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続編 難波4話

【教官室】

翌日の朝早く。

私は後藤教官に呼び出されて教官室を訪ねた。

サトコ

「失礼します」

中に入ると、後藤教官と黒澤さんが待っていた。

後藤

来たか‥

黒澤

すみません、こんな朝早くから呼び出して

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サトコ

「いえ、大丈夫です」

(どうして黒澤さんもいるんだろう?)

私の疑問に答えるように、後藤教官はさっそく用件を切り出した。

後藤

実は、黒澤の協力者からこどもの太陽の麻薬取引に関する情報が入ったらしい

サトコ

「!」

黒澤

協力者の話によると、都内の闇カジノに出入りしているこどもの太陽の理事がいるらしいんです

目的はもちろん、麻薬の取引‥

サトコ

「!‥それは、誰だか分かっているんですか?」

後藤

神野良太(じんの りょうた)という男だ

サトコ

「名前を聞いたことはあります。でも、接触したことは‥」

後藤

俺もだ。だが、今回はその方が好都合だ

今夜、闇カジノに潜入して神野に接触する

サトコ

「今夜‥!?」

想像以上のスピード感に、思わず驚きの声が出た。

黒澤

実は麻取も同じ情報を得ているようです

当然、あっちも迅速に動くはずですから。早いに越したことはありません

サトコ

「そうなんですね‥」

いつかの後藤教官の言葉が蘇る。

後藤

麻取に先を越されたらウチの捜査は台無しだ

‥室長もそれを懸念している。失敗は許されない

全身に緊張感がみなぎった。

(公安刑事の1人として、ここで麻取に負ける訳にはいかないよね‥!)

後藤

これは黒澤が手に入れてくれた神野の写真とカジノの見取り図だ

夕方までに頭に叩き込んでおいてくれ

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サトコ

「わかりました」

【カジノ】

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その夜。

私と後藤教官は、予定通り闇カジノへの潜入を実行した。

後藤

無線の調子は問題ないな?

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サトコ

「はい、大丈夫です」

後藤

それじゃ予定通り、ここから先は別行動だ

神野を見つけたら即連絡。合流後、逮捕する

サトコ

「分かりました」

頷き合うと、私たちは左右に分かれて薄暗い店内を奥へと進んだ。

後藤

氷川、聞こえるか?

わずかなノイズ音と共に、無線から後藤教官の声が聞こえて来た。

サトコ

「‥はい」

服の袖口につけたマイクに向かい、抑えた声で答える。

後藤

見たところ、すでに麻取の人間も数人うろついているようだな

気を抜くな

サトコ

「了解しました」

(麻取の捜査官、この辺りにもいるのかな?)

あまり不自然にならないように、辺りを見回した。

でも誰1人として、それらしき人物は見当たらない。

(当たり前か‥あっちは麻薬捜査のプロだもんね)

(いるとしても、相当うまく紛れ込んでいるはず‥)

麻薬取締官に神野に‥身元を知られてはいけない相手が増えるごとに、緊張も増していく。

(誰かに正体を見破られないうちに、早く神野を見つけよう‥)

(なんとしても、麻取よりも先に神野を捕まえたい!)

後藤

思ったより早く情報が集まった。これもアンタの頑張りのお陰だ

対象者との関係も、前よりもスムーズに築けるようになったみたいだな

さすがは、室長直々に指導を受けただけのことはある

東雲

キミにしては大発見だよ

これで捜査の対象も、会計に関われる幹部数人に大幅に狭められる

室長も喜ぶんじゃない?

