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難波 恋の行方編 8話

【交番】

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長野の交番に戻ってから2週間‥

公安学校での毎日が嘘のように、のんびりとした時間が流れていた。

サトコ

「おはようございます。おばあちゃん」

おばあちゃん

「おはよう、お巡りさん。今日も一日頑張って」

サトコ

「はい!」

いつも通りの散歩に出かける近所のおばあちゃんを見送り、軽く敬礼した。

(今頃、公安学校のみんなはひぃひぃ言いながら頑張ってるんだろうな‥)

こうして離れてみると、みんなと過ごしたあの辛かった時間がとても尊いものに思えてくる。

(みんな、元気かなあ‥)

鳴子に千葉さんに後藤教官に、室長‥

室長のことを思った瞬間、胸の奥がチクリと痛んだ。

公安学校最後の日、私は室長に自分の想いを告げた。

【室長室】

サトコ

『私は一人の女として、室長のことが好きなんです』

『室長のためなら、どんなことでもしたいんです』

難波

へえ‥

なんでもできんのか

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サトコ

『!』

室長の大きな手が私の肩をつかんだ。

そのまま強引に、近くのソファに座らされる。

隣に座った室長が、覆いかぶさるように私の顔を覗き込んだ。

難波

それならお前の本気、見せてくれよ

室長は私のシャツをたくし上げると、素肌に手を滑らせた。

サトコ

『!』

難波

‥‥

頬にかかる息が熱い。

私は戸惑いと恥ずかしさでギュッと目を瞑った。

難波

‥やめた

サトコ

『え‥』

室長は少し距離を取ってソファに座り直すと、何とも言えない笑みを浮かべた。

難波

らしくないことはやめとけ

室長は大きな手を私の頭にポンッと置くと、そのまま顔も見ずに立ち上がる。

難波

ったく、やめてください!って平手でも飛んでくるかと思ったんだが

調子狂っちまったじゃねえか

サトコ

『あの、室長‥』

難波

もう行け

早く荷造りして出て行かないと、成田につまみ出されるぞ

室長にドアを開けられ、仕方なく立ち上がる。

室長はごそごそとポケットを探ると、何かを私の手に握らせた。

難波

餞別だ

手の中にあったのは、くちゃくちゃになったしょうが湯の小袋だった。

【実家 部屋】

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サトコ

「しょうが湯って、相変わらず渋すぎだよね‥」

勤務を終えて帰った部屋で、私は室長からもらったしょうが湯の小袋をしみじみ見つめた。

(室長、どうしてるだろう‥)

(連絡取りたいけど‥)

できないことと分かっていながら、携帯を手に取る。

そこには、鳴子からのメールが届いていた。

『サトコ、元気にしてる?私は相変わらず死にそうになりながら訓練中』

『昨日は某男子訓練生に加賀教官のケツバットが‥』

サトコ

「ケツバット‥さすが加賀教官、怖すぎ‥!」

(なんて言いつつ、それすら懐かしく思えちゃうんだけど‥)

(これって、重症かな)

苦笑したとき、新たなメールが届いた。

サトコ

「‥後藤教官!?」

『氷川、長野で頑張ってるか。もし何かあれば、いつでも連絡して来い』

『近々、山田警備局長が長野でサミットの警備会議を行う。俺も警護で同行する予定だ』

『何事もなく無事に終わればいいが‥』

サトコ

「山田警備局長が長野に‥?」

しかも後藤教官の文面からは、長野で何かが起きそうな予感がする。

もう完全に接点を失ってしまったと思っていた相手が、向こうからやってくる。

思いがけないチャンスの到来に、私は少なからず運命のようなものを感じていた。

(もしかしたら、山田警備局長の事件が大きく動くかもしれない‥)

(こっちにいても、私にできることはまだまだあるってことだよね)

サトコ

「よし!」

【交番】

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(会議場の周辺警備は、きっとこの辺りを固めるはずだよね!)

会議場周辺の地図を広げ、これまでの経験から大体の警備計画を予想する。

(そうすると、この辺が死角になりやすいな‥)

赤ペンで盛大に斜線を引いていると、先輩巡査が不思議そうに覗き込んできた。

先輩巡査

「あのさ、氷川。ここ数日ずっと、そんな地図ばっか見て何してんだ?」

サトコ

「ああ、これは‥」

「もうすぐ長野でサミットの警備会議が行われると聞いたので、少し勉強をと」

先輩巡査

「はあ、エライねえ‥さすがは公安学校帰りのエリートだな。やることが違うわ」

サトコ

「そ、それはどうも‥」

(本当は公安学校帰りじゃなくて、強制退学なんだけど‥)

サトコ

「私、そろそろパトロールに行ってきますね」

先輩巡査

「ああ、頼んだ~」

(担当地域のパトロールが終わったら、ちょっと会議場の近くまで行ってみよう)

(警備計画の基本は周辺状況をいかに把握するかだって、後藤教官も言ってたもんね)

【会場】

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警備会議当日。

私たち所轄の警官も、周辺の人員整理のために動員されることになった。

サトコ

「このラインの内側には入らないでくださいね」

「押すと危険ですから、気を付けて」

???

