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加賀 恋の行方編 5話

【屋上】

莉子
「‥兵吾は、仲間を見殺しにして手柄を立てたと言われてるの」

(教官が‥過去にそんなことがあったなんて‥)

サトコ
「そんな‥そんなの」

莉子
「兵吾は当時からその実力は認められてたわ。性格に難ありって言われてたけど」
「若くして認められて、捜査一課に配属されて‥どんどん、手柄をあげていった」
「単独行動も多かったし、上の指示にも従わないことも多かったけどね」

(でも、事件を解決して手柄を上げて‥それなら上層部も、見て見ぬフリをするかもしれない)

莉子
「そんな時に起きたある爆破事件で、当時の同じ班の上司と部下3人全員が殉職したわ」

サトコ
「殉職‥」

莉子
「でも、兵吾だけが生き残った」

当時を思い出しているのか、莉子さんはどこか懐かしそうな、でも悲しそうな表情だった。

莉子
「‥そして兵吾は犯人を確保したわ。仲間の命と引き換えに」
「その3人以外の被害はゼロ。大手柄よ」

(だけど、仲間が死んだ‥)
(その時の教官はどんな気持ちで‥)

莉子
「あの事件をきっかけに一気に出世した」
「でも警察関係者の間では、3人が殉職したのはきっと裏で何かしたからだろうって」

サトコ
「教官は、何も言わなかったんですか?」

莉子
「そうね‥何か知ってるふうではあったけど、『情報の行き違い』としか」
「だからなおさら周りからは、手柄のために仲間を見殺しにしたって言われてるわ」

サトコ
「そんな‥」

莉子
「仲間を売った『仲間殺し』‥兵吾がそう呼ばれているのは、そういう事情があるからよ」

サトコ
「教官は‥教官は仲間を見殺しにしたりしません!」
「絶対、何か事情があったはずです!誰にも言えないような‥!」

莉子
「だけど、関わっていた3人が全員死んだ今、真相はわからないわ」
「兵吾が語らないかぎり‥闇の中よ」

(仲間殺し‥そう呼ばれることなんて、教官だったら想像できたはず)
(なのに、どうして何も‥絶対、何か理由があるはずなのに)

突然突きつけられた事実に、何を言っていいのかわからない。
私の気持ちを察したかのように、莉子さんが優しく声をかけてきた。

莉子
「変なこと聞かせちゃってごめんなさいね」

サトコ
「いえ‥私こそ、申し訳ありません‥」

莉子
「あなたが謝ることなんてないのよ」
「それに‥よかったわ、サトコちゃんが兵吾を信じてくれるような子で」

サトコ
「え?」

莉子
「私や秀樹だって‥それに歩たちだって、兵吾が仲間を殺しただなんて思ってない」
「でも兵吾が何も言わない以上、真実を知ることはできないから‥信じるしかないの」

サトコ
「‥はい」

莉子
「サトコちゃんが言ったように、あいつは仲間を売るなんてこと、絶対にしない人だから」
「昔から『大きな事件は全部俺がとる』なんて傲慢だったし」
「確かに、班のみんなとはうまくいってなかったけどね」

サトコ
「でも、それって教官らしいですね」

莉子
「ふふ、でしょ?」
「‥‥」

サトコ
「?」

莉子
「そういえば‥」

不意に、何か思い出したように莉子さんが口に手を当てる。

莉子
「そう‥あの時の兵吾、珍しく『今回の手柄は奴にくれてやる』なんて言ってたんだ‥」

サトコ
「え?」

莉子
「だから、手柄欲しさにみんなを裏切るなんてあり得ない‥やっぱり、あの時何かが‥」

(手柄を仲間にあげる‥?今まで教官からそんな言葉、聞いたことない)
(そのくらい、仲間を信じてたってこと?でも莉子さんは、うまくいってなかったって‥?)

でもいくら考えても、その答えは教官しかわからないことだった。

【橋の上】

数日後。
外部研修が終わった後、一人で買い物をするために鳴子と別れた私は、
橋の上を通りかかったところで、会いたかったその人を見つけた。

(加賀教官‥!)

加賀
‥‥‥

(たまに学校で会っても話す時間が全然なかったから、なんだか久しぶりな感じがする)

駆け寄ろうとした時、ふぅっと教官がタバコの煙を吐き出した。
そして橋の柵に寄りかかり、綺麗に整備された下の道路を眺める。

(なんだか、普段とは違う雰囲気‥話しかけていいのかな)

迷った末、違う道を通ろうと教官に背を向ける。

加賀
おい

サトコ
「え‥」

加賀
挨拶もなしか

<選択してください>

A:お久しぶりです

サトコ
「あの‥お久しぶりです」

加賀
なんだそりゃ。イヤミか

サトコ
「そんなつもりは‥」

(でも本当に言葉を交わすのも久しぶりだから‥)

B:話しかけない方がいいかと思って

サトコ
「‥話しかけない方がいいような気がして」

加賀
ようやく気を遣うことを覚えたか

サトコ
「ま、前から気は遣ってますよ」

(っていうか、気を遣ってないと思われたんだな‥)

C:お邪魔していいんですか?

