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出会い編 石神4話

石神

おい‥!

サトコ

「‥っ」

後ろに倒れそうになったところを、石神教官が咄嗟に抱きとめてくれていた。

何かが床に落ちる音がしたのと同時に、ズキッと痛むこめかみを押さえる。

サトコ

「すみませ‥」

石神

動くな

耳元に教官の声が落ちてくる。

(なんで力が入らないんだろう‥)

(なんか視界もぼやけてる‥)

どれくらいそうしていただろうか。

しばらく動かずにボーっとしていると、真っ白になっていた頭の中が少しずつハッキリしてくる。

(さっきよりは少しマシになってきたかも‥って、あれ‥?)

石神

大丈夫なのか

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サトコ

「!!」

(えっ!?石神教官!?ち、近‥!)

(っていうかメガネが‥!)

そういえば‥と、さっき音がした方を見ると、床にメガネが転がっている。

サトコ

「き、教官あの、メガネが‥」

石神

口を開く元気があるならもういいな。早くどけ

サトコ

「は、はい!すみません!」

石神教官の胸に全体重を預けていることに気付いて慌てて身体を離す。

石神

大方、連日の無理が効いているんだろう。昨日も徹夜か?

サトコ

「‥‥‥」

石神

体調管理も仕事のうちだ。少し考えろ

サトコ

「はい‥」

説教をしながらも、石神教官は軽く私の肩を支えてくれている。

(メガネを外した石神教官、初めて見た‥)

こんな状況でも、教官の顔を見る余裕はあった。

石神

‥顔が赤いが、熱もあるのか?

サトコ

「ち、ちち違います。すみません」

石神

‥何をそんなに焦ってる。いっそ頭でも打った方が良かったか?

サトコ

「それはさすがにひどいです‥」

石神

まぁそれは冗談だが、ここのところどう考えてもオーバーワークだっただろう

サトコ

「それは私の要領が悪いからで‥」

(ダメだ!近い‥!)

覗き込むようにして、石神教官の顔が近づいてくる。

<選択してください>

A: 見つめる

サトコ

「‥‥‥」

石神

目を開けたまま寝るな

サトコ

「はっ‥!」

(うっかり見惚れてたなんて悔しい‥!)

B: 目を逸らす

(近くで見るとやっぱり綺麗な顔‥)

(って違う!やっぱり無理ー!)

不自然なまでに思いっきり目を逸らす。

石神

やはり熱があるんだろう

サトコ

「あるとしたら、たった今上がっただけなので」

石神

そうか。何とかは風邪ひかないと言うしな

サトコ

「‥‥‥」

C: 身体を押し返す

サトコ

「い、石神教官‥!」

石神教官の胸を押そうとしてみても、思うように力が入らない。

(やっぱり貧血もあるのかな‥)

石神

お前‥

黒澤

石神さーん!

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サトコ

「!」

石神

‥ノックくらいしろ

ニコニコとやってきた黒澤さんは、私たちを見た瞬間ピシッと固まってしまった。

サトコ

「?」

黒澤

お邪魔しました!

サトコ

「く、黒澤さん!お邪魔じゃないです!」

黒澤

だってどこからどう見ても‥お邪魔しました!

石神

はぁ‥お前は何しに来た

石神教官はそっと私の肩から手を離すと、げんなりした様子でメガネを拾い上げる。

黒澤

報告書を提出しに来たんですよ。かなりお待たせしちゃったのでお詫びにコレも!

サトコ

「あ‥」

(プリンが美味しいって有名なお店のだ‥)

石神

‥向こうに置いておけ

黒澤

は~い

石神教官が顎先で教官室の方を指して、黒澤さんは個室を出ていく。

石神

まったく‥

石神教官はペラペラと報告書を捲りながら、いつもの厳しい表情に戻った。

(黒澤さん、変に誤解してなきゃいいけど‥)

(いや、さすがにしないか。自慢じゃないけど私そういうのも縁ないし)

まず男性から言い寄られたなんて経験ないし、万年恋人募集中なくらいだ。

(今は勉強に必死でそれどころじゃないけどね‥)

まして相手が石神教官なんて。

(ないない‥!どこからどう見ても鬼教官と生徒だし!)

