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難波カレ目線 2話

「ウブすぎるひよっこ」

【室長室】

特別講義を終えると、どっしりと疲れが出た。

自分でも気づかないうちに、かなり力が入ってしまったようだ。

難波

あんまり慣れないことはするもんじゃねぇな‥

石神

室長、どうでしたか、久々の講義は

書類を持ってきた石神が、俺の後ろについて室長室に入ってくる。

難波

ああ、まあ、なんとかな‥

石神

訓練生たちに何かしら響いてくれればいいんですが‥

難波

まあなあ

ふと、ひよっこの真剣な表情がよみがえる。

(アイツ、なかなかいい目してたな‥)

(もしかして、少しは分かったってことか?公安の正義ってやつを‥)

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石神

ところで、『こどもの太陽』への潜入捜査の件ですが

難波

ああ、あれな‥

石神

後藤の相棒は氷川と思っていましたが、この間のこともありますし‥

難波

いいんじゃないか、そのままで

石神

え‥?

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滅多に表情を変えない石神が、驚いたように俺を見た。

難波

後藤と一緒なら大丈夫だろ

それに、潜入捜査は2人の呼吸が大事だ

後藤にはきっと、アイツの方がいい

石神

‥わかりました

石神はもう一度不思議そうに俺を見てから立ち去った。

その様子に、俺は心の中で苦笑する。

(甘くなったもんだと思ってんだろうな‥)

(でもな、俺はもう一度アイツのあの目に賭けてみてもいいかと思ったんだよ)

【ラーメン屋台】

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公安の機密情報が漏えいしたことで、

『こどもの太陽』への潜入捜査は期日を速めて実行に移された。

後藤の相棒となったひよっこは、なかなか頑張っている様子だったのだが‥‥

サトコ

「あ‥室長‥」

難波

ん?

声に振り向くと、顔面蒼白で疲れ切った様子のひよっこが立っていた。

難波

なんだ、ひよっこか

座るか?

サトコ

「はい‥」

難波

大将、ラーメン追加ね

俺は勝手に注文を済ますと、台の上からグラスを取ってひよっこに酒を注いだ。

難波

まあ、飲め

サトコ

「‥ありがとうございます。でも‥」

ひよっこはじっとグラスを見つめたまま、悔しそうに唇を噛んでいる。

(また何かあったみたいだな)

難波

なんだ、ひよっこのくせに、一人前に抱え込んでんのか?

サトコ

「え‥」

難波

何があった

話してみろ

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こいつは恐らく、誰かに話したくて、でも誰にも話せなくてここに来たのだろう。

そんな胸の内が他人事でなく感じられて、自然と穏やかな口調になった。

サトコ

「実は‥」

俺の様子に安心したのか、ひよっこはポツリポツリと話し出した。

どうやらまた、潜入捜査中にひったくり犯を追いそうになってしまったらしい。

サトコ

「ダメだって頭では分かっていたはずなのに、体が勝手に動いてしまって‥」

ひよっこは拳を握りしめた。

(こいつは本当に、理屈じゃなく動こうとしちまうんだな)

(でも今回は、実際に動かなかっただけ成長したじゃねぇか)

心の中で、そっと笑った。

部下の成長というのは、それが米粒ほどわずかでも嬉しいものだ。

難波

誰だって、少なからず自問自答しながらこの仕事を続けてる

あとは、お前がどうしたいかだ

じっと見つめると、ひよっこは困惑を払いのけようとするかのように酒を飲んだ。

難波

目の前にある分かりやすい正義を行使するか

それとも、目には見えない、誰からもありがたられない正義のために身を捧げるか

サトコ

「私は‥」

内面の葛藤が見えるようで、俺は好感を持った。

公安の正義はある意味、不条理な正義だ。

そんな正義を何の疑問もなく受け入れるようなヤツは、かえって信頼できない。

(こいつがもし、事件を未然に防ぐっていう公安の存在意義を理解したなら‥)

(これ以上に頼りになる部下はいないかもしれねぇな)