サトコ
「‥お邪魔してもいいですか?」

加賀
ダメだったら声かけてねぇだろ

サトコ
「でも教官、何か考え事してたみたいだったので‥」

加賀
‥別に、タバコふかしてただけだ

教官の隣に立ち、景色を眺める。
ここ数年で舗装されたのか、橋の下には公園や綺麗な道路が続いていた。

(教官の過去の話、気になるけど‥私が聞いていいようなことかどうかわからない)

サトコ
「あの‥最近教官の講義がなくて、みんな寂しがってますよ」

加賀
ホッとしてるの間違いだろ

サトコ
「でも教官の『クズが』って言葉がないと、何か物足りないというか」

加賀
お前はどこまでもマゾだな

サトコ
「わ、私の話じゃなくてですね!」

教官がどこか元気ないように見えたので、いつものように話しかけてくれてホッとしてしまう。

サトコ
「最近、莉子さんも臨時教官で来てくれてるんですよ」

加賀
知ってる。会うと面倒だから、回避してるがな

サトコ
「その分、石神教官がつかまってるみたいです」

加賀
いい気味だ

サトコ
「だけど石神教官は、加賀教官がいないから莉子さんに絡まれてると思ってるみたいで」
「何かあると私にチクチク言ってくるんですよ」

加賀
なんだと?

石神教官の話をすると、加賀教官の表情が変わった。

加賀
人の駒にいちいち、あのクソメガネ
お前も、あのメガネ野郎に屈したら奴隷に落とすからな

サトコ
「ええ!?だって相手は教官ですよ」

加賀
俺以外の男の駒になるつもりか?

睨まれて慌てて首を振りながらも、どこか懐かしい気持ちになる。

(よかった、教官、笑ってる‥)
(いつもみたいに怖いけど、でもやっぱり教官はこの感じがいいな)

サトコ
「そういえば教官、今日は捜査の‥」

帰りですか、と聞こうとした時、誰かが私の言葉を遮った。

???
「こんなところでデートかしら、加賀さん」

振り返ると、こちらを睨みつけるように女性が立っていた。

女性
「いいご身分ね‥あの人はもういないっていうのに」
「よくもあなたがここに来れたものだわ」

加賀
‥‥‥

(教官の知り合い‥?でも、なんだか様子が‥)

女性
「この悪魔‥人殺し!あなたが死ねばよかったのに‥!」
「あの人を返して!鉄郎を返してよ!」

サトコ
「教官‥」

加賀
‥黙ってろ

鉄郎の妻
「なんであの人が死ななきゃならなかったの!?」
「あなたが見殺しにしたから鉄郎は死んだ‥手柄が欲しくて、あの人を殺したんでしょう!」

(もしかしてこの人、教官が『仲間殺し』って言われるようになったあの事件の家族‥?)
(でもこの人‥どこかで)

サトコ
「そうだ‥もしかして、あの被害者支援団体の集会で」

加賀
‥‥?

サトコ
「駐車場から走ってきて、私にぶつかって行ったんです」

加賀
あの集会で‥だと?

鉄郎の妻
「なにコソコソ話してんのよ」
「あの人は死んで、あなたはのうのうと生きてる‥!」
「うちの子は、父親の顔も覚えてないっていうのに!」

加賀
‥‥
職業柄、殉職はつきものです
彼のおかげで、犯人は無事に確保できました。誇りに思っていい

サトコ
「教官!そんな言い方‥!」

加賀
事実だ

女性に冷たく言い放つと、教官は私たちに背を向け立ち去って行く。

(他に言い方があるのに、なんであんな‥)
(まるでわざと嫌われようとしてるみたいに‥)

鉄郎の妻
「どうしてよ‥なんであの人が死ななきゃならないのよ!」
「返して‥あの人を返して!」

サトコ
「あの‥も、申し訳ありません‥!」

その場に崩れ落ちる女性に、思わず駆け寄る。

サトコ
「教官は‥加賀はああいう言い方ですが、きっと心の中では‥」

鉄郎の妻
「もういい‥」

サトコ
「え?」

ゆらりと立ち上がると、女性が私の腕をつかんだ。

鉄郎の妻
「あの男の言う通り、やっぱり鉄郎を殺したのは加賀なんだわ」

サトコ
「“あの男”‥?」

鉄郎の妻
「私はもう、こうするしかない‥!」

喉元に冷たいモノを突きつけられ、それが包丁だと気づいた時には、
私は両腕を背中に回されて、身動きが取れない状態になっていた。



【倉庫】

さっきの橋からそう遠くない倉庫までつれていかれると、手と足を縄で縛られた。

サトコ
「やめてください!こんなことしても、旦那さんは‥」

鉄郎の妻
「あんたに、夫を失った悲しみがわかるって言うの!?」

サトコ
「それは‥」

鉄郎の妻
「子供の成長を楽しみにしてた‥あんな優しい人を、あの男は裏切ったのよ!」

私の携帯を使って教官を呼び出した女性は、もう正気とは思えなかった。

(ここまで追い詰められるくらいに旦那さんを愛してたんだ)
(でも、だからってこんなことしていいわけない‥!)

