カテゴリー

出会い編 石神8話

【教場】

けたたましい非常ベルの音。

丸岡さんは不敵な笑いを浮かべて私を見た。

「おい!元はどこから鳴ってるんだ!?」

「火事か?とにかく守衛に確かめろ!」

廊下からは慌てた足音が聞こえてくる。

それに比べて、私たちがいる空間は妙に静かだった。

(拳銃を向けられているから助けも求められない‥)

丸岡

「お前には特等席で見せてやる」

サトコ

「一体何が目的でこんなこと‥」

丸岡

「黙れ」

丸岡さんは私の側にしゃがみこむと、グッと腕を掴んだ。

サトコ

「痛っ‥」

丸岡

「すぐに分かる」

手際よく両手を後ろに束ねながら、外の騒がしさに可笑しそうに笑いを堪える。

(っ‥どうすれば逃げられる‥)

(腕を縛られた状態で‥)

ぐるぐると思考を巡らせるが、最善策は思い浮かばない。

そんな私をあざ笑うように、丸岡さんは耳元でつぶやいた。

丸岡

「予定外だったが、いい駒ができた」

サトコ

「‥っ!」

腰のあたりに丸岡さんの手が触れる。

サトコ

「ちょっと‥!」

(な、何‥!?)

丸岡

「ここで大人しくしていろ」

サトコ

「‥っ」

(ダメだ‥これじゃ指先しか動かせない‥)

幸い口は自由だけど、常に拳銃をちらつかせているために大声なんて出せない。

丸岡さんはPCに繋いだマイクに向けて口を開いた。

丸岡

「全校職員、候補生に告ぐ」

「直ちに全員外に出ろ」

(外‥?)

丸岡

「ああ、慌てているようだが火事ではない」

「ただし、言うことを聞かなければこうなる」

一瞬。

空気が張りつめて、何か妙なざわめきを感じた瞬間ーー

ドンッ!

下から突き上げるような感覚。

遠くの方で爆発音があったかと思えば、この教場の窓ガラスも爆風で振動する。

丸岡

「今、裏庭にいた運の悪いヤツは吹っ飛んだかもな」

「ハハハハハ」

%e3%82%b9%e3%83%9e%e3%83%9b-025

(今の‥丸岡さんが爆破させたの‥!?)

サトコ

「そんな‥!」

裏庭でよく昼寝しているブサ猫の姿が頭を過った。

外から聞こえてくる、悲鳴とも怒声とも分からない声に、丸岡さんの笑い声は大きくなる。

(狂ってる‥)

<選択してください>

A: 窓の外を確認する

窓の外に目を向けると、続々とグラウンドに人が集まっているのが分かる。

(仮にも全員、警察官なんだから‥)

(きっとすぐに助けてくれる)

教官たちだっている。

誰よりも、石神教官が‥

B: 逃げる

(ここに居ちゃダメだ‥)

PCに向かう丸岡さんの後ろを突っ切って、ドアに向かって走る。

丸岡

「やめておけ。鍵をかけてある」

「その手では開けられない」

サトコ

「‥‥‥」

C: 丸岡さんを睨む

サトコ

「‥‥‥」

丸岡

「睨んでも無駄だ」

「何なら、誰が吹っ飛んだか賭けでもするか?」

「俺としては石神あたりがやられてたら最高なんだけど」

サトコ

「ふざけないで!」

丸岡さんは再びマイクを前にした。

丸岡

「この校舎のシステムは全て俺の支配下にある」

「20分以内に学園長を出して来い」

校内放送をプツッと切り、丸岡さんは私の隣で楽しげにグラウンドの方を眺める。

サトコ

「こんなこと‥本当に何が目的なんですか?」

「仮にも教官たちは公安の精鋭です。あの人たちに敵うわけ‥」

丸岡

「ふん、敵わないだと?」

ピリリリリ‥

その時、教壇の机の上にあった携帯が鳴った。

丸岡

「早いな」

(誰‥?)

