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温泉 難波 1話

振り返ると、私の手を握った室長が立っていた。

サトコ

「‥室長?」

難波

ん?

サトコ

「いえ、ど、どうしたのかと思って」

難波

宴会場はこっちだろ?

サトコ

「あれ?」

言われてみれば、来た方向とは逆側に向かっている気がする。

サトコ

「す、すみません‥どっちから来たか、わからなくなってました」

難波

まあ、似たような部屋が多いからなぁ

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そのまま、私の手を引き室長が宴会場の方へと歩き出す。

(手、いつ離してくれるんだろう‥)

(そういえば‥前にもこんなことがあったっけ)

以前、研修旅行があった時、室長とふたりで居残り組になった。

(あの時、仕事を手伝ったお礼にってお祭りに連れて行ってくれて)

(こうやって、室長に手を引かれて歩いて‥)

室長の少し後ろを、手を引かれたまま歩き続ける。

ふと途中の窓の外に目をやり、室長が立ち止まった。

難波

‥ちょっと、外行くか

サトコ

「え?」

難波

酔い覚ましがてら歩くのも悪くないだろ?

サトコ

「でも、教官たちは」

難波

大丈夫だ。あいつらなら勝手にやってるから

黒澤は完全にできあがってたから、しばらくほっといた方がいいしな

サトコ

「ほ、ほっといていいんですか?」

「だけど確かに、黒澤さんはかなり勢いよく飲んでましたしね‥」

難波

加賀も潰れそうになってたしなぁ

サトコ

「‥加賀教官って、お酒強いですよね?」

難波

ああ‥でも、俺と飲むとだいたい先に潰れるな

(それは、室長が強いお酒を飲ませるからじゃ‥)

(っていうか‥)

サトコ

「えっと‥室長、手‥」

難波

ん?ああ、悪い悪い

ようやく手を繋いでいることに気付いたのか、室長が笑いながら離れる。

難波

そういえば、前にもこうやってお前の手を引っ張って歩いたな

サトコ

「え?」

難波

もう忘れたのか?ほら、一緒に夏祭りに行っただろ

サトコ

「は、はい‥覚えてますよ、もちろん」

(というか、室長が同じことを思い出したのがびっくりで‥)

私のことなど気にせず、室長は鼻歌を歌いながら廊下を歩いていく。

(そうは見えないけど‥実は、酔っ払ってるのかな?)

【外】

室長についていきながら、どこへ行くともなしに外を歩く。

難波

涼しいな

サトコ

「そうですね。夜風が気持ちいいです」

難波

そういえば、今回は無理に連れて来て悪かったな

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サトコ

「え?」

難波

黒澤はほっといても自腹切ってくるのが分かってたから

それなら、お前を誘った方がいいと思ったんだ

(黒澤さんが実費で来ること、お見通しだったんだ‥す、すごい)

サトコ

「いえ、誘って頂いて嬉しいです。凄く楽しいですよ」

難波

おっさんばっかに囲まれて、疲れると思うがお前も楽しめ

サトコ

「それ、颯馬教官に言ったら恨まれそうですね」

笑う室長の視線が、不意に止まる。

サトコ

「‥楽しそうですね」

難波

そうだな‥

親子を見つめる室長が、目を細める。

(もしかして‥自分の家族のことを考えてるのかな)

(そういえば、前に聞きそびれちゃったっけ‥室長の奥さんや子どものこと)

サトコ

「室長、あの‥」

難波

氷川は、結婚願望とかあるのか?

サトコ

「へ!?」

難波

女なら、仕事か結婚かって帰路に立たされた時

どうしても、どっちかを選ばなきゃならないこともあるだろ?

サトコ

「私は‥」

<選択してください>

A: 結婚願望はあります

サトコ

「そりゃありますよ、結婚願望」

難波

だよなあ。結婚もしたいし、子どもも欲しいよな

そう話す室長の目は、どこか優しい。

(さっきも、花火してる子どもたちを見てたし‥)

(合宿行った時も、ユウタくんともすぐに仲良くなってたっけ?)

(もしかして室長って、子ども好きなのかも?)

B: 今は仕事が優先

サトコ

「今は、そんなこと考えてません。仕事が優先ですから」

難波

結婚したくないのか?

サトコ

「したくないわけじゃないですけど‥一人前の公安刑事になることが優先です」

難波

なるほど。お前らしいな

ポンと、室長の大きな手が私の頭に乗せられる。

C: 室長はどっちを選ぶの?

サトコ

「室長だったら、どっちを選びますか?」

難波

男と女は別だろ?

女は男と違って、子どもを産むとなりゃ仕事しながら‥ってわけにもいかないしな

(なんか、うまくはぐらかされた‥?)

難波

幸せを望むなら、公安刑事は向いてねぇよな

サトコ

「そう‥ですよね‥」

難波

思うように休みも取れねぇ、でかいヤマに当たりゃ、解決するまで不眠不休

家族の団らんなんて、期待しない方がいい

サトコ

「‥‥‥」

(もしかして、室長も今そういう状況‥とか?)

(奥さんに寂しい思いをさせてるから、そんなふうに言うのかな)

サトコ

「‥私は、そんな中途半端な気持ちじゃないです」

「立派な公安刑事になって、みんなの役に立って‥」

「そのためにも、今は結婚なんて考えてる場合じゃ」

難波

わかってるって

くしゃっと、室長が私の髪を乱暴に撫でた。

難波

お前は、まっすぐで一所懸命だもんな

でもなぁ、もうちょっと肩の力を抜いた方がいいぞ?

サトコ

「肩の力‥」

難波

ああ。俺を見ろ、力抜きっぱなしだ

そう言いながらも、仕事のことになるとまったく別の顔を見せることは知っている。

(それにしても、この笑顔、この態度‥絶対、子ども扱いされてるよね)

(結婚の話とかしたけど‥)

(室長にとっては、私なんてまだまだひよっこなんだろうな‥)

サトコ

「室長、でも‥」

難波

おっ、見えてきたぞ

なぜ結婚願望のことなんかを聞くのか尋ねようとした時、室長が先に口を開いた。

サトコ

「え?何がですか?」

難波

ほら、コンビニだ

さっき車から見て、なんとなく覚えてたんだよなあ

(コンビニ?もしかして‥最初からここに来るつもりだったの?)

驚きながらも、室長についてコンビニのドアをくぐった。

【コンビニ】

お店に入ると、室長はまっすぐ飲み物のコーナーへと向かう。

すると、冷蔵庫の前に颯馬教官が立っているのが見えた。

颯馬

おや

難波

なんだ?颯馬も来てたのか

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颯馬

ええ。ドンチャン騒ぎになってきたので、ちょっと抜け出してきたんです

颯馬教官が、室長の後ろの私に気付いて軽く目を見張る。

颯馬

サトコさんも一緒だったんですね

サトコ

「えーと‥偶然室長に会って、散歩がてらついてきました」

難波

おお、あったあった

冷蔵庫から、室長が日本酒数本を取り出す。

難波

これが飲みたくてなー。旅館になかったんだよ

サトコ

「‥それ買いに来たんですか?」

難波

ああ。あってよかった

颯馬

フフ、難波さんは相変わらずですね

難波

旅館から結構遠いからなー。いい酔い覚ましにもなった

(‥ですよね)

お酒目的と言われて妙に納得しつつも、ほんの少しだけがっかりしている自分がいる。

(なんだろう、このモヤモヤした感じ‥)

(室長と居ると、よくわからない気持ちになることが多い‥)

難波

氷川?疲れたか?

ひょいっと顔を覗き込まれて、慌てて首を振った。

サトコ

「だ、大丈夫です!そういえば、教官たちのお酒もそろそろなくなる頃ですね!」

颯馬

そうですね。少し買っていきましょうか

難波

じゃあ、これとこれと‥

颯馬

難波さんしか飲めないような、強すぎるのはダメですよ

難波

これはそんなに強くないぞ。加賀なら飲めるだろ

颯馬

難波さんと加賀さんを、基準にしないでください

難波

なんだよー、ちょっとくらいいいだろ?

ふたりのやり取りを眺めながらも、突然室長に顔を覗き込まれたせいか、ドキドキが鳴りやまない。

(びっくりした‥なんで私、こんなに慌ててるんだろう‥?)

【帰り道】

お酒やおつまみを買い足して、帰り道を3人で歩く。

サトコ

「今日は黒澤さんが絶好調ですね」

颯馬

ええ、いつも以上に

難波

はしゃいでるんだろ。みんなで旅行なんて滅多に来れないからなー

私たちを追い越して、室長が少し前を歩く。

颯馬

サトコさん、暗いから足元に気を付けてくださいね

サトコ

「はい。でも街灯があるから‥」

答えようとした時、持っていた荷物の重みが消えた。

ハッとなった時には、颯馬教官が私の荷物を持ってくれている。

颯馬

重いものを持つのは、男の仕事ですよ

サトコ

「だ、大丈夫です!毎日の訓練で鍛えてますので!」

「それに、教官に荷物を持たせるわけには」

颯馬

フフ‥難波さんも、今日は無礼講だと言っていたでしょう?

今日くらいは、女の子に戻ってもいいんですよ?

耳元で、颯馬教官が室長に聞こえないようにささやく。

(なんか、今日の颯馬教官、いつも以上に色気が‥!)

サトコ

「で、でも‥あのっ」

難波

ん?氷川、今なんか言ったか?

<選択してください>

A: 何も言ってません

サトコ

「な、何も言ってません!」

難波

そうか?ならいいが

あれ?お前、さっき荷物持ってなかったか?

サトコ

「は、はい‥颯馬教官が持ってくれました」

難波

おー、さすが颯馬。いい男だな

B: 颯馬教官と話してました

サトコ

「あ‥はい。颯馬教官と話してました」

難波

なんだー。おじさんを仲間外れにして

若い奴にしかわからない話か?

颯馬

室長だって若いじゃないですか

難波

いやいや、俺なんてもうおっさんだからな

(室長、やっぱりちょっと酔ってる気がする‥)

C: 室長、歩くの早いです

サトコ

「室長、歩くの早いです!追い付けません!」

難波

おお、悪い悪い。あいつらが待ってると思うとなー

颯馬

なんて言って、実は早くこのお酒が飲みたいからですよね?

難波

はは。颯馬はなんでもお見通しだな

難波

さて、戻ったら宴会二回戦でもやるか

颯馬

難波さんは本当に、お酒が強いですね

難波

刑事は飲んでなんぼだろ?」

先を歩くふたりの背中を眺めながら、少し後ろを歩く。

(なんだか、不思議な組み合わせだな‥)

(東雲教官と黒澤さんとか、後藤教官と黒澤さんとかならよく見るけど)

(‥いや、黒澤さん、教官じゃないのになじみすぎでしょ)

普段とは違う状況のせいか、ふたりと並んであることができなかった。

【旅館】

買ったものを持って宴会場に戻ると、そこには誰もいなかった。

難波

まさかもうお開きか?

颯馬

温泉に行ったのかもしれませんね

サトコ

「そういえば、ついてすぐ宴会が始まったから、温泉に入ってませんでしたね」

難波

仕方ない、俺たちも入ってくるかー

颯馬

そう言いながら、楽しそうですね

(温泉かあ‥せっかく来たんだし、露天風呂とか入りたいな)

(もうお開きなら、私も温泉に入って来よう)

【温泉】

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時間も遅かったせいか、温泉には誰もいなかった。

身体を洗ってから、肩までゆっくりお湯に浸かる。

サトコ

「はあ‥極楽極楽‥」

「‥って、なんか私、おばさんっぽいな」

(‥室長はよく、自分のこと『おじさん』とか『おっさん』って言ってるよね)

(だから私のこと、子ども扱いするんだろうな)

難波

氷川は、結婚願望とかあるのか?

さっきの、室長の言葉を思い出す。

サトコ

「結婚、かあ‥」

(そりゃ、いつかはしたいけど‥)

(でも今はそれよりも、やらなきゃいけないことがたくさんあるし)

難波

幸せを望むなら、公安刑事は向いてねぇからな

思うように休みも取れねぇ、でかいヤマに当たりゃ、解決するまで不眠不休

家族の団らんなんて、期待しない方がいい

(‥結婚なんて、職業柄、やっぱりムリなのかな)

(それとも‥刑事同士とかならアリなのかな)

(はあ、身体がポカポカして気持ちいい)

(もう、このまま寝ちゃいたい‥)

サトコ

「‥ん?」

【部屋】

目を開けると、見覚えのない荷物が置いてあった。

(あれ‥?私、確か教官たちと一緒に温泉旅行に来て)

(露天風呂に入って‥そのあと‥)

恐る恐る起き上がると、時計はもう深夜0時を回っていた。

(‥いつ、部屋に戻ってきたんだっけ?)

(コンビニまで歩いて酔いも醒めたと思ったけど‥もしかして、まだお酒が残ってたのかな)

???

「お、起きたか?」

振り返ると、誰かが窓際に座ってタバコをふかしているのが見えた。

月明かりに照らされたその姿は‥

難波

ん‥?どうした?

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サトコ

「‥室長!?」

けだるげな表情で、室長がこちらに視線を流す。

その姿から、目を逸らすことが出来なかった‥

to be continued

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