カテゴリー

出会い編 石神2話

石神

何故呼ばれたか分かるか?

サトコ

「え‥」

(専属補佐官に指名されたから‥じゃないの?)

凍ってしまいそうな視線にたじろぐ。

教官はデスクに置いてあったファイルを手に取り、静かに口を開いた。

石神

氷川サトコ25歳

警察学校卒業後は長野県にて交番勤務。仕事ぶりは真面目で近隣住民からの信頼は厚い

だが上申書を見る限り不審点があまりに多すぎる上、入学条件を満たしていない

サトコ

「!」

石神

この学校は、より幅広く優秀な公安刑事を育成する場だ

私が言っている意味が分かるか?

サトコ

「それは‥」

(上申書が不審って‥富岡部長どんな書き方したの‥!)

(主席合格なんてありえないとは思ってたけど、そういうことだったんだ‥)

“刑事になりたい”という熱意を推して

公安学校へ推薦してくれたのは、長野県警でお世話になった富岡部長だ。

石神

主席入学にしてはこの出来だ

調べさせてもらった

サトコ

「‥‥‥」

石神

どういうつもりでここにやってきた?潜入捜査か

どこの誰に頼まれた

サトコ

「な‥!私はスパイじゃありません!」

「刑事になる夢を追ってここへ来ただけです。上申書については‥知らなかったんです‥」

(‥こんな言い訳みたいなの‥ダメだ‥)

石神

上申書を作成した上司の力だけではないはずだ

ここは警察内部で選ばれた人間しか入ることができない

一体どう切り抜けた

サトコ

「そ、そんなの私が知りたいくらいです!」

(私だって何も知らない‥)

(ホントに訳が分からないよ‥!)

石神

まぁ、いいだろう

何かの手違いだろうが、スパイだろうが大した差はない

サトコ

「それって‥」

石神教官は無造作にファイルを置くと、いつもの鋭い目線を向ける。

石神

刑事になりたいという熱意があれば許してやる

サトコ

「!」

石神

‥とでも言うと思うか?不要な人間はここにはいるべきではない

今なら他の人間には黙っておいてやる。直ちに自主退学しろ

サトコ

「え‥」

(今、なんて‥)

石神

聞こえなかったか?退学しろと言った

サトコ

「‥‥‥」

感情のない声に、頭の中が真っ白になる。

石神

ここにいるべき条件にも満たない者は要らない

我々は人材を育成するために時間を割いている

当然、無駄な時間は勿体ない

サトコ

「‥‥‥」

言葉が出ない。

言われていることにウソはなくて、どれも事実を的確に突いている。

石神

そもそも君に公安は向いていない

自分の居るべき場所へ戻れと言っているだけだ

簡単なことだろう。その上、誰にとってみても平和的な解決法だ

そして語尾を緩めないまま、最後のひと言を放った。

【学校 廊下】

(入学2日目にして退学か‥)

そもそも私はここに居る資格すらないわけだ。

(富岡部長が、何としても私を送り出したかったのは分かるし‥)

(合格したことに浮かれて、ちゃんと調べなかった自分が悪い)

サトコ

「はぁ‥」

颯馬

今日の講義はそんなにキツかったですか?

後藤

‥‥‥

サトコ

「颯馬教官‥後藤教官‥」

声に顔を上げると、颯馬教官がにっこりと微笑んでいた。

後藤教官も訝しげに私の顔を見る。

後藤

顔色が悪いが

サトコ

「いえ、その‥」

(不正入学だったなんて、こんなところで言えないし‥)

サトコ

「勉強になることばかりです。キツく感じるのは自分の鍛錬が足りないからですし」

「ただ‥もうここには居られないんだと思うと悔しさもあって‥」

颯馬

ここには居られないってどういうことですか?

サトコ

「それが‥」

“今なら他の人間には黙っておいてやる”

(‥石神教官がそう言っていたからには、私が軽々しく不正を告白しても迷惑をかけるかもだし‥)

サトコ

「‥‥‥」

教官たちは私の様子を見かねて、人気のない場所へと移動してくれた。

颯馬

そう‥向いてない、か

サトコ

「はい。退学しろと言われてしまって‥」

後藤

なるほどな

颯馬

‥‥‥

確かに向き不向きはありますが、ここは志を持った人間が集まる場所です

退学しろと言われて、素直にそうする程度の気持ちならば私もそうするべきだと思いますよ

サトコ

「私は‥」

(辞めたくない‥)

後藤

まだ2日しか見ていないが‥俺が石神さんでも同じことを言うだろうな

サトコ

「‥それは私があまりにできないからですか?」

後藤

能力云々の話じゃない。刑事になると常に危険と隣り合わせだ

ここにいるということはいずれ公安に配属になる。分かるだろ?