難波

俺は、向いてると思うぞ

気づいた時には、そう口走っていた。

ひよっこは案の定、驚いたように俺を見返す。

サトコ

「‥え?」

「私が‥向いてる?」

視線が頼りなく揺れる。

それがあまりに儚げに思えて、俺は思わず手を伸ばした。

そっと頭に触れ、想いを込めるようにゆっくりと撫でる。

(安心しろ、悩みながらも、お前は日々ちゃんと成長できてるよ)

難波

大将、お会計

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サトコ

「あ、お金‥」

慌てて財布を出したかと思ったら、意味不明な笑みを残してひよっこはテーブルに突っ伏した。

難波

(なんだ、飲み過ぎか?)

難波

ほら、風邪ひくぞ

声をかけるが、ひよっこはむにゃむにゃと口を動かすばかりでちっとも動かない。

(しょうがねぇな‥)

呆れて寝顔を見つめる。

その表情は公安学校で見るのとは違い、とても無防備であどけなかった。

(子どもみたいな寝顔しちゃって‥)

(って、まだまだ子どもか‥)

【帰り道】

ひよっこを背負って、寮への道を歩いた。

難波

‥いてっ

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途中、定期的に腰を不穏な痛みが襲う。

難波

やばいな‥寮までもつか?

俺の心配をよそに、ひよっこは俺の耳元ですやすやと気持ちよさそうな寝息を立てている。

(疲れてんだな‥)

公安学校の訓練は男でも厳しい。

それを女ながらにこなそうというのだから、きっと想像以上の苦労があるに違いない。

(頑張れよ、若者‥)

(苦労の先には明るい未来がきっとある)

もう、俺が伝えるべきことはすべて伝えた。

あとは、選ぶのは本人だ。

その選択に俺が四の五の言うつもりはない。

でも、これだけは確信があった。

(お前はきっと、きっといい刑事になる‥)

(だから、辞めんなよ、公安‥)

【射撃場】

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後藤とひよっこの潜入捜査は続いていたが、決定的な証拠をつかむまでにはなかなか至らなかった。

そんな中、俺は捜査に使うカメラ付きのペンを渡すため、後藤を探して射撃場に行った。

(なんだ、ひよっこか?)

ひよっこは1人でブツブツ言いながら、せっせと自主練に励んでいる。

サトコ

「肘を締めるって、こうかな?いやなんか違う気が‥」

難波

それじゃダメだな

サトコ

「室長‥!」

難波

肘を締めるってのは、こういうことだ

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少し指導してやると、目に見えて上達していくのが分かる。

教えがいを感じ、俺は用事を忘れてしばらく指導に没頭した。

難波

筋は悪くない

あとはひたすら訓練だな

射撃も、捜査も

サトコ

「‥はい」

難波

それじゃ、もう一度‥

プツン!

サトコ

「ええっ!?」

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難波

なんだ、停電か?

携帯でわずかな明かりをつけると、暗闇にひよっこのうろたえた表情が浮かび上がった。

サトコ

「こ、困りましたね」

「いきなり、停電なんて‥」

難波

ああ

サトコ

「し、室長はさすがに落ち着いてますよね」

「私は、その、暗いのとかあまり得意じゃなくて‥」

難波

‥‥

サトコ

「‥‥」

(こいつ、なんか様子が変だぞ‥)

妙に饒舌になったり、落ち着きなく黙り込んだり‥

(まさか、暗闇に俺と2人きりの状況にうろたえてんのか?)

難波

お前、相当男慣れしてないな

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サトコ

「そ、そんなことは‥!」

ひよっこは慌てて否定したが、そのうろたえぶりがなりより何よりの答えだった。

(相手が後藤ならまだしも、こんなおっさん相手に照れるなよ‥)

(これじゃ、ハニートラップなんて命じた日には、気絶するな)

歯がゆいような、守ってやりたいような。

今までにない感情が俺の中に芽生え始めていた。

to  be  continued

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