男
「そんなに暴れないでよ~、ほらあっちに‥」

加賀
その辺にしとけ

私の目の前の男性の腕が、突然、真上にひねりあげられる。

サトコ
「教官!」

ナンパ男
「痛ぇ!離せよ!」

加賀
誰に向かって口きいてんだ

ナンパ男
「ああん?離せって言ってんだろ!」

加賀
喚くな、クズが

ナンパ男
「な、なんだこの男!おい、全員でやっちまおうぜ!」

5人が一気に教官に飛びかかったが、教官はあっさりと全員をねじ伏せてしまった。

加賀
相手の力量も読めねぇクズだったか

ナンパ男
「くそっ!覚えてろよ!」

捨て台詞を叫び、砂浜を転げるようにして5人は逃げて行った。

加賀
くだらねぇ

サトコ
「教官‥ありがとうございました」

加賀
こんなところをうろちょろするな。目障りだ

サトコ
「すみません‥」
「教官はタバコを吸いに来たんですか?」

加賀
全館禁煙なんて、どっかのバカが作ったルールだからな

そう吐き捨てるように言うと、ポケットからタバコを取り出して口にくわえる。
私はただ黙って、その横顔を眺めていた。

(助けてくれたのは偶然‥それとも‥)
(ダメだってわかってるのに、どんどん教官を好きになる‥気持ちを止められなくなるよ)



【学校 廊下】

無事に合宿も終わり、いつもの日常が戻ってきた。

鳴子
「サトコ、おはよう!今日も自主練のあとに来たの?」

サトコ
「うん。自主練って言っても朝は予習復習くらいだけどね」

鳴子
「でも夜は体を鍛えるためにジョギングしてるんでしょ?」

サトコ
「自分にできる範囲で体を鍛えるくらいはしようかなって」

鳴子
「えらいな~。ただでさえ毎日訓練とか講義でキツイのに」

鳴子と話していると、前を歩く加賀教官の背中が見えた。

鳴子
「あ、加賀教官だ」

サトコ
「うん‥」

鳴子
「今日も眉間に皺寄ってる~。はぁ、素敵‥」

(鳴子の気持ちわかるな‥教官は仕事もできて、かっこよくて、でも厳しくて鬼のような人で)
(‥いやいや!教官を好きになっても、絶対に脈はないし!)

サトコ
「私なんて、眼中にないんだろうな‥」

鳴子
「なんの話?」

サトコ
「ううん、なんでもないよ」

(私は、片思い‥なんて言っていられるような立場じゃない)
(とにかく今は、夢の刑事になるために訓練に集中!)

ポイントサイトのポイントインカム

【教場】

数日後、取り調べの講義が終わるとすぐ、加賀教官に呼ばれた。

加賀
このファイルを資料室に運んでおけ

サトコ
「わかりました。これで全部ですか?そっちのは‥」

加賀
ああ

たった一言の返事だけど、肯定の意味だと思い、残りのファイルも手に取る。

男性同期A
「すげえ‥あの加賀教官と通じ合ってる感じじゃないか?」

男性同期B
「さすが、伊達に『奴隷』って言われてないよな」

(うう‥もう奴隷は卒業したのに、あの噂は消えてくれないな)

ファイルを集めながらチラリと教官を見ると、ちょうど目が合った。

加賀
さっさとしろ、クズ

サトコ
「は、はい」

(全然通じ合ってないけど‥でも他の人よりは多分教官の考えてること、理解してるよね)

思わず緩みそうになった頬を引き締めた時、東雲教官が教場に入ってきた。


加賀教官、今いいですか?

加賀
ああ、終わったところだ


じゃあオレから説明しますね

東雲教官が、私たちの前に立つ。


次回の訓練から、より実践的なものに移ることになったから
具体的には、相棒を据えて密に連絡を取り合う、教官とのマンツーマンの訓練ね

教官の説明を聞いて、生徒たちがざわめき始める。

鳴子
「ねぇ、マンツーマンだって!なんかちょっと危険な響きじゃない?」

千葉
「いやでも、どの教官と相棒になるかによってかわってくるよ」

鳴子の隣に座っている、寮で知り合った年上の同期、千葉大輔さんが心配げな顔をする。


それじゃ、組合せを発表するよ。まず、加賀教官の相棒は‥

加賀
専任補佐官

サトコ
「‥‥‥」

加賀
おい

サトコ
「えっ!?」

加賀
俺の専任補佐官は誰だ?