サトコ

「‥テロリストや政治犯に対する捜査には思わぬ危険があるということですよね」

颯馬

ええ。後ろ暗さで言えば、マトリを超えますから

(マトリ‥って麻薬捜査官だよね)

後藤

いちいち心を痛めていれば利用される

アンタのような素直な人間は確実に不向きだ

サトコ

「‥‥‥」

公安は、私が思い描いてた刑事とは違う事案を扱う部署だ。

(私に、その覚悟があったかな‥)

たった2日。

けれど、石神教官の下で学びたいと思ったのも心からの気持ちだった。

サトコ

「私、やっぱり辞められないです」

颯馬

‥‥‥

%e3%82%b9%e3%83%9e%e3%83%9b-001

後藤

‥‥‥

(そう思う資格すらないのかもしれないけど‥それでも)

教官たちは目を合わせて肩を竦めた。

颯馬

‥石神さんのことですから

氷川さんを危険な目に遭わせないようにっていう意味もあるんだと思いますよ

サトコ

「え‥?」

後藤

アンタ、昨日の潜入で男に襲われかけたんだろ?

サトコ

「はい‥」

颯馬

元々、彼を泳がせて大元の居場所を探るつもりだったんですが

昨日の一件で石神さんが逮捕してしまったんですよ

石神さん自ら取り調べをして、同じ手口で女性に薬物を売っていたと自白させました

後藤

氷川の件についてもかなり厳しく言及していた

あの人は、女性関連の事件には特に厳しいからな

サトコ

「でも‥それはつまり、私の失敗のせいで当初の捜査方針を変えてしまったということですよね‥」

颯馬

事実としてはそうですが、そんなことは想定して動いてますよ

仮に成功していたとしても、あの男のやり口からすると遅かれ早かれこうなっていたはずですし

反省すべき点は反省して、後のことは氷川さんが気にする必要はありません

後藤

俺もそう思う

サトコ

「‥ありがとうございます。私もう一度、石神教官と話してみます」

颯馬

そうですね。ああ見えて石神さんは根性のある頑張り屋さんが好きなんですよ

ね、後藤

後藤

‥まぁ、ちゃらけたあの馬鹿に比べたら、大半の人間はマシかと

(ちゃらけた馬鹿‥?)

(東雲教官も変人がいるって言ってたけど、石神班って一体‥)

颯馬

ここにいても楽なことなどありません。でも、氷川さん次第です

サトコ

「はい!」

颯馬教官は私の肩に手を置いて微笑むと、後藤教官と連れ立って教官室へ戻っていく。

(石神教官にはああ言われたけど‥諦めるには早いよね)

(まだまだこれから‥!)

私がしたことといえば、任務の失敗と石神教官の言葉に黙り込んでしまったことだけだ。

教材を胸に抱きしめながら、何かを吹っ切るように寮へと走った。

石神

そもそも君に公安は向いていない。自分の居るべき場所に戻れ

後藤

能力云々の話じゃない

颯馬

氷川さんを危険な目に遭わせたくないっていう意味もあるんだと思いますよ

【寮 自室】

サトコ

「はぁ‥」

ベッドにダイブすると、頭の中で今日言われたことがグルグル回る。

(言葉を素直に受け取っても、私がここに居ていいわけじゃない‥)

(私の枠に、もしかしたらもっと優秀な警察官が入れたかもしれないんだ)

サトコ

「でも‥」

今こうしてここにいる事実は変わらない。

(理想論でどうにかなるとは思えないけど、当たって砕けてみよう‥!)

翌日。

講義が始まる前に教官室へ向かった。

サトコ

「颯馬教官、おはようございます!」

颯馬

おはようございます。サトコさん

教官はニコッと微笑むと、目線を奥へ向けて石神教官の居場所を教えてくれる。

(個室‥)

(よし。覚悟はもう決めてきた‥!)

【個別教官室】

サトコ

「失礼します」

石神

‥退学届でも持ってきたのか

<選択してください>

A: 持ってきたと思いますか?

サトコ

「持ってきたと思いますか?」

石神

ぜひそうであって欲しいところだな

サトコ

「私は、自主退学だけは絶対にしません!」

B: 私は辞めません

サトコ

「いいえ。私は辞めません」

石神

‥俺の話を聞いていたのか?辞めるしか道はない

サトコ

「お願いします。私をここに居させてください!」

C: 話を聞いてください

サトコ

「話を聞いてください」

石神

聞くべき話は何もない

サトコ

「お願いします!」

私は膝に額がくっつきそうなくらい、勢いよく頭を下げた。

サトコ

「私を‥ここに居させてください!」

石神

許可できない

サトコ

「無理は承知しています。でも、私は刑事になるためにここに来ました」

石神

君は向いていない

サトコ

「向いていないからってやってはいけない理由にはなりません!」

石神

そもそもここに居る資格がないと言っているだろう

サトコ

「そこをなんとかお願いします‥!」

石神

‥‥‥

視界には自分のつま先しかないけれど、頭上で迷惑そうにため息を吐く音は聞こえる。

石神

何を言われようと許可できない

サトコ

「‥‥‥」

(やっぱり‥そうだよね‥)

熱いものが込み上げて来て、顔を上げることができない。

目に溢れてきた涙が零れ落ちると思った時、

加賀

おい

ドアから顔を覗かせた加賀教官は、眉間に皺を寄せて私たちを睨んでいた。

加賀

口うるせぇクソメガネをさらに煩くさせるんじゃねぇ。耳障りだ

東雲

2人とも、エキサイトしすぎて声がダダ漏れですよ

颯馬

まとまりそうにないんですか?

