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難波カレ目線 4話

「ズルいってことはわかってる」

【校門】

自主練で遅くなった氷川と偶然にも一緒になった帰り道。

難波

訓練に熱を上げるのは感心だが、若いんだから

それだけじゃあ、もったいないぞ?

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サトコ

「え?」

永谷の逮捕後、氷川に作ってもらった朝飯に、不覚にも抱いてしまった幸福感。

俺はずっと、その気持ちに後ろめたさを感じていた。

(俺がいくら親子気分って言ったところで、周りはそう見ちゃくれないからな)

(俺のせいで、氷川が男に縁遠くなっちまったら大変だ)

難波

後藤じゃダメなのか~?

あいつはオススメだぞ。なんせ、誠実を絵に描いたような男だからな

名前も誠二だけに‥

軽い感じで言ったつもりだが、氷川の表情は硬く強張った。

そして切なそうな目で、俺をジッと見つめてくる。

サトコ

「わ、私‥!好きな人、いますから!」

難波

そ、そうか‥

サトコ

「その人は、年上でちょっとゆるい感じなんですけど、仕事にはすごく真面目で‥」

「私に、正義を教えてくれた人なんです」

(それ、もしかして俺の事じゃねぇか‥?)

(懐いてくれてるとは思ってたけど、マジか‥)

一瞬、目の前が真っ白になった。

どうしたらいいのかと必死に考えを巡らすが、

この思いがけない展開に身も心も完全に動揺してしまっている。

難波

お前は、そいつのことをどこまで知ってるんだ?

動揺を悟られないように、ことさら厳しい表情で見返した。

難波

もし、そいつが仕事のために好きでもない女を抱くような男でも‥

好きだと言えるか?

サトコ

「そ、それは‥」

氷川の目が、頼りなげに空中をさまよう。

(こいつ、本当に純粋なんだな‥)

その様子がかわいくて滑稽で。

難波

ぷぷっ‥

サトコ

「!?」

(ちょっと脅かし過ぎちまったか‥)

(でもな、ひよっこ。悪いが、お前の好意には応えられない)

純粋すぎる氷川の気持ちを受け入れる資格は、残念ながら俺にはない。

【寮監室】

昨日は小澤先輩の命日だった。

この時期になると毎年、あの日のことを思い出して胸が締め付けられる。

俺は気を紛らわそうと、洗濯機のスイッチを入れた。

ピーピーピー

難波

ん?エラー?

また配管か?

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ついこの間、配管の不良を見てもらったばかりだというのに‥

(こんな時間じゃ、業者も呼べねぇしな‥)

ため息をついた瞬間、思い浮かんだのはアイツの顔だった。

(ちょっと、連絡してみるか)

駆けつけてきた氷川は、俺を見て一瞬ギョッとしたように固まった。

難波

サトコ

「室長‥?」

難波

ああ、悪いな。こんな時間に‥

サトコ

「いえ、嬉しいです。ご連絡いただけて‥」

難波

‥‥‥

サトコ

「あの、私にできることは‥?」

難波

‥配管の調子を見てくれないか?

サトコ

「‥え?」

難波

洗濯機が動かない

サトコ

「ああ‥そういう‥」

あからさまにがっかりした表情になりながらも、氷川はさっそく洗濯機の調子を見てくれた。

(急に呼び出したりして、何か期待させちまったか‥)

氷川の気持ちを知ったうえでこんな風にするのは、残酷だと分かっていた。

それでも、そんな氷川だからこそきっと助けてくれる‥

そう思ってしまうのは、俺の勝手な甘えだ。

サトコ

「あの‥小澤さんのこと‥」

「私でよかったら、話してもらえませんか?」

洗濯機が直ったあと、氷川は遠慮がちに聞いてきた。

難波

‥‥

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思わず、全てを話してしまいたい衝動に駆られた。

でも話せば、氷川はきっと俺の苦しみを一緒に背負おうとする。

(こいつの気持ちには応えないくせに、俺の事情にばっかり深入りさせられねぇよな)

(それに抱えてる過去なんて打ち明けられたら、誰だってその先を期待する‥)

難波

話すことなんかないさ

ただ、上司が任務中に死んだ

それだけだ‥

口に出せない想いと一緒にタバコの煙を吐き出した。

(これは、俺一人が背負ってりゃいい十字架だ‥)

(お前の大切な心と時間は、お前自身のために使ってくれ)

【寮門】

でも、胸の内を秘めていられたのはそれから数日だった。

氷川の前で鈴木とやり合った俺は、結局、氷川に小澤さんの死について打ち明けた。

サトコ

「‥室長のせいじゃ‥ないと思います」

難波

‥え?

