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難波 恋の行方編 9話

【廃倉庫】

難波

局長、やめてください!

山田

「‥分かった。それなら、お前を撃つことにしよう」

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サトコ

「!」

山田警備局長は、銃口を室長に向けた。

難波

山田さん、アンタ‥

山田

「だいたい、すべての発端はお前がコソコソ嗅ぎまわったせいじゃないのか」

「それを庇った小澤もバカだが、身の程知らずのお前らは大バカだよ」

山田警備局長は邪悪な笑みを浮かべると、室長のこめかみに銃口を押し当てた。

難波

‥‥

山田

「銃を寄越せ」

難波

‥わかりました

室長は恐怖の色など微塵も感じさせず、ただじっとされるがままになっている。

(このままじゃ室長が殺される‥!)

(撃たなきゃ!私が、室長を守らなきゃ‥!)

銃を握る手にじっとりと汗が滲んでいる。

私は何度もグリップを握り直しながら、少しずつ物陰を移動した。

(ここからなら、山田警備局長の腕を狙える‥)

(弾が‥‥逸れたりしなければ‥)

あんなに練習を重ねたはずなのに、恐ろしい想像ばかりが頭をよぎった。

もしも逸れた弾が山田警備局長の急所に当たったら?

室長に当たってしまったら‥?

そんな私の気持ちを見抜いたかのように、室長が私に強い視線を向けた。

その口が、わずかに動く。

難波

ウテ、オマエナラデキル

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サトコ

「!」

(撃て、お前ならできる‥)

難波

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技術は確実に上がってる。これなら、いつ現場に出しても問題ないはずだ

あとはお前に、撃つ勇気さえあれば‥

誰かを自分の手で殺してしまうかもしれない恐怖‥

それは俺たち拳銃を扱う者にとって必要な恐怖だ

それが無くなったら、いつか本当に誰かを殺す

だからお前は、その恐怖と一緒に歩いて行けばいいんじゃないのか?

大丈夫だ

お前ならできる

お前の恐怖もなにもかも、俺がちゃんと分かってるから

次々と蘇る室長の言葉。

その一つ一つが、ともすると弱りそうになる私の気持ちを激しく鼓舞し、

支えとなって積み重なった。

(そうだよ‥大丈夫、私ならできる‥!)

再び湧き上がりそうになる震えに逆らうように、グッと引き金に力を込める。

パンッ!

難波

山田

「ううっ‥!」

拳銃がはじけ飛び、山田警備局長は右腕を押さえてうずくまった。

振り返った顔には、怒りと狂気の色が浮かんでいる。

山田

「誰だ‥」

「お前か‥っ!」

サトコ

「!」

再び銃を構える。

でも山田警備局長は、恐れも知らぬ勢いで私に迫ってきた。

(ダメ‥こんな距離で撃ったら、今度こそ間違いなく警備局長を殺しちゃう‥!)

再び恐怖に襲われた。

それを見透かしたかのように、山田警備局長は邪悪な笑みを浮かべた。

山田

「どうした?もう撃たないのか?小娘っ」

サトコ

「!」

あっという間に距離を詰めた山田警備局長が、銃を持った私の手を捻りあげた。

サトコ

「あっ!」

山田

「小賢しい真似をするとどうなるか、思い知らせてやる!」

次の瞬間、山田警備局長の背後で素早く動いた室長が、流れるような動作で銃を拾い上げた。

片膝をついたまま銃を構え、山田警備局長に狙いを定める。

難波

その手を離してもらいましょうか、山田さん

あいにく、そいつは俺のかわいい部下なもんでね

山田

「笑わせるな、難波」

「部下にかわいいもかわいくないもあるものか」

難波

確かに‥アンタにはそんなことを言っても無駄だってことを忘れてたな

パンッ!

山田警備局長の足元で火花が散った。

怯んだすきに、室長はあっという間に山田警備局長を組み伏せる。

山田

「やめろっ!離せっ!お前、俺が誰だか分かっているのかっ!」

難波

ええ、分かってますよ

分かってるからこそ、許せねえんじゃねえかっ!

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抱え込んでいた思いを爆発させるかのような、室長の叫びが廃倉庫に響き渡った。

サトコ

「室長‥」

難波

怪我はないか、氷川

サトコ

「‥はい」

難波

そうか。よくやった

???

「氷川、室長!」

外から後藤教官の声が聞こえてきて、ハッとなった。

サトコ

「そうだ、応援頼んだんだった‥」

「後藤教官、ここです!」

慌てて倉庫から顔を出すと、ホッとしたように後藤教官たちが走り寄ってきた。

石神

さっきの銃声は?

