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合宿 後藤1話



公安学校の合宿。
石神班として山を訪れた私たちに最初に課せられたのは『2人でタッチ』というレクリエーション。

(ここは補佐官として、後藤さんを‥)

心の隅で『恋人』として‥と、ちょっと思いながら後藤さんの手を取る。

サトコ
「後藤教官、逃げましょう!」

後藤
おい、氷川‥

黒澤
待ってください!サトコさん!

後藤さんの手を掴み、さっそく遠くに走り出そうとすると黒澤さんに呼び止められた。

黒澤
『2人でタッチ』はただ鬼から逃げることが目的じゃなくて‥
鬼の背後に回り込んで、背中をタッチすることが目的です

サトコ
「え‥そうなんですか?」

黒澤
愛の逃避行は今度にしてくださいね

サトコ
「す、すみません‥最後まで聞かないで走り出そうとしたりして‥」

後藤
そそっかしいのは悪い癖だ。気をつけろ

サトコ
「はい‥申し訳ありません!」

難波
ま、レクリエーションなんだからいいでしょ。楽しくやってよ

(恥ずかしい勘違いしちゃった‥)
(演習本番には、もっと気を付けるようにしないと‥)

後藤
アンタらしいな

苦笑を刻む後藤さんに私はただただ赤くなるしかなかった。

石神
レクリエーションが終わったところで演習に移る

難波
石神、俺から説明する

石神
もう一度レクリエーションというのはやめてくださいよ

難波
わかってるって。今回の合宿の目的はパートナー力の強化だ
2人1組で協力して、鬼泣山山中に隠された極秘情報に辿り着け

颯馬
山中には訓練用の設問がいくつか用意されています

石神
正しい答えを選べば、自然にゴールに辿り着くようになっている

颯馬
1位の組にはご褒美もあるので期待して頑張ってくださいね

男子訓練生A
「ご褒美って‥」

男子訓練生B
「特別にいい評価がつくのかもしれないな」

将来の出世につながるかも‥と皆がやる気を出すのがわかる。

(出世がすべてじゃないけど‥いい評価につながるなら私も頑張ろう!)

後藤さんの恋人でいるためにも、校内での成績は下げられない。

颯馬
ペアはこちらであらかじめ決めてありますから、今から発表します
大野君、山下君組‥笹山君、沢渡君組‥

私の名前が呼ばれたのは一番最後だった。

颯馬
サトコさん、後藤組、以上です

サトコ
「え‥っ」

(私のパートナーって後藤さんなの?)

後藤さんを見ると、後藤さんも驚いたように颯馬教官に声を掛けている。

後藤
俺も参加するんですか?

颯馬
人数の都合で偶数にしなきゃいけないから頑張ってきて

後藤
そういうことなら仕方ないか‥氷川だけひとりというのもフェアじゃないからな

石神
その代り後藤、お前は最低限の行動しかするな。基本は氷川の判断に任せろ

後藤
わかりました

サトコ
「後藤教官、よろしくお願いします!」

後藤
ああ‥今回はペアでの演習だ
教官と補佐官としてではなく、背中を預ける相棒のつもりでやれ

サトコ
「はい‥!」

(相棒‥後藤さんに認めてもらえるチャンスかもしれない!)

石神
あまり張り切りすぎるな。かえって失敗につながる

サトコ
「は、はい‥」

気合いを入れていると、いつもより低めの声で石神教官にたしなめられる。

(なんか‥哀れむような目で見られている気がするんだけど‥気のせいだよね?)

難波
校内や街中の演習とは違う自然の中を楽しんで捜索して来い

全員
『はい!』

こうして合宿最初の演習が始まった。



サトコ
「なかなか険しい道のりですね‥」

後藤
鬼も泣くというくらいの山だからな。上の方はもっと急勾配の道が続くだろう
足元にくれぐれも気をつけろ

サトコ
「はい!あ、あの立て看板‥最初の設問みたいです!」

(演習の設問だから、捜査に必要な知識とかを聞かれるのかな‥)

緊張しながら立て看板に近づいていくと‥

サトコ
「えっと‥」
「『設問1:後藤教官が恰好いいと思う組は右へ、一柳教官が格好いいと思う組は左へ進め』」
「‥え?」

後藤
「‥今すぐ、ここで問題を書き換えてやろうか‥

サトコ
「それはちょっと‥用意されてる設問なんですから答えて行きましょう」

後藤
「‥アンタが答えろ

サトコ
「は、はい‥」

(後藤教官と一柳教官、どっちが格好いいかって問いなんだよね‥)

<選択してください>

A:後藤教官を選ぶ

(考えるまでもない‥後藤さんに決まってる!)

