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出会い編 石神10話

千葉

「氷川が好きだ」

真っ直ぐに私を見ているその目に、ウソは見えなかった。

サトコ

「そ‥」

(そんなことって‥)

千葉さんの真っ直ぐな気持ちが十分すぎるほど伝わるだけに、何も言えずにいた。

サトコ

「ち、千葉さん‥」

「私、自慢じゃないけどこういうの慣れてなくて‥」

千葉

「ハハッ」

「氷川はこんな時も氷川だね」

サトコ

「それは喜んでいいのか微妙なところだけど‥」

「いや、気持ちはすごく嬉しいし、勿体ないくらいなんだけど!」

「だから、えっと‥」

(な、何をどう言えばいいんだろう‥)

千葉

「突然でゴメン。でも考えてみて欲しいんだ」

「初めはいい子だなってくらいにか思ってなかったのに」

「気がつけば氷川のことばっかり見てて‥」

「査定に向けて頑張ってた姿見て、俺も頑張れた」

「氷川といると刺激になるし、元気になれるんだよ」

サトコ

「‥‥‥」

千葉

「‥危なっかしいところも気になって仕方ない。俺が、側にいたい」

サトコ

「千葉さ‥」

口を開きかけた瞬間、背後に人の気配を感じる。

サトコ

「!」

(こ、こんなタイミングで‥)

石神

‥‥‥

黒澤

お、お邪魔してすみませ~ん

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サトコ

「い、いえ‥」

石神教官は何も言わず、黒澤さんは申し訳なさそうに顔の前で手を合わせながら通り抜けていく。

千葉

「‥ゴメン。場所を考えればよかった」

サトコ

「う、ううん‥」

気まずくなって目を逸らすと、千葉さんが苦笑いした気がした。

千葉

「すぐに答えはくれなくてもいいから」

「‥考えてみてくれるかな」

「きっと、今は戸惑ってると思うし」

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サトコ

「あ、いや‥ただビックリしちゃって」

千葉

「全くそんな風に見てなかったんだろ?」

サトコ

「う‥」

千葉

「それも分かってるから。ゆっくりでいい、考えてみて」

サトコ

「うん‥」

千葉

「じゃあね」

千葉さんは寮へと向かって去っていく。

(び、びっくりした‥)

考えてみれば、彼氏がいたのなんて大学生の頃の話だ。

なんだか久しぶりの感覚を持て余したまま、ぼんやりと千葉さんの背中を見送った。

【寮 自室】

(こんな私でも、好きになってくれる人がいるんだ‥)

サトコ

「‥‥‥」

(あぁ‥どうしよう!)

(落ち着かない!照れる!)

肩口のガーゼを取り換えようと消毒液を取り出したものの、妙に顔が火照って作業にならない。

鳴子

「サトコー。消毒手伝いにきた」

「‥ってどうしたの」

サトコ

「へ‥」

鳴子

「また熱でも出した?顔、真っ赤だけど」

サトコ

「い、いやコレは‥!」

鳴子

「風邪?」

サトコ

「へ、平気だよ!ちょっと暑いだけだから」

鳴子

「‥ふーん?」

サトコ

「何‥」

(鳴子、こういうことは絶対鋭いよね‥)

鳴子

「まぁ、座りなさいよ。じっくり聞きましょうか?」

サトコ

「う‥」

観念してベッドに腰掛けると、鳴子は手際よく傷の手当てをしてくれる。

サトコ

「実はね‥」

千葉さんとのことをありのまま伝えると、鳴子は目をパチクリさせたまま私を見つめた。

サトコ

「え‥何それ。予想外の反応‥」

鳴子

「いや、千葉さんはそうだろうなとは思ってたけど、何だか私までビックリしちゃって」

サトコ

「ええっ!そうだろうって‥なんで?」

鳴子

「見てればなんとなく、そうかなーって」

サトコ

「そ、そうなんだ‥」

(私は全然気づかなかったのに‥)

鳴子

「‥それでサトコは?千葉さんのことどう思ってるの?」

サトコ

「どうって‥話しやすくて、一緒にいて気が楽だけど‥」

鳴子

「言っておくけど、ドキドキなんてものは後付けも可能だからね」

「大丈夫!私は千葉さん、絶対いいと思うよ」

サトコ

「うん‥」

鳴子

「あれ‥もしかして、そんなに乗り気じゃない?」

サトコ

「乗り気じゃないっていうか‥」

(千葉さんのことは素敵だと思うけど‥)

物腰が柔らかで優しいし、かと思えば実技演習なんかを見ていると男らしい一面もある。

この学校での千葉さんしか知らないけど、きっとモテただろう。

サトコ

「‥学校のことに必死でそんなこと考えてもみなかったし」

鳴子

「そう?私はわりと妄想してるけど」

「主に後藤教官とか、颯馬教官とか♪」

サトコ

「また鳴子は‥」

「私はやっぱり想像できないなぁ。とにもかくにも卒業まで生き残らなきゃ!ってことばっかりで」

鳴子

「まあねー」

「でも千葉さんはどの優良物件はなかなかないと思うんだけどなぁ」

サトコ

「コラコラ。今の私の決意表明、聞いてた?」

鳴子

「だって近場にキュンがあった方が絶対に楽しいもん」

サトコ

「ブレないなぁ‥」

呆れる私をよそに、鳴子は楽しそうに笑った。

その後も2人で女子トークに花を咲かせた。

【モニタールーム】

翌日。

(今日は映像解析の講義からか‥)