サトコ

「ただの威嚇射撃です。ただ、鈴木さんが足を撃たれました」

石神

そうか‥急所は外れているな。颯馬、頼む

颯馬

わかりました、対応します

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そう言うと颯馬教官は、鈴木さんに応急処置を施すため倉庫に入っていった。

後藤

アンタが送ってきたGPS信号、途中で途切れて心配したぞ

サトコ

「‥え?」

ポケットから携帯を取り出すと、知らぬ間に電池が切れてしまっていた。

サトコ

「あ‥電池切れ‥」

加賀

チッ‥テメェはとことんカスだな

サトコ

「す、すみません‥」

後藤

まあ、アンタらしいな

とにかく、間に合ってよかった

後藤教官は呆れたように微笑むと、教官たちと一緒に倉庫の中へと入っていく。

難波

おお、お前ら~やっと来たか~

石神

遅くなりました。大丈夫ですか、室長

難波

大丈夫なんだがな、ちょっと誰か手錠貸してくんねえか?

颯馬

それでさっきからずっと抑え込みの体勢だったわけですね?

難波

この体勢、意外とキツくてなあ~

加賀

そりゃ、そうでしょうよ

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東雲

相変わらず、かっこいいんだかかっこ悪いんだかわかりませんよね、室長って

笑いながら、颯馬教官と東雲教官は山田警備局長と鈴木さんに手錠をかけた。

難波

それじゃ、山田さん。ご同行願いますよ

山田

「ふっ‥」

難波

‥何です?

山田

「‥お前も小澤みたいになりやがって」

「あの小娘‥反吐が出るほど若いころのお前に似てる」

難波

ええ‥

アイツのお陰で、あの時の小澤さんの気持ちが分かりましたよ

サトコ

「!?」

室長は、遠くを見るような目になった。

難波

俺がしたことは、間違いじゃなかった‥

脇を通りがかった鈴木さんが、ハッとしたように立ち止まった。

難波

鈴木‥?

鈴木

「‥‥」

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鈴木さんは室長をじっと見て切なげな笑みを浮かべると、促されるままにパトカーへと歩いて行く。

その背を、室長は複雑な表情で見送っていた。

難波

‥‥

(私のお陰で、なんて言ってくれてたけど‥私も、室長の力になれたってことかな‥?)

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サイレンと共に、パトカーが走り去った。

それを見送りながら、ようやく安堵のため息をつく。

(これで、やっと終わったんだね‥)

難波

氷川!

警官たちに慌ただしく指示を送っていたはずの室長が、私の姿を見つけて駆け寄ってきた。

難波

ご苦労だったな

サトコ

「はい。室長こそお疲れ様でした」

難波

まあ、そう硬いこと言うな

それよりお前、今回は平気みたいだな?

サトコ

「え‥?」

難波

忘れたのか?

前回は、何とも言えない顔してたろ

難波

なんだ、後悔してんのか?

永谷にずいぶん罵られたってな

サトコ

「ああ、そうでした‥」

難波

そうでしたって、お前な‥

(室長、ちゃんと私のこと心配してくれてたんだ‥)

呆れたように笑う室長に、再び愛しい思いがこみ上げた私は‥‥

<選択してください>

A: 抱きつく

その大きな体に、思わず抱きついた。

難波

!?

おいおい、どうした‥

本当は怖かったのか?

相変わらずの父親口調の室長。

私は抱きついたまま、何度も首を横に振った。

B: 手を握る

思わず室長の手を握りしめた。

難波

‥どうした?

こうすれば、少しは落ち着くか?

室長は優しい笑みと共に、両手で私の手をそっと包み込む。

その瞬間、気づけば私は室長に抱きついていた。

難波

!?

C: 抱きしめて欲しいと思う

室長にしがみつきたくてたまらなくなり、じっと室長を見つめた。

(抱きしめて欲しいな‥)

難波

‥どうした?

言いたいことがあるなら、我慢しないで言ってみろ

ずっと恋しかった室長の笑み。

それを見た瞬間、堪えていたものが溢れだし、私は室長に抱きついた。

難波

!?

難波

氷川‥?

サトコ

「もう、抱え込まないでください」

難波

‥‥

サトコ

「室長のために‥私にできることは、何でもしますから」

難波

‥‥‥

室長は何も答えず、ただそっと私の背に腕を回した。

サトコ

「あの、私‥室長のこと‥」

難波

氷川

サトコ

「?」

難波

‥それ以上は言うな

問いかけるように顔を上げた私に、室長は切なげな笑みを浮かべた。

(言えば、断ることになるから‥?)

(これが室長なりの優しさってこと?)

涙だけは見せまいと、体を離して俯いた。

(やっぱり私じゃ、ダメなんだ‥)

難波

後藤、ちょといいか?

廃倉庫の現場検証から戻ってきた後藤教官を、室長が呼び寄せた。

難波

コイツのこと、頼むな

後藤

はい、ですが‥

後藤教官は困ったように、私と室長の顔を交互に見る。

難波

なんだ?

