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合宿 石神2話

山の捜索演習中に豪雨に襲われた。
私と石神教官は雨が弱まった隙に下山しようと先ほど通った川沿いに戻ってくる。

サトコ
「かなり水かさが増してますね‥河原にも水がきてる‥」

石神
今の状況で川沿いを歩くのは危険だな

サトコ
「でも、ここを通らないと下山できませんよね。どうしましょう‥」

石神
‥もう少し様子を見るか

サトコ
「このまま雨が強くなるんなら、今のうちに通った方がいいということはありませんか?」
「ここが通れなくなったら帰れなくなりますよね」

石神
お前の言うことにも一理あるが‥この川の勢いではな‥

その眉をひそめ、石神教官は睨むように川を見つめている。

(石神教官ひとりだったら、きっと今のうちに抜ける選択をしてるよね)

サトコ
「私のことだったら心配しないでください!慎重に進みますから!」

石神
いや‥一瞬でも勢いが増せば足をとられる

サトコ
「でも、教官ひとりだったら進んでますよね?足手まといにはなりたくないんです」

石神
俺ひとりなら‥待機だ

サトコ
「そうなんですか‥?」

(川は危険だからっていうのはわかるけど‥)

石神
川に落ちたら最後だからな

サトコ
「このくらいの流れなら、まだなんとか泳げそうですけど‥」

石神
川を甘く見るな

サトコ
「はい‥」

(やけにこの川を警戒して言う気がするのは気のせい?)
(もしかして水難関係の嫌な事件でも経験してるのかな‥)

サトコ
「あの‥余計なことだったらすみません。川で何かあったんですか?」

石神
‥なぜそう思う?

サトコ
「川に関して、いつもより慎重な気がして‥」
「私が聞くことで、嫌なことを思い出させたりしていたら申し訳ないなと‥」

石神
‥‥‥

サトコ
「も、もし話題にされたくないのであれば、これからは気を付けます!」

石神
そういう話ではない。そうだな‥きちんと話さなければ、指示がブレて見えるか
氷川、とりあえずこの木の陰に来い。弱くなったとはいえ、かなり濡れている

サトコ
「はい‥」

教官に手招きされ、川から少し離れた木の陰に入る。

(石神教官、どうしたんだろう‥)

石神
‥俺は泳げない

サトコ
「え‥」

石神
川に落ちたら流されるしかない。助けようとするお前も危険にさらしてしまうだろう
だから俺は極力川や海には近づかないようにしているんだ

(教官がカナヅチなんて‥)

サトコ
「教官にも苦手なことってあるんですね‥」

石神
当たり前だ。俺は周りが言うほど万能なサイボーグじゃない
‥ガッカリしたか?

<選択してください>

A:秘密を知れて嬉しい

サトコ
「教官の秘密を知れて嬉しいです」

石神
秘密というほどのものでもない‥チームの者には知らせている
万が一の時に隠していたら命に関わるからな

サトコ
「そうですよね‥そういうことも冷静に考えられる教官を私は尊敬しています」

B:カナヅチくらい気にしない

サトコ
「カナヅチくらい気にしません。なぜか身体が浮かない人もいるって聞きますし」

石神
ああ‥何度も練習はしたんだが、なぜか身体が沈む
加賀には機械の身体だから浮かないんだと言われたがな‥

サトコ
「ふふ、いかにも加賀教官が言いそうです」

C:泳げないなんて意外

サトコ
「泳げないなんて意外です‥教官って運動苦手じゃないですよね?」

石神
水泳以外は問題ない。どうしてか泳ぎだけはだめだ。身体が水に浮かない

サトコ
「そうなんですね‥コツをつかめば簡単だと思いますけど」

石神
泳げる奴は皆、そう言うからな‥

サトコ
「あ‥すみません‥」

石神
お前の顔が見えていなくてよかった

サトコ
「どうしてですか?」

石神
顔が見えていたら、恥ずかしくて言えなかっただろうからな

サトコ
「石神教官‥」

(教官が弱点を告白してくれたんだから、もっとうまくフォローしないと!)