私が成長するたび、成果を上げるたび、教官たちから掛けられる言葉の数々が蘇った。

(公安刑事としての私の頑張りは、室長の評価にも繋がってる。それに‥)

難波

仕事ができる女は嫌いじゃねぇな

三上

『これ、頼まれていた毛髪の分析結果です』

『依頼されたのは分析だけですが』

『結果をもとに、類似性を疑われる事件や組織の情報をピックアップしておきました』

『報告書を見て、不明な点があればまたいつでもご連絡ください』

漏れ聞いた室長の言葉と、三上さんの見事な仕事ぶりも思い出された。

(三上さんって、いかにもできる女って感じだったな)

(私もあんな風になりたい‥)

(そのためには、目の前の任務をひとつずつ確実にこなしていくしかないよね)

どんどん感覚が研ぎ澄まされていくのが分かる。

集中力が高まると、こんな大勢の人の会話でも明瞭に聞き分けられるようになるから不思議だ。

男の声

『やあ、ジンさん‥』

サトコ

「!」

『ジン』という呼び名に反応して、声のした方を振り返った。

目を凝らすと、バーカウンターに見覚えのある男の姿がある。

(神野だ‥!)

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それは間違いなく、ここに来るまでに繰り返し見た写真の男だった。

私は、逸る気持ちを必死に抑え、袖口を口元に寄せる。

サトコ

「後藤教官、聞こえますか?」

(‥おかしいな。反応がない‥‥)

なんとか後藤教官の姿を見つけられないかと辺りを見回した。

その目の端で、神野が立ち上がったのが見える。

(いけない‥帰られちゃうかも‥!)

サトコ

「後藤教官‥!」

もう一度だけ呼びかけてみて、私は応援を諦めた。

(ここで見逃したら、麻取に捕まえられてしまうかもしれないし)

(最悪は逃げられてしまうってことも‥)

(こういう時は、臨機応変に‥神野をこの場に引き留めることさえできれば、何とかできるはず!)

心を決めて神野に近付いた私は、さりげない笑顔を作って話しかけた。

<選択してください>

A: 神野さんですか?

サトコ

「神野さんですか?」

その瞬間、神野の表情が強張った。

神野

「あんた誰だ?」

サトコ

「そ、それは‥」

(とっさのこととはいえ、いきなり名前を呼ぶなんて軽率だった‥)

サトコ

「さっきジンって呼ばれてたから」

「神野か陣内か神宮寺辺りかなって思ったんですけど‥ハズレでした?」

神野

「‥そういうことか。お見事、当たりだよ」

サトコ

「わあ、すごいな私。ご褒美に、一杯おごってもらえません?」

神野

「‥いいだろう」

B: お1人ですか?

サトコ

「お1人ですか?」

神野

「そうだが‥?」

神野は怪訝な表情で私を見た。

緊張で心臓の鼓動が高まり、笑顔が強張ってしまいそうになる。

(平常心、平常心‥)

サトコ

「私も1人なんです。ステキな方だなって思ったから、一杯付き合ってもらえないかと思って」

神野

「‥そういうことか。構わないよ」

C: 一杯つきあってもらえません?

サトコ

「あの、一杯つきあってもらえません?」

神野

「誰だ、あんた‥」

神野は怪訝な表情で私を見た。

腹を決めて満面の笑みを浮かべると、心にもない言葉がするすると流れ出す。

サトコ

「私が誰だか知りたいなら、酔わせてもらわないと‥」

神野

「‥おもしろい女だな。いいだろう。酔わせてやるよ」

神野は私の腰に手を回すと、バーカウンターに戻ろうとした。

サトコ

「ここで?」

神野

「嫌か?」

サトコ

「嫌じゃないけど、ここだと本当に飲むだけよね?」

サラッと言って椅子に座った。

でも神野は、じっと私を見たまま座ろうとしない。

神野

「‥‥‥」

(どうしたんだろう?積極的に攻めすぎて、疑われたかな‥)

ドクンとひとつ、心臓が大きく跳ねた。

味方もいないままに素性が露呈したら、最悪だ。

神野

「‥行こう」

突然、神野が私の腕を取って歩き出した。

サトコ

「ど、どこへ?」

神野

「もっと2人きりになれる場所だよ」

「あんたも、その方がいいんだろ?」

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私の耳元で囁いた神野の声は、あくまでも甘い。

(うまくいったみたい。この奥は確か、VIPルームだよね)