サトコ
「右へ行きましょう!」

後藤
‥わかった

右に向かって歩き出す後藤さんは軽く頭を掻いている。

(もしかして照れてる‥?)
(ふふっ、後藤さんのこんな顔が見れるなんて‥設問を考えてくれた人に感謝かな)

B:一柳教官を選ぶ

(後藤さんの前で後藤教官の方を選ぶのも何だか恥ずかしいし‥)
(一柳教官の道にしようかな)

サトコ
「左に行きましょうか‥」

後藤
アンタ‥一柳の方がいいのか?

ふっと悲しそうな声で問われてしまい、私は大きく手を振る。

サトコ
「ち、違います!ちょっと照れくさく思っただけで‥」
「本当は右に行きたいんです!右に行きましょう!」

後藤
ああ‥

(こんなことになるなら、最初から右を選んでおけばよかった‥)

C:やっぱり後藤に選んでもらう

サトコ
「‥‥‥」

(いざとなると答えづらいよ‥)

サトコ
「あの‥やっぱり後藤さんが選んでくれませんか?」

後藤
‥選べないのか?

後藤さんの表情が曇って、私は大きく首を振る。

(選べないってことは、後藤さんのこと格好いいと思ってないって誤解されても仕方ないよね)
(ここは恥ずかしくても、ちゃんと選んで行こう)

サトコ
「そ、そんなことないです!右に行きましょう、右に!」

右を選んで進んでいくと、さらなる設問が続いていた。

後藤
ったく‥くだらない質問ばかり考えたのは黒澤だな

サトコ
「でも、難しい問題じゃなくてよかったです」

(その分、道が険しくて体力勝負になってきたけど‥)

サトコ
「はっ‥」

後藤
獣道みたいになってきたな。大丈夫か?

サトコ
「はい!これくらい平気です!」

(キツくなってきたけど‥このくらいで根は上げられない‥!)

サトコ
「あ!次の設問が見えてきました」

後藤
次は‥この先、選ぶ道は?‥か。比較的まともな質問だな
『険しい道を選ぶ組は右へ。緩やかな遠回りを選ぶ組は左へ‥』

サトコ
「どちらに進みましょうか?」

後藤
左へ行こう

サトコ
「遠回りでいいんですか?」

後藤
これより険しい道になると、万が一のことがある
ここは遠回りでも確実な道を選んだ方が賢明だ。実際の捜査でもそうするだろう

(こう言ってはくれてるけど、後藤さんひとりだったら険しい道を選ぶんだろうな‥)
(私の息が上がってるのを見て、左を選んでくれたんだよね)

後藤
どうした?行くぞ

サトコ
「は、はい!」

後藤さんの言葉に出さない優しさに申し訳なさを感じながら、左の道に進んだ。



サトコ
「こ、これでも緩やかな道なんですね‥」

後藤
「左に来て正解だったな。これより険しい道じゃ結果的に進みが遅くなるはずだ」
‥サトコ、俺の後ろを歩け

サトコ
「横じゃダメなんですか?」

後藤
虫が多くなってきた。俺の後ろにいてくれれば進みながら払える

サトコ
「ありがとうございます‥」

(後藤さんはいつも私の事気にかけてくれるのに‥)

サトコ
「すみません。足を引っ張ってばかりで‥」

後藤
謝るな。この演習はパートナー力を強化するためだと難波さんも言っただろう
パートナーなら気遣うのは当たり前だ
それに‥

サトコ
「それに‥?」

後藤
‥いや、なんでもない

何かを言いかけて飲み込んだ教官の横顔を見ると、ほんのりと赤い気がする。

(そんな顔されると‥都合のいいこと想像しちゃいますよ?)

後藤
また設問が見えてきた

サトコ
「ふぅ‥全部で何個あるんでしょうね。次の問いは‥」
「『女性にされるならどっち?膝枕なら右へ、抱き枕なら左へ‥』」

後藤
‥‥‥

サトコ
「これは‥後藤さん、選んでくれませんか?男性向けの質問だと思うので‥」

後藤
‥わかった

(膝枕と抱き枕、どっちを選ぶんだろう‥)

後藤さんが選んだのは‥右の道だった。

(あ‥膝枕の方がいいんだ‥)

サトコ
「今度‥」

後藤
何も言うな

サトコ
「は、はい‥」

(後藤さん、照れてる‥)

サトコ
「なんか‥いい匂いがしてきませんか?」

同時に、私のお腹が正直にグゥと鳴る。

サトコ
「す、すみません!訓練中に!」

後藤
アンタの腹が鳴るってことは、間違いなく食いもんが近くにある証拠だな
‥あそこに見えるのはテントじゃないか?

