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石神 恋の行方編 7話

人波に逆らって、パーティー会場に向かう怪しい2人組。

それを横目に、鳴子と出口へ向かう。

鳴子

「ダメだ‥人が多くて進めない」

「ここで一度、データ転送しよう」

サトコ

「分かった」

男性同期A

『お前ら下船できそうか!?』

悲鳴や怒声が響き渡る中、インカムから声が聞こえる。

サトコ

「議員さんたち優先で降りて行ってる。そっちは?」

男性同期A

『こっちは大丈夫だ!』

サトコ

「了解!今、そっちにデータ転送してる」

「経路は目視できるし、先に行って!」

男性同期A

『了解!』

隅に身を寄せて、ノートPCを操作する。

名刺の裏にくっついたICチップを取り込んで、手際よく進められた。

鳴子

「東雲教官、データ送りました」

東雲

ご苦労様。ただちに下船してね

予備としてデータはもらったけど、それに付いてる指紋も重要だから

鳴子

「はい」

(もうかなり避難が済んだみたい‥)

数百人規模の移動でかなりの混乱になったものの、

スタッフの対応が早かったこともあって、目に見えて人数が減っていく。

ピリリリリ‥

ポケットで携帯が鳴って、画面を確認する。

(知らない番号‥?)

サトコ

「はい‥」

???

サトコさん、頼れる貴公子、アナタの黒澤です☆

サトコ

「く、黒澤さん!?」

(こんな時に電話なんて‥)

黒澤

さっき見たっていう男の特徴を教えてください

サトコ

「え?えっと‥黒スーツに黒ネクタイの2人組で、アタッシュケースを持っていました」

「年齢はおそらく30代前後。1人は黒の短髪で‥」

(あと何だっけ‥)

サトコ

「すみません‥!人に紛れて細かいところまで見えなくて‥」

黒澤

‥もう1人の男は長身で、帽子を被ってませんでしたか?

帽子じゃなくてもいい。何かで頭を隠していた‥

サトコ

「あ、はい。ニットキャップを‥背も石神教官より高い印象がありました」

黒澤

‥!

声だけの情報なのに、黒澤さんが動揺したのが伝わる。

(そう言えばこの前、資料室で‥)

“‥公安が動いてるって、SPの方たちは知ってるんですか?”

“察してはいるだろうが、連携を取ることは出来ない”

そんな会話を聞いた。

サトコ

「あの、黒澤さん‥」

黒澤

サトコさん、一刻も早く下船してください

サトコ

「はい、そのつもりで‥」

鳴子

「氷川、伏せて!」

サトコ

「!」

反射的に屈むと、ガッと金属を貫くような音がして、さっきまでもたれていた壁に穴が開いている。

(な、なな何事‥!?)

顔を上げると、パーティー会場の入り口で、ニット帽の男が嫌な笑みを浮かべていた。

(拳銃‥?でも大きな銃声はなかった‥)

鳴子

「発射音が抑制されてる‥サプレッサーじゃない?」

サトコ

「‥プロってこと?」

鳴子

「‥その可能性が高いかも」

サトコ

「‥‥‥」

驚きのあまり、さっきまで握っていた携帯が手から滑って、床に転がっている。

(黒澤さんに伝えなきゃ‥!)

ガタン‥

立て続けに、何か軽い浮遊感を感じて外を見る。

鳴子

「え‥船が‥」

サトコ

「動いた‥?」

乗車口にはもう、スタッフが1名いるだけだ。

ザーッというノイズの後、館内放送が流れる。

???

「全員その場を動くな」

「勝手な真似をすると、ガスを発生させる」

サトコ

「!」

鳴子

「氷川!」

突如、背中を押されて1人地面を転がる。

何が起こっているのか、訳が分からない。

鳴子

「離して‥!」

サトコ

「‥鳴子!」

ニット帽の男が鳴子の腕を掴み、乗降口へと押し出していく。

【デッキ】

加勢しようと後を追うと、目を疑うような光景が目の前にあった。

サトコ

「!」

「待って!」

鳴子は、今にも海に落ちそうな体勢で銃を突きつけられている。

黒澤

御子芝!

ニット帽の男

「チッ、来やがったか」

サトコ

「黒澤さん!」

船内から飛び出してきた黒澤さんが、男に銃を向けた。

いつもとは違う冷ややかな笑みを浮かべて、鋭い眼差しで男を見る。

黒澤

頭の傷は治りました?この間は思いっきり蹴り入れちゃってすみません

ニット帽の男

「うるせぇ!」

黒澤

今日こそ逃がさない‥

サトコさん、ICチップは?

