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温泉 東雲

サトコ

「あっ、教か‥」

東雲

しっ

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いきなり口元を抑えられて「ふぐぐ」と中途半端な声が漏れた。

東雲

キミ、声大きすぎ

もっと潜めて

(そ、そんなこと言われても‥)

(この状況じゃ、そもそも反論すらできないんですけど)

サトコ

「んーんんんっん?」

東雲

え、なに?

サトコ

「んーんん‥」

東雲

ああ‥

『余興の一発芸どうしよう』‥ね

(違っ‥)

サトコ

「んんんんんんんっ!!!」

東雲

‥冗談。なに本気にしてんの

教官は、口元に押し当てた手をようやく外してくれた。

東雲

で、なに?

サトコ

「ああ、その‥そんな大したことじゃないですけど‥」

「どうして教官がここにいるのかなって‥」

東雲

決まってんじゃん

逃げてきたの。颯馬さんから

(ああ、そういうこと‥)

東雲

じゃあ、あとはよろしく

サトコ

「えっ、なにが‥」

東雲

颯馬さんの相手

これ以上、あの場にいたらアルコール臭くなりそうだし

(な‥っ)

サトコ

「待ってください!教官‥」

(そんな‥)

(ムリだよ、颯馬教官の相手なんて。お酒、めちゃくちゃ強そうだったし)

(どうしよう‥何とか誤魔化せないかな‥)

【宴会場】

ところが‥

颯馬

おや、もうグラスが空っぽですね

よこしなさい、黒澤

黒澤

や、やだなぁ、周介さん‥少し落ち着きましょうよ‥

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オレ、歩さんじゃないですし‥

颯馬

‥おや、今のはどういう意味ですか?

まさか私が、貴方と歩を間違えているとでも?

ドボドボドボッ!

黒澤

ああっ‥

(え、ええと‥これは‥)

(お任せってことでもいい‥かな‥)

いろいろ申し訳なく思いつつも、私は心の中で黒澤さんに手を合わせた。

(すみません、あとはよろしくお願いします‥)

サトコ

「‥ん?」

(あれ‥あっちのテーブル‥)

難波

じゃあ、いくぞー!

腕相撲・男の一本勝負‥

石神

‥‥‥

加賀

‥‥‥

難波

レディー‥ゴー!

(うわ、ほとんど互角‥!)

石神

く‥っ

加賀

この‥

倒れろ‥プリン野郎が‥

石神

貴様こそ‥っ

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難波

おお‥いい勝負だな!やっぱり甘党パワーか?

後藤

いえ、それは関係ないかと‥

黒澤

あっ、周介さん!腕相撲ですよ、腕相撲‥

颯馬

無駄ですよ、黒澤

貴方は逃がさないと決めましたから

黒澤

ひぃぃぃっ!

(なんか、すごい盛り上がり‥)

(これなら抜け出してもバレないよね)

(東雲教官がいなにのも気づかれないっぽいし‥)

(よし、ここはいちおう小声で‥)

サトコ

「すみませーん‥お先に失礼しまーす‥」

【廊下】

サトコ

「やったー!脱出成功!」

(よし、今のうちに温泉に入って来ようっと)

(ここ、たしか露天風呂があったはずだよね)

【風呂】

(露天風呂‥露天風呂は‥)

サトコ

「あった‥ここだ!」

(よーし、のんびりするぞーっ!)

【露天風呂】

サトコ

「はぁぁ‥生き返るー‥」

(露天風呂なんて、何年ぶりだろ)

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(前は、確か大学時代の仲間と行ったんだっけ)

サトコ

「あ‥っ!」

(そう言えば、あのとき、ちーちゃんが彼氏連れだったんだよね)

(それで、男湯にいる彼氏と、仲良さそうに会話していて‥)

サトコ

「会話‥男連れ‥」

(そうだ‥もし男湯に教官がいたら‥)

【妄想】

東雲

氷川さん、聞こえるー?

シャンプー切れたから貸してくれない?

サトコ

「いいですよ。今、投げますね」

「せーの‥」

ガコンッ!

東雲

ちょ‥なにこれ

返品

サトコ

「ええっ」

ガコンッ!

サトコ

「痛っ!」

「ひどいです!貸せって言ったから貸したのに‥」

東雲

でも、それ安物だよね

悪いけどムリ

1本1000円以上のシャンプーじゃないと

(じょ‥)

サトコ

「女子かーっ!」

【露天風呂(現実)】

ガラガラッ‥

(あ、人が来ちゃった‥)

(せっかく貸切状態だったのになぁ)

サトコ

「ふわぁ‥」

(まずい‥眠たくなってきちゃった‥)

(そろそろあがろうかな)

(でも、せっかくの露天風呂だし、もうちょっとゆっくりしても‥)

サトコ

「‥え?」

すりガラス越しに見えたシルエットに、ドキリとする。

(あの髪型‥)

(まさか、あのマッシュルームカットは‥)

サトコ

「!!」

(や、やっぱり‥あの人、絶対に教官だよ!)

(なんで!?ここ、女湯なのに‥)

私がうろたえているうちに、肌色の影がガラス戸に近づいてきた。

(まずい、隠れないと‥!)

(と、とりあえず、あの岩場に‥っ)

ガラガラガラッ!

サトコ

「‥っ」

(セーフ!)

(セーフ‥だよね?)

なんとか息を整えつつ、そっと洗い場を覗いてみる。

(良かった‥気づいてないっぽい)

(ていうか‥温泉に入る時、腰にタオルを巻く派なんだ‥)

サトコ

「‥‥‥」

(それにしても肌‥ほんと白くてきれいだよね‥)

(あと、意外と背中が広かったりして‥)

(すごい筋肉質ではないけど、贅肉がなくて引き締まっている感じが‥)

サトコ

「!!」

(‥み、見すぎ!私、教官のハダカを見すぎだから!)

(ていうか、そもそもなんで教官が女湯に‥)

サトコ

「‥っ」

(うそ、こっちに来た!?)

(や‥ちょ‥どうすれば‥)

(こ、こうなったら、最後の手段‥っ)

ドボンッ!

東雲

‥ん?

(ううう‥くくく苦しい‥)

(こ‥これ‥いつまで持つの‥?)

(いくら『長野のカッパ』でも、さすがに限界が‥っ)

サトコ

「ブハ‥ッ!」

東雲

!?

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サトコ

「はぁ‥はぁ‥はぁ‥」

(ダメ‥やっぱりムリ‥っ)

東雲

そっち向いて!

サトコ

「え‥」

東雲

そっち!早く!

(ああ‥っ)

サトコ

「ははは、はいーっ!」

(バカーッ!なんで私、教官の方を向いて‥)

(で、でも、胸元はちゃんと隠してたはず‥)

東雲

サイアク

サトコ

「すみません!」

東雲

ヘンタイ

サトコ

「すみませんでした‥っ!」

(って、ちょっと待って)

サトコ

「あの‥ここ、女湯‥」

東雲

違う。この時間帯は男湯

(ええっ!?)

サトコ

「ウソです!」

東雲

ウソじゃない!

サトコ

「でも、左側は女湯のはずです!」

「絶対そうです!」

東雲

‥わかった。確かめてくる

サトコ

「だったら私が‥」

東雲

立つな!

(ああっ‥)

サトコ

「す、すみません!」

東雲

‥ったく

ほんと、バカ‥

ぼそりと呟いて、教官はいったん浴場から出て行く。

その途端、健康的とは言えない汗が、滝のように流れ落ちた。

(ど、どうしよう‥本当に男湯だったら‥)

(これって何罪?確か『覗き』は軽犯罪法に引っ掛かったよね?)

(でも私の場合、わざと男湯に入ったわけじゃ‥)

ガラガラッ!

(あ、戻ってきた!)

サトコ

「どっちでしたか?」

東雲

どっちでもない

サトコ

「えっ、どういう‥」

東雲

混浴

今の時間帯だけ

(えっ、じゃあ‥)

サトコ

「つまり、私も教官も間違ってない‥と‥」

東雲

いちおうね

サトコ

「そ、そうですか‥良かった‥」

「アハハハハ‥」

東雲

‥‥‥

サトコ

「ハ‥」

(‥良くない。全然よくないんですけど‥!)

(この状況‥ほんとどうすれば‥)

バサッ!

サトコ

「な、なんですか、このバスタオル‥」

東雲

巻けば

サトコ

「でも、それってマナー違反‥」

東雲

「ここは許可してるから」

「‥たぶん混浴タイムがあるせいだけど」

サトコ

「そ、そうですか」

「それじゃ、遠慮なく‥」

真っ白なタオルで、ひとまず身体を隠そうとする。

けれども、水分を含み始めたタオルはどうもうまく巻けなくて‥

東雲

‥巻いた?

サトコ

「いえ、まだ‥」

「その‥お風呂の中だと、うまく巻けなくて‥」

東雲

だったら、いったん出なよ

オレ、こっち向いてるんだし

サトコ

「そ、そうですよね‥」

(そうだよ、最初から出て巻けばよかったんだよ)

(そうすれば、手間取らなくて済んだのに‥)

だいぶ重たくなったバスタオルを、なんとか身体に巻きつける。

(‥できた!これなら問題ないよね)

サトコ

「教官、もう‥」

「‥っ」

ドキッとした。

だって、教官の首筋や耳たぶが薄っすらと赤かったから。

(これって、お湯に浸かっているせい?)

(それとも、もしかして別の理由‥)

東雲

‥なに?

サトコ

「えっ‥」

東雲

呼んだよね、今

サトコ

「あ、その‥もう大丈夫です‥」

東雲

だったら入れば?

サトコ

「は、はいっ!」

私が再びお湯に浸かったところで、教官はようやく振り向いてくれた。

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サトコ

「すみません‥どうもお騒がせして‥」

東雲

ほんとだよ

なんなの、いきなりお湯の中から出てくるとか

(うっ‥)

サトコ

「そ、それはその‥いろいろありまして‥」

東雲

なにがだよ

ほんと、謎

ワケ分かんない

(うう‥)

東雲

見せたいの?

変質者なの?

露出狂なの?

サトコ

「そ、そこまで言わなくても!」

(ていうか、私だって見られたくて見られたわけじゃ‥)

東雲

肌‥

なんか白いし‥

(え‥)

それは、あまりにも突然すぎて。

しかも、聞き間違いかと思うくらい、小さな声すぎて。

サトコ

「あ、ええと‥」

「日焼け止め‥普段から塗ってますんで‥」

東雲

‥は?

サトコ

「ですから、その‥日焼け止めを塗ってるんで‥」

「それで、いちおう日焼けはしてないかなぁ‥と‥」

東雲

‥?

なんで日焼けの話?

(ええっ)

サトコ

「なんでって‥今、教官が言ったんじゃないですか!」

「私の肌が白いって!」

東雲

!!

い、言ってない!言うわけないじゃん!

サトコ

「言いましたよ!」

東雲

言ってない!

サトコ

「言いました!」

東雲

言ってない!

そもそもオレの方が白いし

サトコ

「それは‥」

東雲

ほら、腕

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サトコ

「‥っ」

(な、なんでいきなり近づいて‥)

東雲

分かったよね、これで

オレの方が白いって

サトコ

「は、はい‥」

(でも、今はそれどころじゃ‥)

東雲

つーか生意気すぎ

なんでオレが、キミの肌を白いなん‥

て‥

‥‥‥

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ここで、ようやく教官は私たちの距離感に気が付いたらしい。

東雲

‥‥‥‥‥バカ

近すぎ

サトコ

「だって教官が‥」

東雲

‥‥‥

サトコ

「教官の方が‥」

「えっ‥」

「‥っ」

とっさに漏れそうになった声を、私は慌てて飲み込んだ。

(なんで‥)

(なんでそんなとこ‥)

教官の唇が吸い付いているのは、私の肩の付け根だ。

とはいえ、その箇所自体は、特に敏感というわけではない。

ただ、お互いの濡れた肌が一部重なって‥

そのことに、どうしようもなく羞恥心を煽られて‥

サトコ

「教官‥」

東雲

‥‥‥

サトコ

「ダメです、教官‥」

東雲

‥‥‥

サトコ

「教官‥ほんと、もう‥」

ガラガラガラッ!

(誰か来た!?)

黒澤

いやぁ‥いよいよですよねー

憧れの、こ・ん・よ・く‥

後藤

何度も同じこと言わせるな。さっさと部屋に戻れ

石神

後藤の言う通りだ。泥酔時の入浴は禁止されている

黒澤

まあまあ、そう言わずに‥

東雲

やば‥

サトコ

「ど、どうしましょう‥」

東雲

‥‥‥

サトコ

「教官‥」

東雲

‥隠れて。そこの岩場に

サトコ

「えっ、教官‥?」

東雲

早く!

サトコ

「は、はい‥っ」

私は、再び岩場の陰に身を隠した。

それから少しして、ガラス戸が開く音がした。

黒澤

あーっ、歩さーん発見ーっ!

もーひどいんですよー!

周介さんがー、オレをー、酔わせようとしてー

東雲

ハイハイハイ‥

って、臭っ!酒臭っ!

石神

離れろ、黒澤

東雲

ああ、いいですよ。このままで

ほら、部屋に戻るよ。酔っ払い

黒澤

えー、歩さんだって酔っ払い‥

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東雲

違うから!オレは飲んだフリしてただけ!

後藤

そうなのか?

東雲

ええ、いちおう

それより、お2人も手伝ってください

オレ1人じゃ、透を運べないんで

黒澤

えー混浴ぅぅぅー

ガラガラガラッ‥

黒澤

こーんーよーくぅぅぅー

黒澤さんの声が、どんどん遠ざかっていく。

(よし、今のうちに‥)

【脱衣所】

(ああ、もう焦ったーっ)

(まだ心臓バクバクしてるよ)

サトコ

「でも、あとちょっとだけ教官と‥」

(って、バカバカ!なに考えてんの!)

サトコ

「私のバカーッ!!!」

ガラガラガラッ!

加賀

黙れ、クズ

(えっ‥)

難波

なんだ、もうあがるところか

颯馬

何なら、もう一度一緒に入りますか?

サトコ

「‥いえ」

(ていうか私‥まだ下着姿‥)

サトコ

「きゃあああっ!」

私の悲鳴がこだまして、加賀教官が舌打ちする。

難波

まぁ、気にするな

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おっさん的に、お前の下着姿はノーカウントだ

颯馬

私はおっさんではありませんが‥

誰かさんに怒られそうなので、ノーカウントにしてもいいですよ

(そ‥そういう問題じゃなくて‥)

間もなく、時刻は深夜0時‥

なんだか妙に甘酸っぱい温泉旅館の夜だった。

Happy  End

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