サトコ
「お願いします、今ならまだ間に合います!お子さんがいるなら、なおのこと‥」

加賀
‥浜口さん

倉庫の入口から、教官が歩いてくるのが見えた。

サトコ
「教官‥!」

鉄郎の妻
「やっぱり来たわね‥この人はあなたの大切な人なんでしょう」
「どう?その人が危険な目にあってる気持ちは」

加賀
‥‥‥

<選択してください>

A:申し訳ありません

サトコ
「教官、申し訳ありません。私がもっと‥」

加賀
お前がヘマすることなんざ想定内だ

(でも、いくら油断したからって、一般の人につかまっちゃうなんて)

加賀
いいからそこを動くな

B:私に構わないで

サトコ
「私に構わないでください!教官は他にやるべきことが‥」

加賀
俺に指図してんじゃねぇ

冷たい声で、教官が言い放つ。

加賀
てめぇはそこで黙ってりゃいい

C:大切な人なんかじゃない

サトコ
「私‥教官の大切な人なんかじゃありません!」

鉄郎の妻
「しらばっくれてもわかるのよ!あの冷酷な男は、ほとんど笑うことなんてなかった」
「でも、あなたと話してた時は笑ってたじゃない!」

加賀
‥‥‥

鉄郎の妻
「あの人はね、あなたのことを信用してた。やり方は乱暴だけど、すごい人だって」
「それなのに‥あなたはあの人を裏切った!あなたにも同じ思いを味あわせてやる!」

私に包丁を突きつけると、浜口さんが腕を振り上げる!

加賀
その女はただの駒だ。そいつを傷つけられようが、俺にとってはどうでもいい

鉄郎の妻
「あんた‥どこまで最低なの!?」

加賀
恨んでるのは俺だろう。俺を殺して直接恨みを晴らしたらどうだ

サトコ
「教官‥ダメです!」

(わざと、奥さんの怒りの矛先を自分に向けてる‥!)

鉄郎の妻
「そこまで言うなら、殺してやる‥!あの世で鉄郎に謝ればいいわ!」

包丁を構えて、奥さんが加賀教官に襲い掛かる!

だが教官はそれをひらりとかわし、あっさりと奥さんから包丁を奪ってしまった。

鉄郎の妻
「くっ‥あんた、最初からそのつもりで‥!」

加賀
‥子供がいるんだろう

鉄郎の妻
「‥っ」

加賀
あんたがいなくなったら、誰が守ってやるんだ

教官は奪った包丁で手足の縄を切ると、私を支えるようにして立ち上がらせた。

加賀
行くぞ

サトコ
「教官‥」

鉄郎の妻
「うう‥鉄郎‥鉄郎に会いたい‥!」

泣き崩れる浜口さんを見ようともせず、教官は私から手を離した。

加賀
‥さっさとしろ

サトコ
「どうして‥本当は何かあったんですよね?」
「ちゃんと奥さんに話してあげてください‥!じゃないと、いつまでも心の整理が‥」

加賀
すべて事実だ。憎まれて当然、弁解するつもりもない

サトコ
「でもそれじゃ、ずっとみんなに誤解されたままじゃないですか」

涙をこらえて訴える私を一瞥すると、教官が背を向ける。

加賀
仲間、周りの声、そんなもん知ったことか
俺には、手柄を立てることがすべてだ

サトコ
「そんな‥そんな悲しいこと言わないでください」

頬を、涙が伝う。
教官が振り返り、私を見て目を見張った。

加賀
なぜお前が泣く

サトコ
「だって‥教官は、絶対違うのに」

加賀
‥何が違う

サトコ
「仲間を見殺しにも、手柄のために犠牲にしたりもしません!」
「誰がなんと言おうと‥そうなんです!」

そう言い切る私を見て、教官がほんの少し、頬を緩ませた。

加賀
‥バカが

サトコ
「だって‥」

加賀
そんなみっともねぇツラ見せんな

伸びてきた指が、そっと私の涙を拭う。

加賀
帰るぞ

ぽん、と優しく頭を撫でてくれたその時‥チャッ、と金属音が聞こえた。

振り返ると、浜口さんが銃を構えてこちらを狙っている。

サトコ
「えっ‥」

加賀
‥‥‥!

鉄郎の妻
「許さない‥!殺してやる!」

サトコ
「ダメ!」

ドン!

考える前に、私は浜口さんに飛びついていた。
腕を押さえると、その手の銃から放たれた弾は少しそれて、教官の脇腹をかする。

加賀
っ‥!

鉄郎の妻
「離して!あんたも殺してやる!みんな‥みんないなくなればいい!」

サトコ
「浜口さんっ‥」

必死に腕にしがみついたけど、我を失った浜口さんは銃を撃ち続ける。

加賀
‥よせ!

脇腹を押さえながら教官が立ち上がった時、
銃の乱射によって割れた蛍光灯が、私めがけて落ちてきた。

サトコ
「っ‥!!」

(ダメだ‥避けられない‥!)

加賀
‥‥サトコ!

目を瞑る直前、普段は聞かない焦った声で私の名前を呼ぶ加賀教官の姿が見えた。

to be continued

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