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サトコ

「鳴子が持ってます‥」

ニット帽の男

「渡すわけないだろ」

パン‥!

間髪入れずに黒澤さんが撃ち込んだ弾が男の手を掠めて、拳銃が海へ落ちていく。

その隙に、鳴子は男の手から逃れる。

ニット帽の男

「クソが‥」

黒澤

佐々木さん!そのまま飛び込んで!

鳴子

「!」

男の手が鳴子を追う寸前、黒澤さんが間に入る。

船はまだ動き出したところで、陸までさほど距離はない。

(ICチップのデータは飛ばしたし、指紋が残ればいいんだよね‥?)

サトコ

「鳴子!データをお願い!」

鳴子

「‥っ」

サトコ

「私の事はいいから、早く!」

鳴子

「でも‥っ」

サトコ

「任務を遂行して!」

鳴子

「サトコ‥」

この状況では、鳴子が飛び込むほかに手段がない。

男の手にナイフが握られた瞬間、黒澤さんが鳴子を海に突き落とした。

サトコ

「黒澤さん!」

振り回されるナイフをかわしながら、黒澤さんが話し出す。

黒澤

サトコさん、手短に言います

もうすでに最下部の車両甲板でガスが散布されています

サトコ

「え‥」

黒澤

犯人グループの人数は不明

パーティー会場には巣瀬事務次官とそのSPが3名、おそらく拘束されている

ニット帽の男

「へぇ、短時間でよく把握したな」

黒澤

‥っ!

黒澤さんの頬を、ナイフが掠める。

サトコ

「動かないで!」

思わず男に向けて拳銃を構える。

黒澤

サトコさん‥

ニット帽の男

「ハハッ、残念だったな」

サトコ

「!?」

ニット帽の男

「俺を撃てば、黒澤ごと吹き飛ぶぞ」

サトコ

「っ!」

(自爆するつもりで‥!?)

そう言った男の服の下には、爆弾らしきものが巻きつけられていた。

下手に発砲すれば、まさに吹き飛ぶ。

(私には黒澤さんほどの技術がない‥)

黒澤

‥サトコさんも絶対に降りてくださいね

(え‥‥?)

次の瞬間、バシャーン!と水しぶきが上がる。

黒澤さんは、男と一緒に海に身を投げた。

サトコ

「黒澤さん!!」

(そんな‥!)

追うように下を覗き込む。

大型客船とあって、ビル何階の高さか‥血の気が引いていく。

(私、どうしたら‥)

後藤

氷川、聞こえるか

インカムから後藤教官に呼び掛けられる。

後藤

まだ間に合う。お前も退避しろ

サトコ

「‥っ」

(まだ船内に人がいるのに‥)

(SPの人たちも拘束されてるなら、動けるのは私だけ‥)

少しずつ、船は沖へと進んでいる。

ドン‥!

遠くで何か、爆発する音が聞こえる。

サトコ

「!?」

後藤

規模は小さいが船尾デッキが爆発した

無茶なマネはせず退避しろ!

サトコ

「でも、取り残されてる人がいます!」

後藤

上層部の判断だ。連携してICチップは持ち出せた

氷川がそこにいる理由はもうない

サトコ

「‥‥‥」

(公安は動かないって言うの‥?)

目の前で事件が起こっているのに、退避命令が出される。

サトコ

「‥不自然すぎます」

「何か‥上層部にとって都合が悪いことでもあるんですか」

後藤

‥答える必要はない

サトコ

「じゃあどうして退避なんですか‥」

「教官たちだってそこにいるのに‥!」

(まだ追いかけられる距離なのに、動いてくれないなんて‥)

後藤

それに関しては‥察してくれ

サトコ

「!」

後藤教官の声が、どこか苦い。

(動きたくても、動けない‥?)

ドクン‥ドクン‥

心臓の音が、やけに大きく聞こえる。

エントランスホールの方に目を向けると、人影が階段を横切った。

(誰かいるの‥?)

サトコ

「‥教官、すみません」

後藤

氷川!

