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難波 出会い編 5話

【教官室】

難波

おい、ひよっこ‥

サトコ

「はい‥」

難波

よくやった

サトコ

「へ‥?」

難波

お手柄だ

訳も分からぬまま、ガシガシと頭を撫でられた。

いつかのように、硬い物が頭にぶつかる。

サトコ

「い、痛っ!」

「ちょ‥室長、指輪が」

難波

ん?指輪?

ああ、悪い悪い

室長は手を右手に変えて、もう一度頭をぐりぐり撫でた。

ちょっと手荒に。

でも、すごく満足そうに‥

(なんだかよく分かんないけど、室長の役に立てたみたい‥)

(よかった!)

のん気に喜んでいる私の目の前で、レポートを回し読みしていた教官たちの顔に緊張が走る。

室長も、いつの間にか厳しい表情に戻っていた。

難波

やはり今回の情報漏洩には、『こどもの太陽』が関わっている公算が高い

永谷と例のハッキング集団へのマークを徹底しろ

教官たち

「はい」

(例のハッキング集団?)

訳が分からずいるうちに、教官たちは早くも動き出していた。

石神

後藤、明日の募金活動には朝から参加しろ

夫婦でな

石神教官が私をチラリと見る。

後藤

はい

サトコ

「‥はい」

難波

永谷に怪しい動きがあればすぐに知らせろ

俺はいつもの所にいる

後藤

分かりました

(いつもの所って、まさか‥)

パチンコ店でのんびりとパチンコを打っていた室長の姿を思い出した。

いつも抱えている、たくさんのパチンコ景品の数々も。

(室長はああやって独自に情報を集めてたんだ‥)

(サボってると思い込んでたなんて、私ホントにバカだ‥)

【寮監室】

サトコ

「失礼します」

寮監室のドアをそっと開けると、室長はソファに倒れ込んでいた。

難波

ん?誰だ?

サトコ

「あの、氷川です」

難波

おお、ひよっこかー

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何しに来た?襲うには、まだ少し時間が早いぞ

サトコ

「ち、違いますから!」

「湿布を貼りに来たんです」

「昨日の夜、室長が明日も頼むって‥」

難波

なんだ、それは残念‥

まぁ、こんなオッサンじゃ襲いたくもないよな

サトコ

「そ、そんなことはっ!」

(あれ?これだと襲いたいってことになっちゃう?)

サトコ

「いえ、今のはそのっ‥!」

室長は私がうろたえるのをしばらく見つめてから、プッと吹き出した。

難波

少しはできるようになったかと思ったが、まだまだだな

捜査中は、もっと予期せぬ出来事の連続だぞ

サトコ

「あ‥はい」

(もしかして、こうやって私を試してる?)

難波

捜査も湿布も、平常心で臨まないと曲がっちまう

はい、よろしく

室長は真面目だが冗談だか分からない口調で言いながら、湿布をペロンと取り出した。

サトコ

「ここでいいですよね?」

難波

おお、早くも掴んだか

なかなか筋がいいな

サトコ

「あ、ありがとうございます‥」

(そういう言葉は、刑事としてのセンスで言われたいんだけどな)

難波

で?今日はどうする?

いよいよ、泊まっていくか?

<選択してください>

A: 泊まりません!

サトコ

「と、泊まりませんから!」

難波

なんだ、そうかー

時々寝てる間に湿布がはがれるから、お前がいてくれると便利だと思ったんだがなぁ

サトコ

「便利って‥」

B: からかわないでください

(ま、またこの人は‥!)

サトコ

「もう、からかわないでくださいよ!」

難波

からかってないぞ

俺は本気だ

サトコ

「え‥」

難波

時々寝てる時に湿布がはがれるから、お前がいてくれると助かる

サトコ

「ああ、そういう‥」

C: 奥さんに叱られますよ

(ま、またこの人は‥)

サトコ

「そんなこと言って、奥さんに叱られますよ!」

難波

‥ん?

‥そうなのか?

サトコ

「そうです!」

サトコ

「それじゃ、失礼します!」

(なんか最近、室長に調子狂わされっぱなしな気がする‥)

(仕事のことといい、ああいう発言といい、振り回されてちゃダメだ!)

【街】

翌日は、指示通りに朝から後藤教官と『子どもの太陽』の募金活動に参加していた。

後藤

難病の子どもたちのために、募金をお願いします

サトコ

「皆さまのお力で、ひとりでも多くの小さな命をお救いください!」

「あ、ありがとうございます」

寄付をしてくれた通りすがりのご老人に頭を下げる。

永谷

「後藤さんご夫婦がいらしてから、募金活動も好調ですよ」

「ご夫婦の心からの訴えが、通行人の心に届いているんでしょうねぇ」

サトコ

「そんな‥」

後藤

そう言っていただけると嬉しいです

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先日も、ニュースで拝見しました

また一人、アメリカで移植手術を受けられることになったと‥

後藤教官が探るように永谷さんを見た。

永谷さんは、不自然に視線を泳がせる。

後藤

随分と、早くお金が集まったように思えたのですが‥

永谷

「ああ、あれはね。幸運にも篤志家からの申し出がありましてね」

後藤

なるほど。そういう方は、他にもいらっしゃらないものでしょうか?

永谷

「まあ、なかなかねえ。今回は本当に幸運だったんですよ」

永谷さんは誤魔化すように言うと、スッと私たちから離れていった。

サトコ

「やはり、まとまったお金がどこかから入ったようですね」

後藤

ああ

(つまり、それが機密情報漏洩絡みだって、室長は読んでるんだ‥)

後藤

サトコ、募金に戻れ

永谷が見ている

サトコ

「はい」

小さく頷いて、難病の子どもを抱えた母親の顔に戻った。

サトコ

「どうか、募金にご協力をお願いします!」

「皆さんの手で、難病の子どもたちを‥」

(ん?今あの人、目の前のご老人から財布をスッた‥!)

思うよりも早く、首から下げていた募金箱を外していた。

スリに向かって身体が動こうとする。

その瞬間‥‥

難波

公安の正義とはなんだ?

いつかの講義の時の、室長の声が頭に響いた。

難波

公安の正義とは、国を守るための究極の正義だ

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それを貫くためには、時に小さな正義を犠牲にしなくてはならないこともある

でもそれによって、より多くの人々の危機を救う

(より多くの人々の危機を‥)

後藤

サトコ

後藤教官に腕を掴まれて、ハッと我に返った。

後藤

持ち場に戻れ

今、お前がすべきことに

サトコ

「‥でも」

もう一度スリに視線を投げた時、永谷さんが近寄ってきた。

永谷

「どうか、されましたか?」

サトコ

「え‥いえ、その‥」

後藤

すみません。妻が、少し気分が悪いようで

大丈夫か?サトコ

(後藤教官‥)

一切のうろたえも見せず、後藤教官は咄嗟の機転を見せた。

(すごい‥)

(本気で公安の仕事をするなら、これくらい徹せないとダメなんだ)

サトコ

「だ、大丈夫‥」

「ちょっと休めば‥」

なんとか、気分の悪い妻を演じようと頑張った。

そんな私を、永谷さんはじっと見つめている。

(どうしよう‥不自然だって思われてるのかも‥)

永谷

「本当に具合が悪そうだ」

「ご無理なさらず、少し休んでください」

後藤

すみません

サトコ

「ありがとうございます‥」

後藤教官は私を抱きかかえるように支え、物陰へと連れて行く。

サトコ

「すみませんでした。私、また‥」

後藤

あそこで走り出していたら、全てが台無しになるところだった

サトコ

「はい」

(ホントだよね。今度こそ、自分がどんなに軽率なことをしようとしたのか、よくわかった)

後藤

今回は永谷に気付かれなかったから良かったが

今日は、もう帰れ

サトコ

「でも‥」

後藤

幸い、永谷はお前の体調が悪いと信じたようだ

ここで消えても、不自然ではないだろう

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そんな気持ちでできるほど、潜入捜査は簡単じゃない

サトコ

「‥はい」

募金活動に戻っていく後藤教官を見送りながら、大きなため息が出た。

(結局、スリも捕まえられず、本来の捜査もやり遂げられないなんて‥)

(なんて中途半端なんだろう、私‥)

【屋台】

「帰れ」とは言われたものの、まっすぐ帰る気にもなれず、いつかの屋台に立ち寄った。

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大将

「いらっしゃい」

短いのれんをくぐると、そこには見覚えのある背中。

サトコ

「あ‥室長‥」

難波

ん?

なんだ、ひよっこか

座るか?

サトコ

「はい‥」

難波

大将、ラーメン追加ね

室長は勝手に注文を済ますと、勝手に台の上からグラスを取って、私にもお酒を注いでくれた。

難波

まあ、飲め

サトコ

「‥ありがとうございます。でも‥」

(今日は飲む気にもなれないな‥)

難波

なんだ。ひよっこのくせに、一人前に抱え込んでんのか?

サトコ

「え‥」

難波

何があった

<選択してください>

A: 実は

サトコ

「実は‥」

思わず話し出そうとして、ハッとなって口をつぐんだ。

(また同じことしたのかって、きっと叱られるよね)

難波

‥どうした?

サトコ

「いえ、何でもありません」

難波

いいから、話してみろ

私の顔を覗き込む室長の表情は、どこまでも穏やかだ。

(こんな室長、初めて見た)

(いつもとは別人みたい‥)

B: 何でもありません

サトコ

「‥何でもありません」

(こんなこと話したらまた同じことをしたのかって、きっと叱られちゃう)

難波

公安のデカを騙すなら、もっとうまく芝居しろ

私の顔を覗き込む室長の表情は、どこまでも穏やかだ。

(こんな室長も初めて見た)

(また、いつもとは別人みたい‥)

難波

話してみろ

C: ‥‥‥

サトコ

「‥‥‥」

(また同じことしたのかって、きっと叱られるよね)

でも、私の顔を覗き込む室長の表情は、どこまでも穏やかだ。

(こんな室長も初めて見た)

(また、いつもとは別人みたい‥)

難波

話してみろ

包み込まれるような優しいまなざしに、自然と口が開く。

サトコ

「実は‥」

ポツリポツリと募金活動中の出来事を話し出した。

サトコ

「ダメだって頭では分かっていたはずなのに、身体が勝手に動いてしまいって‥」

難波

‥‥

サトコ

「目の前の犯罪を放っておくなんて、やっぱり私には無理なのかもしれません」

「助けなきゃ、捕まえなきゃって気持ちが、衝動みたいに湧き上がってきて‥」

難波

‥‥

サトコ

「刑事って、正義って何なんでしょうか?」

「室長は公安の正義っておっしゃいましたけど、そんな正義、私には大きすぎるのかも‥」

難波

そうか‥

大きすぎるか‥

でもその大きすぎる正義を、誰かが背負わなきゃいけない

どんなに大きくて、重くて、腰が痛くなってもだ

言いながら、室長は思い出したように腰をさすった。

難波

まあ俺の場合は、塀から落ちただけだけどな」

室長につられるように、私も少し笑う。

室長は私のグラスにお酒を注いでくれ、自分でもグイッと飲んだ。

難波

ひよっこも少しやれ

こういう話には、少し酒が入ったくらいがちょうどいい

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サトコ

「‥はい」

勧められるままに、お酒を飲む。

そんな私を、室長が真っ直ぐ見つめてきた。

難波

氷川

誰だって少なからず自問自答しながらこの仕事を続けている

あとは、お前がどうしたいか、だ

(どうしたいか‥?)

すぐには答えが見つからず、また少しお酒を飲む。

いつの間にか、グラスに並々と注がれていたお酒は空になっていた。

難波

目の前にある分かりやすい正義を行使するか

それとも、目に見えない、誰からもありがたがられない正義のために身を捧げるか

サトコ

「私は‥」

(どうしたいもなにも、きっと公安には向いてない‥)

難波

俺は、向いてると思うぞ

サトコ

「‥え?」

「私が‥向いてる?」

驚いて室長を見返す。

お酒のせいで少し霞がかったような視界の中、室長は優しい笑みを浮かべていた。

(今の、空耳じゃないよね‥?)

トロンとした目で見つめる私の頭を、室長が撫でてくれる。

でも今日は、いつもみたいに痛くない。

柔らかく、包み込むような撫で方だった。

難波

大将、お会計

サトコ

「あ、お金なら‥」

慌てて財布を出そうとする私の手をそっと制して、室長はポケットから無造作にお札を出す。

くしゃくしゃのお札が、いかにも室長らしくて思わず微笑んだ。

(なんか、ホッとするよね)

(この適当な感じ‥)

上体がフラッとして、テーブルに突っ伏した。

(なんか‥飲み過ぎた、かも?)

難波

ほら、風邪引くぞ

う‥いてっ

室長のうめき声と共に、身体がぐらりと揺れる。

そのまま、意識がすうっと遠のいていった‥‥‥

(んー、なんだろう?)

(何かが刺さるよ‥)

背中に今まで感じたことのない違和感を覚え、もぞもぞと身体を動かした。

遠くで誰かの声が聞こえるような気がして、耳を澄ます。

???

「酒臭いな‥」

???

「なんで、クズがここにいる」

(ん?この声はまさか、石神教官と加賀教官では!?)

ハッとなって目を開けると、いつの間にか誰かの個別教官室のソファに横たわっていた。

しかも、うつぶせで。

サトコ

「え‥」

(なんで私、こんなとこで寝てるの?)

教官たちの突き刺さるような視線にさらされて、慌てて身なりを整えて立ち上がった。

(さっきから突き刺さっていたのはこれか‥!)

サトコ

「あ、あの‥」

東雲

酒クサッ

石神

髪も酷い乱れようだ‥

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加賀

どうしてテメェが、ここにいやがる

サトコ

「す、すみません!」

「私にも、何がなんだか‥」

難波

おお、起きたか

奥のイスがクルリと回り、室長が立ち上がった。

腰を辛そうにさすりながら。

(あれ?もしかして‥)

意識が途切れる前の、身体が浮き上がるような感覚が蘇ってきた。

(そういえば、夢の中で室長のうめき声が聞こえてきたような‥)

サトコ

「もしかして、室長がここまで‥?」

難波

それじゃ、俺はもう帰るぞー

室長は私の問いに答えず、立ち上がった。

サトコ

「ちょ‥待ってください!」

【廊下】

サトコ

「すみませんでした」

「腰、悪いのに‥」

(きっと、私をここまでおぶってくれたんだ‥)

難波

ひよっこが意外と重いの忘れててな

室長は、腰を擦りながら薄っすらと笑う。

難波

それよりも、大丈夫だったか?

突然、周囲を憚るような小声で聞かれ、首を傾げた。

難波

俺の枕、臭ってなかったか?

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サトコ

「へ‥?」

加賀教官の教官室で、私は室長の枕を借りて眠ってしまっていたらしい。

(もしかして‥加齢臭を気にしてる?)

思いがけないおちゃめな一面に、思わず笑みが零れる。

サトコ

「ふふ、大丈夫ですよ」

難波

そうか。じゃあ、早く帰れよ

あ‥腰痛が長引いたら、責任もって、湿布貼り頼むな

室長はひらひらと手を振りながら、歩き出す。

サトコ

「あ、あの!室長!」

難波

ん?なんだ?

サトコ

「さっき室長、おっしゃいましたよね?」

「私が向いてるって。あれって‥」

難波

明日までに、酒は抜いとけよ

女が酒臭いのは、印象悪いからな

室長は私の言葉を遮るように言うと、再び背を向けて歩き出した。

サトコ

「あ‥」

(あれって、私が公安に向いてるって意味だったんですか?)

小さくなっていく室長の背中に問いかける。

その背中は「答えは自分で見つけろ」とでも言うかのように、暗闇に紛れて見えなくなった。

to be continued

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