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難波カレ目線 3話

「ひよっこと朝チュン」

【室長室】

潜入捜査でめぼしい成果のないまま数日が経った。

難波

なるほどな‥

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後藤とひよっこから報告を聞き、録音した会話もチェックしたが、永谷に怪しいところは見られない。

難波

永谷が情報漏えいに関与したという決定的な証拠はまだないか‥

後藤

しかし、氷川の転機で永谷はかなり心を許しています

この線で押していけば、思いがけない収穫もあるかと

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サトコ

「‥‥‥」

ひよっこが表情を曇らせたのが分かった。

(まだ公安のやり方に馴染めないって顔だな)

気持ちは分からないでもないが、これは国の大事に関わる仕事だ。

一捜査員の感情ばかりを思いやってはいられない。

難波

‥そうだな。永谷を落とすのが一番近道なのは間違いない

永谷の弱みはつかんだ。そこに付け込んで恩を売れ

そして情報を取れ

サトコ

「‥!」

難波

多少金が掛かっても構わない

後藤

分かりました

サトコ

「‥‥」

後藤は頷いたが、ひよっこは黙り込んだままだ。

その表情には、俺の言葉に対する嫌悪感がハッキリと浮かび上がっていた。

難波

お前の正義はそんなもんか

異議を唱えるひよっこを突き放すようにそう言うと、ひよっこはグッと拳を握って黙り込んだ。

(我慢しろ、ひよっこ。もう少しなんだ)

(永谷たちが本当にしようとしていること‥その重大さを知れば、お前も分かるはずだ)

(俺たちが今していることにどんな意味があるのか)

(公安の正義とは何なのか‥)

ひよっこを先に帰した後、俺は後藤だけに今後の方針を伝えた。

後藤

‥分かりました

でも、氷川は大丈夫でしょうか

後藤はひよっこが出て行った扉を気がかりそうに見つめる。

(後藤は本当に優しい男だよな)

難波

大丈夫だろ。お前が一緒なら

後藤

あの、それはどういう‥?

難波

お前がアイツの良心になってやれ

アイツにはきっと、そういう存在が必要だ

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後藤

室長‥?

まだ理解しきれていないという顔の後藤を帰し、室長室に一人になる。

(ライオンが自分の子を崖から突き落とす気持ち、ちょっとわかるな)

(頑張って欲しいからこそ、突き放さなきゃいけない時もあるさ‥)

【ラーメン屋台】

その後、氷川の活躍で無事に永谷を逮捕することができた。

でもその際、氷川は永谷から『最低だ』『詐欺師だ』と散々に罵られたらしい。

まだショックから立ち直れていなそうな氷川の隣で、俺はただ黙ってラーメンをすすった。

(もう限界、とか思ってんだろうな‥)

(辞めちまうか、公安に目覚めるか、ココが分かれ道ってとこか)

難波

公安のやり方はもうまっぴらだって顔をしてるな

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サトコ

「‥‥‥」

難波

情も金も、使えるものはすべて使う

相手を傷つけようと苦しめようと、目的のためなら手段は選ばない

それが、公安だ

でもな‥

公安のあり方、やり方をすべて正当化するつもりはない。

でも俺は俺なりに、公安という仕事と折り合いをつけた。

妥協したわけでも、飲み込まれたわけでもなく、自分自身の意志で。

それだけは氷川に分かってもらいたい‥なぜか、そう思った。

難波

自分1人が悪者になることで、日本国家、日本国民1億数千人の安全が守られる

それなら罵倒されようが恨まれようが、どうでもいいとは思わんか

その結果、たとえ詐欺師だ人でなしだと呼ばれても

サトコ

「!」

氷川は雷に打たれでもしたかのように、目を見開いて俺を見た。

難波

もちろん、無理に続けろとは言わん

決めるのはお前だ

辞めたいなら今、ここで言え

試すつもりではなく、本心からそう思っていた。

(氷川には未来がある。可能性がある)

(だから、それを一番発揮できる場所に自由に飛んで行け‥)

しかし俺の思いとは裏腹に、氷川は自信なさげながらも公安を続けると口にした。

(なんか頼りねぇが‥結局こいつも俺と同じなんだよな)

