カテゴリー

難波 出会い編 9話

【屋台】

ズズ‥ズズズズ‥‥

室長に連れて来られたのは、いつものラーメン屋の屋台だった。

さっきから室長は私の隣で盛んにラーメンをすすっている。

難波

‥うまかった

どうだ、ひよっこ

犯人を逮捕した後のラーメンは格別だろ

サトコ

「はい‥」

難波

なんだ、気持ちが籠ってないな

もしかして、味噌ラーメンの方がよかったのか?

大将、味噌ラーメン‥

サトコ

「け、結構ですっ!」

室長が勝手に注文しようとするのを慌てて止めた。

サトコ

「そんなにたくさん食べれませんから」

難波

そうか?それじゃ、これをやろう

室長はカウンターから勝手に味タマゴを取ると、私のどんぶりに入れてくれた。

難波

はい、ごほうび

サトコ

「‥ありがとうございます」

茶色く色づいたタマゴをひと口かじる。

サトコ

「おいし‥」

難波

‥‥

室長は満足げにタマゴを食べる私を見ている。

難波

すっきりしないか?

サトコ

「え‥?」

難波

永谷にずいぶん罵られたってな

永谷さんの言葉が蘇ってきた。

あの時の胸の疼きが再び戻ってくる。

難波

公安のやり方はもうまっぴらだって顔してるな

サトコ

「‥‥」

難波

情も金も、使えるものは全て使う

相手を傷つけようと苦しめようと、目的のためなら手段は選ばない

それが、公安だ

でもな‥

室長が体の向きを変え、正面から私を見た。

難波

自分1人が悪者になることで、日本国家、日本国民1億数千の安全が守られる

それなら、罵倒されようが恨まれようが、どうでもいいとは思わんか?

その結果、たとえ詐欺師だ人でなしだと呼ばれても

サトコ

「!」

(そんな風に考えたこともなかった‥)

(詐欺師扱いされてショックを受けてたけど、確かにそんなの、すごく小さなことだよね)

(失われていたかもしれない、たくさんの命に比べたら‥)

爽快感、満足感‥‥今までは結局、自分の満足のために警察の仕事をやって来ていたのだと気付く。

でも本当は誰かのためを思うなら、自分が汚れることなんて恐れちゃいけないのかもしれない。

(私はずっと、目の前の困っている人を助けたいって思ってた‥)

いつか、後藤教官に言った言葉を思い出す。

後藤

お前は、どうしてあの女子高生に護身術を教えた?

サトコ

『それは‥』

『痴漢のせいで彼女が怯えたり、悲しんだりするのはもうたくさんだと思ったからです』

(公安の仕事も、あの子を痴漢の被害から守ろうとするのも、実は同じことなのかもしれない‥)

(両方とも、誰かが悲しんだり辛い思いをしたりするのを、未然に防ぐ仕事ってことなんだよね)

公安の仕事に興味を持ち始めている自分に気付く。

難波

もちろん、無理に続けろとは言わん

決めるのはお前だ

辞めたいなら今、ここで言え

%e3%82%b9%e3%83%9e%e3%83%9b-022

<選択してください>

A: もう少しやらせてもらえませんか

サトコ

「もう少しやらせてもらえませんか?」

「またみなさんにご迷惑を掛けちゃうかもしれませんけど‥」

難波

掛けちゃうかも、ねぇ

頼りない発言だなぁ

サトコ

「‥すみません」

B: 辞めたいです

サトコ

「辞めたいです‥」

「って、さっきまでは言おうかと思ってました。でも‥」

「もう少し続けてみてもいいですか?」

「何となくですけど、分かってきたような気がするんです。公安のこと」

難波

何となく、か‥

でもまあ、それでいい

C: 自信がありません

サトコ

「まだ自信がないんです」

「本当に私に出来るのかどうか‥」

「それでもいいなら、もう少し続けさせてもらえませんか?」

難波

よくはない

難波

自信がないヤツは危険だ

サトコ

「‥‥」

難波

でも自信がありすぎるヤツは、もっと危険だ

サトコ

「それじゃ‥?」

難波

お前は向いてると思うぞ

公安に

サトコ

「!」

(あの時の言葉‥)

(あれはやっぱり、公安に向いてるって意味だったんだ‥!)