サトコ
「でも、大丈夫ですよ!私、泳ぎは得意なんです」
「もし、教官が鉄砲水にさらわれても、ちゃんと泳いで探し出せます」
「なにせ学生時代は『長野のカッパ』と呼ばれたくらいで‥」

ドンッと胸を叩くと、突然唇に柔らかい感触が触れる。

サトコ
「んっ‥」

目の前にはメガネのない石神教官の怜悧な顔。

(キスされてる‥)

ゆっくりと唇が離れて、一気に頬に血が上るのを感じる。

(きっと真っ赤になってる‥教官のメガネがない時でよかった‥)

石神
今の‥合っていたか?

サトコ
「は、はい‥」

キスのタイミングを尋ねる教官に、ますます顔が熱くなって目を伏せてしまう。

石神
ふっ‥お前は‥

石神教官が苦笑する気配を感じた時‥急に空が明るくなってくる。

サトコ
「わ‥晴れてきました‥!」

石神
雨雲が通り過ぎたのか?

どんよりとした雲の隙間から、光が差し込む。
青い空には七色の橋がかかっていた。

(虹が出て綺麗だけど‥教官はきっと見えないだろうな‥)

サトコ
「でも、川の濁流は治まりませんね‥」

石神
増水した川はそう簡単には落ち着かないからな‥流れ次第では急に勢いを増すことがある
もう少し様子を見て下山のタイミングを決めよう

サトコ
「わかりました」

石神
あの辺りに小さな小屋があったんだが‥見つかるか?

サトコ
「小屋‥あ、ありました!全然気が付かなかった‥」

石神
川の管理小屋だろう。あそこで休んで体力を回復させるぞ

サトコ
「はい!」

私は石神教官の手を引いて、川の管理小屋へと向かった。

サトコ
「失礼します‥って、誰もいないんですね」

石神
普段は無人なんだろう。あれは暖炉か?他に使えそうなものは‥

教官は小屋の隅々まで調べてから、こちらを振り向いた。

石神
着ているものを脱げ

サトコ
「え!?」

(ぬ、脱げって‥)

<選択してください>

A:恥ずかしがる

サトコ
「そ、そんな‥こんなところで‥いくら二人きりだからって‥」

石神
そのまま濡れた服を着ていれば体温が下がる一方だ
暖炉に火を点けるから、そこにある毛布をかぶっていろ

B:怒る

サトコ
「な、何を考えてるんですか!中断されてるとは演習中に‥!」

石神
濡れた服を着ていれば体温が下がる
下山の前に、そこの暖炉で服を乾かしておけ

C:冗談だと笑う

サトコ
「もうなに言ってるんですか。冗談は宿に戻ってからにしてくださいよ」

石神
下山にはもう少し時間がかかる。濡れた服を着続けるつもりか?
そのままでは体温は奪われる一方だ。暖炉を点けるから乾かしておけ

サトコ
「あ‥はい‥」

(そういう意味だったんだ‥)

石神教官は置いてあった毛布を取ると、私に向かって投げる。
そして暖炉の火を点け始めた。

サトコ
「暖炉‥使えますか?」

石神
ああ‥湿気ているが、何とか火が点きそうだ

暖炉に火が灯ると私たちは濡れた服を脱いで、椅子の背に掛けて乾かし始めた。

(暖炉があるとはいえ‥教官、上になにも羽織らないで寒くないのかな‥)

隣に座った石神教官の横顔はいつもと変わらず考えが読めない。

(ひとりで考えるより、勇気を出して聞いてみよう)

サトコ
「あの‥」

石神
なんだ?

サトコ
「毛布‥入りませんか?くっついた方がきっと早く温まります」

石神
‥‥‥

石神教官がジッと私を見つめる。

(何を言ってるんだって怒られる?)

石神
‥なら、こうするか

サトコ
「え?」

教官は私の毛布を取ると、背中から抱きしめて毛布を羽織りなおした。

石神
この方が寒くないだろう

背中に感じるのは石神教官の鼓動。
その腕に包まれると、緊張が抜けて身体の力が抜ける気がした。

サトコ
「‥くしゅっ」

石神
大丈夫か?