【VIPルーム】

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VIPルームのソファに座るなり、神野はキスをしようとしてきた。

サトコ

「!」

慌てて、神野の唇に人差し指をあてる。

サトコ

「まずは、乾杯が先でしょう?」

神野

「いいだろ、そんなのは後でも」

サトコ

「ダメ。私、素面だとちょっと‥」

神野

「‥わかった。それならいいものをやるよ」

サトコ

「!?」

神野が取り出したのは、明らかに麻薬。

なんとか時間を稼ぐために言った言葉が、思いがけない物を引き出した。

(どうしよう‥さすがにもう私1人じゃ手におえる状況じゃないよね‥)

(でも、ここでうまくやれば、現行犯逮捕に持ち込めるかも‥)

ぐるぐると考えを巡らせる私の目の前で、神野は注射器まで取り出して着々と準備を進めている。

神野

「さあ、腕を出して」

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サトコ

「そ、それは‥何?」

神野

「酒を飲むよりももっと気持ちよくなれる物だよ」

「ほら、貸してごらん」

神野が私の腕をつかんだ。

その瞬間、逆に神野の腕をつかんで背負い投げを掛ける。

ドサッ!

(やった‥)

そう思ったのもつかの間、神野は素早い動きで起き上がると、あっという間に私を床に組み伏せた。

(細身なのに、強い‥!)

神野

「何者だっ、お前!」

サトコ

「後藤教官!後藤教官!」

必死に袖口のマイクに向かって叫ぶと、神野はニヤリと笑った。

神野

「麻取か警察か知らないが、助けを呼んでも無駄だ」

「さっきのバーエリアとVIPルームエリアは一切の通信ができない仕組みになっていてね」

サトコ

「!」

(それでさっきから後藤教官の応答がないんだ‥!)

神野

「残念だったな。潜入捜査のお姉ちゃん」

ガチャッ

ドアの開いた音がして、神野はとっさに後ろを振り返った。

その機を逃さず、私は逆に神野を組み伏せる。

神野

「かわいくないね‥」

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サトコ

「大人しくしなさい!」

「神野良太、麻薬所持の現行犯で逮捕します!」

ポケットから手錠を取り出した、その時‥‥

後藤

氷川、伏せろ!

サトコ

「え?」

とっさに振り向きながら、身を伏せた。

ブンッ!ガツッ

鉄パイプが私の頭上をかすめ、

床に突き刺さったのと、神野の手に手錠が掛かったのはほぼ同時だった。

「クソッ!」

サトコ

「!」

神野の仲間らしき男が再び鉄パイプを振り上げる。

応戦しようとした時、神野に足を払われた。

サトコ

「あっ!」

後藤

危ないっ!

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ドスッ

後藤

うっ‥‥‥

私を庇うように飛び込んだ後藤教官の肩を、鉄パイプが打ち付ける。

サトコ

「ご、後藤教官!?」

後藤教官は痛みに顔を歪めながらも、一瞬の隙をついて男を投げ飛ばし、抑え込む。

2人の逮捕を見届けると、後藤教官は迎えに来た颯馬教官の車で病院へと運ばれて行った。

【室長室】

公安学校に戻った私は、室長に闇カジノでの出来事を報告した。

難波

‥そうか。分かった

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厳しい表情で室長は頷いた。

難波

神野の逮捕に関してはよくやった。だが‥

捜査対象に仲間がいることも

施設内の電波が遮断されていることも、想定の範囲内だったはずだ

サトコ

「‥はい」

難波

お前が確認を怠らず、スタンドプレーに走らなければ

後藤があんなケガを負うこともなかったんじゃないのか

室長の言うことはすべてもっともだった。

厳しい口調、厳しい表情、重苦しい空気‥

そのすべてが私にのしかかり、功を焦った私の気持ちを責め立てる。

サトコ

「すみませんでした‥」

難波

気安く謝るな

サトコ

「!」

難波

これまでにも何度も言ったはずだ

俺たちの仕事に、謝って済むようなことはひとつもねぇんだよ

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サトコ

「‥はい」

自分の浅はかさが悔しくて情けなくて、涙が出そうだった。

張りつめた空気を切り裂くように、室長の携帯が鳴りだす。

♪~

難波

俺だ

‥そうか。分かった

お前は後藤についててやってくれ

電話を切るなり、室長は深いため息をついた。

難波

‥‥‥

サトコ

「後藤教官の容体はどうなんでしょうか?」

難波

思っていた以上に深刻だ。利き腕が使い物にならん

サトコ

「!」

難波

これじゃ、この先の捜査は続けられない

(そんな‥これも全部私のせいだよね‥)

サトコ

「‥すみませ‥‥」

難波

謝んなって言ってるだろうが!

サトコ

「!」

難波

謝るくらいなら、なんで段取りもなく1人で神野に近付いた?

ひよっこのお前1人で何とかなるとでも思ったのか?

サトコ

「それは‥」

(そんな自信があったわけじゃない。あの時はただ夢中で‥)

難波

一番厄介なのは、自分のことを分かってないヤツだ

これだけの訓練と場数を踏んで、自分にできることとできないことも分からねぇのか!

サトコ

「‥‥‥」

私は返す言葉もなく、ただその場に立ち尽くした。

【屋上】

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あの後どうやって室長室を出たのか、はっきり言ってよく覚えていない。

気付けば私は、屋上庭園で夜風に吹かれていた。

サトコ

「‥‥‥」

???

「なんだ、こんなとこにいたのか」

振り向くと、室長が火のない煙草をくわえて立っていた。

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サトコ

「室長‥」

難波

いい風だな。疲れが吹き飛ぶ

さっきのやり取りが嘘のように、室長はすっかりいつもの調子に戻っている。

(でも本当は室長だって、胸に引っかかっているものはあるはずだよね)

(室長は大人だからこうして切り替えて接してくれてるけど‥)

室長の胸の内を思うと、自然とため息が出た。

(こんな部下じゃ、きっとやりにくい。それに、私のせいで室長の評価にも傷が‥)

神野の逮捕に成功すれば、室長の評価も上がるはずだと張り切っていたのに。

これでは全くの逆効果だ。

難波

今日は疲れただろ。お前はそろそろ帰れ

室長の優しい言葉に、私は‥‥

<選択してください>

A: はい

サトコ

「‥はい」

(このままここにいても、今の私にできることは何もないもんね‥)

難波

気を付けてな

B: 室長は帰らないんですか?

サトコ

「室長は帰らないんですか?」

難波

俺は‥さすがにな

(そりゃそうだよね‥部下が負傷したっていうのに、帰れるわけないよね)

サトコ

「すみませ‥」

また謝ってしまいようになって、慌てて言葉を飲み込んだ。

サトコ

「お先に失礼します」

難波

ご苦労さん

C: 帰れません

サトコ

「帰れません。後藤教官をあんな目に遭わせておいて、私だけ‥」

難波

気持ちは分かるが、2人とも倒れられたらそれはそれで困る

サトコ

「!」

「‥わかりました」

難波

気を付けてな

室長の疲れた笑みが胸に刺さる。

不意に、このままでは私は室長をダメにしてしまうような気がした。

サトコ

「室長‥」

難波

ん?

サトコ

「私‥しばらく室長と距離を置かせて欲しいんです」

「仕事に、集中したいので」

難波

‥‥‥

しばしの沈黙ののち、私の頭に室長の大きな手が乗せられた。

室長の真っ直ぐな瞳に、その返答に、私は瞬きすらも忘れていた‥

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