(夢じゃなかったんだ!)

サトコ

「‥やります、私」

「もう少し、何て言わずに、できるところまでやってみます」

「だから、続けさせてください!」

難波

そうか‥

室長は嬉しそうに私の頭に手を置いた。

難波

それじゃまた、一緒にラーメンが食えるな

サトコ

「はい。今度は是非、味噌ラーメンで」

難波

いいぞ。何杯でも食わせてやる

室長は頭に置いたままの手で、くしゃくしゃと私の髪を撫でた。

思わず肩を竦めた私に、室長が自分の右手を見る。

難波

‥また何か当たったか?

サトコ

「いえ‥」

忘れていた指輪の存在。

右手だから何も当たっていないはずなのに、なぜか痛みを感じた。

心の奥に。

(なんでいちいち、指輪の存在を感じる度にこんな気持ちになるんだろう‥?)

難波

さて、帰るか

私の戸惑いも知らず、室長はチャリンチャリンとお金を払うと立ち上がった。

室長は、タバコに火を点けながら振り返る。

難波

1人で帰れるか?

%e3%82%b9%e3%83%9e%e3%83%9b-023

サトコ

「え‥室長は、まだ帰らないんですか?」

難波

まあな

夜のお仕事が残ってる

(夜のお仕事って‥)

サトコ

「でも、腰の調子は大丈夫なんですか?」

「私、今日も湿布を貼りに行こうと思ってたんですが‥」

難波

もう大丈夫だ。任務完了

ご苦労だったな

「任務完了」その言葉が、妙に寂しく感じられた。

もう2人だけの秘密もなくなってしまう。

明日からは、ただの室長と公安学校の訓練生に戻る。

(ってことは、室長にとってまだ私は、ただの一訓練生なんだ‥)

(そんなの‥寂しすぎるよ‥)

難波

なんだ、そんなに湿布を貼るのが好きなのか?

サトコ

「‥好き、です‥」

思わず零れ落ちた言葉。

でもその言葉の真意を、室長は知らない。

難波

湿布貼りが好きって、お前は本当に面白いヤツだなぁ

一緒にいると飽きないな

紫煙を吐き出しながらおかしそうに言う室長が、恨めしかった。

サトコ

「じゃあ、もう少しだけ‥一緒にいさせてください」

(うわ‥言っちゃった!)

自分でも驚くような言葉。

でも、室長は優しく微笑んだだけだった。

難波

またな

今日は早く帰って寝ろ

室長はごそごそとポケットを探ると、しょうが湯を取り出す。

難波

これやるから

風邪引くなよ

半ば強引にしょうが湯を握らせると、室長は手をひらひらさせながら歩き出した。

室長の手の温もりだけが、しょうが湯と共に残される‥‥

(いつの間に私、こんなふうに思い始めちゃったんだろう‥?)

自分の気持ちを自分で持て余した。

サトコ

「にしても、しょうが湯って‥」

(何でこんなの、ポケットに入れてるんだろう‥)

(しかもこんなの、色気なさすぎだよ)

【警察庁】

翌日は、久々に後藤教官のおつかいで警察庁。

サトコ

「確か、この角を右に曲がって‥」

「あれ?また違う‥!」

相変わらず帰り道に迷って庁舎内をウロウロしていると、少し先の扉が開いた。

難波

ふああ~

%e3%82%b9%e3%83%9e%e3%83%9b-024

(し、室長!?)

室長は私に気付かず、盛大なあくびを繰り返している。

声を掛けようとして、少しためらった。

(昨日の夜、私けっこう微妙なこと言っちゃったよね‥)

自分の言動を思い出し、1人で赤面。

難波

おお、ひよっこ

こんなところで何してる?

サトコ

「お、お疲れさまです」

「ちょっと、道に迷いまして‥」

難波

なんだ、迷える子羊か‥

助けてやりたいのはやまやまだが、今の俺にはお前を正しく導く自信がない‥

サトコ

「いえ、別にそんな深刻な問題ではないので、お気になさらず‥」

難波

そうか?それじゃ、しっかり進めよ

ふああ~

室長がまた欠伸をした。

よく見ると、目が真っ赤に充血している。

サトコ

「もしかして、寝てないんですか?」

難波

‥まあな

あいつ、なかなか吐いてくれなくてな

(夜のお仕事って‥)

(昨日私と別れてからずっと、永谷さんの事情聴取をしてたんだ‥)

グリグリとこめかみを揉みほぐす室長の右の甲が、心なしか赤い。

(もしかして、殴ったのかな‥?)

難波

やっぱり少し寝るかな

よし、行くぞ、ひよっこ

サトコ

「え、私もですか?」

難波

ん?寝るのは俺ひとりだぞ?

お前には、出口のヒントを授けてやる

サトコ

「ああ、はい‥」

ふらふらと歩き出した室長の後について歩き出した。

難波

‥っつ!

突然、つんのめる室長。

サトコ

「だ、大丈夫ですか?」

室長は、驚いたように廊下をじっと見つめた。

難波

これが‥目地に躓くということか‥

サトコ

「そ、そうみたいですね‥」

難波

目地なんてものに躓くのはお前だけだと思ってたが‥

サトコ

「よかったです‥私だけじゃなくて」

(やっぱりひよっこ扱いかぁ‥)

呆然となっている室長の脇の下にもぐりこみ、体勢を整えた。

サトコ

「肩貸しますから、行きますよ!」

難波

‥悪いな

%e3%82%b9%e3%83%9e%e3%83%9b-025

【仮眠室】

%e3%82%b9%e3%83%9e%e3%83%9b-026

仮眠室に着くと、室長は固いベッドに倒れ込んだ。

そしていきなり寝息を立て始める。

(す、すごい‥!)

(よほど疲れてたんだ‥)

サトコ

「ふふ‥」

思わず笑みが零れた。

無防備な顔で寝入る室長からそっと上着を脱がせ、毛布を掛けてあげる。

心なしか、室長が微笑んだように見えた。

(やるとなったらとことん根を詰めちゃうから、それ以外が緩くなっちゃうのかな)

(誰かがちゃんと傍で見ててあげないと、こんなんじゃそのうち身体壊しちゃうよ)

できることなら、私が支えたいと思う。

でも、毛布からはみだした左手に光る結婚指輪が、私を現実に引き戻した。

(バカだな、私‥)

(室長にはちゃんといるのに。傍で支えてくれる人が‥)

これ以上指輪を見ていたくなくて、その手にそっと毛布を掛けた。

【警察庁 エントランス】

あの後、何度も迷いながら、なんとかエントランスまでたどり着いた。

(室長、仮眠室に行く前に一応説明してくれたけど‥)

(案の定いい加減だったなー)

♪~

サトコ

「いけない!後藤教官だ!」

(時間がかかっちゃったから、きっと催促の電話だ!)

サトコ

「はい、氷川です!」

後藤

後藤だ。用事は済んだか?

サトコ

「はい。途中で室長に会ってしまったので、時間かかってすみません」

後藤

いや、いい

今日はそのまま寮に帰れ

サトコ

「あ、はい‥」

(やった!久しぶりに補習もなしだ!)

喜んでいると、スーツ姿の40代くらいの男性が近づいてきた。

男性

「君‥いま、氷川って言ったか‥?」

サトコ

「‥は、はい」

%e3%82%b9%e3%83%9e%e3%83%9b-027

(誰だろう、この人?)

男性

「いや~、急に話しかけてゴメンな」

「俺はアイツ‥難波の同期の鈴木だ」

サトコ

「そうでしたか!失礼しました。氷川サトコです」

鈴木

「そうか‥君が難波のお気に入りの子か‥」

%e3%82%b9%e3%83%9e%e3%83%9b-028

サトコ

「え?お気に入りって‥?」

鈴木

「アイツからよく話を聞くんだよ」

「どんな子かと興味があったもんだから、つい」

サトコ

「そうでしたか‥」

(お気に入りか‥)

(そりゃそうだよね。私はただの訓練生だもん)

(そう言ってもらえるだけでも、感謝しなきゃ)

鈴木

「尾行中に痴漢を捕まえたらしいじゃないか」

サトコ

「あ、はい‥って、室長そんなことまで話してるんですか!?」

「室長には、ひどく怒られちゃいましたけど」

鈴木

「へぇ‥アイツが怒ったのか。意外だな」

サトコ

「意外って、どうしてですか?」

鈴木

「アイツも昔はそんなだったからさ」

サトコ

「え?」

(室長が‥?)

鈴木

「尾行中に万引き犯を捕まえたり」

「カツアゲされてる中坊を助けたこともあったな~」

「だから君の話を聞いた時、昔のアイツにそっくりだと思ったんだよ」

サトコ

「そうだったんですか‥」

「それじゃあ室長も、若い頃はよく上官に怒られてたんですね」

鈴木

「それがな‥俺たちの上官はちょっと変わりもんだったんだよ」

「そんな難波のことを結構買っててな」

「公安のやり方に従えないヤツは危険だが」

「何の疑問もなく従うヤツはもっと危険だってよく言ってたよ」

(その言葉‥)

『自信のないヤツは危険だ。でも自信がありすぎるヤツはもっと危険だ』

室長の言葉が蘇った。

(そっか‥室長は自分の若いころに私を重ねて見てくれてたんだ‥)

何度怒られても突き放されても、室長が私を見捨てなかったわけが、ようやく分かった気がした。

鈴木

「それじゃ、またな」

「近いうちにまた会うと思うけど」

サトコ

「え?」

鈴木さんは意味ありげな言葉を残し、手をひらひらさせながら行ってしまった。

(なんか、室長に雰囲気がよく似た人だな‥さすがは同期‥)

【寮 自室】

その週末。

(ここんとこずっと捜査が続いてたし、完全オフは久しぶりだな‥)

部屋でぼんやりしていると、廊下の方がざわざわと騒がしくなってきた。

男子訓練生

『おい、室長じゃないか?』

鳴子

『わ、室長!』

(ん?今のって鳴子の声だよね?)

(室長って言ったような‥?)

コンコン!

サトコ

「はーい!」

「鳴子?どうかした‥っ!」

途中まで言って、その先の言葉を飲み込んだ。

ドアの外に立っていたのは、室長だった。

サトコ

「し、室長‥!?」

%e3%82%b9%e3%83%9e%e3%83%9b-029

(なんで?どうしてここに室長が!?)

難波

「おう、ひよっこ」

「ここだったか」

サトコ

「は、はい。ここ、ですけど‥?」

難波

実は、付き合って欲しいところがあってな

(え‥?)

難波

この後、出れるか?

(事件はもう終わったはずだし‥)

(付き合うって‥休日に2人でおでかけってこと!?)

(わ‥どうしよ‥)

<選択してください>

A: わかりました

サトコ

「わ、わかりました!」

勢いで言ってしまってから、ふと思った。

サトコ

「あの‥でも、なんで私なんですか?」

難波

なんでって‥

だめなのか?ひよっこじゃ

サトコ

「ダメじゃないですけど‥」

「休日なんだし、奥さんサービスとか色々と‥」

B: どこなんですか?

サトコ

「ど、どこなんですか?付き合って欲しいところって」

とりあえず気持ちを落ち着かせようと、聞いてみた。

難波

なんだよ、冷たいなあ

場所によっては来てくれないってことか?

サトコ

「そういうわけじゃないですけど‥」

「場所によっては奥さんと一緒の方がいいかもしれないですし‥」

C: 無理です

(でもでも、浮かれるな私っ!)

(室長にはちゃんと奥さんがいるんだから)

サトコ

「む、無理です」

難波

なんだ‥冷たいな、ひよっこ

サトコ

「申し訳ありませんが、他の人を誘ってください」

難波

そう言われてもなぁ‥

サトコ

お、奥さんに行ってもらえばいいじゃないですか

(言っちゃった‥!)

(でも、これでいいんだよね‥?)

このことに触れた瞬間、私の片想いも終わると分かっていながら。

本当は、この気持ちを消し去りたかったのかもしれない‥

こんなに近くにいるのに、遠く感じるのは辛いから。

難波

‥奥さんって、誰のだ?

室長はなぜか、ポカンと呟いた。

サトコ

「だ、誰って、室長に決まってるじゃないですか!」

難波

俺?

俺には、奥さんなんていないぞ

サトコ

「ええっ!?」

(じゃあ、なんで指輪してるの?)

(もしかして、離婚してるってこと!?)

to be continued

10話へ

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする