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キスしてうつして 難波 2話

風邪を引いた夜、室長が私の部屋を訪れた。

(なんか、この状況に頭がついていかない‥)

(ほ、本当に室長だよね‥幻じゃないよね‥?)

難波

ところで、なんか腹に入れたか?

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サトコ

「え?いえ、何も‥でも、前に室長に貰ったしょうが湯を飲もうと思ってました」

難波

そうか‥わかった。とりあえず、お前は寝とけ

頭を優しく撫でられて、さっきまでの寂しさが消えていく。

だからと言って、素直にうなずくことはできなかった。

サトコ

「私は大丈夫ですから‥あまり一緒にいると、風邪がうつるかもしれないし」

難波

そんなヤワじゃないぞ。まあ、うつったら今のお前より悪化するかもしれんけどな

とにかく、これは室長命令だ。お前が今やるべきは、すみやかに布団に入ること

サトコ

「そ、そんな」

(甘えちゃっていいのかな‥だけどいくら風邪ひいたからって、室長を置いて寝るなんて‥)

迷いながら、なんとなく室長が持ってきたビニール袋を見る。

中には、どうやら栄養ドリンクなどが入っているらしい。

(私のために、わざわざ買ってきてくれたんだ)

室長の存在のお陰で安心したせいか、嬉しくてつい口元が緩んだ。

難波

おーい、ひよっこ。聞こえてるか?

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サトコ

「えっ?あ、はい!」

難波

とにかくそういうわけで、お前はベッド行きだ

背中を押されて、ベッドの方へと追いやられる。

少し迷ったけど、室長に甘えることにしてベッドに潜り込んだ。

(まさか、室長が来てくれるなんて思わなかったな‥)

(でもさっきよりも熱が上がったかも‥ちょっとクラクラする)

目を閉じると、キッチンの方から微かに音が聞こえて来た。

(食器の音‥?もしかして、室長が何か作ってくれてる?)

(家の中に、室長がいる‥それだけで、こんなに安心できて幸せな気持ちになれるんだ‥)

熱と疲れのせいで瞼が重くなり、そのまま意識を失うように眠りについた。

優しい手の温もりを感じて、薄らと目を開ける。

目の前に室長の顔があり、ゆっくりと私の髪を撫でていた。

サトコ

「しつ、ちょう‥?」

難波

目が覚めたか?

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(どうして、室長がここに‥?)

(あ‥そうだ、私‥風邪ひいて熱を出して、室長が看病に来てくれて‥)

サトコ

「すみません‥私、寝てたんですね」

難波

具合悪い時は、寝て身体を休めるのが一番だからな

サトコ

「でも、室長が来てくれてるのに寝ちゃうなんて」

慌てて身を起こそうとすると、室長に止められた。

難波

おいおい、無理するなよ。ゆっくりでいい

お粥あるけど、食えそうか?

サトコ

「えっ?もしかして室長が作ってくれたんですか?」

難波

もちろんだぞ。レトルトじゃないからな

どうする?薬も飲まなきゃならんから、食えるなら食った方がいいんだが

(室長が作ってくれたお粥かぁ‥)

<選択してください>

A: いただきます

サトコ

「もちろんいただきます!」

難波

腹を壊すほどひどくないから、安心しろ

サトコ

「だ、大丈夫です‥室長のこと信じてますから‥」

難波

不味かったらすまん

(でも、室長が作ってくれたものならきっと美味しいだろうな)

B: 食べたいと思ってた

サトコ

「実は、食べたいと思ってたんです!」

難波

ん?お粥をか?そんなに腹減ってたのか

サトコ

「そうじゃなくて‥」

(室長の手料理を、って意味だったんだけど‥恥ずかしいから内緒にしておこう)

C: 味の保証は?

サトコ

「ちなみに、味の保証は‥」

難波

ない!

サトコ

「そんな自信満々に‥」

難波

味見はしたんだけどなー。お前とは味覚が違うかもしれないだろ?

(でも、室長の手料理なんて初めてだし‥楽しみだな)

室長がキッチンから持ってきてくれたお粥は、一人用の土鍋に入っていた。

難波

食器、勝手に借りたぞ

熱いから気をつけろよ

サトコ

「はい。ありがとうございます」

鍋のフタを開けると、湯気と共に美味しそうな香りが漂ってきた。

サトコ

「わあ‥本当にお粥ですね」

難波

なんだと思ってたんだ

大丈夫か?ちゃんとフーフーしろよ

サトコ

「‥フーフー?」

(もしかして、子ども扱いされてる?)

(でも、熱があるせいかな‥それが今は、心地いい)

甲斐甲斐しく世話を焼いてくれる室長を、満たされたような気持ちで眺める。

私の視線に気付いたのか、室長がレンゲを持ってお粥を掬い取った。

難波

そうか、熱くて食えないだな

サトコ

「あ、いえ‥あの」

難波

ちょっと待ってろ

フーッと、室長が何度かお粥に息を吹きかけて冷ましてくれる。

そしてそれを、私の前に差し出した。

難波

ほら、冷めたぞ

サトコ

「は、はい‥ありがとうございます」

なんだか妙に恥ずかしくなりながらレンゲを受け取ろうとすると、室長がそれを制した。

難波

食べさせてやるから、あーんしろ

サトコ

「え!?」

難波

体調悪い時は、甘えろって言ってるだろ?

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(いや、でもっ‥甘える以前に、て、照れる!)