サトコ
「本当だ‥休憩所って書いてありますよ!」

運動会にあるような白テントの休憩所では黒澤さんが待っていた。

黒澤
後藤さんとサトコさん!一番乗りですね

サトコ
「本当ですか!?」

黒澤
ええ。ゴールに辿り着くには、この休憩所は必ず通過しなければいけません
ここに姿を見せたのはお二人が初めてですよ

後藤
大方、険しい近道を選んで苦戦してるんじゃないか?

黒澤
多分、そうでしょうね。ここで飲み物とサンドイッチ食べて行ってください
オレの特製カレーはまだ煮込み中なので‥残念です

サトコ
「わ、オレンジジュース嬉しい‥」

軽食で休憩していると、黒澤さんが地図を確認している。

黒澤
休憩所を過ぎれば、次に待ってるのは最後の設問です
このまま行けば、お二人が優勝ですね!

後藤
優勝?

サトコ
「そういえば‥颯馬教官が1着の組にはご褒美があるって言ってました!」

後藤
そうだったな‥すっかり忘れてた

サトコ
「私もです‥」

(大変だったけど、後藤教官との訓練に夢中になってた‥)

黒澤
その余裕‥さすがですね。サトコさん、後藤さんペアは

サトコ
「でも、せっかくなら優勝目指したいですね!」

後藤
ああ

黒澤
ただ最後の設問には気を付けてくださいね
間違った方を選ぶと、コレまで以上に過酷な道が待っています
ここで間違えたら‥優勝は遠のくものと思ってください

サトコ
「わかりました。凄く重要なんですね。次の設問は‥」

(どんな問いなんだろう。急に難しくなったりして‥)

後藤
ここまで順調に来れたんだ。同じように選んでいけば大丈夫だろう

サトコ
「そうですよね!自分には正直に選びます」

休憩所を出て少し歩くと、最後の設問が見えてきた。

サトコ
「あれが最後の問い‥!」

後藤
『非常事態にどちらを選ぶ?パートナーの命より犯人確保優先の組は右へ‥』

サトコ
「『犯人確保よりパートナーの命優先の組は左へ』」

チラリと後藤さんを見るが、無表情のままだ。

(公安刑事としての正解は犯人確保優先なんだろうけど‥)
(でも私は‥)

後藤
‥‥
アンタが好きな方を選べ

サトコ
「いいんですか‥?ここで間違ったら、優勝できないかもしれないのに‥」

後藤
構わない、アンタに任せる

サトコ
「‥‥‥」

(犯人確保優先の右か、パートナーの命優先の左か‥)

<選択してください>

A:犯人確保優先の右

(優勝するなら‥右に行く方がいいんだろうな)

サトコ
「右に行きましょう」

後藤
自分が実際に選択しない方はたとえ演習でも選ぶな

サトコ
「教官‥」
「‥わかりました。左に行きます」

B:パートナーの命優先の左

(正解はきっと右だろうけど‥私だったら、パートナーの命を優先する)
(自分ができないことを選ぶことはできない‥)

サトコ
「左に行きましょう」

後藤
ああ

教官はそれ以上何も言わずに頷いてくれた。

C:決められずに立ち尽くす

(優勝したいなら右だけど、私が選びたいのは左‥どっちに行けば‥)

後藤
深く考えるな。実際にこういう場面に直面した時、自分が選ぶ方に行け

サトコ
「それなら‥左です」

後藤
左に行こう

左の道を進んでいくと、やはり不正解だったのか道は険しくなる一方だった。

(だんだん獣道すらなくなってきた‥)

後藤
歩けるか?

サトコ
「何とか‥あっ‥!」

踏み出した右足の地面がぬかるんでいた。

後藤
「サトコ!」

滑って倒れそうになった私を後藤さんが引き寄せる!

サトコ
「後藤さん!この下、急な坂が‥!」

後藤
しっかりつかまってろ!

私を腕に抱きこんだまま、転がるようにして下の道へ滑り落ちてしまった。

後藤
‥ケガはないか?

サトコ
「私は大丈夫です!後藤さん、腕が‥!」

後藤
ツタが絡んだだけだ

サトコ
「でも袖が破れてます!救急セット持ってるので、今、手当てしますから!」

後藤
ああ‥

サトコ
「すみません!私が転んだから‥」

後藤
あんな道じゃ無理もない。アンタに怪我がなければそれでいい

(後藤さん‥後藤さんの気持ちは嬉しいけど、足手まといになってばっかり‥)
(応急処置はできるけど、きちんとした手当てしたいし‥とにかく早くゴールしないと‥)

to be continued

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