難波

自信のないヤツは危険だ

でも自信がありすぎるヤツは、もっと危険だ

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いつか尊敬する上司に言われたような言葉を吐いてみる。

『公安のやり方に従えないヤツは危険だが、何の疑問もなく従うヤツはもっと危険だ』

あの言葉で、俺は決めた。悩み苦しんだけれど、それでも公安で生きていくと。

サトコ

「それじゃ‥?」

難波

お前は向いてると思うぞ

公安に

サトコ

「!」

その瞬間、氷川の中で何かが吹っ切れたようだった。

サトコ

「‥やります、私」

「もう少し、何て言わずに、できるところまでやってみます」

「だから、続けさせてください!」

難波

そうか‥

なぜだか妙に嬉しくて、氷川の頭に手を置いた。

(自分でそう思えればもう、大丈夫だな)

(期待してるぞ、氷川‥)

【居酒屋】

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数日後。

俺は自分の潜入捜査のパートナーに氷川を指名した。

堅苦しいパーティーの場を離れた俺たちが、

ホッとできる場を求めてたどり着いたのは、結局いつもの居酒屋。

難波

悪いな。おっさんくさい居酒屋しか知らなくて

サトコ

「いえ、私はどこでも」

心なしか、氷川もホッとしているようだった。

(こいつ、意外と俺と好みが会うかもな)

考えながら焼き鳥を頬張っていたら、俺を見つめる氷川と目が合った。

難波

ん?なんだ、何かついてるか?

サトコ

「いえ、何でも‥」

氷川は誤魔化すように笑うが、勢いで箸を転がし、醤油ビンまで倒す。

サトコ

「あああ‥」

難波

ああ、もういいから、いいから

(ホントに危なっかしいヤツだなぁ)

俺は串をくわえたまま、さっさとテーブルを拭いた。

これ以上任せておくと、次は何を倒すか分かったもんじゃない。

難波

お前はさ、なんか目を離せないんだよな

サトコ

「え?」

心なしか、氷川の頬が赤らんだ。

難波

この感覚は‥

そうだ。我が子への愛‥だな

今まで幾度となくこみ上げてきた感情の正体。

それを口にしたら、思いのほかしっくりときた。

サトコ

「そ、それは、父親気分ってことですかっ!?」

難波

そう、まさにそれだよ

これにはさすがの氷川も愕然となったようだ。

でもそういう感情が湧いちまったんだからしょうがない。

(こういうのは、理屈じゃねぇからな‥)

疑似父親気分を満喫しながら、いつになく酒が進んだ。

ジャラリラ~ン!

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いつも通りの演歌調の目覚ましが鳴り、目が覚めた。

抱き枕から手を離し、まだ襲ってくる眠気と必死に戦う。

(抱き枕‥?俺、そんなもん持ってたか?)

サトコ

「室長、おはようございます」

難波

な、なんだ!?

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疑問を抱いたのと、女の声が聞こえたのはほぼ同時だった。

俺はとっさに何が起きたのか分からず、とにかく壁際まで飛び退った。

難波

何でひよっこがここにいんだ?

サトコ

「ひどい‥全然覚えてないんですね」

難波

すまん。まったく記憶が‥

(まさか、やっちまったのか?)

(ウソだろ‥父親気分はどこ行っちまったんだ‥)

難波

俺はまさか、お前に何か‥

サトコ

「し、してませんから大丈夫です!」

(よかった‥)

(公安の正義なんて語った後にセクハラで懲戒免職じゃシャレにもならん‥)

【リビング】

俺が焦ったりホッとしたりしている間に、氷川は朝食を準備してくれた。

テーブルに並べられた朝食は、見るからに美味そうだ。

難波

おお、うまいな

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サトコ

「本当ですか?よかった」

(誰かが自分のために飯を作ってくれるってのはいいもんだな)

難波

うん、お前は意外といい嫁になるかもしれんぞ

年若い部下にどんなコメントをすべきか迷った挙句、

かなりおっさんくさいコメントになってしまった。

でも氷川は、いたって嬉しそうだ。

サトコ

「えーそうですかねー」

「こんなんでよければいつでも作りますよ」

久しぶりに仕事絡みではない女性の笑顔に会い、俺は心が癒されるのを感じていた。

to  be  continued

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