でも、室長は譲ってくれそうにない。

恥ずかしさを堪えて、小さく口を開いた。

サトコ

「あ、あーん‥」

難波

よしよし

口の中に、お粥の優しい味が広がる。

程よい塩加減で、弱った身体に染み渡った。

サトコ

「すごく美味しいです‥」

難波

お粥くらいで、そんなにしみじみするなよ

このくらい、いつでも作ってやるから

サトコ

「室長って、料理上手なんですね」

難波

このくらい、誰でもできるだろ。まあ、自分が風邪ひいたらコンビニ弁当で済ませちがうが

ほら、もう一口

結局、勧められるままお粥を完食した。

サトコ

「ごちそうさまでした‥これで元気が出そうです!」

難波

まだ終わりじゃないぞ。ほら、これを飲め

室長が、今度はマグカップを持ってきてくれる。

中には、甘い香りのする、とろみのついた飲み物が入っていた。

サトコ

「これ‥もしかして、卵酒ですか?」

難波

ああ。砂糖も入ってるから飲みやすいぞ

昔の卵酒ってのは、生臭くてイマイチだったけどな

サトコ

「私、卵酒を飲むのは初めてです‥!いただきます」

一口飲むと、ふわふわの泡が口の中で溶ける。

味は、まるでプリンのようだ。

サトコ

「美味しいです‥!」

難波

やっぱり、風邪には卵酒が一番だろ

サトコ

「ふふ‥室長らしいです」

難波

よし。あとは、薬を飲んでゆっくり寝ろ

ベッドに横になると、室長が布団をかけ直してくれる。

布団の上からぽんぽんと優しく叩かれたけど、なんだか急に寂しくなった。

(もう、帰っちゃうのかな‥)

(あと少しだけ、一緒にいて欲しい‥)

サトコ

「室長‥」

難波

どうした?

サトコ

「ずっと、傍にいてくださいね‥」

熱で弱っているせいか、普段なら我慢する本音がぽろりとこぼれる。

一瞬、室長が大きく目を見張って私を見たのが分かった。

難波

はあ‥お前は‥ひよっこだからって油断できんな

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サトコ

「え?」

難波

なんでもない。ちゃんといるから、安心して寝ろ

ベッドのわきに座ると、室長がまた優しく髪を撫でてくれる。

大好きなその感傷に身を任せていると、次第に意識が朦朧としてきた。

(お粥と卵酒で、身体が温まったせいかな‥それとも、薬かな)

(どっちでもいい‥室長が、傍にいてくれるなら‥)

完全に眠りに落ちる直前、室長が微かに動いた気がした。

(でも、目が開かない‥)

(室長、帰らないで‥)

難波

‥早く治せよ

耳元で声が聞こえた後、唇に柔らかい感触が落ちてくる。

それを合図に、私の意識は眠りの中へ落ちていった。

翌朝、目を覚ますとすっかり体調は良くなっていた。

(頭もはっきりしてるし、気分もいい‥室長が看病してくれたおかげかも)

(‥ん?室長!?)

勢いよく起き上ると、室長はベッドわきでベッドに突っ伏すように眠っていた。

その寝顔を見て、一気に安堵が胸に広がる。

(つい、帰らないで、なんて言っちゃったけど‥本当にずっと一緒にいてくれたんだ)

(嬉しいけど、なんだか悪いことしちゃったな)

サトコ

「室長、起きてください。引き留めてしまってすみません」

難波

ん‥?サトコ、具合はどうだ‥?

開口一番そう聞いてくれる室長に笑いながら、大きくうなずく。

サトコ

「もうすっかり良くなりました。室長のおかげです!」

難波

そうかそうか。そりゃよかった

‥ハックション!

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大きなくしゃみに室長を見上げると、鼻をすするその頬が少し赤い。

サトコ

「‥室長」

難波

なんかちょっと寒くないか?シャツで寝たせいかなー

サトコ

「ま、まさか‥」

慌てて室長のおでこに手を当てると、明らかに熱かった。

サトコ

「私の風邪、うつっちゃったんですか‥!?」

難波

そうらしいな

サトコ

「すみません!私が昨日、『帰らないで』なんて言っちゃったから‥」

難波

今度はお前が看病する番だな。ひよっこ

<選択してください>

A: もちろんです

サトコ

「もちろんです!責任を持って、室長が治るまで看病しますから!」

難波

よし、頼んだぞ

サトコ

「じゃあとにかく、ベッドに横になって‥」

B: 何をしたらいいですか?

サトコ

「分かりました!まずは何をしたらいいですか!?」

「お腹空いてませんか?薬飲まないと‥あ、でもその前に飲み物を」

難波

おいおい、落ち着け

こういう時は、まずはゆっくり身体を休めないとな

C: 私にうつしてください

サトコ

「いっそのこと、私にうつしてください」

難波

お前からもらった風邪をお前にうつしたら、意味ないだろ

サトコ

「でも元々は私の風邪ですから、私が責任を持って引き取ります!」

難波

強情だな。まあ、それもお前のいいところだが

でも、うつし合いするよりもっといい方法があるぞ

サトコ

「いい方法‥?」

ごろんとベッドに横になると、そこに座っていた私を布団ごと、室長が抱きしめる。

サトコ

「な!?」

難波

あー、やっぱりお前の体温は気持ちいいな

ふたりでずっとこうしてたら、風邪なんて治りそうだな

サトコ

「し、室長‥!」

もう熱は下がってるはずなのに、室長の煙草の香りに頬が火照る。

私が風邪をうつしてしまったことを、室長はまったく気にした様子がない。

(室長に迷惑かけちゃったけど‥たくさん甘やかしてもらって、いつも以上に元気が出たかも)

(お返しに、今度は私が看病を頑張らなきゃ)

室長の温もりを感じて、改めて幸せな気持ちに浸る朝だった。

Happy  End

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