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キスしてうつして 難波 1話

振り返ると、ドアの向こうから顔を出したのは室長だった。

難波

ん?お前、まだいたのか

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サトコ

「室長!さっきはコーヒーごちそうさまでした」

難波

あんなのに礼なんて必要ないぞー。それより、帰らないのか?

サトコ

「実は、石神教官を探してるんですけど」

「このファイルが完成したので、教官に提出しようと思って」

デスクに置いてあるファイルを見ると、室長が呆れたように私の髪を撫でる。

難波

そんなファイルのために、こんなに遅くまで残ってたのか

真面目なのはいいが、いつか身を滅ぼすぞ

サトコ

「でも、自分からやらせてもらった仕事なので」

難波

‥‥‥

不意に、私の頭を撫でていた室長の手が止まる。

サトコ

「室長?」

難波

お前‥

ぐっと肩を掴まれ、真剣な表情の室長に距離を詰められる。

(え‥え!?)

そのまま、ゆっくりと顔が近づき‥

コツン、とおでこが触れ合った。

サトコ

「‥へ?」

難波

やっぱり‥熱いぞ

お前、熱あるだろ

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サトコ

「ね、熱‥?」

(そういえば、お昼過ぎくらいからずっと身体がだるくて、眩暈もする‥)

そのことを室長に告げると、難しい顔で首を傾げられた。

難波

最近、みんな風邪かインフルエンザだからな‥

そういや、お前と仲のいい奴‥えーと、なんてったっけな

埼玉‥じゃない、茨城‥?群馬だっけ?

サトコ

「室長、離れていってます。千葉さんです」

難波

そうそう、千葉なぁ

あいつも風邪で休んでるだろ

サトコ

「はい‥それに、実は今日のお昼に、他の訓練生が体調を崩して」

「保健室に連れて行ったんですけど‥かなり咳き込んでたんです」

難波

あー、そりゃうつっちゃったな

困ったように、室長が私のおでこに手を当てて熱を測る。

難波

お前はお人好しだから、放っておけない気持ちもわかるが

サトコ

「すみません‥」

難波

謝ることないだろ。別に悪いことしたわけじゃないんだし

でも、そいつがインフルじゃなきゃいいけどな

サトコ

「はい‥」

(っていうか‥私としては、さっきの『おでこコツン』の方がずっとびっくりしたんだけど‥!)

(室長、素だよね‥だからこそ心臓に悪い‥)

難波

どうした?顔が赤くなってきたぞ

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<選択してください>

 

A: 熱が上がったかも

サトコ

「ね、熱が上がったかもしれません‥」

難波

おいおい、無理するなよ

うわー、本当に熱いなコレ

室長が、両手で私の頬を包み込んだ。

(なんか、さっきからスキンシップが多い‥!嬉しいけど、なおさら熱が上がるかも‥!)

B: 室長のせいです

サトコ

「室長のせいですよ‥熱が上がったのは」

難波

ん?なんだって?

サトコ

「なんでもないです‥」

(室長におでこコツンされたから‥って言っても、絶対通じない気がする)

C: 光の加減ですよ

サトコ

「ひ、光の加減じゃないでしょうか!」

難波

そんなわけあるか。いつもと同じだろ

サトコ

「じゃあもしかして、室長の視力が下がったとか」

難波

ああ‥そういや最近、近いものが見えなくて遠いものがよく見えるな

(それって、老眼‥!?)

難波

とにかく、熱があるならこんなところでのんびりしてる場合じゃないな

帰るぞ。荷物は更衣室か?玄関で待ってるから

サトコ

「はい‥って、え?室長も帰るんですか?」

難波

ちょうど仕事もひと段落したしな

寮まで送っていくから、帰る用意してこい

サトコ

「だ、大丈夫です!一人で帰れますから」

「もう時間も遅いし、室長もお疲れですから、早く帰って‥」

難波

なんだなんだ、ひよっこに心配されるほど落ちぶれてないぞ

ほんとに真面目だな、お前は。具合が悪い時くらいは誰かに頼れ

室長の優しい言葉に首を振ることができず、結局お言葉に甘えることにした。

【校門】

学校を出て寮への帰り道を、室長と並んで歩く。

サトコ

「本当にすみません。余計な手間を増やして」

難波

あのな‥そんな真っ赤な顔した奴を、一人で帰すわけにもいかないだろ

お前は、ちょっと人に気を使いすぎだ

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サトコ

「だって‥室長、今日も忙しかったんですよね?」

「なのにわざわざ遠回りして送ってもらうなんて、申し訳なくて」

口ではそう言うものの、実は密かに嬉しいと思っているのも確かだった。

(室長が隣にいてくれると思うだけで、心があったかい)

(でも、熱が上がってきたかも‥ちょっと寒いな)

それでも、室長のあとを必死について歩く。

すると、室長が何かに気付いたように立ち止まった。

難波

今日は、腰が痛いからおぶってやれないが‥

つらいなら、抱っこしてやろうか?

サトコ

「抱っこ!?」

難波

歩くの、しんどいんだろう?

(そんな些細なことにまで、気付いてくれてたんだ‥)

身体はつらいけど、室長の気持ちが何よりも嬉しかった。

サトコ

「大丈夫です。寮まであとちょっとだし、自分で歩けますから!」

難波

そうか‥?

心なしか少し残念そうに、室長が首を傾げる。

でもそのあと、私に聞こえるか聞こえないかの声でため息をついた。

難波

ったく‥石神も、相手の顔色くらい見てから仕事回せっつーんだよなあ

部下の体調に気付いてやるのも、上司の務めだろうに

サトコ

「あの‥違うんです。そもそも、私がアンケートを持っていくのを忘れたせいで」

難波

それでも、もうちょっと、こう‥

もしこれで、お前の風邪が悪化したらと思うと‥

<選択してください>

A: すぐ治りますよ

サトコ

「大丈夫です。すぐ治りますよ」

難波

だといいがなあ‥まあ、お前たちは若いからな

俺なんかが風邪をひくと、一か月は治らないぞ

サトコ

「そんなバカな」

B: 室長も気を付けて

サトコ

「室長も気を付けてください。本当に流行ってますから」

難波

そうだよなあ。俺なんか、一番にうつるだろうし

サトコ

「でも、教官たちはみんな元気ですよね?」

難波

あいつらは若いからな。病気を跳ね返す体力もあるだろうが

今の俺がインフルエンザなんかにかかっちまったら、入院沙汰だな

サトコ

「さすがにそれは‥!」

C: 石神教官は悪くない

サトコ

「石神教官は悪くないんです。私の自己管理が甘かっただけで」

難波

まあ、石神に悪気がなかったのは分かるんだけどな

でもそんなふうに石神ばっかり庇われると、おっさん、嫉妬しちゃうぞ?

サトコ

「っ‥‥‥」

(な、なに今のかわいいの!?)

(それにしても‥室長、本当に心配してくれてるんだな)

(ふふ‥風邪はつらいけど、でも室長のおかげですごく幸せかも)

【寮 自室前】

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寮の前まで送ってくれると、室長は中に入ろうとしなかった。

サトコ

「室長、ありがとうございました」

難波

本当に大丈夫か?

サトコ

「はい。寝てればよくなると思いますから」

難波

そうか。じゃあ、お大事にな

返事をする前に、室長が私に背を向ける。

広い背中が見えなくなると、そのまま玄関のドアが閉まった。

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【自室】

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(お茶でも‥って思ったけど、風邪がうつったら大変だし、逆に迷惑だよね)

(それにしても、こんなあっさり帰っていくって‥室長らしい)

学校から寮までの短い距離だったけど、室長とふたりきりで嬉しかった。

あの背中がなくなっただけで、無性に寂しくなる。

サトコ

「って‥ダメダメ、早く寝て、風邪なんて治さなきゃ」

「風邪のせいで心が弱くなってるんだな‥気をしっかり持とう」

(そういえば、ちょっとお腹空いたな‥温かいものを食べてゆっくり寝れば、熱も下がるかも)

寝る支度を整えた後、キッチンに向かった。

【キッチン】

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冷蔵庫の中を見てみたけど、すぐに食べれそうなものが何もない。

(こういう時のために、レトルトのものとか常備しておかなきゃダメだな‥)

(でも、さすがに今からごはん作る気力はないし)

せめて温かいものを飲もうと探してみると、しょうが湯の袋が目に留まった。

それは以前、室長がくれたものだ。

(ふふ‥くしゃくしゃになってる)

(なんとなく、飲むのがもったいなくて、取っておいたんだよね)

サトコ

「だけど賞味期限もあるし、いま飲もうかな‥」

「いや、でも‥もうちょっと取っておいたほうが」

悩んでいると、部屋にインターホンの音が響き渡った。

とりあえずしょうが湯は置いて、玄関に向かう。

(こんな時間に、誰だろう‥?もしかして鳴子とかかな)

【玄関】

玄関のドアを開けると、そこには思いがけない人が立っていた。

難波

おっ、起きてたか

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サトコ

「室長!?どうして‥帰ったんじゃなかったんですか?」

難波

いやあ、まだ帰るつもりはなかったんだけどな

でも、お前が寝てたらこれだけ置いて帰ろうと思ってた

そう言って、室長が持っていたビニール袋を掲げて見せてくれる。

サトコ

「それは‥」

難波

色々買ってきたんだ。ちょっと邪魔するぞ

サトコ

「あ、はい‥」

玄関に突っ立ったまま、室長が部屋に入っていくのをぼんやりと見つめる。

でもようやく我に返り、見慣れたその背中を二度見した。

(‥え!?室長が、うちに!?)

(な、なんでこんなことに‥状況についていけない!)

混乱する頭で、慌てて室長を追いかけた。

to  be  continued

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