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静かだが力強い言葉に、思わずハッとなった。

サトコ

「自分を責めてしまう室長の気持ちはよく分かります」

「でも室長は正しいことをしたんだし‥」

「小澤さんもきっと、正しいと思えることをしたんじゃないでしょうか」

「だとしたら、その正義は誰にも止められない‥」

難波

‥‥

ずっと胸の内でくすぶっていた気持ちを言い当てられたような感覚。

同じようなことを、俺は何度も何度も自分自身に言い聞かせようとした。

でも決して受け入れようとしなかった俺の心に今、

氷川の言葉が不思議なくらいすんなりと溶け込んでいく。

(もしかして俺は、ずっと待ってたのか?)

(誰かがこう言ってくれることを‥)

胸が熱くなった。

そんな俺を、氷川は穏やかに包み込むような眼差しでじっと見つめている。

(こいつの父親のつもりでいたけど、これじゃまるで俺が母さんに見守られる子どもだな)

サトコ

「すみません。私みたいなひよっこが、こんな分かったようなこと‥」

氷川はまたも、俺の心を見通したかのように言った。

サトコ

「でも私が室長なら、きっと同じことをしたと思います‥」

難波

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(こいつは本当に、俺そっくりだ‥)

そのまっすぐさが懐かしくも愛おしく、俺の心を揺さぶった。

今まで俺は、この気持ちは誰にもわからない、そう思い続けていた。

でも‥‥‥

(こいつなら、分かってくれるのかもしれないな‥)

自分で突き放したはずなのに、気持ちが氷川に寄りかかる。

自分の矛盾に戸惑うと同時に、氷川が俺の二の舞になりはしないかと、

少し気がかりでもあった。

【射撃場】

それから少しして、

最近、射撃場の入出記録に氷川の名前ばかり並んでいることに気づいた。

(もしかして、今日もいるのか?)

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覗いてみると、案の定、氷川が真剣な表情で銃を構えている。

(本当に、何に対してもまっすぐで一生懸命なヤツだな‥)

氷川の真剣な横顔が、いつになく眩しく思えた。

思わず笑みを浮かべると、氷川の撃った弾が的のほぼ真ん中を撃ち抜く。

難波

また腕を上げたみたいだな

サトコ

「室長!?」

難波

技術は確実に上がってる。これなら、いつ現場に出しても問題ないはずだ

あとはお前に、撃つ勇気さえあれば‥

しかし氷川から返ってきたのは、やはり少し自信なさげな言葉だった。

サトコ

「もしかしたら相手を殺してしまうかもしれないと思うと、足がすくんでしまって‥」

難波

‥‥

サトコ

「こんなの、刑事失格でしょうか‥」

氷川は恐る恐る俺を見上げた。

(こいつ、また『バカやろう!』って言われると思ってんな)

最初は確かにもどかしかった。

実力はあるのに‥と。

でも今は少し違う。

氷川は臆病なわけじゃない。ただ少し、優しすぎる。

氷川のことを知れば知るほど、こいつをもっと理解してやりたいと思うようになっていた。

難波

誰かを自分の手で殺してしまうかもしれない恐怖‥

それは俺たち拳銃を扱う者にとって必要な恐怖だ

だからお前は、その恐怖と一緒に歩いて行けばいいんじゃないのか?

サトコ

「室長‥」

難波

俺がちゃんと分かっててやるから

氷川の頭にそっと手を置いた。

氷川は、不思議そうに俺を見上げてくる。

その瞳があまりにあどけなく純粋で、目が離せなくなった。

(コイツの目、なんでこんなにキレイなんだ‥?)

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思わず唇を奪ってしまいそうになった俺を、携帯の着信音が止めた。

難波

(俺‥今、何をしようとした?)

to  be  continued

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