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続編 難波2話

【教官室】

教官室では、黒澤さんが赤い表紙の台紙を手に盛り上がっていた。

黒澤

これはすごい‥まさに美人過ぎる研究者ってやつですね!

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(誰の話をしてるんだろう‥?)

後藤

なんだ、お見合いか?

サトコ

「お、お見合い!?」

(って、黒澤さんが‥?)

黒澤

そうなんですけど、お相手がすごすぎてどうしたものかと‥

何しろ、科学警察研究所では才色兼備としてかなり有名な方らしいですから

颯馬

薬物研究にかけては彼女の右に出る人はまずいないでしょうね

後藤

それはすごいな

後藤教官は感心しながら、室長を探しに奥へ行ってしまう。

東雲

後は透の腕次第だね

上手くやってきなよ

黒澤

そんな‥オレにできるでしょうか‥

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黒澤さんは自信なさげに赤表紙のお見合い写真を抱きしめている。

(お相手がそんなにすごい女性じゃ、緊張するよね)

(黒澤さん、頑張って!)

心の中でエールを送っていると、後藤教官が戻ってきた。

後藤

室長は今日、予定が立て込んでいるらしい

報告はまたにして、2人で明日の動きを確認しよう

サトコ

「はい」

後藤教官の後を追うようにして、後藤教官の部屋に入る。

真剣に打ち合わせをしているうちに、黒澤さんのお見合いのことなどすっかり頭から消えてしまった。

【病院】

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翌日。

私と後藤教官は、潜入捜査でつかんだ情報を元にリストアップした保護者たちを訪ねた。

後藤

そうですか‥それじゃ、お宅の子もウチの子と同じなんですね

保護者A

「びっくりです。今までなかなか同じ病気で悩んでいる人がいなくて」

「誰かと悩みを共有することもできなかったものですから」

サトコ

「私たちもです」

保護者A

「これからはお互い、色々とお話ししましょうね」

後藤

それはありがたいです。私も仕事が忙しくて、なかなか妻の話を聞いてやれず

最近1人で抱え込んでふさぎ込みがちだったものですから

保護者A

「それは大変ですね‥」

サトコ

「気分がどうにも落ち込むときって、どうすればいいんでしょうね?」

保護者A

「そういえば、なんかいい精神安定剤みたいなのがあるって聞いたんですけど‥」

サトコ

「!」

後藤

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私たちは、相手に気付かれないようにそっと目配せを交わした。

サトコ

「それは、どこで手に入るんでしょう?」

保護者A

「さあ、そこまでは‥今度聞いたらお教えしますね」

後藤

よろしくお願いします。妻の気持ちが落ち着けば、私も安心ですから

【病室】

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それから数人と同じような話を繰り返し、ようやく1人の保護者にたどり着いた。

サトコ

「じゃあ、実際にその薬を買われたんですか?」

保護者B

「ま、まあ‥」

後藤

やはり、効くんでしょうね?

保護者B

「それはもう‥ふさぎ込んでいた気分が一気に上向きになって、ビックリしました」

サトコ

「羨ましいです。私もそんな風になれたら、どんなに救われるか‥」

後藤

妻は、時々自分が死んでしまいたいなんて言い出すんですよ

このままだと本当に死んでしまうのではないかと、おちおち仕事にも出られません

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保護者B

「それは大変ですね‥でも、気持ちは分かりますよ、奥さん」

サトコ

「そのお薬は、どこに売ってるんでしょう?」

「私‥なんとか頑張りたいんです」

「病気の子どもと、外で働く夫に心配をかけずに済むように‥」

保護者B

「奥さん‥本当にお辛いんですね。分かりました。私が何とか連絡を取ってみますよ」

サトコ

「本当ですか?」

後藤

ありがとうございます。何とお礼を言ったらいいか‥

保護者B

「こういう時はお互い様ですから」

サトコ

「ありがとうございます!」

私は感激を装って母親の方に抱きついた。

そしてそっと、肩についていた抜け毛を採取する。

サトコ

「それでは、くれぐれもよろしくお願いします」

【入り口】

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一礼して保護者と別れると、後藤教官はポケットから透明な小袋を取り出した。

後藤

うまく取れたか?

サトコ

「はい。一応3本取っておきました」

後藤

よくやった。これを分析してもらえば、薬物の種類が特定できる

場合によっては、そこから流通経路や製造者も絞り込めるかもしれない

サトコ

「そうですね。でもこれって、本来は麻薬取締官の仕事じゃないんですか?」

1つの任務を無事に終えた安心感もあり、私は疑問に思っていたことを口にした。

後藤

もっともな疑問だが、今回はそもそも、公安が探っていた組織に関わる事件だ

今は麻薬が表立って見えているが、それだけで終わるかどうか‥

サトコ

「どういうことですか?」

後藤

室長や幹部連中は、バックの組織がかなり大きかった場合を考えているんだろう

そうなると、麻薬取引はただの氷山の一角かもしれないということだ

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サトコ

「氷山の一角‥」

後藤

もちろん麻取も動いているが‥

麻取に先を越されたらウチの捜査は台無しだ

‥室長もそれを懸念している。失敗は許されない

(そうなんだ‥それなら、何としても私たちが売人の尻尾をつかまないと‥!)

