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続編 難波3話

【病院】

今日は、先日知り合った保護者から、薬を売ってくれる人を紹介してもらえる手はずになっていた。

後藤

いいか?何度も言うが、売人が現れても決して深追いしようとはするな

今日はあくまでも繋ぎを付けられればそれでいい

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サトコ

「はい」

(焦りは禁物。一歩一歩‥だよね)

講義で習ったことを改めて自分に言い聞かせる。

後藤

どうしたらいいか分からなくなったら、アンタは悲壮感を漂わせて俯いてろ

後は俺がどうにかする

サトコ

「分かりました」

頷いた目線の先に、あの保護者の姿が見えた。

保護者

「後藤さん!」

サトコ

「どうも、先日は‥」

後藤

この度はご連絡いただきありがとうございました

保護者

「それが‥相手の方から今さっき連絡がありまして、今日は来られない、と」

サトコ

「え‥」

(そんな‥)

後藤

そうですか‥

保護者

「急なことで、すみません。また改めてあちらから連絡をくれるということなので」

後藤

分かりました。残念ですが、次の連絡を待つことにします

保護者は申し訳なさそうに頭を下げると、病室に姿を消した。

サトコ

「こんな急に、どういうことでしょう?まさか、私たちの素性がバレたとか‥」

後藤

それは分からないが、今この瞬間にも、どこかから俺たちのことを見ている可能性はある

サトコ

「え!?」

後藤

振り返るな

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思わず辺りを見回そうとした私に、後藤教官の低くて鋭い声が飛んだ。

後藤

相手もプロの売人だ

こちらがどんな目的で薬を欲しがっているか、見極めもせず動くことはないだろう

サトコ

「それじゃ、今日は最初から私たちの様子を確認するだけのつもりだったってことですか?」

後藤

お互い、簡単に身元が割れては困る者同士‥しばらくは警戒合戦てとこだな

サトコ

「そんな‥ここまで順調だと思っていたのに‥」

悔しくて拳を握りしめた私を、後藤教官は優しく抱きしめた。

サトコ

「!」

後藤

こんなもんだ

そう簡単に尻尾を出すような相手なら、わざわざ潜入捜査なんてしない

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(そうかもしれないけど‥)

後藤

‥一旦落ち着け、氷川

思わず露わになってしまった “刑事の私” を隠すように抱きしめてくれた後藤教官。

私を慰める後藤教官の姿は、

傍から見たらきっと、気落ちした妻を優しく励ます夫の姿に見えていたに違いない。

【難波 マンション】

その日。

私は潜入先からまっすぐ室長の部屋に向かった。

難波

なんだ‥興奮冷めやらずって感じだな

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私の顔を見るなり、室長はおかしそうに笑う。

難波

そんなに鼻息荒げちゃって、どうかしたのか?

<選択してください>

A: 悔しくて

サトコ

「悔しくて‥」

難波

?‥何かあったのか?

サトコ

「今日、薬の売人に会えるはずだったのに‥」

「直前になって、すっぽかされたんです」

難波

そうか‥まあ、そんなこともある

B: どうしたらいいのか

サトコ

「どうしたらいいのか‥」

難波

?‥何かあったのか?

サトコ

「薬の売人の件です。今日、会えるはずだったのにすっぽかされてしまって‥」

「何か別の策を考えないと‥」

難波

‥‥‥

C: 別に

サトコ

「別に‥」

難波

おいおい‥別にって顔じゃないぞ

サトコ

「‥‥‥」

難波

俺には言えないことか?

