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本命チョコ カレ目線 難波1話

バレンタインアワード2016

【カフェテラス】

2月に入ったある日のこと。

本庁から学校に戻ってくると、カフェテラスが騒がしいことに気付いた。

サトコ

「お願い、率直な意見を聞かせて!」

「お世辞、社交辞令、その他諸々は結構ですから!」

千葉

「なんでそんなに疑心暗鬼になってるんだよ‥」

「ん!?美味い!売り物みたいだよ!」

後藤

なんだ?

加賀

うるせぇ。二度と口が開けねぇようにしてやる

あっという間に氷川の周りに人が集まり、手作りチョコらしきものの試食会が始まる。

(チョコ‥?ああ、もうすぐバレンタインか)

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(浮かれちゃって、若いっていいねぇ)

氷川たちを横目にカフェテラスを通りすぎながら、少し楽しみになる。

(もしかしてあのチョコ、俺ももらえんのか?)

(後藤や加賀がもらってるくらいだからな)

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(氷川は義理堅いし、おっさんにも味見させてくれるかもな)

年甲斐もなくワクワクした気持ちで、室長室に戻った。

【室長室】

その日の仕事が終わり、大きく伸びをしてひと息つく。

(今日は大きな事件もなく、平和だったな)

(‥ああ、そういえば)

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結局、氷川が来なかったことを思い出して、少し寂しいような残念なような気持ちになる。

(アイツとは、なんだかんだ絡むことが多いから身近に感じてたが‥)

(訓練生にとっては、“室長”なんて肩書きがあれば、友達感覚とはいかないよな)

難波

このまま帰るのも、気が向かねぇな‥

よし、いつもの店に飲みに行くか

自分を納得させるように声に出してそうつぶやくと、室長室を出た。

バレンタイン当日、日曜日だというのに訓練生たちのほとんどが学校に来ていた。

(みんな氷川たちのチョコ目当てか。俺にもそんな時代があったかねえ)

(もうすぐ仕事も終わるし、今日は飲みに行かず、真っ直ぐ帰るか‥)

その時、部屋のドアを誰かがノックした。

返事をすると、氷川が顔を出す。

難波

おお、ちょうどいいところにきた

ちょうど、茶が飲みたくてな

サトコ

「はい、すぐ淹れますね」

氷川が茶を淹れているその背中を眺めながらも、持って来た紙袋に目が行ってしまう。

(おっ?俺にもとうとう、手作りチョコか?)

(そういえば、前に氷川がくれた手作り弁当は美味かったな)

茶を淹れてもらったあと、

少し雑談していると、氷川が思い切ったように箱を差し出してきた。

サトコ

「あの‥室長。これ、よかったらお茶請けにしてください」

「市販のものなので‥味は確かですから」

氷川が差し出した箱を見ると、有名なチョコメーカーのロゴが入った包装がされていた。

(‥あれ?手作りじゃないのか?)

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てっきりそうだと思っていたせいか、肩透かしを食ったような気持ちになる。

思わず氷川の顔を見たが、逆にきょとんとした顔をされた。

難波

ああ‥ありがとな

笑顔で受け取ると、氷川もぎこちない笑顔を返してきた。

(そうか‥みんなに手作りを配ってたと思ったが、違ったのか)

(そうだよな、このくらいの歳の女にとっては。手作りは特別なんだろうし)

すぐにそう納得したものの、心のどこかでは寂しさを感じていた。

【居酒屋】

チョコの礼にと氷川を居酒屋に誘うと、ふたつ返事でついてきた。

(だが‥ちょっと考えなしだったな)

(氷川の立場的には、上司から飲みの誘いなんて、断れないだろうし)

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難波

悪いなあ。お前たちが行くような、オシャレな店じゃなくて

サトコ

「いえ、むしろ室長と一緒なのにオシャレなお店だと、落ち着かないというか」

難波

ハハッ、お前の言うようになったな

無理に誘ったのかもしれないと思うと、氷川に申し訳ない。

なのにコイツと飲むのは楽しくて、自然と酒も進む。

(そういえば‥)

ほどよく酔いが回ってきたころ、思い出したのはさっきの氷川の言葉だった。

サトコ

『実は室長に、チョコを作ったんです』

『でも、もしかして迷惑かもって、市販のにしたんですけど』

(俺にも手作りを用意してくれてたなら、一応、本命のことも確認しておかないとな‥)

(後藤か‥加賀ってことはないだろうし)

難波

いや、そう断言するのは加賀に失礼だな

サトコ

「え?」

難波

いや‥本命は誰にやったのかと思ってな。後藤たちにも渡してただろ?

それとももしかして、あの‥あいつ、あれ‥お前と仲のいい訓練生の‥なんてったっけ

サトコ

「えーっと‥千葉さんですか?」

難波

そうそう。意表ついて、あいつが本命とかか?

サトコ

「いや、その‥」

途端に、氷川がしどろもどろになる。

その顔を見ているとついからかってやりたくなり、顔を覗き込んで試しに聞いてみた。

難波

もしかして‥俺か?

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サトコ

「!!!」

(なーんて‥)

サトコ

「‥‥っ」

あからさまに頬を染める氷川を見て、一瞬、思考が止まった。

(‥ちょっとからかいすぎたか)

(ったく‥そんな顔されたら、おっさん、困っちゃうだろ)

難波

なんてな。さすがにお前に失礼だよな

サトコ

「あ、あの‥そんなことは‥」

あわてふためく氷川があまりにもわかりやすくて、気付かれないように目を見張った。

(‥お前、いくらなんでも、俺はないだろ)

(こんなおっさん、なんにもいいことないぞ)

真っ赤な顔で誤魔化そうとする氷川から気持ちがはっきりと伝わってきて、

少し困った気分になる。

(このくらいの歳ってのは、年上に憧れるもんだろうが‥)

(まあ、若い子にチョコをもらってちょっとはしゃいでるだけで、俺の勘違いかもしれないしな)

そのあと、黒澤が来て本命をもらっただもらわないだと大騒ぎになる。

(まったく、黒澤もまだまだ若いよな)

(まあコイツの場合、どこまで本気かわからんが)

黒澤

答えてください!本命チョコ、いくつもらったんですか!?

難波

そうだなあ‥

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氷川を振り返り、黒澤に分からないようにウインクする。

難波

今年は、ひとつだけだ

サトコ

「え‥!?」

そのあとの動揺っぷりを見ていると、どうやら俺の勘違いではないらしい。

氷川は、『本命』という意味で、俺にチョコをくれた‥‥‥そう、確信した。

(‥まあ、きっと『好き』って気持ちよりは、『憧れ』の方が強いんだろうが)

(今は、ありがたく受け取っておくか)

礼の気持ちを込めて、氷川の頭を撫でる。

(それにしても、こんなバツイチのおっさんに時間を使うなんて、もったいないな)

(お前たちの青春は、あっという間に過ぎて行くんだからな)

難波

来年こそは、好きなヤツに渡せるといいなあ

サトコ

「‥‥‥」

俯いて黙り込んでしまう氷川に、微かに胸が痛む。

(でも‥それも、お前のためだ)

(刑事としての“憧れ”と“恋”を、はき違えるような歳じゃないだろ)

そう思うのに、氷川が他の男を好きになった時のことを考えると、少し複雑だった。

(‥俺も、たいがい身勝手か)

(まあ、娘を持つ父親ってのは、こういう気持ちになるのかもな)

そう考えて、自分を納得させた。

to be continued

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