後藤

‥‥‥

(外にまで聞こえてたんだ‥)

サトコ

「‥申し訳ありません」

石神

はぁ‥

颯馬

石神さんが熱くなるなんて珍しいですね

石神

フン‥言っても聞かないからそうなっただけだ

サトコ

「‥‥‥」

ほんの一瞬、石神教官と目が合う。

けれど、これで終わりだと言うように、石神教官は講義の準備をし始めた。

(どんなにやる気があっても取り消せない‥)

思わず拳を握りしめる。

(退学届ってどう書いたらいいんだろ‥)

(っていうか長野の交番に戻ることってできるの‥?)

(戻れるにしても、一体どんな顔して富岡部長に会えば‥)

石神

いつまでそこに突っ立ってるつもりだ

サトコ

「‥すみません」

石神

‥講義に遅れたらペナルティだ

サトコ

「え‥」

(それって‥)

(講義に出てもいいってこと‥?)

加賀

甘いな

いつもあんなモン食ってっから脳みそイカれたんじゃねぇか?

石神

意味がわからんな

加賀

あの食感といい風体といい、邪道だっつってんだ

%e3%82%b9%e3%83%9e%e3%83%9b-003

石神

お前は存在そのものが邪道だ

加賀

あぁ?

石神教官と加賀教官は、何やら言い合いながら部屋を出て行ってしまった。

颯馬

よかったですね。サトコさん

東雲

ふーん、サトコちゃんの根性勝ちなわけだ

後藤

よく踏ん張ったんじゃないか?

教官たちの言葉に、徐々に状況を把握する。

(わ、私‥退学しなくていいんだ!)

<選択してください>

A: ありがとうございます!

サトコ

「‥ありがとうございます!」

颯馬

私たちは何もしてませんよ

後藤

根性勝ちだな

B: 教官たちのおかげです

サトコ

「教官たちのおかげです」

颯馬

あの石神さんが折れることなんてそうないんですよ

後藤

ああ。少し自信を持て

C: 食感が邪道って何ですか?

サトコ

「あの‥食感が邪道って何のことですか?」

颯馬

フフ‥

後藤

‥‥‥

(あ、あれ‥聞いちゃいけなかったのかな)

東雲

っていうか、かなり走らないと遅刻だよ

サトコ

「わわわ‥し、失礼します!」

勢いよく部屋を飛び出して、大急ぎで教場へと走った。

【教場】

鳴子

「あっ!サトコ!ギリギリすぎるよ。何があったの?」

サトコ

「ううん、なんでもない。間に合ってよかった‥」

教場に滑り込むと、程なくして石神教官が入ってくる。

鳴子

「朝イチで石神教官の講義ってピリッとするね」

サトコ

「う、うん‥」

千葉

「頭が冴えてるうちに詰め込めるから、最高じゃない?」

鳴子

「それもそうかも」

(絶対に石神教官に認めてもらおう‥)

私は自分にそう言い聞かせながら、食い入るように講義を受けた。

(とりあえす‥頭の方はすぐにはどうにもならないけど、体力だけでも追い付かないとね)

男性ばかりの中に、女性は鳴子と2人だけ。

体格差とパワーではどうやったって男性には敵わないけれど、やれることはやっておきたい。

1日の講義を終え、トレーニングルームへ向かうことにした。

石神

サトコ

「あ‥」

階段の踊り場で、バッタリと石神教官と顔を合わせる。

サトコ

「あの、石神教官‥本当にありがとうございます」

石神

‥後悔するのは目に見えている

サトコ

「後悔なんてしません」

石神

何度も言うが、向いていない

サトコ

「私も何度も言いますけど、諦めませんから」

売り言葉に買い言葉で返してしまうと、石神教官は鼻先で笑う。

石神

そこまで言うなら証明して見せろ

言っておくが、口先だけの奴を野放しにしておくほど甘くないからな

サトコ

「望むところです!」

「あっ‥」

思いのほか大きな声が響いてしまい、口に手を当てる。

石神

‥恐ろしくプラス思考だな

サトコ

「ありがとうございます」

石神

褒めていない

サトコ

「は、はい‥」

石神

何かあれば俺が退学にしてやるから覚悟しておけ

サトコ

「そうならないように頑張ります!」

石神

‥‥‥

石神教官の背中に向かって、頭を下げる。

(厳しいけど、それでもチャンスを与えてくれた‥)

(絶対に放すもんか‥!)

私はそう決意して、今日から放課後の時間を自主練習に費やすことにした。

to be continued

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする