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恋の秋 加賀1



【教官室】

サトコ
「加賀教官のお手伝いをされて頂こうと思います」
「講演に必要な資料とか、何でもしますから‥!」

加賀
‥‥‥
‥助かる

サトコ
「え‥今なんて?」

(た‥助かる?あの加賀教官が‥?)

いつも厳しい教官からの予想外の言葉に、自然と舞い上がってしまう。

(もしかして私、ついに『役に立つ女』に昇格‥!?)

サトコ
「氷川サトコ‥教官のお役に立てるよう、しっかり仕事させていただきます!」

颯馬
‥よりによって加賀さんですか

石神
雑用に使われる未来が容易に想像できるな


キミ、兵吾さんから色々と無理難題を頼まれそうだね、ご愁傷様

サトコ
「とんでもないです。加賀教官が私を鬼のようにこき使うなんてこと‥」

その時、加賀教官の口元が緩んだ。

加賀
じゃ、しっかり仕事しろよ。補佐官

そういうと意地悪な笑みを浮かべたまま、私の頭をポンと撫でて教官室を出ていく。

サトコ
「こ‥こき使うなんてない‥はず‥」

後藤
‥氷川、頑張れ

(うん、今回もたくさん働かされる予感‥)
(けど、加賀さんと一緒にいる時間も増えるし‥)
(監査も入ってるんだし、学校がなくならないように気合いを入れて行かなくちゃね!)



その日の夜‥

(イベントの日、空き時間を一緒に回れたらいいなって思ってたけど‥)

そんな話をする間もなく、私は膨大な資料と向き合っていた。

(公安学校がどんなことをしているか講演するから、資料作れって言われたけど‥)

加賀
ったく‥イベントなんてめんどくせーこと思いつきやがって

サトコ
「教官‥」

加賀
あ?

サトコ
「ところでどうして、私だけが資料の山に囲まれているんでしょうか‥」

講演に必要な資料作成に追われている私の傍ら、教官はただ座ってじっとこちらを見ている。

(確かに『何でもする』って言ったのは私だけど‥)
(でも、流石に『私だけがする』って意味じゃなくて‥!)

加賀
『デキる』誰かさんの監督に決まってんだろ

サトコ
「え‥?」

<選択してください>

A: 今、なんて‥?

サトコ
「あの‥加賀教官‥」
「今、なんて言いましたか?」

加賀
あ?わざわざ聞き直すんじゃねぇよ

(うぅ、『デキる』なんて滅多に言ってくれないんだからもう一度くらい言ってくれてもいいのに)

B: ようやく認めてくれたんですね!

サトコ
「ようやく認めてくれたんですね!」
「ここまでの道のり、長かったです‥」

加賀
デキる奴だよ、ほんのこれっくらいだが

(‥僅か数ミリ)

C: 幻聴が‥

サトコ
「おかしいな、疲れで幻聴が聞こえたのかもしれません‥」

加賀
そうかそうか、もっと苛められたいならそう言えよ?

サトコ
「ご、ごめんなさい‥」

(どんな理由であれ、加賀教官に『デキる』って言われたのは嬉しいな‥)

私の思考は結構単純らしく、その言葉だけでまだまだやる気が出てくる。

加賀
おい、手が止まってんぞ
これ以上遅くなると俺まで手伝わなきゃならなくなるだろうが

サトコ
「加賀教官も少しは手を動かして‥」

加賀
あ?

サトコ
「何でもありません」

加賀
なら口を動かさず、手を動かせ、クズが
大体お前が講演に必要な資料を作りてぇって言ったんだろうが

(‥うぅ、その通りだから何も言えない)
(講演なんて大役を任されるなんて‥やっぱり加賀教官はすごいってことだし‥)
(私にとっても、すごくいい経験なんだけどね)

加賀
何ニヤけてやがる、気持ち悪い

サトコ
「‥加賀教官に公安学校の命運がかかってるんだなと思って」
「当日はしっかり講演して、学校の良さをアピールしてくださいね!」

加賀
はぁ?
アピールって‥あぁ、そういうことか

学校の存亡がかかっていることを思い出したのか、加賀教官が面倒そうにため息を吐く。

加賀
確かに『大事』な講演だからな
ってことでほら、この資料も纏めとけ

サトコ
「な、なんでそうなるんですか!」
「さっきから加賀教官は何もしてないじゃないですか、少しは手伝ってくれても」

加賀
こうなるって分かってて、俺の手伝いをするって言ったのはテメェだろうが
このマゾ女

加賀教官はドヤ顔を見せながら、私の目の前にドサッと資料の山を築いた。

サトコ
「私が加賀教官を選んだのは、補佐官だからじゃなくて‥」

(「少しでも加賀教官と‥恋人と一緒にいたいから」なんて)
(今以上にからかわれそうで言えない‥)

加賀
補佐官だからじゃなくて?

