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加賀 恋の行方編 6話

【倉庫】

浜口さんが銃を乱射し、割れた蛍光灯が天井から私めがけて落ちてくる。

加賀
サトコ!

脇腹に血がにじんでいるにも関わらず、教官が私を助けようと飛び込んでくる。
私を抱き寄せると、かばうようにして地面に伏せた。

ドーン!

加賀
っ‥

サトコ
「教官!怪我が‥!」

加賀
うるせぇ!無茶しやがって!

鉄郎の妻
「どうして‥どうしてよぉ!」

弾切れになってしまった浜口さんが、逆上して銃を加賀教官の頭に振り下ろす。

サトコ
「ダメ‥!」

咄嗟に教官をかばうように覆いかぶさると、ガッと頭に強い衝撃を感じた。

加賀
クソが‥!

殴られた私を抱き留めながらも、教官が足で浜口さんの銃を蹴る。
武器を失った浜口さんは、その場に泣き崩れてしまった。

加賀
なにやってんだ、クズが‥!

サトコ
「教官‥無事‥ですか‥」

加賀
てめぇの心配しやがれ!
‥歩か!いますぐ車を回せ!

いつの間にか携帯で東雲教官と連絡を取っていたらしい加賀教官の声が、頭上から聞こえる。

(教官の腕‥声‥安心する)
(教官が無事で‥よかった)

額から温かいものが、伝わっているのがわかる。
優しく抱き留められたまま、私は意識を失った。

【病室】

目を覚ますと、真っ白い天井が視界に飛び込んでくる。

(ここ‥どこ‥)
(‥病院?)

軽く頭を動かすと、浜口さんに殴られたところが鈍く痛んだ。

(いたたた‥でも助かったんだ‥)
(教官は‥)

ハッとなった時、微かな寝息が聞こえてくることに気づいた。
そっと振り向くと、イスに座って壁にもたれた加賀教官が、うとうとと眠っている。

サトコ
「教官‥」

(寝てる‥もしかして、私についてくれてた?でも教官だって、脇腹を‥)

寝顔を眺めていると、静かに病室のドアが開き誰かが入ってくる気配がした。


あ、目覚めた?

サトコ
「東雲教官‥」


あらら、兵吾さん寝ちゃったんだ
そりゃそうか。鎮静剤打ってるし、さっきまで点滴もしてたし

サトコ
「あの、教官の怪我は‥」


うーん、どっちかっていうとキミより要安静だよね

サトコ
「じゃ、じゃあ急いで病室に戻ってもらわないと」


いや、それ無駄

慌てて起きようとする私を制して、東雲教官が苦笑いする。


何度言っても『たいしたことねぇ』って寝ようとしないんだよね
とりあえず弾はかすっただけで貫通もしてないし、こんなのかすり傷だからって

サトコ
「か、かすり傷なんかじゃないです!血が‥すごくいっぱい」


まあ出血の量でいくと、キミもそう変わらないよ。頭って血が出やすいから
兵吾さんに呼ばれてあの倉庫に言った時は、どんな地獄絵図かと思ったし

(そうだ、最後に加賀教官が東雲教官に連絡した声を聞いた気がする)

サトコ
「あの‥浜口さんの奥さんは」


別の部屋で寝てるよ。落ち着いたら取り調べだね
っと、それで思い出した。そっちも早く調査終わらせないと兵吾さんに怒られる
それじゃ、オレは戻るから。お大事に~

サトコ
「あの、色々ありがとうございました」


兵吾さんが起きたら、さっさと寝ろって言っといて

ドアの方に歩きかけたと思ったら、東雲教官がそっと、私の耳打ちする。


チャンスだね

サトコ
「え?」


男って、看病とか弱いかも

意味深に笑うと、今度こそ東雲教官が病室を出ていく。

(いや、看病されてるの、どっちかっていうと私だし‥)
(でも‥本当にずっとついててくれたんだ)

頭を揺らさないように起き上がると、足元に綺麗に畳んである毛布を取って教官にかけてあげる。

すると、パッとその手をつかまれた。

加賀
必要ない

サトコ
「きょ、教官!?」

<選択してください>

A:起きてたんですか?

サトコ
「起きてたんですか!?てっきり寝てると‥」

加賀
お前らがごちゃごちゃうるせぇから目が覚めた

(ってことは、さっきの東雲教官の『チャンスだね』って言葉、聞かれてた‥!?)

