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ふたりの恋敵編 石神 シークレット1

Ishigami’s  Side 1

【本庁 屋上】

石神

‥室長

難波

おお、急に呼び出してすまなかったな

呼び出された屋上で、いつものように緩く出迎えられた。

石神

‥報告できることはまだ何もありませんが

逆に聞きたいことの方が山ほどある。

が、空き缶に入ったタバコの吸い殻を見る限り、捜査の行き詰まりは見て取れた。

難波

安心しろ。今日はそんな堅苦しい話じゃないから

ちょっと上から注意されてな

石神

上から、ですか

普通に考えれば、上からの注意といえば堅苦しいものだが。

(捜査絡みか‥)

(やはり上層部と岩下近辺に繋がりがあるのか‥?)

難波

ああ‥それがな、氷川のことなんだが

石神

‥は?

我ながら間の抜けた声が出た。

難波

正午過ぎだったか?スリ犯を捕まえてくれたらしい

わりと、派手にな

石神

‥‥‥

(またアイツは‥)

石神

すみません‥

‥しっかり指導しておきます

難波

氷川は正義感が強いからな‥

ま、とにかく補佐官の監視、頼んだぞ

石神

はい‥失礼します

難波

なんだ、久しぶりに時間があるのに、もう帰るのか?

石神

用件は氷川のことだけでしょうから

難波

いや、もっと話したいことはあるんだが

向こうさん、なーんも尻尾出してくれないらしくてな

石神

‥‥‥

(ヤマが大きいだけに、室長がどこまで掴んでるのか‥)

(だが、とりあえず今はサトコのことか‥)

フェンスに寄り掛かり、景色を見つめる室長を横目に、俺はそっと屋上を後にした。

【ロビー】

ロビーにて、胸ポケットの携帯を取り出す。

(昨日サトコと別れてから、メールを見ていないな‥)

仕事に戻る俺と、寮に戻るサトコと‥

別れ際、サトコは大げさに手を振りながら帰って行った。

石神

‥?

メールボックスを開くと、昨夜遅くにサトコからメールを受信している。

件名は『緊急じゃないけど大変な事態です』とあった。

(何事だ‥?)

(緊急じゃないけど、大変‥?)

見れば、テキストのページ数まで記して『どうやっても理解できません!』という泣きの文面だ。

石神

アイツは‥

ふっと、笑みが零れる。

立て続けに来たもう1通のメールは、『鳴子先生がビシッと教えてくれました』とあった。

石神

‥‥‥

(アイツは、半端には頑張らない‥)

(先ほど話していたスリ犯にしても、目の前に困った人間がいれば放っておけなかったんだろう)

警察官としてなら、それでいい。

だが、アイツが目指すのは公安刑事だ。

(明日、どう指導するべきか‥)

人一倍の努力を、無にしてやりたくはない。

そんなことを考えながら、ぼんやりと窓の外を眺めた。

【個別教官室】

石神

何度も言っているが、ここにいる以上は公安に属する

本当に目指す気があるとは到底思えない

出した結論は、サトコの命を守ることだった。

ひとつの判断ミスが、どこでどう裏の人間の目を引いてしまうか分からない。

(この職に就く以上は、抜かりなくやり過ごすことも覚えなければならない‥)

サトコ

「‥‥‥」

厳しいことを言ったという自覚はある。

だが‥‥サトコは、俺の目をしっかりと見ていた。

泣くものかと下唇を噛んで、必死で耐えている。

石神

‥今後どう改めるか考えるんだな

サトコ

「‥はい。失礼します」

(やっぱり、骨のある奴だな‥)

それでも、教官室を出て行く背中を見れば、その手を取って引き留めたい気持ちが膨らんでいく。

教官である以上、「言い過ぎた」とは言えない。

真っ直ぐに向き合って人を育てるには、気力も体力もすり減るが‥

対サトコに関しては、殊更にそれを痛感させられた。

コンコン‥と軽いノックを響かせて、颯馬が入って来た。

颯馬

サトコさん、講義に向かいましたよ

石神

ああ

颯馬

彼女のいいところは、素直なところですね

問題を見極めて、とことん落ち込むことができますから

石神

‥とことん落ち込まないために、課題に没頭していたような気がするが

がむしゃらに頑張ることで、折れずに済むように保っていたように思う。

颯馬

フフ‥少し前まではそうだったかもしれませんね

でも最近は、一歩前進してる気がします

石神

‥だといいが

(それは分かっている。そろそろ自己評価も少しは上げていいころだ)

(‥となると、叱るだけでは逆効果なのか‥?)

颯馬

カフェテラスに入った新しい自販機のミルクティー‥

石神

颯馬

最近、サトコさんのお気に入りみたいですよ

石神

‥‥‥

(相変わらず掴みどころのない男だな‥)

颯馬はただその話をするために来たらしく、含みのある笑みを浮かべて出て行った。

【屋上】

屋上でひとり、ベンチに腰を下ろすサトコを見つける。

(やはり、まだ落ち込んでいるのか‥)

さすがに声には出ていないものの、奮い立たせるように顔を上げ、

かと思えば、ため息を吐いている様子から、サトコが何を考えているのかよく分かる。

石神

‥‥‥

(本当に、表情豊かだな‥)

サトコ

「はぁ‥」

石神

よく勉強していたな。今日の小テストは100点だった

サトコ

「! 石神教官‥」

見上げたサトコの顔が、悪戯を見つけられた子どもみたいにしゅんとする。

(手が掛かる者ほど可愛いというのは、このことか‥)

自分の考えに内心苦笑して、サトコの隣に腰を下ろす。

話をするうちに、伏し目がちだったサトコが、大きく目を瞬かせるのが見て取れて‥

(ほっとしているのは、俺の方かもしれないな‥)

ひたむきに頑張っているサトコの姿は、気がつけば、俺自身の支えにもなっている。

話を終えて背を向けながら、そんなことを思った。

【車内】

(参ったな‥)

捜査訓練に合わせて、岩下と吉川の視察ができることは良かったが、

思いのほか早く事件が起こってしまった。

(聴取の間もしっかりしていたが、早々に爆破テロとなると動揺も大きいだろう‥)

助手席にそっと視線を向けると、サトコは何か考え込んでいる。

‥が、俺の心配をよそに、思いのほか核心を突くしっかりとしたことを言い出した。

サトコ

「‥石神教官たちも、こんな思いをしながらやってきたんですね」

「なんだかすごくもどかしいです」

(サトコなりに、理解しようとしているのか‥)

当初に比べると、随分と成長した気がする。

颯馬も言っていたが、俺の目から見ても十分なほどに。

石神

‥お前は嫌になったりしないのか?

サトコ

「え?」

石神

不毛な仕事だというのはもう十分見えてきただろう

真っ直ぐなサトコには、受け入れ難い事の方が多いように思う。

実際、この仕事で得るのは、

針の穴ほどの自己満足と、比べようもないほど大きな憤りがほとんどだ。

(サトコの意思を信じてはいるが、たまに酷だとさえ感じる‥)

このまま頑張らせていいのか、いつも自問自答だ。

サトコ

「‥確かに、どんな功績を残しても世間が拍手喝采してくれるわけじゃないですし」

「窃盗とか殺人事件を追う派手な捜査とは対照的ですけど‥」

「でも、不毛だとも思いませんよ?」

石神

‥‥‥

サトコ

「石神教官がそういう背中を見せてくれてますから‥」

「それに、どんなに地味でも犯罪を未然に防げる可能性を持ってます」

「事件が起きる前に動けるなんて、活躍されてる公安刑事の皆さんに感謝したいくらいです」

石神

‥‥‥

驚くほどさらりと、サトコは言ってのけた。

(やられた‥これは、完敗だな)

石神

‥そうか

今、俺がどんなに救われたか、きっとサトコは分かっていない。

上層部が動きを見せている捜査に巻き込んでしまった負い目もあったが、それ以上に‥

これまで自分が積み重ねてきたものを、見てくれている人間がいる。

たとえそれが教え子であろうと、支えにならないわけがない。

(‥‥違うな。サトコだから、か)

いつの間にこんなに、自分にとって必要な人間になっていたのか‥

自分でも持て余すほどに、サトコが可愛くて仕方がないのだと認めて。

俺は静かにアクセルを踏み込んだ。

【校門】

車から降りて、サトコと向かい合う。

石神

明日の夜、食事にでも行かないか?

(事件が事件だ。少しでも気分転換になればいいのだが‥)

サトコ

「いいんですか?」

石神

大きな動きがなければ、だが

サトコ

「はい!」

ぱっと笑顔になって、サトコは嬉しそうに目を細めた。

石神

‥‥‥

愛おしさが込み上げて、思わず手が伸びる。

(たったこれだけのことでこんなに喜ぶくらい、普段は「大丈夫」だと言わせてばかりなんだな‥)

事あるごとに、自分は大丈夫だと‥サトコは俺を気遣ってばかりだ。

このまま、抱きしめてしまいたい衝動に駆られて‥‥

サトコ

「あ、すみません」

「浮かれすぎですね」

ふと、我に返った。

石神

いや‥

(学校前で何を考えてるんだ俺は‥)

サトコの頬に触れた手が、やんわりと熱を持つのを感じて‥

確かな名残惜しさを覚えたまま、再び車に乗り込んだ。

【個別教官室】

それから数日。

難波

お疲れ~、今ちょっといいか?

石神

‥‥‥

室長がわざわざここへ来るときは、面倒事を持ってくる時だと相場は決まっている。

難波

石神、顔に出てるぞ

石神

‥何か動きでもありましたか

難波

氷川のな

石神

‥!?

予想外の切り返しに、パッと顔を上げる。

室長は悠々と、まるで自分の家のような寛ぎ方でソファに腰を下ろした。

(サトコが独自に動いていることか‥?)

(何か収穫があれば、という程度で好きにさせてはいたが‥)

サトコなりに考えての行動と受け取っていたために、特段咎める必要もないと考えていた。

そろどころか、痒いところに手が届いて有難いほどだ。

難波

吉川が、クレームを入れてきた

石神

難波

大収穫だな

石神

上からは何と

難波

ん?選挙前にちょこまか周りをうろつくな、だとさ

政界大好きなお偉方は、石神の責任がどうのってことだが‥

ま、そこは俺に任せりゃいい

石神

‥‥‥

表立った監視下で、吉川がどういう反応をするのかが見たかった。

俺の指示なしに、サトコは十分な動きをしてくれた。

(これ以上は、俺のエゴだ‥)

石神

‥ちょうどいい機会です。氷川はここで外しましょう

難波

俺としては、もう少し氷川の力を借りたいところだけどな

石神

‥俺は反対です

難波

だろうな

石神

誰の指示もなくここまでやった。今はここまででいいのでは

(寧ろ、補佐官の立場で頑張り過ぎだ‥)

一旦、止めてやれなければ‥

アイツはそのまま突っ走って、巻き込まれかねない。

石神

‥氷川なりに、自分でできることを探しながら必死にやっています

今は、一旦立ち止まらせるべき時です

難波

なるほどな‥だが、教官の意見として聞いておくぞ

石神

本気で言っているのですが

難波

俺も割と本気だ。このヤマは逃すと厄介だからな

石神

‥‥‥

後藤

石神さん

ノックもなく、後藤がドアを開けて入ってくる。

難波

お、後藤。黒澤を見なかったか?

後藤

いえ‥見てないです

石神

‥‥‥

難波

そうか、しょうがない‥探しにでもいくか

じゃ、あとは頼んだぞ、石神

含みを持たせて、室長は俺の肩をポンと叩き、部屋を出て行く。

後藤

‥困りましたね。できれば補佐官は使いたくないですから

石神

‥‥‥

(察して横やりを入れに来たのか。後藤も侮れないな‥)

サトコは‥刑事になりたい、俺に追いつきたいと必死だ。

石神

アイツのオーバーペースは、俺のせいかもしれないな‥

後藤

え‥?

石神

いや‥とにかく助かった

考える猶予が出来たからな。すまない

後藤

‥いえ

(今は、口で言って分からせるよりも‥)

サトコが手探りで、自分の血肉とするときではないだろうか。

石神

離れるしかないのか‥?

こぼれた呟きに、後藤は気付かずに出て行く。

サトコの頑張りを褒めてやれないことが悔やまれて‥苦い息がひとつ、部屋に溶けた。

Seacret2

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