(私情をはさんでしまった私が浅はかだったかも‥)
(いや、でも、少しは気づいてくれても‥!)

サトコ
「‥っ、何でもありません!」
「加賀教官はもう少し女心を勉強した方がいいと思います!」

加賀
女心、ねぇ?

サトコ
「加賀教官は女心、全然分かってないですし‥」

せめてこれくらいの反抗は許されるだろう、とプイッとそっぽを向きながら呟く。

加賀
何が分かってないって?

サトコ
「え‥ちょっ、教官?」

今まで椅子に腰かけたままだった加賀教官が急に立ち上がり、私との距離を詰めてくる。
ドキドキと高鳴る胸に手を当てながら、私は一歩、また一歩と後ずさってしまう。

加賀
逃げんじゃねぇよ

サトコ
「加賀教官が、ち、近づいてくるからです」
「資料作りが出来ないので、あんまりこっちに来ないでください‥!」

加賀
喧嘩売ってきたのはそっちだろうが

その表情は教官ではなく、二人きりの時に見せる男性の表情そのものだった。

(‥こんな時に教官から男の顔に戻るなんて、ズルいよ)
(ドキドキしてるのって私だけなんだろうな、なんだかそれも悔しい‥)

加賀
こっちに来るなって啖呵切った分際で、物欲しそうなツラしてんじゃねぇよ

サトコ
「物欲しそうな顔なんて‥」

加賀
してんだろーが

私の言葉を遮りながら、加賀教官は私の顎に手を当てて、上を向かせる。
すると、真剣な表情で私を見つめる加賀教官の瞳と視線が絡まった。

加賀
気づいてないのか?
お前の顔、ここに『苛めてください』って書いてあんぞ

サトコ
「えっ‥!」

思わず自分の顔に触れてしまう。
つまり、それは加賀教官の言葉を肯定してるわけで‥。

加賀
「ほら、テメェでも自覚はあるんだろうが」

<選択してください>

A:気のせいです

サトコ
「‥そんなの、加賀教官の気のせいです」

加賀
真っ赤なツラで、気のせいなんてどの口が言うんだよ

私の顎を掴み、頬をむにゅっとつまんでくる。

B:加賀教官はズルいです

サトコ
「加賀教官はズルいです」
「‥分かっているなら、言わないで欲しいのに」

加賀
つまり、物欲しそうな顔をしてたって認めるんだな?

C:いけませんか?

サトコ
「‥いけませんか?」

加賀
悪くはねぇが、だがそうやって素直に認められるのは面白くねぇ
もっと揺れ動くさまを見せてみろよ

(ああ‥このまま加賀教官に‥)
(って、違う違う!資料作成があるんだし、中途半端なことはできない)
(教官だって私がやり遂げることを期待して仕事を任せてくれてるんだし‥)

教官の甘い誘惑につい流されそうになりながらも、必死に首を振る。

サトコ
「と、とにかく!」
「私は資料作りで忙しいんですから、からかわないでください!」

すると‥

加賀
確かにな。お前の手が止まったら資料がいつまでたっても出来上がらねぇし

(よかった‥これで解放され‥)

加賀
じゃ‥終わったら褒美に抱いてやるよ

サトコ
「なっ‥!」

私の髪を一房取り、それに口づけながら加賀教官は妖艶な笑みを浮かべた。

サトコ
「こ、ここ、宿直室です‥!」

加賀
いちいち動揺すんな。場所なんて関係ねぇだろ
ここには俺とお前しかいねぇ‥男と女がやることと言ったら1つだろーが

私の首筋を、細く長い指でなぞりながら、加賀教官が耳元で囁いてくる。
少し掠れた声が、やけにリアルに響いて、心臓が早鐘を打つ。

サトコ
「だ、ダメです‥!」

心を鬼にして加賀教官から離れようとしたけど、グイッと強く抱き寄せられる。

加賀
ほら、お前のツラも赤くなってる‥
宿直室でされる‥って興奮してんのか?

サトコ
「そ、そんなわけ‥」

加賀
お前はいつもそうだよな
嫌がる素振りは上手い、俺に『流される』のを待ってんだろ?
だからお前のお望み通り流してやるよ

加賀教官は私の制服のボタンを1つ外しながら、妖艶な囁きを投げかけてくる。

サトコ
「ほ、本当にダメですって!」

ぎゅ、と強く目を閉じて、私は加賀教官の腕から逃れた。

加賀
‥‥‥
強情な女、俺から離れられないくせにな

加賀教官はため息を吐き、ドカッとさっき座っていた椅子に再び腰かける。

(‥もしかして、怒らせちゃったかな)
(けど、講演用の資料をちゃんと作らないと‥)

流されてしまいたい、でもイベントを疎かにしたら学校がなくなってしまう。
2つの考えに揺れた挙句、私は補佐官としての使命を全うすることを選んだ。

(ごめんなさい‥でも、学校がなくなって教官とも離れ離れなんて絶対イヤだし‥)
(無事にイベントが終わるまでは、私、心を鬼にします‥!)

きゅ、と唇を強く結んで資料作りを再開する。
途中、加賀教官の冷ややかな視線に居心地が悪かったけど、私は気づかないふりをした。

それから数日後。

サトコ
「はぁ‥終わった‥」

随分と睡眠時間を削ったおかげで、講演用の資料を作ることができた。

(何度も見直したし、ミスはなかった‥)
(これなら加賀教官も認めてくれるはず!)

サトコ
「失礼しま‥」
「わっ‥な、なんですか、これ」

教官室に入ると、食欲をそそる焼き芋の香りが鼻をくすぐる。
そして段ボール箱に詰められたサツマイモや栗。

サトコ
「どうしたんですか、これ‥」

石神
警護課のとある部長から、秋の味覚セットが届いたんだが‥

颯馬
見ての通り、サツマイモや栗が沢山入っていて絶賛消費中なんですよ

後藤
‥上からの贈り物ということもあって、腐らせるわけにもいかないからな


律儀だよね。適当に食べたってことにすればいいのに

それぞれ焼き芋を食べながら、各々言葉を呟いている。

(何か、教官たちに秋の味覚セットなんて似合わなさすぎる‥)
(5人で仲良く焼き芋を食べてるって、他の人が知ったら驚きそう)

加賀
イモくせぇ‥

(あ‥加賀教官‥。教官と会うのは、この前ぶりなんだよね‥)

颯馬
貴女も食べて行きませんか?

サトコ
「えっ?い、いえ。教官たちへの贈り物ですし‥」


キミ‥悪いものでも食べた?

サトコ
「はい?」


『何のとりえもないけど、よく食べます』ってキャラでしょ。食べなくていいの?

後藤
遠慮ならいい。どうせこのままここにあっても食べきれないからな
焼き芋や栗が苦手でなければ、食べてってくれると、こちらとしてもありがたい

サトコ
「嫌いじゃないですけど‥」

いつもの私だったら嬉しくて、もっとワクワクした表情を見せていたと思う。

(けど‥)

加賀教官は私の方を見ることなく、黙々と焼き芋を食べている。

(あんな別れ方しちゃったからかな‥)

加賀
‥‥‥
俺から離れられないくせにな

(あの時の加賀教官、冷たい視線を向けてきた‥やっぱり怒ってる?)
(よくよく考えたら‥すごく失礼な物言い、しちゃったよね)
(私だって教官の言う通り、心の中では期待してる部分もあったのに‥)

颯馬
もしかして、寝不足ですか?
悩みがあるなら相談に乗りますよ?

石神
それとも、眠る時間がないくらいの仕事を誰かに押し付けられているのか?

誰か、と言いながら石神教官は加賀教官を一瞥して問いかけてくる。

(いや、それもあるんですけど‥そこじゃなくて‥)
(なんか‥すごく気まずい)

颯馬
疲れているのなら、余計に甘いものを食べた方がいいですよ

颯馬教官はお芋の饅頭を差し出しながら、にっこりと微笑んでくる。

後藤
何か飲むか?

サトコ
「えっ、あの、本当にお気遣いなく‥!」

石神
本来ならば、君を労うのは加賀の役目なのだが
しかし、加賀はこき使うことはあっても労うなんて脳を持ち合わせていないだろうからな

加賀
んだよクソメガネ。遠回しに嫌味を言ってるようにしか聞こえねぇんだよ

颯馬
加賀さん、石神さんは遠回しにじゃなくてストレートに言ってると思いますけど?

後藤
周さん、あんまりそういうことは言わない方がいいんじゃ‥

加賀
こいつをどう使おうが、俺の勝手だろうが

加賀教官は眉根を寄せたまま、ふい、と視線を逸らせてくる。

颯馬
あぁ、そういえば荷物を持たせたままでしたね
それ、加賀さんの講演用の資料でしょう?机の上に置いておけばいいですよ

サトコ
「は、はい‥」

颯馬教官の優しい言葉が心に沁みるけど、私の頭の中は加賀教官のことでいっぱいだった。

(拒否するにしても、あんな言い方をしなくてもよかったかも‥)
(もしかしたら、私と甘い時間を過ごしたいって思ってくれてたかもしれないし‥)

考えれば考えるほど深みにはまってしまい、加賀教官の顔をまともに見れなくなる。

加賀
‥‥‥

その時、無表情の加賀教官がすっと立ち上がる。

加賀
おい、クズ女

そう言って私を見下ろす彼の表情は、今までに見たことのないものだった‥

to be continued

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