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加賀 カレ目線 5話

『お前を信じると決めた夜』

【屋上】

その夜、携帯を握りしめて屋上の柵にもたれかかった。

(歩が襲われただと‥室長の情報だ、外れるわけがねぇ)

最後に歩を見た日から足取りを追ってみたが、手掛かりはいっさい掴めなかった。

(考えたくもねぇが‥最悪の状況もあり得る)

加賀
クソが‥

(いや‥クソでクズは俺だ)
(歩やサトコに危険が及ぶことくらい、予想がついてたってのに)

それでも、まだ大丈夫だという過信があった。
そして何より、5年前のあの事件にこだわりすぎて判断を誤ったらしい。

(俺は‥また同じことを繰り返すのか)
(あのクズで甘い浜口たちを失った時みてぇに‥歩を)

後藤
加賀さん

携帯をきつく握りしめた時、屋上のドアから後藤と颯馬が出てくるのが見えた。

颯馬
‥大丈夫ですか?

加賀
ああ‥

それ以上は何も言わず、ただ俺の両脇に立って一緒に屋上からの景色を眺めた。

(‥歩のことを聞きつけたのか)

だがそれでも何も言わず、うわべだけの心配や詮索をしてこないのがこの2人らしい。

(普段の俺を知ってる『仲間』だから‥か)

加賀
‥もう行く

後藤
気を付けて

加賀
ああ

2人に背を向けて歩き出そうとした時、ふと浮かんできたのはサトコの顔だった。

加賀
‥颯馬、後藤

後藤
はい

颯馬
どうしました?

加賀
‥歩がやられた

2人の目が一瞬、驚きに見開かれる。
それは歩が襲われた事実ではなく、俺の口からその報告があったことへの驚きのようだった。

加賀
このあとの展開はわかるな?

颯馬
はい

後藤
‥‥‥

何も言わなくても、2人はこっちの言いたいことを理解したらしい。

(歩を捜索するには、颯馬の広い顔とその情報源が必要不可欠)
(そしてそのあと、歩を襲った人間がとる行動‥こいつらが言ったように、サトコが狙われる)

いくら言っても、あのバカは無茶をするだろう。
そしてサトコ以上に、拘束される可能性があるのは‥

加賀
‥俺の身動きが取れなくなった時には、諸々頼む

後藤
了解

颯馬
わかりました

言葉は少ないが、その短い一言はどんなに飾り立てられた返事よりも信頼できた。

(『仲間』か‥またそう思う連中に出会えるとはな)
(さて‥)

松田理事官‥最初から胡散臭いと思っていた人間だった。

(あいつの指示で動いた捜査は、どれも空振り)
(室長のかわりと銘打ってやってきたが‥本当の目的は、俺の邪魔をすることか)

サトコが襲われるという最悪の展開になる前に、松田を追い詰める必要がある。
今はそのために、なりふり構わずネタを探すしかなかった。

【拘置所】

後藤と颯馬の入れ知恵でサトコが俺に会いに来た夜のこと。

サトコ
『教官がリークなんてするはずない!教官がなんて言おうと』
『たとえ自白しようと‥私は、やってないって信じます!』

(バカが‥てめぇが自白したら、それで終わりだろうが)

やはりあいつはどう転んでもバカだった。

(しかし‥想定していたのに拘束されることを回避できなかった俺も、相当なバカだな)

ここ数日、持っている情報網すべてを使って歩の足取りと松田の悪事を暴く証拠を探していたが、
結局そのどちらも掴むことができなかった。

(それどころか、松田の野郎にハメられてこんなところにぶち込まれるとはな‥)

事態は、予想していた中でも最悪の展開へと向かおうとしている。

(あとは、松田をおびきだして自供させるしかねぇ)
(だが、おびき出すにはエサが必要だ)

松田が食いついてくるほどのエサと言えば、サトコしかいない。

(だが、あいつと打ち合わせはできねぇ)

それに反して、打ち合わせなしの実行は危険を伴う。

加賀
‥クソが

ずっと頭の中に浮かんでいるのは、石神のことだった。

(リスクを背負って、且つあのクソメガネがこっちの作戦に気づくか)
(あまりにも危険すぎる‥それでも、今までの俺ならためらいなく実行していた)

だが、今はそれをためらう自分がいる。

(俺や石神がどうなろうと、全部てめぇの責任だ)
(しかし、サトコは‥)

考えていると、廊下を歩いてくる足音が聞こえた。
そして現れたのは‥

サトコ
「教官‥」

鍵を開けて監視員が立ち去ると、サトコが夜食を持って中に入ってきた。

(この状況でここに来る‥考えての行動とは思えねぇ)
(なんでこんな厄介な女に惚れたんだ、俺は‥)

加賀
どこまでクズなんだ、お前は

遠ざけようと、怖がらせるためのキスまでしたってのに、
こいつの前では、それすら意味がないらしい。

サトコ

「さっきは、自分の立場もわきまえずに迂闊なことを言ってしまって申し訳ありません」

「でも‥言葉は、取り消しません」

そのまっすぐな目を見て、自分の中の揺らがない想いを再確認した。

(こうやってのこのこやってくる‥向こうの思うつぼだろ)
(だが、そんなこいつ愛しいと思ってんだから、俺も相当おかしくなってるな)

しかし、そのせいで最後の手段であり、唯一の打開策を行動に移すことができない。
サトコの顔を見て、不意にさっきの言葉を思い出した。

サトコ
『奴隷でも使い捨てでも、なんでもいい!』

(‥よくこれまで俺にされたことも忘れて、あんなことが言えたもんだな)
(どうせお前のことだ、本気で捨て駒でもいいなんてカスみてぇなこと考えてるんだろう)

その時、サトコが口を開いた。

サトコ
「もし、世界中の人が教官を犯人扱いしても」
「教官が、自分が犯人だと認めたとしても‥私は死ぬまで、教官を信じ続けます!」

(‥こいつは)

サトコ
「それが、今の私にできる唯一のことですから」

(‥この俺にそこまで言った人間は、今までいねぇよ)
(一番、自分を信用してなかったのは‥俺だったってことか)

サトコのその言葉を聞いた瞬間、心が決まった。

(こいつに賭けるしかねぇ)
(俺にここまで思わせたケジメは、あとでしっかりつけてもらうからな)

吹っ切れた瞬間、心が軽くなったような気がした。

加賀
普段から人の話を聞かねぇ、人の視線の意味も理解できねぇ
そんな奴が俺の力になろうなんざ、千年早ぇっていつも言ってるだろ

言葉の中にサトコへのサインを忍ばせた時、ドアが開く音が聞こえた。
振り返ると、石神がじっとこっちを見下ろしている。

石神
いいザマだな

(うるせぇ。てめぇの声は耳障りだっていつも言ってんだろうが)

普段以上に人を小馬鹿にした態度と挑発するような言葉に、微かな光が見える。
そして思いっきり殴られた瞬間、それは確信に変わった。

サトコ
「石神教官!やめてください!」

石神
警察、そして公安の顔に泥を塗るとは、堕ちたものだ

加賀
てめぇ‥

(痛ぇよ、クソ野郎が)

心の中で悪態をつきながらも、次の一手を考えていた。

to be continued

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