取り残されてる人がいるのに、自分だけ逃げるなんてできない。

一目散に階段まで走った。

【船内】

男が降りて行ったフロアへ、急いで階段を駆け降りる。

石神

氷川!勝手なマネはするな

サトコ

「石神教官‥」

随分久しぶりに、ちゃんと声を聞いた気がする。

サトコ

「教官‥おそらくですが、デッキで発生しているガスにはさほど害はありません」

「男は防塵もせず、素顔で歩いていましたから」

石神

なら今のうちにさっさと海へ飛び込め

サトコ

「大原議員は無事に下船しましたか?」

石神

‥大原議員は無事に下船した

吹き付けられたのはベンジラートだ。重症だが命に別状はない

(ベンジラートって‥)

(この前、レポート書くときに調べたばっかり‥)

無力化ガスの代表格だ。

一時的に生理的または精神的な影響、あるいは両者を発生させ、身体の自由を奪う。

致死性はないものの、化学兵器として扱われる厄介なものだ。

(なら、なおさら放り出せない‥)

石神

‥即退避だ

サトコ

『現在1階フロアです。男を発見しました』

石神

氷川‥

苛立ちと焦りが滲んだ声が、低く響く。

(教官‥すみません‥私には無理なんです)

さすがにこんな場所で1人で立ち向かうなんて、怖くて仕方ない。

(震えるな!足‥!)

(ここで逃げたら絶対に後悔する‥)

人を助けたくて刑事を目指しているのに、助けもせずに逃げ出すなんて到底できない。

恐怖で動かない足を、なんとか一歩踏み出す。

アタッシュケースを持った男が、ゆっくりとこちらを振り返った。

手持無沙汰な手に、転がっていたパイプを握りしめる。

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サトコ

「何をしてるんですか!」

黒服の男

「ほぉ、わざわざ追ってくるバカがいたんだな」

「お前の顔は知ってるぞ。石神の犬だろ」

サトコ

「!」

(どうして私の事‥)

黒服の男

「いつかの麻薬売買現場では俺の部下が世話になったな」

(麻薬‥)

その言葉にハッと思い出した。

サトコ

「あの時の‥」

黒服の男

「データは持ち出せたのか?それならさっさと逃げた方がいい」

(どこまで知ってるの‥?)

サトコ

「あなた方の目的はなんですか」

黒服の男

「あいにく、公安の人間は大嫌いでね」

「それでも俺だって無駄な死人は出したくない。気が変わらないうちに行け」

「どうせデータ回収して退避命令でも出てるんだろ」

サトコ

「大原議員のことも、あなたがやったんですか」

黒服の男

「だったら何だ」

サトコ

「大原議員は下船しました。データもです。これ以上何の目的があって‥」

黒服の男

「俺たちの目的は、巣瀬を殺すことだけだ」

「たとえ自分たちが死んでもな」

サトコ

「!」

(過激派がどうして巣瀬事務次官を‥)

巣瀬事務次官はこの懇親会の主催者で、前総理と親しいとされる人物だ。

黒服の男

「大原は勘がいい。計画を知られたから先手を打っただけだ」

「数時間苦しむだろうが死にはしない。お前も餌食になるか?」

千葉

『氷川!データは無事に渡した!』

『すぐに降りて来い!』

インカムから、千葉さんの焦った声が聞こえる。

サトコ

「できないよ‥」

千葉

『刑事になりたいんだろう!何のために石神教官が距離を置いたと思ってる!』

サトコ

「え‥?」

千葉

『早く逃げろ!』

サトコ

「‥‥‥」

パイプを構えながら、男と対峙する。

(千葉さんは、何か知ってるの‥?)

<選択してください>

A: どういうこと?

サトコ

「‥どういうこと?」

千葉

『退避したら教えてやる。すぐに降りて来い!』

サトコ

「じゃあ‥聞けないままだね」

B: 今はそれどころじゃない

サトコ

「‥今はそれどころじゃない」

「それに、そういうのはこの船に乗る前に置いてきた」

(集中して、気持ちを薄れさせるんだから‥)

千葉

『強がるな!』

C: そんなの知らない

サトコ

「‥そんなの知らない」

千葉

『氷川』

サトコ

「何か理由があったとしても、諦めなきゃいけないなら同じことでしょ?」

サトコ

「動かないで!」

(剣道だけは自信あるんだから‥!)

黒服の男

「お前こそ動くな。一歩でも動けばガスにまみれるぞ」

言いながら、男はガスマスクを装着する。

(ベンジラートは常温では固体‥)

(溶剤をかけられたらガスになる。それだけは阻止しなきゃ‥)

インカムから色々な声が飛んできたけど、頭の中には届かない。

サトコ

「絶対に逃がしません!」

大きく一歩踏み込んで、男にパイプを振り下ろす。

黒服の男

「ぐ‥」

サトコ

「観念しなさい」

黒服の男

「‥!」

サトコ

「‥っ」

パイプを間に、押して押されて‥‥

壁際に追い込まれると、思いきり首を絞められる。

サトコ

「!!」

(苦しい‥息が‥!)

力任せに突き飛ばすと、男は向かい側の壁で背中を打つ。

胸を叩きつけて、畳み掛けるようにみぞおちを突くと、その男はその場に崩れ落ちた。

サトコ

「はぁ‥はぁ」

力が抜ける、というか、入らない。

(マズイ‥車両甲板のガスが上がってきてる‥)

今ここで男を止められたところで、下からは確実にガスが発生している。

ベンジラートなのかも、他のものなのかも定かではない。

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(無臭だからよく分からないけど、目の霞み方が普通じゃない)

(このままここにいたらダメだ‥)

引きずるようにして、外の空気が入る場所に男を移動させ、手錠をかける。

サトコ

「‥犯人1名、確保しました」

「ガスが1階フロアに到達。これからパーティー会場へ向かいます」

後藤

もう充分だ。すぐに退避しろ

サトコ

「後藤教官がここにいたら、退避しますか」

後藤

いい加減に‥

石神

氷川

言葉を遮るように、石神教官の声が届く。

石神

すぐに退避だ。君はそこで死ぬべき人間じゃない

ひどく頭が痛んで、クラクラする。

サトコ

「でも‥着岸していない時点で、SATには頼れないんですよね?」

「私しか動けないなら、やるべきことは1つです」

石神

‥こういう時だけ妙な知識を晒すな

<選択してください>

A: 石神教官のおかげです

サトコ

「勉強しましたから‥」

「石神教官のおかげで、妙な知識は豊富かもしれません」

石神

‥‥‥

B: こんな話でもしなきゃやってられないです

サトコ

「こんな話でもしなきゃやてられないです」

「それに、こうやってちゃんと話すの久しぶりじゃないですか?」

石神

お前はバカか

サトコ

「はい」

C: 本当は怖いです

サトコ

「‥本当は怖いです。こんな話をして気を紛らわせたくなる程度には」

石神

だから退避だと‥

サトコ

「でも、そんなこと言ってられません」

通常、テロ事件となると、特殊急襲部隊であるSATが動くはずで。

海の上であっても着岸さえしていれば、船の底から突入してくる。

(出航したのなら海上保安庁の管轄になるはず‥)

(あれ?でもガス兵器で使われてるわけだし、違うのかな‥)

妙に冷静な割に、やっぱりいまいち分かっていないあたりが自分らしい。

石神

狙いが巣瀬事務次官なら、奴らは本気だ

死ぬかもしれない‥退避しろ

歯噛みするような、切実な声。

(ああ、この感じ‥前に見た夢と似てる‥)

頭が割れそうに痛くて、通風孔の前でゆっくりと目を閉じた。

サトコ

『‥死ぬかもしれないんですよ!』

石神

悪運は強い方だ。さっさと行け

叫ぶ私に、石神教官は表情を変えずに言い放つ。

泣きながら振り返った背中は大きくて、あこがれの刑事そのもので‥あまりに遠い。

(あの夢の中では、私が教官を止める側だった‥)

あの背中を見てここまで来た。

もしかして空振りするかもしれないけど、私がしっかりしなきゃ。

私が‥‥‥

(大丈夫、まだ動ける‥)

サトコ

「石神教官。私、退避命令は聞けません」

石神

氷川‥!

サトコ

「もっとたくさん、石神教官から学びたかったです」

「でも‥」

「‥‥口先だけでも、刑事になりたいです」

「バカでもなんでも、自分だけが助かるなんてできません」

石神

‥死ぬかもしれなくてもか

サトコ

「‥私、悪運は強い方なんです」

プツッ‥

インカムのスイッチをオフにする。

(負けるもんか‥)

【ロビー】

なんとか階段を上がって、エントランスホールまで戻ってきて‥

サトコ

「!」

すぐさま、両手を顔の横に上げる。

(う、ウソでしょ‥)

どういうわけか、瞬時に拳銃を突きつけられていた。

???(瑞樹)

「え‥」

「キミはさっきの‥」

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サトコ

「あ、あの‥一応は警察官です」

「銃を下ろして頂けるとありがたいんですが‥」

(こ、怖い‥)

(さすがSP、気配がなかった‥)

ビクビクと後ずさりながら、男性の顔色を窺うしかなかった。

to be continued

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