サトコ

「そいうわけじゃ‥」

(でも仕事のことだし、家にまで持ち込むのは良くないよね)

難波

いいから言ってみろ

解決にはならないかもしれんが、聞くだけは聞いてやる

サトコ

「薬の売人の件です。会えるはずだったのに、すっぽかされてしまって‥」

難波

そういうことか

サトコ

「後藤教官にはしばらく待つように言われましたけど」

「ただ時を待っているだけじゃ、もどかしくて‥」

「もちろん、潜入捜査にはそういう時間も大切だってことは分かっています。でも‥」

難波

‥‥‥

一度話し出したら、堰を切ったように捜査に対する想いが溢れだしてしまった。

そんな私を、室長は黙ってじっと見つめている。

サトコ

「もしも今日、売人が私たちの素性を怪しんだとしたら」

「もう接触してこない可能性もあるわけですよね?」

難波

‥‥‥

サトコ

「だとしたら、やはりこちらからもう一歩踏み込む手段を考えておかないと」

「みすみす売人を取り逃がすことになりかねません」

「せめて今日、売人の顔だけでも見られていれば‥」

再び悔しさが込み上げてきて、私は唇を噛み締めた。

難波

ちょっと出るか

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サトコ

「え?」

いつの間にか室長は、鍵を手に立ち上がっていた。

サトコ

「出るって、どこへですか?」

難波

いいから来い

室長は私の腕をつかむと、半ば強引に外に連れ出した。

【河川敷】

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サトコ

「ここは‥」

室長が連れてきてくれたのは、いつかシロツメクサの指輪をプレゼントしてくれた河川敷だった。

難波

いい天気じゃねぇか‥

言うなり、室長はゴロンと草むらに寝転んで空を見上げる。

難波

ほら、見てみろよ。あの雲、ひよっこみたいだぞ

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サトコ

「‥‥‥」

室長の指差すままに空を見上げると、確かにヒヨコみたいな形の雲が3つ漂っている。

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サトコ

「本当だ‥」

難波

だろ?

サトコ

「なんか、ピヨピヨしてますね」

可愛らしい声まで聞こえてきそうな気がして、思わず微笑んだ。

難波

ようやく笑ったな

サトコ

「え‥?」

(そういえば私、ずっと怖い顔してたかも‥)

難波

ほら、もっと笑え

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緊張続きですっかり強張ってしまった私の頬を、室長は笑いながら揉みほぐす。

サトコ

「い、痛いれす‥」

難波

痛いくらいが効いてる証拠だ

困ったときほど笑えってな。俺のばあちゃんがよく言ってたぞ

(困ったときほど、か‥)

難波

笑顔で見れば、ただの雲もひよっこに見えたりするもんだ

いつもと違う気持ちで見ると、見えるもんも変わるってもんだろ

サトコ

「‥‥‥」

(それってつまり、物事の見方を変えてみろってことだよね)

(一つのことにこだわって、必要以上に思いつめるなってことかな)

多くは語らないけれど、室長が私のことを気遣ってくれているのがよく分かった。

サトコ

「‥ありがとうございます」

難波

ん?俺いま、礼を言われるようなこと言ったか?

サトコ

「言いましたよ。すごく」

難波

そうかぁ?まあ、たまには休まねぇと、すぐに老け込んじまうからな~

室長はこれ以上ないくらい顔をくしゃくしゃにしてみせた。

(かっこいいこと言ったかと思うと、すぐにはぐらかすんだから‥)

室長の優しさが胸にしみて、温かい気持ちが広がっていく。

サトコ

「ふふっ‥変な顔‥」

難波

変な顔って‥

おっさんでも軽くショックだぞ

サトコ

「変じゃないですよ。普通にしていれば」

分かりやすく落ち込んだ室長をなだめながら、

いつの間にか気持ちの焦りが氷解していることに気付いた。

(室長のお陰だな‥折角だから、今日はもう仕事のことは忘れて‥)

穏やかな気持ちで室長に向き直った時、室長の足元にボールが転がってきた。

難波

ん?なんだ?

???

「わぁ、あったー!!」

声と共に走り寄ってきたのは、6歳くらいの小さな男の子だった。

サトコ

「このボール、ボクのなの?」

男の子

「うん!」

難波

ほれ、持ってけ

男の子

「ありがとう。おじさん」

男の子は室長が差し出したボールを笑顔で受け取ると、しみじみと室長を眺めた。

男の子

「おじさん、おっきいね」

難波

‥そうか?別に普通だと思うぞ?