通話ボタンを押すと、落ち着き払った様子で口を開いた。

丸岡

「これからの会話は放送させて頂きますよ。学園長」

丸岡さんは先ほどと同じように、PCに繋いだマイクに向かう。

学園長

「こんなことをしでかして、どうなるか分かっているんだろうな」

丸岡

「ええ、勿論ですよ」

学園長

「‥目的は何だ」

丸岡

「まずは学園長にお会いしたいと思っています」

学園長

「会ってどうする」

丸岡

「そうですね。昨年度の会計経理データを持ってきてください」

学園長

「なんだと‥?」

丸岡

「別に5分で20億用意しろ、なんて無理な要求はしませんよ」

「データの1つや2つ簡単なことでしょう」

学園長

「‥っ」

音声だけの情報しかないのに、学園長の動揺が明らかに伝わる。

丸岡

「運営費交付金、と言えばいいですか?」

「ああ、それとも使途不明金‥‥」

学園長

「‥っ、分かった!」

丸岡

「話が早くて助かります」

サトコ

「‥‥‥」

(丸岡さんは、学園長の弱みを握ってる‥?)

丸岡

「1時間後、データを持って室内プールに来てください」

「ああ、学園長以外の人間が校舎に侵入した場合」

「またどこかが爆発しますので気を付けてください」

学園長

「‥ああ」

丸岡

「言っておきますが、表向きのデータは要りませんので」

「‥くれぐれもお願いしますよ?」

通信を切ると、丸岡さんは私の方へ向き直る。

丸岡

「じゃあ行こうか」

サトコ

「今ならまだ間に合います!もうやめてください!」

丸岡

「うるさい!余計なことを言うな!」

サトコ

「っ‥!」

突如、重い蹴りがみぞおちに入り、一瞬息が出来なくなる。

腕の自由もないために、されるがままに床に転がった。

【廊下】

サトコ

「自分で歩けます!放して!」

引きずられるように教場を出る。

丸岡

「じゃあさっさと歩け!」

サトコ

「!」

苛立った様子の丸岡さんに突き飛ばされて、今度は廊下に転がる。

(っ‥今度はなんとか受け身が取れた‥)

(毎日トレーニングしてる成果かな)

本当は痛いし、怖いし、泣きそうだけど

警察官としてのせめてもの意地みたいなもので、何とか自分を支えていた。

丸岡

「あいつらに敵うわけないって言ったな」

「俺は勝つ。お前は保険にちょうどいい」

サトコ

「‥っ」

身動きが取れない私の髪を掴んで顔を上げさせると、

丸岡さんは何も映していない、暗い目で微笑む。

サトコ

「分からな‥い」

「優秀なあなたがどうして‥!」

丸岡

「フン。この学校なら、やり方さえ分かれば誰でも優秀な成績を残せる」

サトコ

「‥どういうこと?」

丸岡

「日本の公安学校の技術は各国から定評があるのは知っているだろう」

「この学校は公安犬の育成所だ」

「今はまだ生ぬるいが、あと数か月もすればかなり踏み込んだ知識を植え込まれる」

「3年前からこれといって講義内容を変えていないようだからな」

(どうしてそんなことが分かるの‥?)

この学校に入る時には、いくつかの契約書を書かされた。

そもそもこの学校の存在を知るのは、警察庁の中でも限られた人間のみだ。

候補生は、外部へ情報を漏らさないことだけは徹底して確約させられている。

サトコ

「‥卒業生から情報を?」

丸岡

「そんなわけないだろう。情報漏洩は下手すりゃ首が飛ぶだけじゃ済まない」

サトコ

「じゃあ‥」

丸岡

「お前だって知ってるだろう。警察学校での成績上位10%は」

「自動的に警務公安講習を受けさせられる」

「要はできそうな人間は公安予備軍に入れられるわけだ」

「それと同じ仕組みがこの学校にあるとしたらどうだ?」

「多少の情報操作やデータ偽装、ハッキングなんて簡単なものになるだろ?」

サトコ

「‥‥‥」

まるで全てを知っているかのような口ぶりに、1つの仮説に行き当たる。

(もしかして、丸岡さんは前にもこの学校に在籍していた‥?)

びっくりするくらい現実味がない。

(卒業生が再入学なんてできるわけないし‥)

(かと言って途中で脱落しても、二度とこの門はくぐれないはず‥)

サトコ

「一体どうやって‥」

「!」

拳銃がこめかみに押し付けられる。

丸岡

「これ以上お前に話すことはない」

「いつ撃ってやってもいいんだ。あんまり調子に乗るなよ?」

サトコ

「‥‥‥」

丸岡

「そもそもお前は不正入学者だろ」

「俺の素性を知ろうとする権利すらない。ここで殺されても事実隠蔽されるかもな」

「ハハッ」

(私の事も知ってたんだ‥)

サトコ

「‥‥‥」

丸岡

「何だよ。何か言えよ」

「お前の上申書がどういう経緯で上に承認されたか知らないけどな」

「不正を知りながら放置する教官たちも気に入らねーんだよ」

「だいたい、その頭でどうやって石神の専属補佐官になんてなったんだ?」

「身体でも売ったか」

サトコ

「な‥」

<選択してください>

A: 侮辱しないで

サトコ

「侮辱しないで!」

丸岡

「は?何をそんなに怒っている」

「思ったことを言ったまでだ」

サトコ

「そんな‥」

B: 何も知らないくせに知ったようなこと言わないで

サトコ

「何も知らないくせに知ったようなこと言わないで」

丸岡

「何も知らないのはお前の方だ」

サトコ

「いいえ。ちゃんと知ってるなら石神教官をバカにするようなことは言えないはずです」

C: 石神教官を悪く言わないで

サトコ

「‥謝ってください」

丸岡

「は?」

サトコ

「石神教官がどんなに心を砕いてくれてるか知らないくせに!」

「私の事はともかく、石神教官を悪く言わないでください」

丸岡

「ふん。お前も石神も使えない人間だな」

サトコ

「石神教官は関係ないです‥!」

丸岡

「関係ないわけないだろ。お前が不正の片棒担がせてるじゃねーか」

その言葉に、何も言い返せなかった。

熱い塊が胸のあたりで膨張して‥喉が詰まって言葉が出ない。

悔しくて、情けなくて、堪えていた涙がついに零れた。

(石神教官まで貶さないで‥)

乱暴に掴まれた腕が痛いはずなのに、今は胸の方がずっと痛い。

引きずられるように歩きながら、頭に浮かぶのは石神教官のことばかりだった。

【屋内プール】

サトコ

「いっ‥」

突然放り投げられて、顔からプールサイドに叩きつけられる。

丸岡さんはプールの淵にドサッと腰を下ろすと、淡々とPCを操作し始めた。

(‥遠くて見えづらいけど、何かを見ている‥?)

(監視カメラの映像‥?)

約束の時間まであと10分ほど。

おそらくもう、学園長は校舎に入ってこちらへ向かっている。

丸岡

「もうじきここに学園長がやってくる。目当てのものを受け取ったら、2人仲良く沈めてやる」

丸岡さんの視線がプールへ向けられる。

サトコ

「‥‥‥」

(この状態でプールに落とされたら、どうしようもない‥)

(なんとかしてこの縄を解かなきゃ‥)

前に縄のすり抜けの演習もあった。

丸岡

「無駄だ。ここで習った方法ではすり抜けられない」

サトコ

「‥やってみなきゃ分からないので」

丸岡

「ふん。好きにしろ」

(すり抜けられないなら、何かで切ればいいんだけど‥)

相当固い結び目はビクともしない。

無理に動かしたせいでさらに固く結ばれ、手首は擦れて血が滲む。

そうこうしているうちに、約束の時間がすぐそこまで迫っていた。

丸岡

「クソ!時間になっても来ないで何してるんだ!」

サトコ

「‥‥‥」

予定の時間をもう数十分は過ぎている。

さっきまで余裕だった丸岡さんも焦っているようだった。

丸岡

「いい度胸だ。まずは守衛室から爆破させてやる」

サトコ

「!」

丸岡さんの指がキーボードに掛かる。

(やめさせなきゃ‥!)

(あと少しなのに‥!)

さっきからずっと、いろんな方向に捻っていた右手首が縄から抜けそうになっていた。

(痛いなんてもう言ってられない)

(腕が千切れてもどうにかしなきゃ‥!)

摩擦で滲んだ血が、わずかな隙間を滑らせてくれる潤滑油のようになってくれる。

覚悟を決めて、ギリギリと音を立てそうな縄に抗う。

サトコ

「‥っ」

(‥やった!抜けた!)

指先の痺れは残るけど、手を握ることも開くこともちゃんとできる。

自分の関節の柔らかさに感謝しつつ、忍び足で丸岡さんに近づいた。

丸岡

「!?」

「なんで起爆しないんだ!」

荒々しく何度もエンターキーを押すも、爆発音は聞こえない。

サトコ

「やめてください!」

丸岡

「うるさいな!お前はそこで転がって‥」

「‥何のマネだ」

サトコ

「動かないでください」

丸岡さんの近くに転がっていた拳銃を手に取り、まっすぐに構えた。

【射撃場】

石神

何度同じことを言わせる

君は手首に頼り過ぎだ

サトコ

『う‥すみません』

石神

見ていろ‥右手は真っ直ぐ。腕を銃身だと思え

左手は添える程度だ

サトコ

『はい!』

話しながら撃ったにも関わらず、石神教官は的の真ん中に弾痕を残す。

石神

やってみろ

サトコ

『はい‥』

(今度こそ‥!)

ガンッ!と音を立てて、的に穴が開く。

サトコ

『あ‥当たりましたよ!石神教官!』

石神

ギリギリ的に当たった程度で喜ぶな

ど真ん中を撃ち抜いてから言え

【室内プール】

(右手は真っ直ぐ、腕は銃身、左手は添える程度‥)

一歩、また一歩と近づきながら、丸岡さんに銃口を向ける。

丸岡

「な‥おい、やめろ」

%e3%82%b9%e3%83%9e%e3%83%9b-026

サトコ

「動かないでください。両手を上に上げて膝をついて!」

丸岡

「‥‥‥」

サトコ

「本気で撃ちますよ」

(大丈夫‥)

(練習よりずっと至近距離‥)

急所を外して撃つのは、射撃場での練習に比べれば難易度は低い。

けれど、実際に人を撃ったことなんて一度もない。

人に銃口を向けることですら初めてだ。

(長野の片田舎にいるわけじゃないんだ‥)

(今、私が何とかしなきゃいけない‥!)

丸岡

「ふ‥手が震えてるぞ」

サトコ

「!」

動揺で一度瞬きをした。

力が緩んだ、その瞬間‥‥

バン‥!

乾いた音が、耳元を掠めた。

(え‥)

室内なのに、それほど音が反響しない。

私はまだ引き金を引いていない。

頭の中で状況を確認して‥身体が傾く。

丸岡

「甘かったな」

目が霞んで、経験したことのない鋭い痛みが肩に走った。

サトコ

「‥っ」

(大丈夫‥掠っただけ‥)

傷口を手で押さえると、ヌルリと生温かい感触。

丸岡さんの手には、デリンジャーが握られている。

サトコ

「はぁ‥っ」

弾が掠ったところが焼き切れそうに熱を持つ。

拳銃を握る手にも力が入らない。

サトコ

「‥っ!」

(‥やっぱり)

(私には何もできないの‥?)

“ここでどんなに知識を得ようとも、それをしかるべき時に活かせなければ無意味だ”

石神教官の言葉が頭に浮かぶ。

(無意味‥)

(あんなにも寄り添ってくれたのに‥)

冗談じゃない。

このまま何もできないなんて、それこそ石神教官に合わせる顔がない。

サトコ

「‥‥‥」

もう一度、銃を構える。

丸岡

「お前バカか?下手くそがそんな怪我して撃てるわけねーだろ」

サトコ

「バカで結構です。でもあなたよりマシです」

丸岡

「言ってろ」

サトコ

「公安の技術は、あなたみたいな使い方をするものじゃない!」

「国を守るために使うんです!」

丸岡

「じゃあ、お前はその公安の技術で死ね‥!」

苛立った様子で、再びトリガーに手を掛ける。

引き金を引く、その時。

???

「よく言った」

サトコ

「え‥」

静寂と緊張の空気の中、

どこか安心する、聞き慣れた声が聞こえたーーー

to be continued

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする