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温泉 難波 2話

難波

起きたか。よく寝てたな

サトコ

「しっ、しっ、室長‥!?」

(私、温泉に入ってたはずじゃ‥なんで室長がここに!?)

改めて部屋を見回してみると‥

そこにあるのは見覚えのない荷物ばかりで、私のものはひとつもない。

(ってことは、ここは室長の部屋‥!?私、酔った勢いでお邪魔したとか‥?)

(ハッ‥そうだ!)

震える手で、布団の中を確かめてみる。

浴衣は乱れていないし、胸元の合わせもしっかり締まり、帯も緩んでいない。

(よ、よかった‥酔って何かしでかしたかと思ったけど、大丈夫だった‥?)

タバコを灰皿に押し付けて火を消しながら、室長が笑う。

難波

安心しろ。ひよっこに欲情はしないって言ったろ

サトコ

「うっ‥」

難波

でも、お前もそういうの気にするんだなあ

サトコ

「室長、私のこと、なんだと思ってるんですか‥?」

難波

悪い悪い。さっき、結婚願望の話をした時

仕事以外には興味ありません、みたいなこと言ってたから

サトコ

「そこまでは言ってないですよ」

(それにしても、ひよっこには欲情しない、か‥)

(ホッとしたような、なんかちょっと悔しいような)

サトコ

「ところで、私‥どうしてここにいるんでしょう?」

難波

なんだ、覚えてないのか

颯馬と別れた後、温泉に行ったら、お前が‥

【温泉】

(はあ、いいお湯だった‥でも、ちょっとのぼせちゃったかな)

(色々考え事してたら、長湯しすぎたみたい‥)

温泉を出ると、目の前にマッサージチェアを見つけた。

サトコ

「ちょうどいいところに、椅子が‥」

「はあ‥ここでちょっと休んでから戻ろう‥」

(あれ‥?なんかちょっと眠くなってきた‥)

(こんなとろこで寝たら、風邪ひいちゃう‥)

難波

ふう、いい湯だったな

‥ん?氷川?

サトコ

「んー‥」

「黒澤さん、もう歌は勘弁してください‥」

難波

寝てるのか?もしかしてのぼせたんじゃないだろうな

ったく‥仕方ねぇな

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(室長の声が聞こえる‥?夢‥?)

(あれ‥?なんかふわふわする‥誰かに抱っこされてるみたいな‥)

【部屋】

難波

‥というわけで、マッサージチェアで寝ちまったお前を、ここまで運んできたわけだ

お前の部屋がどこだか知らねぇしな

サトコ

「は、運ぶって‥」

難波

あのままにしといて風邪ひかせても大変だろ

酒飲んだあとの長風呂は危ないぞ?気を付けろよ

<選択してください>

A: ご迷惑おかけしました

サトコ

「は、はい‥ご迷惑をおかけしてすみません」

(っていうか‥それよりも!)

(運ぶって、もしかして、お、お姫様抱っこで‥!?)

慌てる私の様子から、何かを考えているのか室長はだいたいの察しはついたらしい。

B: どうやって運んだの?

サトコ

「つ、つかぬことをお聞きしますが‥ここまで、いったいどうやって」

難波

ん?ああ、そりゃアレだ。世間一般にいう『お姫様抱っこ』ってヤツか?

サトコ

「お姫様抱っこ!?」

難波

おんぶの方がよかったか?

(そ、そうことじゃなくて‥!)

C: いいお湯でしたよね

サトコ

「温泉、いいお湯でしたよね」

難波

確かにな。女の方の露天はどうだった?

サトコ

「広くて素敵でしたよ。岩風呂と檜風呂があって」

(っていうか‥そうじゃなくて!)

サトコ

「あの‥ここまで運んでいただいたのは、もしかして、その‥」

難波

ああ、こうやってな

室長のジェスチャーは、間違いなく『お姫様抱っこ』だった。

(しっ、室長にお姫様抱っこされた‥!?)

難波

いやあ、いい筋トレになった

サトコ

「なっ!?」

(いくらなんでもそれは、セクハラ!?)

難波

なんてな。冗談だ。思ったより軽かったぞ

サトコ

「思ったより!?」

室長が、声を上げて笑う。

難波

お前はいちいち反応するから面白いな

サトコ

「遊ばないでください‥」

(室長とはやっぱり、何があっても色気のある展開にはならない気がする‥)

(室長が私のこと女として意識してないんだから、当たり前なんだけど)

そう考えて、まるで自分は室長を『男性』として意識しているようで慌てて首を振った。

サトコ

「い、いやいや‥まさかそんな」

難波

どうした?のぼせたあとだから、あんまり急に動かない方がいいぞ

サトコ

「あ‥あの、私そろそろ部屋に戻ります」

(こんな時間に室長の部屋で寝てたなんて、教官たちにバレたら‥)

(ましてや黒澤さんに知られたら、大変なことになる!)

難波

無理するなよ。俺のことなら気にするな

お前が隣で寝てても、熟睡できる自信あるからな

サトコ

「そこまで魅力ないですか‥!?」

難波

ん?

サトコ

「あ、い、いえ!なんでもないです!」

「それじゃ、本当にご迷惑おかけしました!」

布団を綺麗に直して、そっと部屋のドアを開ける。

廊下に誰もいないことを確認して、こっそり室長の部屋を出た。

【廊下】

部屋を出ると、逃げるように廊下を走る。

(はあ、びっくりした‥!まさか室長の部屋で眠っちゃうなんて)

(どうか自分の部屋につくまで、誰にも見つかりませんように‥!)

祈りながら、廊下の角を曲がろうとした時‥

ちょうど向こうから曲がってきた人とぶつかりそうになった。

サトコ

「きゃっ!す、すみません!」

颯馬

いえ、こちらこそ‥

‥サトコさん?

サトコ

「そ、颯馬教官!?」

(まずい‥!私がここにいるとバレたら)

颯馬

おかしいですね‥この先は、室長の部屋しかありませんが?

サトコ

「そ、その‥実はお使いを頼まれて!」

「たっ、煙草を買い忘れたみたいで、下の自販機で買ってきたんです!」

颯馬

‥そうですか

本心のわからない笑顔を浮かべて、颯馬教官が不意に顔を近付ける。

そして軽く握った拳を壁に押し付けると、私をその中に閉じ込めてしまった。

サトコ

「なっ‥!?」

颯馬

それなら‥俺のお願いも、聞いてくれますか?

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サトコ

「お、お願いって‥」

(‥『俺』!?)

(颯馬教官、今、『俺』って言った!?)

サトコ

「きょ、教官‥酔ってるんですか!?」

颯馬

フフ、全然酔ってませんよ?

サトコさんには、普段の俺が、人畜無害に映ってるってこと?

教官の綺麗な顔が近づくと、ほのかにシャンプーの香りが漂ってきた。

(これ‥か、からかわれてる‥!?)

サトコ

「離してくださいっ‥」

颯馬

どうして?

サトコ

「私、こういう冗談には慣れてな‥」

颯馬

‥冗談じゃなかったら?

低い声に、心臓が爆発しそうになった。

颯馬

冗談じゃなかったら、俺のものになってくれる?

サトコ

「きょ、教官っ‥」

難波

おーい。こんなとこで何やってんだ?

室長の声がして、颯馬教官がゆっくりと私から離れた。

颯馬

‥残念

サトコ

「え‥」

(ど、どういう意味‥?)

難波

ちょうどよかった。今から飲み直すぞ

こちらに歩いてきた室長は、さっきコンビニで買ったお酒を持っている。

颯馬

これからですか?

難波

黒澤から電話が来てな。みんなまだ起きてるっていうから

颯馬

まだ飲まれるんですね。室長、大丈夫ですか?

難波

あんなの、飲んだうちに入るか?

ほら、氷川も行くぞ

さり気なく、室長が颯馬教官と私の間に入る。

颯馬

‥黒澤も、無駄に元気ですね。あれだけはしゃいでいたのに

難波

若いっていいよなー

颯馬

私は『おっさん』ではないですからね?

難波

そんな寂しいこと言うなよー

先に歩いていくふたりを追いかけながら、つい、室長の背中を見つめてしまう。

(‥‥もしかして、助けてくれた?)

(いや、でも室長のことだし‥偶然かも)

でも室長は考えの読めない人だし、偶然ではないかもしれない。

小さく首を振って、ふたりを追いかけた。

【黒澤の部屋】

黒澤さんの部屋にお邪魔すると、もうすでに宴会二回戦が始まっていた。

黒澤

サトコさん、こっちです!