後藤

いえ‥責任を持って、県警に送り届けます

難波

ああ、よろしく~

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いつかのように、手をひらひらさせながら歩いて行く室長。

徐々に小さくなっていく背が、お別れの証のようでやるせない。

後藤

いいのか?

<選択してください>

A: え?

サトコ

「え?」

思わず振り向くと、後藤教官は気まずそうに頭をかいた。

後藤

いや、なんでもない

(後藤教官、さっきの見てたんだ‥)

B: はい

サトコ

「‥はい」

後藤

そうか‥

(後藤教官、さっきの見てたのかも‥)

C: 見てたんですね

サトコ

「‥見てたんですね」

後藤

ん?いや‥そうわけじゃないが‥

サトコ

「いいんです。もう‥」

後藤

そうか‥

後藤

じゃあ、戻るぞ

後藤教官は明るく言うと、先に立って歩き出した。

(山田警備局長の事件が解決できれば、室長との関係も少しは変わるかもって思ってたけど‥)

(現実はそんなに甘くないんだよね)

(せめて室長の心の負担だけでも、軽くなっててくれてればいいな)

【車内】

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室長とバイクで密着しながら走った道のりを、窓からぼんやりと見つめた。

(追跡の時は夢中だったけど、今思うと、なんだか楽しかったな)

難波

こんなもん乗りこなすなんて、お前の資料には書いてなかったぞ

サトコ

『警官として当然のスキルですから』

難波

当然て、大型だろ‥

やっぱりひよっこはおもしれぇな

サトコ

『振り落とされないように、しっかりつかまっててくださいよ!』

難波

頼んだ!

(もう、あんなこともできなくなっちゃうのかな)

(だったら、気持ちなんて伝えようとしない方がよかった‥)

後藤

今日、撃ったらしいな

サトコ

「‥は、はい」

後藤

ようやく、壁を乗り越えたんだな

サトコ

「‥‥」

後藤

お前がその引き金を引くのは、いつだって大切な誰かのためだ

大切な誰かをちゃんと守ってやるために、もっと強くなれ

サトコ

「それ‥いつか室長が言った言葉‥」

後藤

ああ。アンタは、その言葉の通りにしたんだろ

サトコ

「‥‥」

後藤

室長はさすがだよ。アンタをここまで成長させた

サトコ

「‥‥」

後藤

でも、見込まれて、見事にそれに応えてみせたアンタも立派だ

サトコ

「後藤教官‥」

後藤教官の優しい言葉に、胸の奥が熱くなった。

(後藤教官は、優しいな‥)

後藤

アンタらしくない顔だ

サトコ

「‥‥」

後藤

胸に秘めた想いがあるなら、ちゃんと伝えろ

室長にでも誰にでも‥

サトコ

「!」

(やっぱり、後藤教官は分かってるんだ。私の気持ち‥)

サトコ

「でも、室長にも秘めた想いがあるの、知ってますから」

後藤

‥怖いのか?

サトコ

「‥‥」

後藤

でもな、引き金は引いてみないとわからない

今日、アンタだって分かったろ?

あんなに怖がっていたのに、見事に警備局長の銃を撃ち抜いた

恐怖は必ずしも、悪い結果の前触れじゃない

踏み出してみたら、意外とこんなもんかって時も結構あるんだ

サトコ

「後藤教官‥」

後藤

もし勇気を出して踏み出してみてもダメだったら、その時は‥

サトコ

「その時は‥?」

後藤

‥‥‥

後藤教官は、じっと私を見た。

その表情はとても切なげで、道に迷った子どものように不安の色を湛えている。

(なんだろう?後藤教官のこんな表情、初めて見た‥)

後藤

いや‥

後藤教官は自嘲気味な笑みを浮かべると、わざとらしく大きく深呼吸した。

そしてさっきまでとは打って変わった晴れやかな表情で私を見つめる。

後藤

やる前から諦めるな

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アンタの良さは、どんな状況でも諦めないところだろ?

サトコ

「‥ありがとうございます」

「後藤教官にはいつもいつも励ましてもらって、本当に感謝してます」

(確かに、後ろ向きな私なんて全然魅力ないよね)

(室長に振り向いてもらいたいなら、ちゃんと前を向いて頑張らないと‥!)

長野県警の前で車が止まった。

サトコ

「それじゃ、私‥」

後藤

ああ、お疲れ。とりあえず今日は、ゆっくり休め

サトコ

「はい」

後藤

そう、その顔だ

後藤教官のホッとしたような笑みに見送られ、私は県警へと戻った。

(まずは目の前の仕事をちゃんとやる‥!)

(そしていつかまた、公安学校に‥室長の傍に戻るんだ)

(その時こそ、ひと回りもふた回りも成長した私になって)

(もう一度ちゃんと室長に想いを伝えよう‥!)

to be continued

10話

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