「氷川‥?」

人ごみの中から名前を呼ばれた気がして振り返った。

喧噪の先に、懐かしい顔が小さく笑みを浮かべている。

後藤

‥‥

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サトコ

「後藤教官‥!」

後藤教官は、すぐに真剣な表情に戻ると、人ごみを分けて私の傍に近づいた。

後藤

すごい人だな

サトコ

「あちこちで通行規制をかけているので、通れる所に人が密集してるんです」

後藤

そうか‥こんなところで何か起こされたらひとたまりもないな

サトコ

「何かって‥」

後藤教官の言葉に、一瞬で身が引き締まった。

公安学校にいた頃の緊張感が蘇る。

後藤

もし何かあればすぐに連絡してくれ

サトコ

「はい」

後藤教官が走っていく先‥そこには、懐かしい室長の姿。

難波

‥‥

室長は厳しい視線をあちこちに投げながら、全身に緊張感をみなぎらせている。

サトコ

「室長‥」

思わず呟いたその時、山田警備局長を乗せた黒塗りの車が到着した。

ドカンッ!

難波

後藤

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サトコ

「!」

車のすぐ傍の植え込みから、煙が上がっている。

(爆弾‥?)

次の瞬間、警備局長を乗せた車が急発進した。

サトコ

「みなさん、早くここから避難してください!」

私は一般人に避難誘導を行うと、すぐに現場に向かった。

後藤

おい、大丈夫か!しっかりしろ

後藤教官が抱き起しているのは、運転手らしき男性だ。

難波

クソッ‥やられたか‥

公用車強奪事件発生!犯人は山田警備局長を乗せたまま西に逃走中

すぐに車を追え!

後藤

はい!

氷川、アンタこの辺の土地勘があるだろ?一緒に‥

覆面パトカーに乗り込もうとした後藤教官が声をかけるのに構わず、

私はすぐ近くに停めてあった警備用バイクにまたがった。

(西なら、迂回路を使えば先回りできるかも‥!)

難波

おい、氷川。お前、何しようとしてる?

サトコ

「公用車を追います!」

難波

何を無茶なことを‥

サトコ

「心配はいりません。周辺状況なら、完璧に頭に入ってます」

難波

だとしても、勝手な行動させられるか!

サトコ

「だったら、室長も一緒に来てください!急いで!」

難波

ちょ、待てっ‥!

私の勢いに押されたように、室長はバイクの後ろにまたがった。

【道路】

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室長を後ろに乗せて、風を切って走る。

最初はためらいつつ私の腰に回されていた室長の腕。

でも、スピードが上がるにつれ、室長はしがみつくように体を密着させた。

難波

おい、行き先の見当はついてんのか?

サトコ

「いえ」

「ですが、交通規制にかからにように進める道は、限られてます!」

背後の室長に向けて大声で叫ぶ。

久しぶりの再会は、かえってこんな形でよかったのかもしれない。

難波

こんなもん乗りこなせるなんて、お前の資料には書いてなかったぞ

サトコ

「警官として当然のスキルですから」

難波

当然て、大型だろ‥

やっぱりひよっこはおもしれぇな

サトコ

「え?」

難波

いや、元気そうで何よりだって言っただけだよ

<選択してください>

A: そう見えますか?

サトコ

「そう見えますか?」

難波

ん?なんだ、違うのか?

サトコ

「いいえ、違いません。どこにいてもやることは同じですから」

難波

‥そうか

B: どこにいてもやることは同じですから

サトコ

「どこにいてもやることは同じですから」

難波

‥そうだな

お前のそういう前向きなとこ、表彰に値するよ

C: お陰さまで!

サトコ

「お陰さまで!」

難波

なんだよ、それ‥もしかして嫌味か?

サトコ

「違います」

「私が公安に向いているか悩んでいた時」

「どこにいてもやることは同じだって気づかせてくれたのは、室長ですから」

難波

‥‥

サトコ

「あ、見えました!あの車ですよね?」

何個目かの角を曲がった瞬間に捉えた車の姿に、思わず後ろを振り返る。

難波

間違いない。あれだな

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室長の顔がビックリするくらい間近にあって、私は慌てて顔を戻した。

(私ったら、こんな時に何ドキドキしちゃってんだろ‥)

サトコ

「追尾します!」

余計な感傷を振り払うように、ギアを上げた。

サトコ

「振り落とされないように、しっかりつかまっててくださいよ!」

難波

頼んだ!

室長の腕が、私の腰にしっかりと絡まった。

室長と2人でひとつになったような、不思議な感覚。

なんとなく勇気が湧きあがるような気がして、私はさらにアクセルを踏み込む。

難波

相手に気づかれたな

車のスピードが上がり、あっという間に姿が見えなくなった。

難波

あまり無理に深追いするな

サトコ

「大丈夫です。たぶん、この先ならあそこ‥!」

何度も何度も地図とにらめっこしたこのエリア。

大抵の情報は頭の中に残っていた。

【倉庫】

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サトコ

「ありました!公用車です!」

難波

近づきすぎるな。まだ相手が中にいるかもしれない

サトコ

「はい」

私たちは少し手前の物陰にバイクを停めると、そっと車に近づいた。

難波

拳銃は携帯してるか?

