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誕生日 東雲2話

【ホテル 外】

押し付けられた免許証を見て、私は愕然とした。

だって、生年月日欄に書いてあったのは‥

(7月17日‥)

(17日~っ!?)

サトコ

「ま、待ってください!」

「あの占い‥恐竜の化石の‥」

「教官、『メガロサウルスの化石』でしたよね?」

東雲

そうだね

サトコ

「だったら誕生日は今日のはず‥」

東雲

違う。17日

ほら、ちゃんと見なよ

ほら、ほら

サトコ

「うう‥」

(ってことは、誕生日を割り出すときに計算違いをしてたってこと?)

(そりゃ、確かにちょっと複雑な計算だったけど‥)

愕然とする私を見て、教官は「いいけどね」と肩をすくめた。

東雲

ある意味、キミらしいよね

こういうの

サトコ

「!」

東雲

これくらい想定内だし

ていうか、むしろあって当然?

サトコ

「‥‥‥」

東雲

ま、とりあえずありがと

おかげで、いろんな意味で忘れられない思い出に‥

サトコ

「忘れてください」

東雲

‥‥‥

サトコ

「今日のことは忘れてください」

「そのかわり、リベンジしますんで」

東雲

べつにいいよ。そんな‥

サトコ

「リベンジします!させてください!」

「5日後‥とびっきりのお祝いを用意しますんで!」

「今度こそ、絶対に!」

(だって引き下がれないよ)

(年に一度の‥しかも、私にとっては初めての教官の誕生日なのに)

グッと奥歯を噛み締めて、教官のことを真っ直ぐ見つめる。

そんな私の気合が伝わったのか、教官は「へぇ」と軽く顎を上げた。

東雲

いいよ、そこまで言うなら

17日空けておいてあげる

(よしっ!)

東雲

でもリベンジってことはさー

今日を超えるってことだよね?

サトコ

「もちろんです!」

「今度こそ、本当の意味で忘れられない誕生日にしてみせます!」

東雲

分かった、楽しみにしてる

ああ、念のため

オレ、不特定多数にお祝いされるのとか興味ないから

たとえば、レストランにいる皆にお祝いされるとか

(うっ‥)

サトコ

「わ、分かりました。参考にします‥」

(寮に戻ったらすぐに作戦を立てよう)

(いろいろ調べて、鳴子にも相談して、今度こそ最高の誕生日にするんだ!)

東雲

‥‥‥

【寮 談話室】

‥と気合を入れてみたものの。

鳴子

「ええっ、この間のレストランよりすごいお店?」

サトコ

「うん‥」

鳴子

「そう言われてもなぁ」

「あのお店以上だと、隠れ家的なレストランとか?」

サトコ

「ディナークルーズは?」

鳴子

「まあ、ありといっちゃありだけど‥」

「どっちにしろ、今から予約するとなるとなぁ」

(そうだった‥)

(今日のレストランも、ちょうどキャンセルが出たから予約できたんだよね)

鳴子

「この際だから、地方に行ってみたら?」

「うまくいけば、高級温泉旅館に泊まれるんじゃない?」

サトコ

「うーん‥」

(でも、17日って平日なんだよね)

(翌日は休みだけど、学校が終わってからバタバタ出かけるのもなぁ)

そう考えると、やっぱりベストなのは首都圏だ。

(とりあえず、良さそうなお店にダメ元で電話してみよう)

(また運良くキャンセルが出るかもしれないし‥)

【ラーメン屋台】

けれども、幸運が何度も続くはずもなく‥

サトコ

「はぁぁ‥」

(まさかの30連敗‥)

(そうだよね、週末のディナーだもんね)

もちろん、この付近の飲食店なら予約しなくても入れるだろう。

ただ、問題なのは‥

(12日のお祝いを超えるって宣言しちゃったことなんだよね)

(それって、つまり「高級ディナー以上のお祝い」ってわけで‥)

サトコ

「ああ、もう‥!」

(いっそ、方向性を変えてみたほうがいいのかな)

(たとえば、繁華街のオーロラビジョンを使って‥)

【繁華街】

サトコ

『東雲教官ーっ!』

『お誕生日ーっ、おめでとうございまーすっ!』

東雲

‥‥‥

‥うざ

【ラーメン屋台】

(‥ダメダメ!これ、まさに不特定多数パターンだよ)

(となると他には?)

(バンジージャンプでもしながら「おめでとう」って叫ぶ?)

(それとも、ヘリコプターでナイトクルージング‥)

黒澤

あれー、サトコさんじゃないですか

サトコ

「黒澤さん!それに後藤教官も‥」

「おつかれさまです」

後藤

ああ‥

黒澤

おつかれさまでーす

あ、おじさん。今日は味噌ラーメンのチャーシュー増しと‥

黒澤さんが注文している間に、後藤教官が私の隣に腰を下ろす。

教官はスマホを手に取りかけて、ふと私の方に顔を向けた。

後藤

なにか悩み事か?

サトコ

「えっ?」

後藤

そういう顔をしている

また歩に怒られたか?

サトコ

「いえ、そんなことは‥」

黒澤

やだなぁ、後藤さん

今、サトコさんが悩むとしたら誕生日パーティーのことですよ

歩さんの

サトコ

「ゲホッ」

後藤

そうなのか?

黒澤

そうですよー。歩さんの誕生日、今週ですし‥

サトコ

「ち、違います!」

「教官の誕生日のことなんて、全然‥」

黒澤

あれ、でも今日カフェテラスで電話かけまくってましたよね?

しかも、高級そうなレストランばかり‥

サトコ

「あれは違うんです!友だち用なんです!」

「もうすぐ誕生日の友だちに『すごいパーティーをする』って宣言しちゃったから」

「どうしようって‥」

黒澤

へぇ、それで高級レストランですか!

サトコ

「‥まぁ、そんなところです」

(ていうか、なんでいろいろバレてるんだろう)

(カフェテラスに盗聴器でも仕掛けられてるのかな)

(それはそれで、有り得そうで怖いんですけど‥)

後藤

‥‥‥

おじさん

「はいよ、お待たせ」

教官たちの前に、ようやくラーメンが運ばれてきた。

黒澤

じゃ、いただきまーす

後藤

‥‥‥

サトコ

「‥後藤教官?食べないんですか?」

後藤

もう少し経ったら食べる。それより‥

案外ふつうでいいんじゃないのか?

サトコ

「なにがですか?」

後藤

さっきの誕生日の話だ

祝う側は、たいてい力を入れがちだが‥

祝われる側は、それほどすごいものを求めてなかったりするだろう

(え‥)

後藤

心からの祝いの言葉があって

自分のために選んでくれたプレゼントをもらえて

案外それだけのことで、あゆ‥

‥氷川の友人は、喜ぶんじゃないのか

(後藤教官‥)

本当は、ここ数日ずっと頭に引っかかっていたものがあった。

(デート雑誌でたまたま見つけた可愛いケーキ‥)

(あれを贈れば、教官は絶対に喜んでくれるはず)

でも、それだとありきたりな気がして。

教官に「キミもそういうことができるんだ」って驚いて欲しくて。

(だから、贅沢なプランばかり考えてたけど‥)

サトコ

「ずっと背伸びをしてたら、疲れちゃいますよね」

後藤

そうだな

ふくらはぎは鍛えられそうだが

黒澤

ああ、いいですね!引き締まったふくらはぎ!

でも、オレ的にはアラサー女性のたるみ始めたふくらはぎも、なかなか捨てがたいですが‥

後藤

‥お前はなんの話をしてるんだ

せっかくの年に一度の誕生日。

この間は、頑張って背伸びをしてみたからこそ。

(今度は、もう少し地に足のついた計画を立ててみよう)

(そのかわり、お祝いする気持ちだけはとびきり込めて‥)

【東雲マンション】

そんなわけで7月17日。

サトコ

「教官、誕生日おめでとうございまーす!」

東雲

‥ありがと

で、なに?この大きな物体は

サトコ

「開けてみてからのお楽しみです!」

「ちなみに、この大きな楕円形のふたは『たまご』をイメージして‥」

東雲

ハイハイ、たまごたまご‥

サトコ

「ああっ、ダメです!乱暴に開けたら!」

「ゆっくり、そーっと、開けてみてください」

東雲

面倒くさ‥

たかが、ふたを外すくらいで‥

‥‥‥

(よし、驚いてる!)