サトコ
「わ、私です‥って、え!?」

(まさか私が、教官の相棒!?)


普段から補佐官として加賀教官をサポートしてるし、こういう時も組んだ方がやりやすいでしょ?

サトコ
「で、でも‥!」

加賀
コイツにサポートされた覚えはねぇ

<選択してください>

A:変えてください

サトコ
「む、無理です‥!」

加賀
お前にその権利があると思うか?

(思わないけど、でも‥せっかく教官への気持ちを封印して頑張ろうと思ってたのに‥!)


悪いけど、変更は認めないよ

東雲教官に笑顔でそう言われ、黙るしかなかった。
その後も読み上げられていく教官と同期たちの名前を聞きながら、そっとため息をついた。

B:頑張ります

サトコ
「が、頑張ります‥」

加賀
ああ、クズなりに俺に尽くせ

サトコ
「だけど私、最近は前よりも教官の役に立っ‥‥」

加賀
雑用係としてか?

ファイルを片付けている最中だった私を見て、教官が意地悪く笑う。

(何も言い返せない‥けど、せっかく片想いを封印しようと思ってたのに、これじゃ‥)

その後も読み上げられていく教官と同期たちの名前を聞きながら、そっとため息をついた。

C:私でいいんですか?

サトコ
「あの‥私でいいんですか?」

加賀
いいも悪いもねぇな


もう決まったことだから、異議は認めないよ

(でも、教官への気持ちを抑えて頑張ろうと思ってたのに‥)

【廊下】

資料室にファイルを持っていった帰り、鳴子が廊下の途中で待っていてくれた。

鳴子
「大丈夫だった?手伝えればよかったんだけど」

サトコ
「ううん。手伝ってもらったのが加賀教官に知られたら、大変なことになるから」

鳴子
「そっか。でも、サトコもすっかり教官の色に染まって来たよね~」

サトコ
「色?」

鳴子
「最初の頃は振り回されてあたふたしてたのに、最近は手慣れたものっていうか」
「やっぱり教官もサトコだとやりやすいから相棒に選んだんじゃない?」

サトコ
「そうなのかな‥」

鳴子
「でも、今回の訓練は教官とマンツーマンで密に接する、‥か」
「今度こそ、もしかしてもしかしちゃったりするかもね!」

きゃー、とテンションが上がる鳴子の言葉の意味が分からず、首を傾げる。

鳴子
「だから、散々『クズ』だ『駒』だって言ってるけど」
「今回の任務でサトコの大切さに気づいた教官は、一人の男になり‥」

サトコ
「ちょっと、鳴子」

鳴子
「そして相棒から恋人へ‥」

サトコ
「あるわけないでしょ」

鳴子
「そう?」

(はぁ‥鳴子はすぐ変な妄想するんだから‥)

サトコ
「あ!私、教官に呼ばれてるから、もう行くね」

鳴子
「うん。何か進展があったらすぐ教えてね!」

サトコ
「だから、何もないってば」

(鳴子にも誰にも、自分の気持ちは話していないのに)
(鳴子の妄想の中では、私は教官が好き、ってことになってる気がする‥)

手を振る鳴子に苦笑いして、教官室に向かった。

【教官室】

教官室のドアをノックすると、加賀教官の低い声が聞こえてくる。

サトコ
「失礼します」

(鳴子が変な妄想するから、なんか妙に緊張する‥)
(でも今日も、いつものようにコキ使われて終わりなんだろうな)

教官室に入る私を、奥に座っていた加賀教官が一瞥する。

加賀
これを1時間以内に終わらせろ

サトコ
「い、1時間ですか!?」

渡された量の資料を報告書にするには、貰った時間では足りそうになかった。

(いや、でも今まで加賀教官がやってたやり方を真似すれば)
(こことここは後回しで、先にこっち‥って、考える間に作業した方が早いか)

加賀
オイ。やれんのか、やれねぇのか

サトコ
「や、やります」

慌てて報告書の作成に取りかかると、教官は書類を眺めながら食事を始めた。

(食堂から持ってきたのかな?)