男の子

「うっそだぁ。立ってみてよ」

難波

‥‥‥

男の子にねだられて、室長は戸惑ったように私を見た。

サトコ

「じゃあ、背比べしようっか。ほら室長、立ってください」

難波

‥俺も?

サトコ

「俺も、じゃなくて、俺が立つんです」

男の子

「早く、早くっ!」

難波

‥‥‥

男の子に手を引っ張られ、室長は仕方なさそうに立ち上がる。

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男の子

「わあ、やっぱり大きい!」

難波

‥俺が大きいんじゃなくて、お前が小さいんじゃないか?

男の子

「ボクもおじさんになったら、こんなに大きくなれるかな?」

難波

おじさんにならなくてもな、大人になればデカくなれる

男の子

「そうなの!?」

難波

そうだよ

面倒くさそうにしながらも一生懸命に子どもの相手をする室長の姿が微笑ましい。

(室長って、あんまり子どもの扱いには慣れてないよね‥)

男の子

「ねえ、肩車してよ」

難波

肩車!?な、なんでだよ

男の子

「だって、肩車したらおじさんより大きくなれるでしょ」

難波

そんなの、肩車なんてしなくても10年待ちゃいいだけの話だ

男の子

「やだ。今なりたい!」

難波

いいから、楽しみは先々に取っておけって

男の子

「やだ、やだ、やだ‥」

男の子は駄々をこねるように室長の足にまとわりついた。

室長はどうしていいか分からず、おろおろしている。

難波

‥しょうがないな

ほら、こい

男の子

「わーい!」

しゃがんだ室長の肩に男の子がまたがると、室長は勢いよく立ち上がった。

男の子

「すごい!高い!高い!」

難波

こうなったらグルグル回ってやる。落ちるなよ!

回り始めた室長は、まんざらでもなく楽しそうだ。

サトコ

「なんだかんだ言って、自分も楽しんじゃってるし‥」

(室長、いいお父さんになりそうだな‥)

ふと思ってから、ドキッとした。

(私ったら、何を想像してるんだろう‥)

火照った顔を見られたくなくて、背を向けていると、

ようやく男の子から解放された室長が戻ってきた。

難波

さすがに疲れるな。子どもの相手は‥

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サトコ

「‥ですよね。お疲れ様でした」

難波

これが女の子だと少しは違うのかねぇ?

でも、お前に似たらおてんばか

<選択してください>

A: え?

サトコ

「え?そ、そんなこと‥」

(私に似たらって、私たちの子ってことだよね!?)

戸惑う私に気付いているのかいないのか、

B: そんなことありません

サトコ

「そんなことありませんよ。これでも私、小さい頃は人見知りだったんですから」

言ってしまってから、ふと思った。

(私に似たらって、私たちの子ってこと!?)

難波

人見知りねぇ

今のお前からじゃ想像できねぇけどな

慌てる私に気付いているのかいないのか、

C: 室長に似てもおてんばです

サトコ

「室長に似たっておてんばですよ!」

言ってしまってから、ふと思った。

(ちょっと待って‥なんか当然のように話してるけど、これって私たちの子ってことだよね)

難波

そうかぁ?

慌てる私に気付いているのかいないのか、

室長は走り去っていく男の子の姿を笑いながら見送っている。

(そんな日が来ればいいけど、今はまだ、想像するのも恥ずかしいな‥)

【こどもの太陽】

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週明け。

私は室長の助言を思い出し、少し視点を変えてみることにした。

(今までは直接的なアプローチばかりしてきたから、今度は間接的に攻めてみようかな)

サトコ

「間接的アプローチの代表といえば、会計‥」

いつかの授業内容を思い出し、帳簿の並んでいる棚に目をやった。

タイミングよく、周辺には誰もいない。

(チャンス‥!)