サトコ

「いえ‥」

難波

それなら、これ使え

室長は腰から引き抜いた銃を私に渡し、自らもガンホルダーから銃を取り出した。

目で私に合図を送り、2人で逆方向から車に近づく。

難波

もぬけの殻か‥

サトコ

「だったら、あっちだと思います」

【廃倉庫】

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倉庫を次々と覗き込んでいくうち、私たちは一つの廃倉庫にたどり着いた。

???

『動くなっ!』

難波

サトコ

「!」

中からの鋭い声に、私と室長は思わず顔を見合わせる。

そっと中をのぞくと、そこには‥

無防備な山田警備局長に銃を向けて立つ、男性の姿。

山田

「わ、わかった‥言うことは何でも聞くからその物騒なものをしまってくれ」

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鈴木

「しまえと言われてしまうバカがどこにいる?」

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(す、鈴木さん!?)

鈴木

「お前が使う卑怯な手は、全部お見通しだ。俺はドジは踏まないさ」

(てことは、鈴木さんが‥?)

思わず室長を見るが、その顔には何の驚きも感じられない。

難波

‥‥

(もしかして室長は分かってたの?すべて鈴木さんの仕業だったってことを‥)

難波

氷川。俺が1人で中に入る

サトコ

「えっ!」

難波

万が一の時は、お前がここから援護しろ

<選択してください>

A: ‥はい

サトコ

「‥はい」

(やるしかないよね。だって室長を救えるのは、私しかいないんだから)

気持ちとは裏腹に、手が震えた。

そんな私を、室長は温かな目でじっと見つめている。

難波

‥‥

B: 私にできるかどうか‥

サトコ

「援護なんて‥私にできるかどうか‥」

難波

まさか、この短い間に忘れたわけじゃないだろ?

あの猛特訓を

(そうだよね。こういう時のために、あれだけ練習を積み重ねてきたんじゃない)

(やるしかないんだよ。室長を救えるのは、私しかいないんだから)

震える手をじっと見つめて頷いた。

サトコ

「‥はい」

C: 応援を待った方が

(そんな‥私が室長の援護なんて‥!)

サトコ

「お、応援を待った方がよくはないですか?」

「私がすぐに連絡を‥!」

難波

それじゃ間に合わないってことくらい、お前にだってわかるだろ?

あいつは本気だ

サトコ

「わ、わかりました。やってみます」

(やるしかないんだよ。室長を救えるのは、私しかいないんだから)

震える手を抑え込みながら、何度も自分に言い聞かせた。

難波

大丈夫だ

お前ならできる

室長は優しげな笑みを浮かべながら、私の頭に手を置いた。

難波

言ったろ?お前の恐怖も何もかも、俺がちゃんと分かってるから

安心してぶっ放せ

サトコ

「室長‥」

室長の言葉で、気持ちが決まった。

(今こそ、室長の支えになる時だよね)

サトコ

「室長も安心して行ってきてください」

「私、絶対に室長のことを守ってみせますから!」

難波

‥‥‥

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室長は一瞬だけ微笑んだ後、倉庫の中へと足を踏み入れた。

難波

鈴木!

鈴木

「難波‥」

山田

「!」

難波

鈴木、もうやめろ!

鈴木

「せっかくここまで来たっていうのに、やめるバカがどこにいるよ?」

鈴木さんはせせら笑うように言いながら、銃の引き金に指をかけた。

パンッ!

サトコ

「!」

室長の銃が火を吹き、鈴木さんの手から銃が飛んだ。

鈴木

「お前‥なんで、いつも俺の邪魔をする!」

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難波

悪いヤツをやっつけるのが俺の仕事なもんでな

鈴木

「それを言うなら、お前がやっつけるべきは山田だろ!」

「小澤さんは山田に利用されて、使い捨てにされたんだぞ!」

鈴木さんが背を向けているのをいいことに、山田警備局長が弾き飛ばされた銃をそっと拾い上げた。

パンッ!

難波

鈴木

「う‥」

鈴木さんが足を押さえて倒れこむ。

流れ出た血が、一瞬で倉庫内を赤く染めた。

難波

鈴木!大丈夫か?

山田

「部下を利用して何が悪い。お前らがいるのは、そういう世界だろうが」

鈴木

「お前‥」

山田警備局長は、再び銃口を鈴木さんに向けた。

難波

局長、やめてください!

山田

「‥わかった。それなら、お前を撃つことにしよう」

サトコ

「!」

山田警備局長は、銃口を室長に向けた。

難波

山田さん、アンタ‥

山田

「だいたい、すべての発端はお前がコソコソ嗅ぎまわったせいじゃないのか」

「それを庇った小澤もバカだが、身の程知らずのお前らは大バカだよ」

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山田警備局長は邪悪な笑みを浮かべると、室長のこめかみに銃口を押し当てた。

難波

‥‥

to  be  continued

9話

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