サトコ

「お邪魔します。てっきりもう解散したんだとばかり」

加賀

あんなの、飲んだうちに入らねぇ

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難波

加賀、わかってるなー。ほら、いいもの持ってきたぞ

コンビニで買った強いお酒を出して、再び宴会が始まった。

1時間後‥

黒澤

もうらめ‥飲めましぇ~ん‥

石神

室長‥もう、やめておきましょう‥

難波

なんだ、お前らだらしないなー。氷川を見てみろ。全然酔ってないぞ

サトコ

「あの、それは私がその強いお酒を飲んでないからですよ」

(‥って、誰もツッコんでくれない‥みんな、酔い潰れたみたい)

サトコ

「教官たち、寝ちゃいましたね」

難波

そうだなー。結局、起きてるのは俺たちだけか

‥お!氷川、ちょっと来てみろ

立ち上がった室長が、ベランダの方へ歩いていく。

返事をして、慌てて室長の後についていくと‥

ベランダから、まん丸の月が見えた。

サトコ

「わあ‥綺麗ですね」

難波

ああ、今日は十五夜だな

ほら、お前も飲め。お酌ばっかりで、全然飲んでなかっただろ

サトコ

「はい‥でもあの強いお酒を飲むと、また寝ちゃいそうだったので」

難波

なら、これにしとけ。そんなに強くないから

サトコ

「ありがとうございます」

カクテルを渡されて、ベランダに座り、月を眺めながら室長と乾杯する。

サトコ

「そういえば、お祭りに連れて行ってくださった夜も」

「こうやって、ベランダで晩酌しましたね」

難波

ああ。そうだったな

お前とは、なぜかふたりだけの秘密が増えていくなあ

<選択してください>

A: 今日のことも?

サトコ

「それって、今日のこともですか?」

難波

お前には、秘密の方がいいんだろ?

サトコ

「え?」

難波

のぼせてマッサージチェアで寝た挙句、俺にお姫様抱っこで‥

サトコ

「ひ、秘密でお願いします!」

B: 子どもっぽいですね

サトコ

「室長って、意外と子どもっぽいですよね」

難波

そうか?

サトコ

「だって、『ふたりだけの秘密』って」

笑いながらも、それを嬉しいと思っている自分がいる。

C: これからも増えるといいな

サトコ

「ふたりだけの秘密が、これからも増えるといいですね」

難波

おっさんと秘密を共有しても、嬉しくないだろ

サトコ

「そんなこと‥」

(自分でもちょっとびっくりするほど嬉しいと思ってる‥なんて、さすがに言えないよね)

難波

ん?ビールがなくなったな。取ってくるか

サトコ

「あ‥私が行きます」

立ち上がった瞬間、ぐいっと足元に引っ張られる感触があった。

サトコ

「きゃっ」

難波

おっと

浴衣の裾を踏んでふらついた私を、室長が腕を伸ばして抱きとめてくれる。

サトコ

「す、すみません‥」

難波

大丈夫か?

頬のすぐ近くで聞こえた室長の声は、いつもより少し低くて、どこか煙草の香りがした。

サトコ

「っ‥‥‥」

難波

‥へぇ

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顔を上げた私を見て、室長が軽く目を見張る。

それは一瞬、『男の人』の表情になった‥気がした。

難波

お前も、そんな顔できるようになったか

サトコ

「え‥?」

難波

‥颯馬も、よく気づいたもんだな

頭をぽんっとひとつ撫でると、室長がビールを取りに部屋へ戻った。

(『そんな顔』って‥?)

(それに、颯馬教官が気付いたって‥なんのこと?)

どういう意味なのかわからないけど、室長に抱きとめられた感触がまだ体に残っている。

(なんだろう、これ‥)

一人で月を見上げていると、不意に、頬に冷たい感触が触れた。

サトコ

「ひゃっ!?」

颯馬

フフ‥酔いが醒めましたか?

サトコ

「颯馬教官!」

颯馬

しっ‥黒澤たちが起きると面倒ですから

私にビールを渡しながら、颯馬教官がこちらに近づいてくる。

サトコ

「ありがとうございます。あの‥」

颯馬

そんなに警戒しなくても、もうからかいませんよ

‥今は、ですけどね

サトコ

「教官‥?」

難波

なんだ、颯馬も起きてたのか

颯馬

ええ、私もお月見に入れてもらっても?

難波

ああ、2人より3人だからな。月見しながら晩酌ってのも、乙なもんだろ?

難波

お前も、そんな顔できるようになったか

颯馬

‥今は、ですけどね

ふたりの言葉が、頭の中に響き渡る。

(‥どういう意味だったんだろう?)

3人で満月を眺めながら、不思議な夜は更けていった‥

Happy  End

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