サトコ

「もしかして‥今からお昼ですか?」

加賀
ああ

(普通なら、さっきの講義前に終わらせてるはずだけど)
(もしかして、捜査からまっすぐ講義に来たとか?大変だな‥)

どんどん平らげるが、最後の最後まで野菜炒めは残ったままだった。

(肉野菜炒めなのに、器用に肉だけ食べて野菜は残してる‥)

加賀
なんだ

サトコ
「いえ、その‥」

加賀
言いたいことがあんならはっきり言え

サトコ
「‥や、野菜は‥」

その単語を口にした瞬間、教官にものすごい勢いで睨まれる。

加賀
食わなくても死なねぇつったろ

サトコ
「でも、体力がなくなりますよ」

加賀
そのために肉を食ってる

サトコ
「‥‥‥」

(でも栄養が偏っちゃうし‥)

話しながらもなんとか報告書を作成し終えると、教官が顎でドアを指す。

加賀
今日はこれで終わりだ。さっさと帰れ

サトコ
「え?もうですか?」

(もう少しここに居たかったかも‥)

そんなこと言えるはずもなく、
教官との時間が終わることに少し残念な気持ちを抱えながら、頭を下げてドアの方へ向かう。
だが横を通り過ぎようとした時、ダン!と足で行く手をさえぎられた。

サトコ
「な、なんですか‥?」

加賀
これじゃ足りなかったか?

サトコ
「い、いえ‥滅相もない!」

加賀
そういやぁ、前に言ってた色仕掛けの訓練がまだだったな

サトコ
「色仕掛け!?」

加賀
俺を愉しませてくれんだろ?

教官が立ち上がり、まるで私を追い詰めるようにゆっくりと歩いてくる。

(じょ、冗談だってわかってるけど、教官にこうやって迫られると‥!)

サトコ
「あのっ‥えっと、さっきのはそういう意味では‥!」


兵吾さーん。言われてた資料持ってきまし‥

颯馬
これをまとめるのは、かなり骨が折れ‥

突然入ってきた東雲教官と颯馬教官が、私たちを見てビタッと止まる。
丁度壁際に追い詰められているところだった。


あー、お邪魔だった?

颯馬
フフ、出直してきましょうか

サトコ
「ま、待ってください!違うんです!」


そう?じゃあこれ、手伝ってくれるよね

持っていた資料のファイルをドサッとデスクに置くと、東雲教官がにっこりと微笑んだ。

颯馬
助かりました。こちらもお願いします

サトコ
「あ、あの‥」

同じくにこりと笑った颯馬教官も書類を重ねた。

加賀
よかったな。さっきの報告書作成じゃ物足りなかったんだろ

サトコ
「いや、ちが‥」

(って‥この量、さっきの報告書の軽く3倍はある!)
(帰っていい、って言われた時に素直に帰るべきだった‥)

後悔していると、教官がデスクから立ち上がった。

加賀
歩、あとは任せる


了解、いってらっしゃい

サトコ
「教官、出掛けられるんですか?」

加賀
ああ。お前はそれやっとけ

サトコ
「はい‥」

(捜査?でも今日はその予定は入ってなかったのに)
(加賀教官、少し前から普段の捜査以外でも何か探ってるみたいなんだよね‥)

その背中を見送っていると、教官の携帯が鳴った。

加賀
俺だ‥あ?これから?
‥ったく、待っとけ

言葉少なに返事をしながら、教官は部屋を出て行った。

颯馬
‥どうも、捜査外の予定が入ったようですね

サトコ
「え?」


あれは女だね。口調が普段と違ったし

サトコ
「‥‥‥」

(お、女‥)


自信があるなら、兵吾さんを尾行してきてもいいよ

サトコ
「東雲教官‥からかってますね」


『気になる』ってサトコちゃんの顔に書いてあったから

(やっぱり、からかわれてる‥)
(だけど、教官たちの冗談だよね‥加賀教官は捜査中に女性と会うような人じゃないし)

そう思いながらも、どうしても気になってしまって資料作成に身が入らなかった。

to be continued

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