サトコ
「すみません。気が抜けたみたいで‥大丈夫です」

石神
すまないのは俺の方だ。多少無理してでも川沿いを抜ける判断をすれば‥
今頃は宿についていただろう

サトコ
「川の水かさと勢いが増していたのは事実です」
「私はどんな時でも教官の判断を信じていますから、今回もこれで正解だったと思ってます」

石神
‥お前はフォローが上手いな

サトコ
「本当にそう思ってますから」

石神
今日の俺は‥とても教官らしくカッコつけられたものじゃない
こんな姿、お前には見せたくなかった

サトコ
「教官‥」

私は少し体勢をずらして石神教官の顔を見上げる。

サトコ
「教官でも‥そんなこと気にするんですね。カッコつけるとか‥」

石神
お前の前ではただの男でいたいと思っている
いや‥正確にはお前の前だと、タダの男にさせられる‥

その声に甘さが帯びて、ふと素肌が触れ合ってることを意識してしまう。

サトコ
「あ、あの‥っ」

石神
二人だと暖かいというのは本当だな
もう少し‥暖めてくれ

ぎゅっと抱きしめられ、私は頷くことしかできない。

(こんなふうに抱きしめられたら‥寒さなんて忘れちゃうよ‥)

チラッと見上げた石神教官はいつもより優しい表情で。
私も自然と自分の気持ちが口に出てしまう。

サトコ
「私は‥どんな石神さんでも好きなんです。カナヅチでもカッコ悪くても‥」

石神
サトコ‥

サトコ
「だから諦めてくださいね。ずっと好きなままですから」

石神
まったく‥さっきの俺の言葉の意味をきちんとわかっているのか?

サトコ
「え?」

石神
教官でも上司でもない俺は‥好きな女の前で自分を押さえることはできない

サトコ
「石神さ‥」

名前を呼ぶ声は口づけに飲み込まれた。

サトコ
「んっ‥」

性急ではないけれど、息を継ぐのが精一杯なキス。
いつの間にか正面から抱き合っていて、私の手は石神さんの胸元に触れている。

(石神さんも‥ドキドキしてる‥?)

石神
サトコ‥

少し身体を離して石神さんが私の名を呼んだ時だった。
暖炉の前で乾かしていた上着から携帯の鳴る音がする。

石神
‥今日はここで時間切れだ

フッと微笑む石神さんに真っ赤になりながらコクリと頷く。

石神
後藤からだ‥
俺だ。どうした?‥ああ、今、氷川と川沿いの管理小屋にいる
‥わかった。よろしく頼む

サトコ
「あの‥後藤教官たちは今どこに‥」

石神
一旦宿に帰って、この近くまで様子を見に来ているそうだ
河原の近くで合流することになった。万が一に備えての救援道具も持参しているそうだ

サトコ
「それなら教官も川沿いを歩いても安心ですね!」

石神
もう “教官” ‥なのか?

サトコ
「えっ‥」

乾いた服をこちらに投げて、石神教官が意地悪な笑みを浮かべる。

サトコ
「さっき時間切れだって言ったから‥」

石神
そうだな‥続きは、今度の休みまで待つか

服を着ながら、名残を惜しむように教官の唇がもう一度軽く触れていった。

サトコ
「川の流れも落ち着いてよかったですね」

颯馬
ええ。お二人が管理小屋にいると聞いた時は安心しました

後藤
すっかり晴れて、あの豪雨が嘘みたいですね

石神
山の天気の変わりやすさがわかっただけでも訓練生には収穫だろう

サトコ
「そういえば、雨が止んだ瞬間に綺麗な虹が見えたんです」

颯馬
私たちも見ましたよ

後藤
きっと黒澤が張り切って写真に収めてるんじゃないか?

石神
あれだけ見事な虹なら写真に残す甲斐もあるだろう

サトコ
「そうですよね‥って、あれ?」

(石神教官、虹が見えてたの?)
(メガネがなくて私の顔も見えなかったんじゃ‥)

サトコ
「石神教官、まさか‥」

石神
照れたお前も悪くなかった

サトコ
「!」

コソッと囁かれ、心が飛び跳ねる。

(あ、あの時、真っ赤になった顔見られてたんだ!)

サトコ

「意地悪です‥」

石神
「どんな俺も好きなんだろう?

サトコ
「う‥」

惚れた弱み‥それを噛み締めていると、視界で何かがきらりと光った。

サトコ
「あ!教官のメガネをかけたサルがあんなところに!」

石神
俺のメガネ、返してもらうぞ!

サトコ
「え、あ‥教官、足元!」

石神
!?

サルを追おうとして踏み出したのは川の中。
そのまま川に石神教官の姿が消えそうになって‥

サトコ
「今、長野のカッパが助けます!」

後藤
氷川!?

颯馬
長野のカッパ!?

迷わず川に飛び込むと、私は石神教官をしっかりとつかんで岸へと無事戻ったのだった。

Happy  End

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