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元カレ カレ目線 石神 2話

【街】

サトコ
「えっ!?」

石神
どうした、氷川?

サトコ
「い、いえ···」

『上司と部下』という立場を崩さないよう、ポーカーフェイスを貫く。

ハジメ
「ご一緒してもいいんですか?」

石神
ええ、もちろんです

ハジメ
「ありがとうございます。では、お言葉に甘えて」

サトコ
「······」

サトコは話を進める俺たちを、交互に見る。

(どうしてこういう状況に···って顔をしているな)

自分が招いた行動のせいだったが、何よりも俺自身がそれを知りたかった。

(こうなったら、流れに身を任せるしかない)

石神

それでは、行きましょう

サトコから疑問の眼差しを向けられるも、気付かないフリをした。

【喫茶店】

石神
狭霧さんは、医者なんですね

ハジメ
「はい。とはいえ、まだ研修医なんですけど···」

照れ臭そうに頬を掻く狭霧に、サトコはふふっと笑みを浮かべる。

サトコ
「ハジメ、昔から頭が良かったもんね」

ハジメ
「まあ、医者になるためにずっと勉強していたからな」
「そういうサトコだって、夢を叶えて警察官になったんだろ?」

サトコ
「確かに警察官にはなったけど···私の目標は、刑事になることだから」
「たとえ刑事になったとしても、そこで終わりなわけじゃないからね」

ハジメ
「そっか···サトコの前向きさは昔から変わらないんだな」

昔話をする2人の空気は、長年の付き合いがあるからこそ出せる独特の気軽さがあった。

(確か···幼稚園の頃からの付き合いだと言っていたな)
(それなら、これくらいの気安さがあって当然だろう)

サトコも初めは緊張していたものの、時間が経つにつれリラックスしているように見える。

ハジメ
「サトコ、そこの醤油取ってもらっていい?」

サトコ
「うん」

サトコが醤油を渡そうとした時···

サトコ
「あっ···」

受け取ろうとする彼の手に、サトコの手が触れた。

ハジメ
「······」

(どうしたんだ?)

まじまじとサトコの手を見るその姿に、既視感を覚える。

ハジメ

「警察官になっても、手は綺麗なままなんだな」

醤油を置き、サトコの手を取る狭霧の姿に、ピクリと肩が跳ねる。

石神

前から思っていたが···サトコは手が綺麗だな

ハジメ
「指が長くて真っ直ぐなとこ、変わってない」
「高校の時プレゼントした、安いオモチャみたいな指輪も似合っていたもんな」

石神
···っ!

目を細めながら薬指を撫でる狭霧に、思わず声を上げそうになった。

(落ち着け···)

寸前のところで言葉を飲み込み、一度深呼吸をする。
心臓が大きな音を立てて鳴っていた。

(サトコの手が綺麗なことに気付いているのは、俺だけだと思っていたが···)

ハジメ
「あっ、悪い。ごめんな、なんだか懐かしくなっちゃって」

サトコ
「う、ううん···」

サトコも驚いたのか、頬を僅かに染めながら手を引っ込める。

サトコ
「······」

サトコにとっても大切な記憶なのだろう。
彼との記憶に、思いを馳せているようだった。

(幼馴染、か···)
(俺にも同じ立場の人間はいるが···そもそも、サトコたちと関係性が違うからな)

2人の間にある自分の入れない空気感に、戸惑いを覚える。

【教官室】

東雲
意外だったからね。サトコちゃんにあんなまともな元カレがいたなんて

黒澤
いや~、あれは間違いなく優良物件ですよ

【喫茶店】

(確かに優良物件だな)

医師という職業で、仕事の志も高い。
その上、人当たりもよく気配りもできる。

(どこをどう見ても、非のつけようがないな)
(決して比べるわけではないが···)

対する俺と言えば、特に社交力が高いと言うわけでもなく、
融通がきかない面もあり『頭が固い』と言われても言い返せない。
女性の気持ちを汲み取るのも、どちらかと言えば苦手だ。

(自分で考えていて、虚しくなってくるな···)

もちろん、サトコが人を比べるような女性じゃないということは分かっている。

(俺は···狭霧に嫉妬しているのか)