サトコ
い、いつから起きてたんですか‥!?

加賀
さあな

意地悪に笑う教官を見てると、泣きたくなる。

B:病室に戻ってください

サトコ
「起きたなら、早く病室に戻ってください!東雲教官も心配して‥」

加賀
知ってる。全部聞こえてた

サトコ
「全部って‥」

加賀
お前らが耳元でごちゃごちゃうるせえから目が覚めた

(ってことは‥東雲教官との会話、全部聞かれてたの!?)

C:ありがとうございます

サトコ
「あの‥ありがとうございます」

加賀
何に対する礼だ

サトコ
「教官が助けてくれなかったら、私、蛍光灯の下敷きになってました」

加賀
‥バカ野郎が

サトコ
「え?」

加賀
てめぇでしたこと、忘れたのか

優しく、教官が私の頭の包帯を撫でる。

(あ‥私も教官を助けた、って言いたいのかな‥?)

サトコ
「教官‥今回は本当に申し訳ありませんでした」

改めて頭を下げると、教官が眉をひそめた。

サトコ
「すべては私が浜口さんにつかまってしまってしまったばっかりに‥」

加賀
‥浜口が銃を持ってるのは、俺も計算外だった
しかし‥だからお前はいつまでもクズだって言ってんだ

サトコ
「え?」

加賀
「銃を持った人間に飛びつくバカがどこにいる」
‥本当に捨て駒になりてぇのか

サトコ
「すみません‥無我夢中で、何も考えてなくて」

加賀
二度とあんな、クソみてぇな行動取るんじゃねぇぞ

サトコ
「でも、あの時は他にどうしようも」

加賀
ああ?

サトコ
「なんでもないです‥」

睨まれて、しゅんとなってしまう。

(でもこれって、心配してくれてるんだよね‥?)

加賀
頭、痛くねぇのか

サトコ
「はい。動かさなければ大丈夫です」
「でも‥さっき私の行動を怒りましたけど、教官だって」

加賀
なんだ

サトコ
「蛍光灯から私をかばってくれたじゃないですか。あれだって、一歩間違えれば大けが‥」

加賀
お前とは鍛え方が違う。あの程度で怪我なんてするか

サトコ
「じゃあ私も、教官くらい鍛えます」

加賀
前にも言ったこと忘れたのか?

病衣から覗く私の腕をつまみながら、教官がそこを眺める。

加賀
俺に無断でこの手触りをなくすなよ

サトコ
「つ、つままないでください!」

加賀
これを残したままにできるなら鍛えてもいいがな

実際、教官には内緒で夜にジョギングしたりと鍛えてはいるものの、
一向に、私の体は引き締まる様子がなかった。

(でも、教官が気に入ってくれてるならこのままでもいいかも‥)

幸せな気持ちに浸りそうになったけど、ハッと我に返る。

サトコ
「そうだ!教官、そろそろ自分の病室に戻ってください。私なら大丈夫ですから」

加賀
俺はもうやることはねぇ
傷口は診てもらったし、点滴も打った

サトコ
「点滴打ったからって一気に全部治るわけじゃないんですよ」

加賀
言うじゃねぇか

そう言いながらも、教官の表情は優しい。

加賀
お前こそさっさと寝ろ。治ったら容赦しねぇからな

サトコ
「な、何させられるんですか‥」

加賀
報告書が溜まってる。まずはそれを全部終わらせろ

(全部って、いったいどれだけの量になるんだろう)

サトコ
「っていうか、なんで溜まってるんですか?私、ちょっとずつ作成して」

加賀
俺の手元に残ってんだ、歩に渡しそびれたのが

サトコ
「そんなことしてたら、また石神教官にチクチク言われますよ」

加賀
プリン野郎はほっとけ

笑い合い、不意に教官と目が合う。

(なんか‥いつもより教官が優しい気がする)
(私が怪我してるから?それとも‥)