黒澤

ちょっとちょっと、サトコさん

サトコ

「は、はい!」

小声で手招きする黒澤さんに呼ばれて、壁際に寄る。

黒澤

結局のところ、さっきのは何だったんですか?

頬を染めるサトコさん、メガネを外して顔を寄せる石神さん

贔屓目に見なくてもこれってかなりのロマンス‥

サトコ

「そ、そんなんじゃありません!」

「立ちくらみでフラついたところを、助けてくれただけですから」

黒澤

やっぱりナイトじゃないですか~

石神

おい、コソコソとくだらないことを言うな

黒澤

ええ~楽しいのに

石神

‥‥‥

(うわぁ‥睨まれても黒澤さん、平気な顔してる‥)

加賀

おい、クソメガネはいるのか

石神

入ってくるな。俺が出る

【教官室】

加賀

お前、黒澤をパシリにしてまで食いてぇのか

加賀教官は机の上にあるプリンの箱を指して言う。

石神

こいつが勝手に買ってきただけだ

加賀

邪道だっつーことを何度言えば分かるんだ。こんなドロドロなもんよく食える

石神

お前が好みそうなものばかり食っていると早く老けそうだがな

加賀

ああ?

(石神教官は甘党だって聞いてたけど、もしかして加賀教官もそうなのかな‥?)

(いつもは睨み合ってるけど、案外仲良しなのかも)

黒澤

なんだろう。日本に帰ってきたなーって感じがするなぁ

サトコ

「ふふっ」

石神

‥お前はいつまでここに居る気だ

サトコ

「す、すみません!」

黒澤

ええ~もっといてくれていいのに

石神

黒澤。お前もさっさと戻れ

加賀

黒澤。お前ここに来るなら差し入れの品物を間違えるんじゃねぇ

黒澤

ハハ、すみません

あと石神さん。これからたぶん桂木さんにお会いしますけど、なにか用はありませんか?

石神

今日は特にない。お前はお祭り課で油売ってる暇があるなら、さっさと後藤と合流しろ

黒澤

仰せのままに~!では!

サトコ

「わ、私も失礼します!」

(石神教官と加賀教官が揃うと、ほんとに肩凝りそう‥)

緊張の連続で、どうやったって肩に力が入ってしまう。

加賀

今、何を失礼なことを考えてやがる

サトコ

「何も考えてません!」

(こ、怖い‥!)

黒澤さんの背中に続いて、逃げるように外へ出た。

【中庭】

黒澤

サトコさんも毎日あんな中にいるなんて大変ですね

サトコ

「いえ‥私なんて全然です。叱られてばかりですけど」

「私は生徒ですけど、お仕事で関わる黒澤さんの方がもっと大変なはずです」

黒澤

加賀さんも違うタイプの怖さですもんね。困った時はオレが相談に乗りますから!

サトコ

「ふふ、頼りにしてます」

ヒラヒラと手を振りながら、黒澤さんは学校を後にする。

(今日はトレーニングはお休みして、なるべく早く休むようにしよう)

(寝不足で倒れてたら本末転倒だし)

(寮に戻る前に、資料室でコピーだけしていこう‥)

講義が終わると、多くの候補生は談話室や寮、トレーニングルームへ向かう。

図書閲覧室、射撃場へ抜ける通路、武器庫、資料室‥と並ぶ地下の廊下はひっそりしていた。

(静かすぎて逆に‥)

カタン‥

サトコ

「!」

(びっくりした‥こんな時間に誰かいるのかな‥?)

そっと振り返ると、図書閲覧室から出てきたのは丸岡さんだ。

人に見られたくないのか、周りの様子を気にしているようで私も咄嗟に角に隠れる。

(やっぱり丸岡さんも努力してるんだ‥)

(でもプライド高そうだし、ここで声かけたらまた怒られるかも)

丸岡さんが階段を上がっていくのを見届けてから、資料室へと向かう。

(私も負けてられないよね‥!)