千葉

「‥‥‥」

サトコ

「!」

モニタールームへ向かうと、真っ先に千葉さんと目が合った。

サトコ

「お、おはよう‥」

千葉

「おはよう」

鳴子

「うふふ」

(鳴子、楽しそうだなぁ‥)

千葉さんとは少し離れた席に、鳴子と並んで腰を下ろす。

鳴子

「いいね。独特の気恥ずかしい空気って」

サトコ

「茶化さないでよ‥」

鳴子

「ゴメンゴメン!でも、ちゃんと考えてるんでしょ?」

「サトコが誠心誠意込めて考え抜いて出した答えが大事なんだから」

サトコ

「うん‥ありがと」

そこに石神教官が入って来て、すぐに実習が始まる。

石神

全員揃ってるな

これから2人1組で防犯カメラ映像の解析を行う。先週のペアですぐにかかれ

鳴子

「あらら‥」

サトコ

「‥‥‥」

(せ、先週って‥)

反射的に千葉さんの方に顔を向けると、バチッと音がしそうな感じで目が合う。

千葉

「氷川。よろしく」

サトコ

「う、うん‥」

(このタイミングで千葉さんとなんて‥)

最近、良いような悪いようなタイミングに当たることが多い気がする。

思い切り身構えてしまう私とは対照的に、千葉さんはいつも通りニコニコと微笑んでいた。

【廊下】

(千葉さん、大人だなぁ‥)

実習の間も、普段と変わりなく接してくれた。

(早く返事しなきゃ悪いよね‥)

(いつまでも宙ぶらりんってわけにいかないし、ちゃんと考えて答えを出さなきゃ)

今日の分のレポートを抱え直しながら、誰にともなく自分に言い聞かせる。

サトコ

「わ‥!」

教官室のドアに手を掛けようとしたところで、バラバラとレポートを落としてしまった。

(やっちゃった‥)

屈んで拾い集めていると、中から声が聞こえてくる。

黒澤

千葉くんとサトコさん、どうなったんですかねー

石神

何がだ

黒澤

この間のアレ、完全に告白シーンだったじゃないですか

サトコさんを選ぶあたり、千葉くんはなかなか見る目がありますよね

(うわぁ‥やっぱり気付かれてたんだ)

(どうしよう、入りづらくなっちゃった‥)

レポートは拾い上げたものの、今この状況でドアを開ける勇気はない。

石神

人のことなど放っておけ

黒澤

ええー!石神さんは気にならないんですか?

珍しく手を貸してるし、てっきりサトコさんのこと気に入ってるものだとばかり‥

石神

はぁ‥お前はどうしていつもそうなんだ

黒澤

ハハッ、だって楽しい方がいいじゃないですか~

石神

俺はそういうことには興味などない。邪魔なだけだ

黒澤

うーん‥分からなくもないですけど、それも寂しいような

石神

他の人間に強要するつもりはないが、仕事上面倒でしかないだろう

サトコ

「‥‥‥」

(‥そっか)

(そう、だよね‥)

公安の刑事は、たとえ同僚であっても抱えている案件について話すことはない。

部外者には本名すら名乗らないこともある。

その仕事柄、逆恨みされて命を狙われることもあると聞く。

(恋人はいない方が身動きが取りやすい‥って、石神教官らしい考えだな)

妙に納得しながら、なぜだか無性に胸が痛む。

キリキリと、呼吸さえしにくくなるほどの痛みに、内心たじろいだ。

(あれ‥?)

颯馬

どうしたんですか?

サトコ

「!」

バサバサッ

ボーっとしていたせいもあって、颯馬教官の声で手元が緩み、

再びレポートをばら撒いてしまう。

教官は大丈夫ですかと微笑むながら、書類を集めてくれる。

サトコ

「す、すみません‥!」

颯馬

いえ

慌てて私も書類をかき集める。

サトコ

「‥‥‥」

(え‥?)

(あれ、なんで‥?)

(どうして泣きそうになってるの‥)

わけが分からない。

動揺からか、指先が小さく震える。

颯馬

ああ、レポートなんですね

良ければこのまま渡しておきますよ?

サトコ

「すみません。お願いしてもいいですか?」

颯馬

ええ

サトコ

「失礼します‥」

(あきらかに挙動不審だよね‥)

半ば逃げるように廊下を走りながら、早まる鼓動がやけに大きな音を立てた。

【ホテル】

翌日。

入学した日に行った潜入捜査の実践を、同じペアで行うことになった。

石神

‥‥‥

サトコ

「分かってます。モタモタしません!」

石神

まだ何も言っていない

サトコ

「すみません。なんとなくそんな顔されてる気がしたので‥」

「少し待ってください。どうにも慣れないんです」

今回のターゲットは、広域暴力団吉川会の幹部と繋がりがあるとされる木倉太蔵議員だ。

総理主催の懇親会に潜入し、交際事実の確証を得るというものだった。

(こんな敷居の高そうなパーティなんて初めてだし‥)

(こんな背中の開いたドレスなんて着たことないし‥!)

Good  End

Happy  End

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