その時、ぐうぅ‥と鈍い音が響き渡った。

サトコ
「‥‥‥」

加賀
随分でけぇ音だな

サトコ
「すみません‥」

加賀
お前の腹か

サトコ
「なんでそんなに何度も確認するんですか!」

加賀
ったく‥色気のねぇ奴だ

病室の冷蔵庫をあけると、教官が中から桜見大福を取り出した。

加賀
これでも食ってろ

サトコ
「これ‥いつの間に買いに行ったんですか?」

加賀
歩に持ってこさせた

サトコ
「持って来させたって‥教官の家から?」

見るとそれは、期間限定の黒蜜メロン味だった。

(人気だから、どこのお店でも売り切れだってテレビで見たような)
(でも、教官の家の冷蔵庫にはレア味の桜見大福が大量に入ってたっけ)

サトコ
「そういえば、前に黒澤さんに聞いたんですけど」
「教官って、触り心地のいいものが好きなんですか?」

思わずそう尋ねると、教官は再び私の二の腕をつまんだ。

加賀
ああ、そういうのな

サトコ
「ま、また人のお肉を‥!」

加賀
こっちもいいな

二の腕をぷにぷにしたあとは、頬を優しくつままれる。

サトコ
「うう‥!」

加賀
さっきも言ったが、勝手に鍛えたら奴隷落ちだ

サトコ
「ダイエットもしちゃいけないんですか‥!」

加賀
お前は、俺のお気に入りの駒だろ

(‥やっぱり教官、私の気持ちを知ってるのかも)
(相変わらず怖いしドSだけど‥最初の頃の冷たさがなくなってる気がする)

教官も、少しでも私を気にしてくれたらいい。
そう思う気持ちを、止めることができなかった。



【廊下】

結局私は経過観察や治療のために3日間入院すると、退院した翌日から学校に戻った。

(入院中は鳴子や千葉さんが来てくれたし、今日もみんなに心配されたけど)
(とりあえず、溜まった報告書を終わらせなきゃ‥)

【教官室】

サトコ
失礼します。加賀教官は‥」

松田
「フン、噂とは違って、まったく使えない捜査員だったな」

後藤
‥お言葉ですが

石神
後藤

ただならぬ気配を感じ、慌てて戸口のところで立ち止まる。

松田
「結局、今のところ捜査は進展なしなんだな?」

石神
‥残念ながら


理事官の指示通りに捜査してるんですが、一向にアタリがないんですよね~

松田
「それを挙げるのが捜査官の仕事だろう」
「このままなら、この事案は流れるかもしれないな」

理事官が苛立ったように舌打ちするのを聞きながら、そっと加賀教官の個室へと向かう。



【個別教官室】

サトコ
「失礼します‥」

加賀
何しに来た

サトコ
「あの、報告書の作成を」

加賀
バカか。病み上がりにやらせることなんて何もねぇ
講義が終わったんなら寮に帰って寝てろ

<選択してください>

A:役に立ちたいんです

サトコ
「でも、少しでも教官の役に立ちたいんです」

加賀
まだ本調子じゃねぇ奴に用はない
ただでさえグズなんだから、さっさと怪我を治せ

(教官、もしかして心配してくれてる‥?)

B:もう充分休みました

サトコ
「でも、もう充分休みました!報告書の作成くらい‥」

加賀
いらねぇって言ってんだよ
本調子じゃねぇ奴にやらせてミスでも起きたら面倒だ

サトコ
「でも、じゃあ報告書は‥」

加賀
完治したら嫌ってほどやらせてやる

C:心配してくれてるの?

サトコ
「もしかして‥心配してくれてるんですか?」

加賀
入院して脳みそ腐ったのか?

サトコ
「ひ、ひどい‥」

加賀
そんなに報告書を作りてぇなら、完治したあと嫌ってほどやらせてやる

加賀
それともなんだ、俺の命令が聞けねぇのか

サトコ
「い、いえ、そうじゃないんですけど」

加賀
また何があるかわからねぇ。駒は次に備えて休んどけ

サトコ
「はい‥ありがとうございます」


あ、サトコちゃん、こっちに来てたの?