誰かに対して、このような嫉妬心を抱くのは初めてだ。
自分の中に芽生えた感情に、困惑する。

ハジメ
「サトコが警察になってしばらく経ったけど、刑事にはなれそうなのか?」

サトコ
「それは···」
「頑張ってはいるんだけどね···」

サトコが視線を逸らし、苦笑いしながら言う。

ハジメ
「そっか···それじゃあ、上官の石神さんから見たサトコは、どうですか?」

サトコ
「ちょ、ちょっと、ハジメ···」

石神
そうですね···

あくまでも『上官』という立場から、口を開く。

石神
無鉄砲なところがあるので、勢いだけで動くことも多いですね
後先考えず、とにかく突っ込むという節があるというか···

サトコ
「うっ···」

思い当たる節がいくつもあるのだろう。
気まずそうに視線を逸らすサトコに、頬が緩みそうになるのを堪える。

石神
ですが、そのおかげで解決した事件もあります
私としてはもっと周りを見てほしいと思うこともありますが···
彼女のガッツは、見習うべきのところがあるのも確かです

サトコ
「!」

気まずそうにしてたかと思うと、サトコはパッと顔を輝かせた。

石神
それに氷川はいつも前向きで明るく、それが周囲にも伝染しているように感じます
彼女がいるだけで、現場の雰囲気も大分変わるですよ

そして今度は、こそばゆそうにソワソワし始める。

(本当、分かりやすい奴だな)

素直な彼女の反応に、愛しさが増していく。

石神
···私自身も、いつも彼女に勇気をもらっています

気付いたら、上司ではなく彼氏としての言葉が口をついていた。

石神
彼女に負けないように、私自身も努力しなければいけない···そう、思っています

サトコ
「石神さん···」

温かい気持ちが胸の中に広がり、表情を和らげながらサトコを見る。
俺の言葉を受け、サトコは満面の笑みを浮かべた。

【街】

ハジメ
「サトコ、今日は楽しかったよ」

サトコ
「うん、私も楽しかった。会えてよかったな」

ハジメ
「そうだな」

狭霧はサトコに笑顔を向けたかと思うと、真剣な表情で俺に向き直る。

ハジメ
「石神さん。サトコのこと、よろしくお願いします」

サトコ
「ハジメ···」

狭霧の様子に何かを感じ取ったのか、サトコは俺をチラリと見た。

サトコ
「······」

そして意を決したように口火を切る。

サトコ
「あの、ハジメ!」

ハジメ
「ん、どうした?」

サトコ
「あの、ね···実は···」
「実は、石神さんはただの上官じゃなくて···私、お付き合いしてるの」

石神
サトコ···

サトコの言葉に、思わず彼女の名前が口をついていた。

ハジメ
「···そんなの、見てたらわかるよ」

サトコ
「え···?」

ハジメ
「言っただろ?サトコは分かりやすいって」
「それに···恋人って似るんだな」
「石神さんも、サトコのことを気にしていたようだったからさ」

狭霧は片手を上げ、満面の笑みを浮かべる。

ハジメ
「愛されているな、サトコ。幸せにな!」

(何故、バレていたんだろうか···)

狭霧と街で出会ってからのことを思い返すも、心覚えはなかった。

(ムキになって褒めてしまったからか···?)
(いや、それにしても···)

サトコ
「どうしてハジメにバレてしまったんでしょうか···?」

狭霧を気にする様子に、苛立ちが顔を覗かせる。

(我ながら、心が狭いな)

そう思いながらも、これ以上サトコの口から『ハジメ』と聞きたくなかった。

石神
···もう、それ以上言うな

サトコ
「石神、さん···?」

戸惑いを浮かべるサトコに、ハッと我に返る。

石神
···悪い、大人気なかった
でも···もう、アイツの話をするな

サトコ
「えっ···?」

石神
······

大きな目で見つめられ、眼鏡を押し上げながら視線を逸らした。

サトコ
「石神さん···ヤキモチ、ですか···?」

石神
···俺が妬いたら、悪いか?

足を止め、サトコの瞳を真っ直ぐ見る。
もうこれ以上、自分の気持ちを抑えられそうにない。

石神
惚れた女性に対して、それくらいの感情は人並みに持っている
いや···人並み以上に、な

サトコ
「···っ」

サトコは顔をほころばせながら『嬉しい』と言う。

サトコ
「ふふっ」

(サトコが喜んでいるなら、それでいい)

ニコニコと微笑むサトコに、固くなっていた心が優しく溶かされていった。

【石神 マンション】

トントントンと、キッチンから心地いい包丁のリズムが聞こえてくる。
家に帰ると、サトコが「今日は私が夕飯を作ります!」と申し出てくれたのだ。

石神
サトコ、何か手伝うことはあるか?

サトコ
「今日は私が作るので、大丈夫ですよ」

石神
だが···

サトコ

「石神さんに手料理を食べてもらいたいんです」
「だから私に任せてください!」

(そこまで言われたら、何も言い返せないだろう···)

石神
···ああ、分かった

苦笑いしながらキッチンを離れると、ソファに座る。
座っている位置から、サトコがキッチンに立っている姿が見えた。

(今日は色々なことがあったな)

狭霧と出会って、サトコとの関係に気を揉んで···
大切な人に嫉妬をするという新たな感情を知った。

サトコ
「······」

サトコがふいに顔を上げると、視線が絡み合う。

サトコ
「···それにしても、石神さんがヤキモチなんて、ほんと珍しいですよね」

石神
その話はもういいだろう···

大人気ない一面を見せてしまい、柄になく頭から火が出そうなくらい恥ずかしかった。

サトコ
「珍しいって言うか、初めてだったから···」

石神
だから、あまりからかうな

サトコ
「からかってませんよ。本当に嬉しかったんです」

サトコは手を止め、俺の目をジッと見る。

サトコ
「石神さんは私のこと、本当に大事にしてくれてるんだなって自覚はあります」
「厳しいところもあるけど、いつも優しく見守ってくれてるから···」

石神
······

サトコの言葉に、静かに耳を傾ける。

サトコ
「でも、石神さんは本当に雲の上の人というか···」
「絶対に振り向いてもらえないって思っていたんです」
「だから、そんな石神さんがヤキモチ妬いてくれるなんて···」
「本当に石神さんの傍に近づけたんだなって嬉しかったんです」

微笑むサトコに、出会った頃のことを思い出す。

(あの時は、自分からサトコのことを遠ざけていたな···)

そんな過去があったせいもあるのだろう。
サトコは健気にも、真っ直ぐ自分を追いかけてくれたのだ。

(自分のものだなんて確かめなくても、サトコは俺のことを十分想ってくれている···)

溢れ出しそうなほどの想いを抱くと、キッチンに足を向ける。

石神
サトコ···

サトコを後ろから抱きしめると、彼女の確かなぬくもりを感じた。
そっと耳元に唇を寄せ、甘く囁く。

石神

···そんな可愛いこと、言うな

サトコ
「っ···」

コンロの火を止めると、サトコは不思議そうに俺を見上げた。

サトコ
「あの、ご飯は···?」

石神
お前が悪い

サトコ
「ん···」

サトコを正面から抱き直し、唇にキスを落とす。
触れるだけのキスを何度も繰り返して顔を離すと、サトコの頬は桃色に染まっていた。

(···サトコを独占したい)

そんな強い想いが沸き上がる。

石神
···今日はもう離さないと言っただろう?

サトコ
「あっ···」

サトコの手を引き、寝室へ向かった。

【寝室】

サトコ
「······」

寝室に入った途端、サトコは足を止める。

戸惑うように視線を泳がせるサトコの顔を覗き込んだ。

石神
···ダメか?

サトコ
「っ···」

サトコは勢いよく首を振ると、おずおずと視線を合わせてくる。

サトコ
「石神さんばっかドキドキさせてズルいです···」

恥ずかしそうに···しかしハッキリと言葉にするサトコ。
頬が緩むのを感じながら、サトコの両頬に手を添えた。

石神
···それはお前だ

サトコ
「私、ですか···?」

石神
ああ

至近距離で見つめ合うと、サトコは頬を染めて視線を落とした。

(その顔は、もう俺以外に見せないでくれ)

親指で頬を撫でると、サトコはくすぐったそうに目を細めた。

石神
···俺には、お前しかいない

サトコ
「石神さ···んっ···」

言葉を遮るように、唇を重ねる。
自分の想いを伝えるように、サトコの想いを受け取るように···
優しく、大切にキスを交わし合う。

サトコ
「あっ···」

顔を離してサトコの身体を抱き寄せると、そのままベッドに身を沈める。
顔の横に片腕をつくと、サトコとの距離をぐっと縮めた。

石神
サトコ···

空いている方の手で、サトコと指を絡め合う。

(これから先も、ずっと、俺以外見るな···)
(俺がこんな気持ちになるのは、今までもこれからもサトコだけだから···)

石神
これからもずっと···俺の隣にいてくれ

サトコ
「はい···」

ふわりと微笑むサトコに、笑みを返しながら。
お互いの存在を刻み込むように、身体を重ねた。

Happy  End

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