【帰り道】

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後藤教官と別れての帰り道。

緊張が解けたら、無性に室長に会いたくなってきた。

(でも、今日は仕事が立て込んでるって言ってたしな‥)

迷いながらも、スマホを取り出した。

<選択してください>

A: メッセージする

(メッセージくらいならいいよね?)

『お疲れ様です。今はお忙しいですか?そろそろ室長に会いたいで‥』

メッセージを打っていると、LIDEにメッセージが入った。

B: はやり止める

(メッセージくらいならいいよね?)

(でもやっぱり、我慢した方がいいかな‥)

迷っていると、LIDEにメッセージが入った。

C: 電話してみる

(メッセージしてみようかな‥)

(でも、どうせならちょっとだけでも声が聞きたいような‥)

サトコ

「えいっ」

思い切って発信ボタンを押そうとしたその時、LIDEにメッセージが入った。

サトコ

「室長からだ!」

でも、送られてきたのはスタンプだけ。

サトコ

「ビーチパラソルに、プレゼントに、手‥?」

「何、これ‥?」

(もしかして、この件が片付いたらビーチリゾートに旅行をしようってこと!?)

サトコ

「したい‥です!」

勢い込んで返事をしようとしたら、今度はちゃんと文章が送られてきた。

『さっきの、今週末、宅配便の受け取りよろしくって意味な』

サトコ

「え‥‥‥そんなぁ‥」

「微妙にずれてて室長らしいけど‥」

ちょっと残念に思いながらも、心がほんわかと温かくなった。

【難波 マンション】

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その週末は、お昼過ぎに室長のマンションに向かった。

(今日は何を作ってあげようかな‥できれば、室長の食べたいものを作ってあげたいけど‥)

久しぶりのゆっくりとした休日の過ごし方をあれこれと考えながら、合鍵を取り出した。

(合鍵って、何度使ってもドキドキするよね)

【リビング】

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ピンポーン!

部屋に入った瞬間、玄関のチャイムが鳴った。

サトコ

「はーい、氷川‥いえ、難波です」

宅配業者

「難波仁さま宛ての宅配便をお持ちしました」

サトコ

「今開けますね」

(『難波です』なんて言っちゃった‥)

(ますます新婚さんぽくてワクワクしちゃうな)

荷物を受け取り、リビングに戻る。

窓を開けると、明るい陽射しと涼やかな風が吹き込んできた。

サトコ

「うーん、いい天気!いい空気!」

思いきり伸びをしてから、明るくなった部屋をしみじみ見渡す。

珍しいことに、ソファの上にパジャマが脱ぎ捨てられたままになっていた。

サトコ

「あれ?」

(今朝は寝坊でもしたのかな?)

【洗面所】

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慌てる室長の姿を思い浮かべながらパジャマを洗面所に運ぶと、こんもりと洗濯物が溜まっていた。

サトコ

「うわ‥」

(あの室長が大好きな洗濯もできなかったなんて、相当忙しかったんだな‥)

サトコ

「いい天気だし、私が代わりに‥」

難波

ただいま~

サトコ

「室長!?」

慌てて洗面所から顔を出す。

サトコ

「おかえりなさい!」

難波

ただいま。悪かったな、荷物

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サトコ

「いえ、これくらいのこと、いくらでもやっときますよ」

難波

で?こんな小部屋でかくれんぼでもしてたのか?

室長は子どものいたずらでも見つけたような顔で、興味津々に中を覗いた。

サトコ

「かくれんぼじゃありませんよ。洗濯をしようかと思ったんです」

難波

おお、そうだった。俺もずっと気になってたんだよ

サトコ

「じゃあ、やっちゃいますね」

手早く洗剤と柔軟剤を取出し、

洗濯機のコース設定をする私を見て、室長は感心したようにちょっと唸った。

難波

お前‥完璧だな。俺の洗濯レシピ

サトコ

「沖縄で鍛えましたから」

難波

そうかそうか‥

室長は満足げに私の頭をガシガシ撫でると、スタートボタンを押そうとした私の手を止めた。

難波

待て。お前は何か洗わなくていいのか?

サトコ

「私‥ですか?大丈夫です。家で洗いますから」

難波

そう言わずに、何か洗えって

好きだろ?俺と同じ匂い

サトコ

「!そ、それは、まあ‥」

恥ずかしさに俯けた顔を、室長はからかうように覗き込んだ。

難波

照れちゃって、かわいいねぇ

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サトコ

「それじゃ、これを‥」

ポケットからハンカチを取り出すと、室長は嬉しそうに洗濯機に投げ込んだ。

難波

よし、準備はいいか?