そうして、休む時はしっかり休む‥と自分の中でルールを作って数日。

少しずつではあるけれど、以前に比べればマシな成績を残せるようになってきた。

鳴子

「サトコ、午前は頑張ってたね!」

「私あの問題は全然分からなかったよー」

千葉

「応用問題だったのにすんなり答えられてたね。オレもスゴイと思った」

サトコ

「たまたまだよ。昨日の夜に読んだ記事がそのまま出てビックリしちゃった」

鳴子

「それもサトコの努力の賜物じゃん。少しは調子に乗っていいよ」

サトコ

「へへ‥」

相変わらずついていくのに必死だけれど、苦手だった座学も少し好きになってきたところだ。

同期A

「お、いたいた。氷川!成田教官が呼んでるぞ」

サトコ

「え‥?」

同期A

「いますぐ教官室に来いって。なんか知らないけど相当キレてたぞ」

サトコ

「ええ‥」

(何だろう。今日は成田教官の講義なかったのに‥)

鳴子

「なんだろうね」

千葉

「氷川、大丈夫?」

サトコ

「‥とりあえず行ってくるね」

【教官室】

サトコ

「失礼します」

「‥!」

教官室のドアを開けると、

成田教官と‥それに石神教官、加賀教官が向かい合っていた。

(い、一番怖いメンバーが‥)

サトコ

「お呼びでしょうか」

成田

「おかしいと思ったんだ。お前の程度で主席入学なんてありえないだろう」

サトコ

「!」

成田

「何か言うことはないのか?」

(もしかして、不正入学のこと‥!?)

石神

‥‥‥

思わず石神教官の方を見るけど、スッと視線を外される。

成田

「汚い手を使って入学して、よくも平気な顔でいられたものだな」

サトコ

「申し訳ありません!でも‥」

成田

「いいか。お前は仮にも警察官だ。公僕だ」

「いかなる不正も許されない。即刻、強制退学だ!」

サトコ

「そんな‥!」

成田教官の怒鳴る声が教官室に響く。

加賀

そんなにギャンギャン吠えることもねぇだろ

成田

「なんだと?」

サトコ

「あの、話を‥」

加賀教官に続いて私も発言しようと口を開くが、成田教官にギロッと睨まれる。

成田

「お前にはもう発言権すらあると思うな!」

サトコ

「‥っ」

(どうしよう‥)

(元々、退学しろって言われてるから石神教官が助けてくれるわけもないし‥)

ぐっと拳を握るものの、言葉が出ない。

(ここは自分でどうにか切り抜けなきゃ)

(‥でも‥)

そもそも自分にそんな資格があるのか、と思うとやっぱり口をつぐんでしまう。

成田

「そもそもお前らがちゃんとしていないからこういうことが起こるんだ」

「氷川は石神の専属補佐官だったか?」

石神

それがなにか

成田

「どうして今まで分からなかったんだ」

「今までこんなヤツを専属補佐官として使っていたんだ。お前も同罪だ石神」

石神

‥‥‥

加賀

‥‥‥

石神教官は特に表情を変えることなく、成田教官の話を聞いている。

成田

「公安に居ながら見抜く力もないとは情けない」

「お前も随分と落ちぶれたものだな」

(な、なんでそうなるの‥!)

<選択してください>

A: 違います!

サトコ

「違います!石神教官は‥」

成田

「お前は黙っておけ、氷川」

サトコ

「!」

(石神教官が責められることじゃないのに‥!)

B: 取り消してください!

サトコ

「取り消してください!」

成田

「何だと?」

サトコ

「石神教官ほどちゃんと見てくれている人はいません!」

成田

「ほう。それならなおさら落ちぶれていることになるな」

サトコ

「‥っ」

C: 今は私の話じゃないんですか?

サトコ

「今は私の話じゃないんですか?」

成田

「ああそうだ。お前の話だからこそ石神に責めがあるというわけだ」

サトコ

「話をすり替えないでください」

成田

「偉そうなことを言うな!」

熱い塊が喉にせり上がってきて、下唇を噛む。

石神

‥ではこうしましょうか

【トレーニングルーム】

サトコ

「はぁ‥」

ランニングマシンの上で、石神教官が出した条件を思い出すとため息しか出ない。

石神

次回の査定が迫っていることですし、その際に氷川がトップの成績ならば不問

そうでなければ退学ということでどうでしょう

サトコ

『!』

加賀

テメェにしちゃ随分だな

成田

『そ、そうだ!チャンスをやるとは甘い!』

石神

そうは言いますが、今頃不正に気付いた成田教官にも少しは非があるのでは

成田

『何だと!?』

加賀

俺はクズが1人減ろうが増えようが大差ない

好きにしろ

東雲

あれ、みなさんお揃いでどうしたんですか?

東雲教官が教官室に戻ってきて、打ち切るようにしてそのまま話が決まってしまった。

(私がトップの成績なんて‥)

(丸岡さんを越えなきゃいけないんだよね‥)

サトコ

「胃がキリキリする‥」

東雲

ホントだよね

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サトコ

「東雲教官‥いつの間に!」

(教官ってホント神出鬼没‥もしかして暇なのかな‥?)

東雲

ハハッ、もっと速度上げとく?

サトコ

「で、できればこのまま走らせて頂けると助かります!」

東雲教官は走る私の横でのんびりと伸びをした。

東雲

成田教官、いつか血管切れると思わない?

教官室で喚いててうるさかったから、逃げてきたんだよね

サトコ

「そうですか‥」

東雲

さすがにそろそろ兵吾さんが黙らせてるだろうけど

サトコ

「‥‥‥」

黙る私に、教官はニヤリと笑う。

東雲

落ち込んでる子を眺めるのって楽しいよね

サトコ

「!?」

東雲教官にしてみれば普段通りなんだろうけれど‥

(どうしよう。今日ばかりは泣きそう‥)

顔を見られないように、少し俯いて走り続ける。

東雲

オレは慰める義理もないわけだし

ま、とりあえず石神さんの部屋にでも行ってみたら?

あの人今日は遅くまで教官室にいるはずだから

サトコ

「‥優しいのか優しくないのか、分からないです」

東雲

オレ?優しくはないでしょ

(優しくはないけど‥結局いつもフォローしてもらってる気がする)

サトコ

「‥ありがとうございます」

東雲

サトコちゃんって、変な子だよね

東雲教官は腑に落ちない様子で肩を竦めた。

(石神教官がせっかく作ってくれたチャンス‥)

(トップの成績なんて取れる気はしないけど、でも頑張らなきゃ)

さっきは成田教官に追い出されるようにして教官室を出たため、石神教官とは何も話せていない。

サトコ

「せめてお礼は伝えなきゃ」

コンコン

サトコ

「失礼します」

「石神教官‥」

石神

なんだ

サトコ

「今日はありがとうございました」

石神

‥‥‥

手元の書類をデスクに置いて、教官は顔を上げた。

スマホ 003

石神

礼を言われることなことは何ひとつない

条件的にはお前を庇ったことになるはずもないだろう

サトコ

「確かにトップの成績で‥なんて私には本当に厳しいです」

「でも、石神教官のおかげでいまは首の皮が繋がってます」

座ったまま私を見上げる視線は、刺さりそうなくらいに厳しい。

サトコ

「‥まだ、頑張ってもいいってことですよね」

ほとんど自分に言い聞かせるように言うと、呆れたのか諦めたのか‥

持っていたバインダーをデスクに置いて、作業を再開した。

石神

君はどこまでもプラス思考だな

サトコ

「さすがに今回はこれでも参ってます」

石神

だから言っただろう。後悔することになる、と

さっきも言ったが、俺は庇ってやったわけではない

お前の成績では到底無理だが、今度こそ逃げ場はないぞ

サトコ

「分かってます‥」

石神

できなければ退学だ。いいな?

サトコ

「‥‥‥」

(退学‥)

現実を突きつけられて、その場に立ち尽くすしかなかった。

to be continued

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