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元カレ カレ目線 石神 1話

【個別教官室】

(まさか···あんな大人気ないことをしてしまうとは)

石神
はぁ···

コーヒーを淹れながら、深いため息をつく。

(我ながら、大人気ない···)

【教官室】

黒澤
つまり···もしかして···要約すると···
その元カレさんは、サトコさんにとってぜ~んぶ『初めての人』ってことですか!?

(っ···!?)

黒澤の言葉に、思わず音を立てて立ち上がる。

(いや、サトコも大人だ。過去に相手がいたっておかしくはない)
(そうだ···元カレの一人や二人、いて当たり前だろう)

冷静になって椅子に座り直すと、手元の書類に視線を走らせる。

サトコ
「···?」

サトコはこちらの様子をチラリと窺い、不思議そうな顔をしていた。

黒澤
それで?彼とはどこで知り合ったんですか?

サトコ
「えっと···実は幼馴染で、小学校からの友達なんです」

黒澤
幼馴染ーーー!?なんですかその美味しい話!

楽しげな黒澤の声に、苛立ちを覚える。

(···くだらない)
(本当、黒澤が来るとロクなことが起こらないな)

黒澤
同級生でしたっけ!?サトコさんが年上!?

サトコ
「いえ、向こうの方がひとつ上です。だからお兄ちゃんみたいな感じで」

黒澤
きたーーー!源氏物語的展開!

書面に意識を集中しようとするも、どうしても黒澤とサトコの会話が耳に入ってしまう。

(くそっ、たかが過去の話だと分かっているのに···)

聞きたくないと思う反面、気になってしまう自分に不思議な感覚が押し寄せる。

(何だこの気持ちは···)

黒澤
元カレさんはサトコさんが美しくなるのを、小さい頃からずっと待ってたんですよ!!
そして今!成長したサトコさんを手に入れて、アレコレするために···

グシャッ

石神
······

全員の視線が、俺の手元に向けられる。

(しまった··)

気付いたら、手元の書類をぐしゃぐしゃに丸めていた。

サトコ
「あ、あの···石神教官?その書類は···」

石神
書き損じたものだ。問題ない

何事もなかったかのように、丸めた書類をゴミ箱に捨てる。

東雲
へぇ~···

黒澤
これはこれは···

石神
······

東雲と黒澤から好奇の目を向けられるも、気付かないフリをした。
2人は視線を交わすと、サトコに向き直る。

東雲
それで、キミみたいな子と付き合った物好きな男ってどんな奴なの?

サトコ
「物好きって···普通の人ですよ」

加賀
普通の奴が、クズなんかと付き合うわけねぇだろ

石神
······

加賀の言葉に、ピクリと肩が揺れる。

黒澤
どうかしましたか?

石神
いや···

(さすが黒澤だ、目ざといな···)

平静を保ちつつも、耳はサトコの話を追っていく。

颯馬
サトコさんのような個性豊かな人が好みだという方も、いると思いますよ

サトコ
「颯馬教官も遠回しに酷い事言ってますけど···」

黒澤
イケメンとの噂は聞いていますが···ハッ!イケメンで物好きな人ってことですね!

サトコ
「だから、物好きじゃありません!」
「ちゃんと目標があって、それに向かって進んでいけるような人です!」

東雲
へぇ?

ニヤリと笑みを浮かべる東雲に、サトコはハッとする。

(こいつら···)

サトコの性格を利用して、事実確認をしているのだろう。

(サトコもサトコだ)
(素直なのは悪い事ではないが···公安を目指しているなら、素直さは時として致命傷になる)
(2人になった時にでも、注意して···)

東雲
似た者同士ってことでお似合いなんじゃない?ですよね、石神さん?

石神
···何故、俺に話を振る

睨みを利かせるも、東雲は平然と答える。

東雲
興味なさそうな顔してますけど、大事な補佐官のことは気になるかと思いましたので

石神
···そもそも、氷川がどんな奴と付き合っていたかなんて俺には関係ない

サトコ
「······」

視界の端で落胆するサトコに、胸の痛みを覚える。
しかし、他の教官たちが目の前にいる以上、こう言うしかなかったのだ。

【個別教官室】

(一度口から出た言葉は戻らないとは、このことだな···)

極端な物言いか出来ない自分を、不甲斐なく思う。

(···ん?)

石神
なっ···!

手元を見ると、コーヒーがカップから溢れていた。

石神
何をやってるんだ、俺は···

何度目になるか分からないため息をつきながら、こぼれたコーヒーを拭く。

サトコ
「失礼します」

部屋に入って来たサトコは俺の手元を見て、目を丸くした。

サトコ
「ど、どうしたんですか?」

石神
考え事をしていて、な···

サトコ
「石神さんにしては珍しいですね」

いつもの様子を見せるサトコに、心の中で首を傾げる。

(気にしていないのか···?)

昨日の動揺は、アイツらから根掘り葉掘り聞かれたせいもあるのかもしれない。

(元カレのことはサトコの中できちんと整理がついているのだろう)
(それなら俺が気にしても仕方ない、か···)

石神
まずは資料の整理をしてくれ

サトコ
「はい!」

指示を出すと、サトコは作業に取り掛かった。

サトコ
「石神さん、終わりました」

石神
ああ

顔を上げ資料を受け取る瞬間、サトコの手が目に入った。

(綺麗な手だな···)

サトコ
「あっ···」

手に触れると、サトコが小さく声を上げた。

(初めて手を繋いだのは、元カレか···)

サトコの言葉を思い返しながら、そっと手をなぞる。

(もし元カレよりも先にサトコに会っていたら···)

ガラにもなく、ロマンチックなことが頭に浮かんだ。

サトコ
「あ、あの···どうかしましたか?」

石神
前から思っていたが···サトコは手が綺麗だな

サトコ
「えっ!?」

驚いたのか、サトコの手から緊張が伝わってきた。
それを解きほぐすかのように、指を絡める。

石神
指が真っ直ぐで、綺麗で···女性らしい手だと思う

サトコ
「あ、あの、その···」

頬を赤らめながら言葉を失くすサトコを、自分のものだと実感したい衝動に駆られる。
しかし、場所が場所なだけにいつ誰がやってくるか分からない。

サトコ
「えっと···あ、ありがとう、ございます···」

照れるサトコを見て、落ち着きを取り戻す。

石神
今週の土曜日、空いてるか?

サトコ
「え···?」

石神
休暇が取れたんだ···どこかに出かけよう

サトコ
「はい!」

表情を明るくし、元気よく返事をするサトコに顔がほころぶ。
頭をポンッと撫でると、サトコは嬉しそうに目を細めた。

(自分のものだと確かめたいだなんて、サトコを困らせるだけだ)
(今はこの笑顔を大切にすることだけを考えよう···)

【教官室】

数日後。
誰もいない教官室で、仕事を片付けていると···

石神
···ん?

ふと窓の外を見ると、グラウンドにいるサトコの姿が目に入った。

(今の時間は、高度逮捕術の講義だったか···)

仕事の手を止め、先日のことを思い返す。

【個別教官室】

サトコ
「はぁ···」

石神
···今日、何回目のため息だ

サトコ
「す、すみません···自然と漏れてました」

石神
それで、何かあったのか?

サトコ
「石神さん···」

デスクに突っ伏していたサトコは、重い動きで顔を上げる。

サトコ
「逮捕術の講義なんですが···厳しい課題が出ているんです」
「これがなかなか、クリア出来なくて···」

サトコはがくりと項垂れながら、再びため息をつく。

石神
お前は逮捕術が得意だからな。課題が厳しくなるのも当たり前だ
それだけ周りが評価しているということだろう

サトコ
「評価、ですか···?」

石神
ああ

真っ直ぐサトコを見つめ、言葉を続けける。

石神
お前なら必ずできる。だから、焦るな

サトコ
「っ、はい!私、頑張りますね!」

【教官室】

あれ以来、サトコは時間を見つけては訓練に励んでいた。
そんなサトコは今、体格のいい訓練生と対峙している。

(···それじゃあダメだ)
(自分より体格が大きく武器を持った相手の動きを封じるには、もっと···)

黒澤
お疲れさまでーす!

東雲
透、もっと静かに入れないの?

黒澤
むむ、挨拶は元気よく···は、基本中の基本ですよ?

石神
······

黒澤たちに気付かれないよう、何事もなかったかのように仕事に戻る。

黒澤
石神さん、どーぞ!お届け物です

石神
ああ

黒澤
···あれ?

黒澤は窓の外に視線を向けると、「あっ!」と声を上げる。

黒澤
サトコさんがいます!

東雲
それが?

黒澤
も~、もう少しサトコさんに興味持ってくださいよ!

東雲
オレがあの子に興味を持って、何の得があるわけ?

黒澤
そんなこと言ってますが、サトコさんの元カレ話には乗ってたじゃないですか

東雲
ああ、アレね
意外だったからね。あの子にあんなまともな元カレがいたなんて

黒澤
いや~、あれは間違いなく優良物件ですよ
石神さんも気になりますよね?

石神
何がだ

黒澤
サトコさんの元カレですよ!サギリ···

石神
俺には関係ないことだ

東雲
関係ないって言ってる割には、気にしてる気がしますけど

石神
······

視線を向けると、東雲はニヤリと口角を上げる。

黒澤
そりゃあそうですよ!なんたって、サトコさんは可愛い補佐官ですもんね
気にならない方がおかしいですって!

石神
···くだらないことを言ってる暇があるなら、仕事でもしていろ

平静を装って立ち上がると、教官室を出た。

【廊下】

石神
俺らしくもない···

サトコの元カレのことは、自分の中でちゃんと整理をつけたはずだった。
なのに、気付けばそのことばかり考えてしまう。

石神
···ん?

資料室の前を通りかかり、足を止める。
脳裏を過るのは、サトコと思いが通じ合う前のことだった。

【資料室】

石神
お前が卒業できようができまいが知ったことではないが
いくら退学が免除になったからといっても、次の査定で脱落は十分にあり得るからな

サトコ
「う···」

サトコの自習を見ることになったものの、先日の小テストで無残な結果を叩きだされた。

(やる気があるのは認めるが、要領が悪すぎる)

逆に言えば、要領よくこなせば誰よりものびしろがあるということだ。

(本人が逸れに気付いていないことが問題だな)
(あえて指摘するつもりもないが···)

石神
というわけだ。復習箇所すら進みが悪いようなら俺は戻る

サトコ
「ま、待ってっください···!」

資料室から出ようとすると···

ブサ猫
「ぶみゃー」

サトコ
「!」

ブサ猫がサトコの前を横切り、思い切り躓いた。

(っ、危ない···!)

間一髪のことろで受け止めるも、勢いのまま倒れてしまう。

(つっ···)

サトコ

「す、すすすみません···!」

眼鏡が外れてしまい、おぼろげにしか見えないが···
サトコの顔はこれでもかというほど、真っ赤に染まっていた。

【廊下】

(優良物件···か)
(そいつにも、あんな顔を見せていたのか···?)

石神
あの表情が俺だけのものなんて···ひどい思い上がりだな

(恋愛経験の一つや二つ、あって当然なのに···なにを考えてるんだ、俺は)

石神
はぁ···

小さく悪態をつきながら、心のモヤモヤを見て見ぬふりをした。

【教官室】

颯馬
石神さん、そろそろ休憩を入れたらどうですか?

石神
いや、大丈夫だ

後藤
さっきもそう言って、何時間も休憩してないじゃないですか

石神
問題ない

後藤・颯馬
「······」

颯馬
···では、コーヒーを淹れておきますので、キリのいいところで休憩してくださいね

石神
ああ

顔を上げずに返事をし、作業に集中する。
仕事をしている間だけは、あのことを気にせずにいられた。

後藤
石神さん、どうしたんでしょうか?

颯馬
さあ、こればかりは本人に聞かないと何とも···

石神
······

それからしばらくの間、モヤモヤを振り払うように仕事に没頭した。

【街】

数日後。

石神
そろそろ、昼時だな

サトコ
「そうですね。お腹も空きましたし、どこかでランチでもしますか?」

石神
ああ

デート中、サトコと入るお店を見て回っていると‥

???
「あれ···サトコ?」

振り返った先にいたのは、爽やかそうな好青年だった。

サトコ
「ハジメ!?」

驚くサトコに、不安が掠める。

(この男は、まさか···)

ハジメ
「初めまして、狭霧と申します」
「サトコには昔からお世話になっていて···じゃないか」
「むしろ、俺がお世話する側だったか?」

サトコ
「そ、そんなことないでしょ?いくら私より年上だからって···」

楽しげに話すサトコ、それに『狭霧』という苗字。

黒澤
石神さんも気になりますよね?
サトコさんの元カレですよ!サギリ···』

サトコ
「······」

予想を裏付けるかのように、サトコはしきりに俺の様子を窺っている。

(やはりこの男がサトコの元カレか。まさか、こんなところで会うとは···)
(元カレだからと知って、どうこうするつもりは毛頭ないが···)

石神
···良かったら、狭霧さんも一緒にランチでもいかがですか?

サトコ
「えっ!?」

俺の提案に驚くサトコだったが···

(···俺は何を言ってるんだ?)

誰よりも驚いているのは、自分自身だった。

to be continued

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