サトコ

「じゅ、準備って何のですか?」

難波

最初の共同作業だよ

サトコ

「最初の共同作業!?」

難波

いいから、行くぞ

訳が分からないうちに手を取られ、一緒に洗濯機のスタートボタンを押す。

(最初の共同作業なんて、なんか結婚式みたい‥!)

ピ~ピラリ~ラリラ~

難波

‥これでよし

いや~さすがにこの小部屋に2人はあちぃな

室長は満足げに頷くと、パタパタと手で仰ぎながらベランダへと出て行った。

【リビング】

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ベランダで気持ちよさそうに煙草を吸う室長の姿を眺めながら、

私もしばらくソファにのんびりと沈んでみる。

(そうだ、コーヒーでも淹れよう‥!)

思い立って立ち上がった時‥‥

ドサッ

サトコ

「ああっ!」

サイドテーブルに積み上げてあった郵便物や書類を床にばらまいてしまった。

サトコ

「絶妙なバランスで積んであるから気をつけなきゃって思ってたのに‥」

落ちた書類を拾い集めていると、見覚えのある赤表紙が姿を現した。

サトコ

「あれ?これって、確か‥」

後藤

なんだ、お見合いか?

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黒澤

そうなんですけど、お相手がすごすぎてどうしたものかと‥

(なんで、黒澤さんのお見合い写真がここに‥?)

不思議に思いながら手に取った瞬間、間に挟まっていた封書が滑り落ちた。

『釣書 難波仁様』の文字に、目が釘付けになる。

(室長宛ての釣書‥ってことは、このお見合い写真は室長宛て!?)

難波

あ~生き返った‥

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室長がベランダから戻ってきて、私は慌てて写真を元の場所に積み上げ直した。

(写真があるってことは、お見合いを受けたってことなのかな‥)

心の中がもやもやして、さっきまでの楽しい新婚気分も吹き飛んでしまう。

難波

おい、どうした?

サトコ

「え‥?」

難波

なんか、ボーっとしてねぇか?

サトコ

「そ、そうですか?いいお天気だから、のんびりしちゃってるんですかね‥」

難波

まあ、それはわからんでもない

サトコ

「あ、あの‥最近、何か変わったこととかなかったですか?」

思い切って言ってみると、室長はポカンとした表情で私を見た。

難波

変わったこと?例えば?

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サトコ

「それは‥」

(どうしよう‥でも心配してるくらいなら、ちゃんと聞いてみた方がいいよね‥)

<選択してください>

A: ズバリ聞く

サトコ

「おみ‥」

勢い込んでそこまで言ったものの、先が続かない。

難波

おみ?

サトコ

「お、お見舞いに行った、とか‥」

難波

見舞い?誰のだ?

サトコ

「い、いえ!この間、後藤教官と行った病院で室長にそっくりな人を見かけたので」

難波

それは‥別人だな

サトコ

「ですよね」

(ダメだ‥やっぱり聞けないよ‥)

B: 遠回しに聞く

サトコ

「科学警察研究所から連絡がきた、とか‥」

(遠回しに聞こうとしたつもりだけど、これって結構直接的‥?)

難波

ああ、それなら来たな

サトコ

「え!?本当ですか?」

難波

お前と後藤が依頼した毛髪の件だろ?

もう少し時間がかかるから待ってくれって話だった

サトコ

「そ、そうですか」

(びっくりした‥もう話が進んじゃってるのかと思った‥)

C: やはり誤魔化す

サトコ

「ええと‥いえ、その、別に‥何というわけでは‥」

結局どう切り出したらいいか分からなくて、なんとなく誤魔化してしまった。

難波

なんだそりゃ

まあ、ねぇけどな。変わったことなんて

サトコ

「そう‥ですか」

難波

(なんかものすごく中途半端になっちゃった。完全に怪しまれてるよね‥)

サトコ

「そ、そうだ!それより、晩御飯は何がいいですか?」

難波

何でもいいぞ~。お?

室長は優しく微笑むと、鳴り出したスマホを持って寝室に入って行ってしまう。

(何でもいい、か‥)

いつもだったら何でもない一言。

しかし今はその何でもない一言をきっかけに、

気付かないようにしていた不安が溢れだしてしまう。

(室長って、自分の気持ちはあんまり言ってくれないよね。行きたい場所も、食べたいものも‥)

(どこへ行っても、何を食べても嬉しそうにしてるから、本当は何が好きなのか全然分からない)

(呼び方もあれ以来何とも言ってこないし‥大人だから、私に合わせてくれてるだけ?)

(それとも、私のすることにそこまで興味ないだけだったりして‥)

ひとしきり考えた末に、まだ室長のことが分かっていない自分に切なさが込み上げる。

(お見合いのこと、やっぱりちゃんと聞いておけばよかったな‥)

室長の残していったほのかな煙草の香りが、私の胸にほろ苦く染み渡っていった。

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