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難波 出会い編 4話

【教場】

石神

今日は以上だ

この後、任務のある者は持ち場に急ぐように

訓練生たち

「はい!」

直後に18時を知らせるチャイムが鳴り、私は慌てて席を立った。

サトコ

「それじゃ鳴子、私行くね!」

鳴子

「うん、頑張って!」

手を振りながら急いで行こうとすると、適当に抱え上げた教材がボロボロと零れ落ちる、

バサバサバサッ!

サトコ

「あーあ、もう‥」

鳴子

「大丈夫?訓練だけでもキツイのに」

「あんまり無理しない方がいいよ?」

サトコ

「うん、ありがとう鳴子」

「でも、体力には自信あるから大丈夫だよ」

鳴子

「何かあったら鳴子様にどーんと相談してよね!」

心配そうな鳴子に、元気にガッツポーズしてみせると、今度こそ教場を走り出た。

(ホントは結構ツラいけど‥)

(この潜入捜査で、この間のリベンジしないと!)

【潜入先】

後藤教官と夫婦としてNPO法人『こどもの太陽』の患者の親の会に参加して2週間。

後藤教官は、難病の子どもを抱える父親の役を見事に演じていた。

後藤

サトコ、おいで

今日は永谷さんがウチの子と同じ病気のお子さんを持つ方を紹介してくださるみたいだ

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後藤教官は、自然な笑顔で私の腰に手を添えた。

サトコ

そ、そうなんだ

後藤

いいぞ。少しはマシな笑顔になってきた

後藤教官は耳元でそっと囁くと、永谷さんに近づいていく。

永谷さんは、見たことのない夫婦と話し込んでいた。

後藤

永谷さん

永谷

「ああ。後藤さん。こちらがお話していた、村山さんです」

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後藤

後藤です。はじめまして

村山

「永谷さんから話をお聞きしました」

「お宅の息子さんも髄芽腫なんだとか」

後藤

ええ、そうなんです

170万人に1人の難病だと言われた時は、我が子の不幸をどんなに呪ったことか

村山

「ウチも同じです」

「でもこうして同じ病気で闘っているご家族がすぐ近くにいると思うと、心強いですよ」

サトコ

「私たちもです。ねぇ、あなた」

(よし、うまく言えた‥!)

永谷

「後藤さんご夫妻は半月ほど前のご入会ですが」

「大変熱心に募金活動や親の会に出席してくださってるんですよ」

後藤

1人じゃないと感じられることは、とてもいいことですから

ここに参加するようになって、妻の顔も少し明るくなりました

後藤教官が愛おしむような笑みを向けてくる。

(本当に夫婦役に入りきってる‥!)

(でも、ここまでリアルに演じられると、うっかり誤解しちゃいそうだ‥)

色んな意味でドキドキを感じながら、今日の潜入も無事に終了した。

【教官室】

翌日。

午前の授業が終わるなり、石神教官に呼び出される。

石神

捜査との両立が大変なのは分かる

でも、この点は一体なんだ?

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石神教官にテストの答案を見せられ、我ながら絶句した。

(イマイチの出来だとは思ってたけど、まさかここまでとは‥)

石神

これが主席入学とは、呆れてモノも言えないな

サトコ

「すみません。次回はもっと頑張りますので‥」

頭を下げた私の隣を、誰かの足が通り抜けて行った。

(ん?このあまり磨かれてない靴‥)

チラリと顔を上げると、やはり室長。

(うわ‥今の聞かれちゃったよね‥?)

いつかの厳しい室長の表情を思い出し、叱責を覚悟した。

でも室長はろくに私の方を見ないままデスクに戻ると、さっさと新聞を広げる。

(あ、あれ‥?)

(聞こえてなかったのかな?)

(それとも、ただ単に呆れられちゃった‥?)

【資料室】

サトコ

「はぁ‥」

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(いくら潜入を頑張っても、学校の成績が落ちてたら全然リベンジにならないよね)

勉強の遅れを取り戻すべく、資料室に籠る。

(ちゃんと室長を見返すには、両方頑張らないと‥!)

サトコ

「さあ、やるぞ!」

まずは最初に行った、永谷の追跡調査の実習レポートを作成する。

(追跡自体は失敗しちゃったから、もう少し『こどもの太陽』のことを詳しく調べていようかな)

インターネットで次々に検索をかけていく。

(ふーん、永谷さんって、奥さんを早くに亡くしてるんだ‥)

やがて、小さなひとつの記事に行き当たった。

『6歳の女の子が心臓移植のために渡米』

(へぇ‥1億円も募金が集まったんだ‥)

(‥あれ?この子、いつかテレビで両親が募金活動してた子じゃ‥)

サトコ

『でも、世界には大変な人たちがたくさんいるんだし、頑張らなきゃね』

鳴子

『そうだよ。この人たちに比べれば、私たちの辛さなんてさ』

テレビには、難病の子どもへの募金を訴える親の必死な姿が映し出されていた。

(移植手術に1億円必要か‥どのくらいかかるんだろう‥)

(この短期間で、もうそんな大金が集まったの!?)

驚きつつも、念のためその記事をプリントアウトして、レポートに添付することにした。

【廊下】

レポート作成とテストの復習を終えて資料室を出ると、外はもう暗くなっていた。

サトコ

「う~ん、疲れた」

(今日は子どもの病院に行く日って言ってあるから『こどもの太陽』に顔出さなくていいし‥)

伸びをしながら歩いていくと、暗がりから人影が現れた。

(わっ、室長だ‥!)

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(どうしよう‥気まずいけど、何か言わないと‥)

サトコ

「お、お疲れさまです」

とりあえず当たり障りのない挨拶をしてみるが、室長は私の方を見もしない。

難波

‥‥

両手にパチンコの景品らしきお菓子の数々を持って、そのまま黙って歩いて行ってしまった。

(これって、見捨てられたってことじゃないよね‥?)

(失敗してももう一度チャンスをくれたり、いきなり無視したり‥)

私には、室長が何を考えているのか全然分からなかった。

【教場】

1週間後。

石神

昨日のテストを返す

佐々木

鳴子

「はい」

石神

氷川

サトコ

「‥はい」

恐る恐る答案を取りに行くと、石神教官がチラリと私を一瞥した。

サトコ

「!」

(ま、まさか‥!)

(またやっちゃった‥?)

石神

この調子でしっかりやれ

サトコ

「は、はい!」

受け取ったテストの点は、前回よりも大幅に上がっていた。

(やった‥!)

(ここ数日、資料室に籠った甲斐があった!)

【道場】

サトコ

「面!」

「胴!」

次の剣道の時間では、男子訓練生相手に技が次々に決まった。

(なんか今日は、調子がいいかも!)

颯馬

サトコさん、絶好調ですね

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サトコ

「は、はい。そうなんです」

「なんでかよく分からないですけど、相手の動きが良く見えて‥」

颯馬

いい顔をしていましたからね

その調子で集中力を高めてください

颯馬教官は優しく肩をポンッと叩くと、眩しい笑みを浮かべてくれた。

サトコ

「はい!」

(颯馬教官に褒められちゃった!)

(ようやく私も本領発揮!?)

(いよいよ室長を見返せる時が来たのかも‥)

【廊下】

サトコ

「よしっ‥!」

(私だってやればできるんだよね!)

(この調子で潜入捜査の方もビシッと成果を‥)

難波

おおお、ひよっこ

サトコ

「し、室長‥!」

難波

いい所にいた

室長は嬉しそうに私に近づいてくる。

(な、なんで?)

(この間は声を掛けても、無視だったのに‥!)

困惑する私に構わず、室長はどんどん距離を詰めてくる。

サトコ

「え‥え?ええっ!?」

ドンッ!

あれよあれよという間に、壁際まで追い詰められた。

サトコ

「し、室長‥?」

(これは‥まさかの壁ドン?)

(そんな高等テクを室長が持ってたなんて‥!)

難波

お前が必要なんだ

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サトコ

「え‥」

(こんなオープンな所でなんてことを‥!)

(誰かに見られたら、どうしよう‥!)

サトコ

「あ、あの、室長?」

すぐ間近に迫る室長の顔。

その真っ直ぐで差し迫った瞳から、目が離せない。

難波

一緒に来てくれ

<選択してください>

A: ‥‥‥

(そ、そんなこと言われても‥!)

私の沈黙をイエスと理解したのか、室長は私の腕を引いた。

サトコ

「ちょ‥待ってください」

ようやく出た言葉。

でも、振り向いた室長の顔には強い意志の色が浮かんでいた。

難波

もう、限界なんだ

B: 困ります

サトコ

「こ、困ります!」

「突然そんなこと言われても‥!」

難波

俺だって困ってるんだ

こういうのは、いつだって突然起こるもんだからな

サトコ

「突然起こるって‥」

(ど、どういうこと‥!?)

難波

頼む。早く済ませたいんだ

C: どこへですか?

サトコ

「一緒にって、どこへですか?」

難波

来れば分かる

俺もまだ現役の男だ

恥ずかしいから皆まで言わすな

(現役って‥それは、つまり‥)

戸惑う私の腕を掴み、室長は歩き出した。

(そ、そんな‥室長ぉぉぉ!)

【監査室】

監査室に入るなり、室長はソファに横たわった。

難波

ひよっこ、ここで頼む

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サトコ

「そんな‥困りますっ!」

意を決して言葉を絞り出した。

難波

そんなこと言われたって、俺だって困ってんだ‥

哀しげな声に、申し訳なさが込み上げる。

難波

どうしても、自分じゃ手が届かないんだよな

サトコ

「‥え?」

ふと見ると、室長の手には湿布が握られていた。

サトコ

「あの、もしかして‥湿布を貼るのに私が必要だったってことでしょうか?」

難波

ん?そう言わなかったか?

サトコ

「全然、言ってません!」

「湿布のしの字も出てないです!」

難波

ハハ、それは悪かったな

(室長‥)

(いつもいつも言動が紛らわしすぎです!!!)

サトコ

「ここでいいですか?」

やや拍子抜けしながら室長の腰に湿布を貼る。

難波

うーん、もう少し上だな

いや、そこよりはもう少し右

おお、そこそこ

貼り位置に満足した室長がのっそりと起き上がる。

難波

腰は一度やると厄介だよなー

お前も気を付けろよ

サトコ

「私は、塀は乗り越えないので‥」

難波

まあ、それはそうか‥ははは

うっ‥笑うと腰に響くな

再び室長がソファに倒れ込む。

(もう、しょうがないなぁ‥)

サトコ

「マッサージしましょうか?」

難波

なんだ、いいのか?

じゃあ、頼む

服の上から、そっと室長の腰に触れた。

その感触だけでも、贅肉などほとんどない筋肉質だと分かる。

(いつもの見た目からは想像もできないな)

(トレーニングとか、やってるんだろうな‥イメージわかないけど)

難波

う~ん‥

サトコ

「強すぎますか?」

難波

いや、いい

なかなか効くぞ、これは

サトコ

「でもあんまり揉み過ぎると揉み返しで痛くなるので、この辺にしておきますね」

難波

おお、ありがとうな

お前はきっといい嫁さんになるぞ

サトコ

「本当は、ちょっとずつでも毎晩やった方がいいんですよ」

難波

そうかー

それじゃ、明日も頼むな

サトコ

「ええっ?明日もですか!」

(そんなの、家で奥さんに頼めばいいのに‥なんで私?)

難波

湿布の方も、よろしく頼む

急に小声になって、私は思わず吹き出した。

サトコ

「なんで小声ですか?」

難波

なんでって‥恥ずかしいだろ、腰に湿布貼ってるなんてバレたら

一応室長なんだからさ、かっこつけさせてくれよ

建前は一応、潜入捜査の報告ということで。後藤にも悟られるなよ

サトコ

「‥分かりました」

(訳わかんないけど、ホント憎めない人だなぁ‥)

サトコ

「それじゃ、私は‥」

帰ろうとした時、室長のカバンから飛び出しているタッパーが目に入った。

(あ‥美味しそうなお惣菜‥)

つられるように、お腹が鳴った。

サトコ

「あ‥」

難波

おいおい、大丈夫か?

子どもじゃあるまいし、飯くらいちゃんと食え

室長はタッパーから玉子焼きを取り出すと、私の口の中に押し込んだ。

サトコ

「うぐっ‥しづぢょ‥」

難波

どうだ?美味いだろ?

サトコ

「お、おいしいです‥」

お世辞ではなく、本当に美味しい玉子焼きだった。

(奥さん、料理上手なんだ)

室長が誇らしげに笑った。

(きっとステキな奥さんのはずなのに‥)

(なんでいつも早く家に帰らないんだろ?)

【教官室】

サトコ

「失礼します」

翌日。

仕上がったレポートを提出しに行くと、教官たちが顔を揃えていた。

(しまった、会議中だった‥)

石神教官に、「そこで待て」と目で合図され、そのまま入口でタイミングを待つ。

私に背を向けている颯馬教官は、私の存在に気付かず報告を続けていた。

颯馬

つまり今回流出した情報は、重要度の低いものに絞られていたと考えて良さそうです

加賀

‥中途半端なヤツだな

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やるならとことんやればいいものを

東雲

犯人にはとことんやれない理由があった‥とか?

加賀

内部の人間の犯行‥か

石神

その可能性はあるな

次期警備局長の座を巡って、小競り合いはつきものだ

難波

まあ、実際に動いている奴は外部かもしれんがな

(そっか‥)

(この間の公安の機密情報漏洩には、そんな背景があったんだ‥)

難波

で、ひよっこはそこでさっきから何してんだ?

サトコ

「あ‥私は、レポートを提出に‥」

難波

ふーん、見せてみろ

<選択してください>

A: 室長に渡す

サトコ

「‥はい」

ためらいつつも、レポートを渡した。

(いきなり室長に読まれると思わなかったから、緊張するな‥)

B: 石神教官を見る

(え、いきなり室長に!?)

戸惑いのままに石神教官を見た。

石神

‥なんだ

サトコ

「いえ、その‥まずは石神教官に見て頂いてからと‥」

加賀

口答えとは偉くなったもんだな

サトコ

「ひぃ!」

加賀

さっさと室長に渡せ、このグズ

サトコ

「は、はい‥」

慌てて室長にレポートを渡した。

C: 出直す

(え、いきなり室長に!?)

サトコ

「あの、また後で来ます」

「はは‥」

笑顔で誤魔化しながら、ドアの方へと後ずさった。

難波

待て、ひよっこ

サトコ

「は、はい」

難波

俺に見せられないレポートなら、なおさら見せてみろ

室長は大股で私に近寄ると、レポートを奪い取った。

パラパラとレポートをめくっていた室長の顔に、一瞬鋭さが宿る。

そのままの厳しい表情で、室長は私をジッと見た。

(私、なんかまずいことでも書いちゃった?)

難波

おい、ひよっこ‥

サトコ

「はい‥」

難波

よくやった

サトコ

「へ‥?」

難波

お手柄だ

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訳もわからぬまま、ガシガシと頭を撫でられた。

いつかのように、硬い物が頭にぶつかる。

サトコ

「い、痛っ!」

「ちょ‥室長、指輪が」

難波

ん?指輪?

ああ、悪い悪い

室長は手を右手に変えて、もう一度私の頭をぐりぐり撫でた。

ちょっと手荒に。

でも、すごく満足そうに。

(なんだかよく分かんないけど、室長の役に立てたみたい‥)

(よかった!)

to be continued

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