振り返ると、東雲教官たちが加賀教官の個室に入ってくるところだった。

サトコ
「すみません。お取込み中だったようなので」

石神
加賀、なぜ話し合いに参加しなかった

加賀
あの理事官殿のありがたいイヤミを黙って聞いてるほど暇じゃねぇ

颯馬
一応、表向きには難波室長が指揮を執ってることになっていますけど
実際に指示をしているのは松田理事官だと、誰もが知るところですからね
自分の指揮下で成果を挙げられないことにいら立っているんでしょう

(確かにそんな感じだったよね‥)
(だけど私たちは理事官に言われた通りに捜査して、空振りばっかりなのに)


自分の無能さをこっちのせいにしないでほしいよね
難波室長が指揮を執れば、きっとすぐ成果が出ると思うんだけど

後藤
それより‥加賀さん

加賀
なんだ

後藤
浜口良美が吐きました

その言葉にも、教官は特に動じた様子を見せない。

(浜口良美‥私たちを襲った、あの奥さんだよね)

後藤
加賀さんの周りで起きた一連のことは、彼女がやったようです

サトコ
「それって‥車のブレーキがきかなかった事件ですか?」

後藤
それに、ガソリンが漏れるように給油口のふたを外したらしい

加賀
銃の出どころは

後藤
それはまだ‥

石神
本当かどうかはまだ裏付けできていないが、本人は知らない人間から送られてきたと言っている

サトコ
「知らない人から‥?」

石神
差出人不明の小包が届いて、それがあの銃だった‥と

(そんな‥じゃあ、誰かが裏で関与してるってこと‥?)
(だけど考えてみれば、浜口さんが一人でやったにしては説明のつかないことがたくさんある)

サトコ
「あの倉庫だって、一般の人が出入りできるようなところじゃないですよね」


たまたま偶然、使われてない倉庫が近くにあったなんて考えにくいしね

サトコ
「でも、いったい誰が‥」

加賀
それよりも

ガタン、と教官が立ち上がり、真っ直ぐに私を見た。

加賀
どうする

サトコ
「え?」

加賀
今回のヤマは、お前の手柄だ
お前の気持ちひとつで、刑事事件にできる

サトコ
「刑事事件に‥?」

石神
本来ならそうすべきだ。いくら元刑事の妻とはいえ、銃を持っていたのは見過ごせない

颯馬
それに、2人に対する公務執行妨害もあります


警察としては、刑事の元妻が犯人なんて不祥事、隠したいだろうけどね

加賀
これを手柄にすれば、今回のマンツーマン訓練の審査には大幅にプラスになる
‥お前はどうしたい

サトコ
「私は‥」

(もし立件したら、事件が明るみになる)
(浜口さんが捕まったら、その子供は?それに加賀教官の気持ちは‥)

加賀
‥‥‥

石神
それは、刑事の判断ではない


これを手柄にして審査にプラスにすれば、同期たちを大きく引き離せるのに?

サトコ
「わかってます。でも‥そんなの、いらないです」
「それより、奥さんと‥それにお子さんの将来の方が重要です」

(あの時奥さんは、正気じゃなかった‥旦那さんが亡くなって、恨む相手が教官しかいなくて)
(そのやるせない気持ちを、陰で奥さんを操ろうとしてる真犯人に利用されただけなんだ)

その気持ちを伝えると、教官がぽんと私の頭に手を置く。

加賀
甘すぎる。お前は刑事に向いてねぇ

サトコ
「でも‥」

加賀
おい、眼鏡

石神
まさかとは思うが、それは俺のことじゃないだろうな

加賀
他にメガネかけてる奴がいるなら連れて来いよ
いま聞いた通りだ。浜口良美に関しては、立件しねぇ。ここだけにとどめておけ

サトコ
「教官‥いいんですか?」

加賀
ダメなら最初からお前の意見なんて聞かねぇ

みんなから見えないように、教官が微かに口の端を持ち上げる。

(前だったらきっと、教官が勝手に立件するかどうか決めてた)
(でも今は、私の意見を尊重してくれてる‥)

さっき頭に乗せられた教官の大きな手のぬくもりが忘れられない。

サトコ
「っ‥」

(どうしよう‥教官が好きだ)
(気持ちが大きくなりすぎて、抑えられそうにないよ‥)



【個別教官室】

数日後、ようやく怪我も完治した私は報告書と格闘していた。

(うぅ、教官が単独行動してた頃の報告書‥作りにくい!)

サトコ
「どうしたら‥」

加賀
うるせぇな
とっとと終わらせろ

サトコ
「だって教官、これ‥」

抗議しようとした時、教官の携帯が鳴る。

加賀
歩か、どうした?

この頃、私はもう、一連の事件は解決したものだと思っていた。
でも、この一本の電話があんなことにつながるとは思ってもみなかったのだった。

to be continued

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