私は大急ぎで最近の帳簿を取り出すと、手早く写真に収めはじめた。

【喫茶店】

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撮ってきた帳簿の写真を、後藤教官と近くの喫茶店で精査する。

後藤

わずかの間にこれだけの情報を持ってくるとは、大したもんだ

サトコ

「売人からの連絡がもう来なかったらと思うと、じっとしていられなくて‥」

後藤

焦りは禁物と言いたいところだが、アンタの行動力と度胸には脱帽するよ

後藤教官は穏やかに笑って、再び写真に目を落とした。

(スタンドプレーをするなって、怒られるかもと思ったけど‥)

後藤教官は、いつも私のすることを大きく受け止め、力を貸してくれる。

そんな後藤教官のためにも、なんとか結果を出したかった。

サトコ

「‥あれ?これ‥」

後藤

どうした?

サトコ

「2年ほど前から、毎月数百万単位でお金が振り出されています」

後藤

‥確かに。氷川、すぐに歩に電話しろ

サトコ

「はい!」

【教官室】

その日の夕方。

潜入捜査を終えて学校に戻ると、さっそく東雲教官に呼び出された。

東雲

キミに頼まれてた件、調べたよ

こどもの太陽から毎月振り出されていた先は、全部同じだった

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サトコ

「!?‥どこだったんですか?」

東雲

それが、銃の密売が疑われている組織でね

サトコ

「ってことは、こどもの太陽は銃の密売にも手を貸しているということですか?」

東雲

そうかもね。キミにしては大発見だよ

これで捜査の対象も、会計に関われる幹部数人に大幅に狭められる

室長も喜ぶんじゃない?

(よかった‥一歩前進だよね!)

(これも、見方を変えろって言ってくれた室長のお陰だな)

【廊下】

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新たな事実が判明したことで、それからの1週間は潜入捜査に追われて過ごした。

(実習後の片づけが長引いちゃったな。急がないと‥!)

小走りに教官室の前まで来ると、中から黒澤さんの声が聞こえて来た。

黒澤

お相手は科捜研の花、三上百合さんですよ!

会ってお食事するだけも価値がありますって

難波

花だか草だか知らないが、仕事ができる女は嫌いじゃねぇな

サトコ

「!」

黒澤

それじゃ、まずはお友だちからということでどうでしょう?

難波

お友だちねぇ‥

(室長のお見合いの相手‥ミカミユリさんっていうんだ‥)

(しかも、仕事ができる女は嫌いじゃないって‥)

中に入るに入れずにいると、いきなりドアが開いて後藤教官が出て来た。

後藤

おお

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サトコ

「わっ!後藤教官‥」

後藤

ちょうどよかった

早速で悪いが、科捜研に行ってくれ

サトコ

「科捜研‥ですか‥」

(それって、ミカミさんがいるところだよね‥)

【科捜研】

受付で名前を言うと、研究室に通された。

(さすがに見たことない器具がいっぱいあるな‥)

物珍しくキョロキョロしていると、不意にドアがあいてスラッとした女性が入ってきた。

女性

「お待たせしました。三上です」

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サトコ

「三上さん‥」

(‥て、もしかして室長のお相手の!?)

サトコ

「あ、あの。後藤教官の代理で来ました。氷川です」

三上

「女性で公安なんて、優秀な刑事さんなのね」

「これ、頼まれていた毛髪の分析結果です」

サトコ

「あ、ありがとうございます‥」

三上

「依頼されたのは分析だけですが」

「結果をもとに、類似性を疑われる事件や組織の情報をピックアップしておきました」

「報告書を見て、不明な点があればまたいつでもご連絡ください」

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サトコ

「はい‥」

三上さんはてきぱきと説明しながらも、穏やかな笑顔を絶やさない。

(できる大人の女性って感じだな‥)

(頼まれた以上に情報を揃えてくれたり、一を聞いて十を知るってこういうことかも)

(なんてすごい人なんだろう‥)

この女性への尊敬と、追いつきたい気持ちで胸が溢れる。

でも、このときはまだ知らなかった。

この女性との出逢いが、私と室長の関係にも変化をもたらしてゆくことを‥

to  be  continued

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