東雲

‥なにこれ

サトコ

「誕生日ケーキです!」

東雲

それは分かるから

そうじゃなくて、このケーキに乗ってる恐竜クッキー!

この紫のはプテラノドン‥

水色のはブラキオサウルスとして‥

この黄色はティラノ系?

それとも、ティラノに系に見せかけてゴルゴ?

サトコ

「さ‥さあ、そこまでは‥」

「雑誌を見ながら作っただけなんで‥」

東雲

分かった。だったらそこどいて

写真撮って検証するから!

サトコ

「ええっ!?」

東雲

もしゴルゴだとしたら、ポイントはこの頭なんだよね

とりあえず、ここを1枚‥

カシャ!

東雲

‥ちょっと写り悪いかな

もっとこっちの角度から‥

カシャ!

東雲

あと、こっちも‥

カシャ!

(‥まあ、予想どおりなんだけど)

(教官、ほんと楽しそうだよね)

(この間の高級ディナーより明らかにテンション高いし)

たしかに、後藤教官の言うとおりかもしれない。

背伸びしたお祝いなんて、たぶんそれほど求められていなかったのだ。

(ていうか、教官の場合、恐竜さえあれば何でもいいような気が‥)

(で、でも、毎回それだとつまらないっていうか!)

(やっぱり、ちょっとくらいはいつもと違うことを‥)

東雲

ん?なに、このカード‥

『私が教官をもっと幸せにしてみせます』‥?

サトコ

「ああ、それは‥」

「『宣言』っていうか『誓い』です!」

「今日から来年の誕生日までの1年間、教官の補佐官として‥」

「それと、その‥『恋人』として、教官のことを幸せにします!っていう‥」

東雲

ふーん、『幸せに』ね

じゃあさ

してみせてよ

サトコ

「えっ」

東雲

幸せにしてくれるんだよね?

オレのこと

サトコ

「そ、それですけど‥」

東雲

だったらさ

してよ‥キス

サトコ

「!」

東雲

ああ、せっかくだからさ

色気5割増しな感じ?

(ご、5割!?それって、どういう‥)

(まさか『あんなキス』とか『こんなキス』とか‥)

東雲

なに、その顔

したくないの?

サトコ

「そ、そんなことは‥」

東雲

じゃあ、してよ。早く

幸せにして

(うっ‥こ、こうなったら‥)

(いつも教官がやってくれてるみたいに‥)

一度、軽く唇をぶつけて‥

それからゆっくりと押し付けてみる。

(そうだよね。いつも最初はこんな感じだよね)

(このあとは、たしか‥)

(こんな感じにして‥)

東雲

‥っ

(あと、それから‥)

(こういう感じの‥とか‥)

東雲

‥!

(それと、こういうの‥)

東雲

ちょ‥

ちょっと待って!

なに、そのやり方‥

サトコ

「なにって、教官のマネ‥」

東雲

してないから!そんなの!

サトコ

「ええっ、教官、いつもこんな感じですよ!」

「最初は軽くチョンッてして、それからゆっくり‥」

東雲

解説するな!

サトコ

「だって、教官が否定するから‥」

「んん‥っ」

(い、息できな‥)

(ていうか、今は私がキスするんじゃ‥)

抗議のつもりで、何度も胸を叩いてみる。

けれども、教官はちっとも離れてくれない。

それどころか、好きなように口内を貪って‥

こぼれかけた吐息すら、飲み込むようにして‥

(ちょ‥ほんと‥)

(苦し‥)

東雲

‥バカ

ほんとバカ

ほんっと、バカ!

(な‥っ)

サトコ

「さ、3回も言わなくて‥」

「も‥」

(‥あれ?)

ぽすん、と全身の体重をかけるように、教官は私にもたれかかってきた。

サトコ

「あの‥教官‥?」

東雲

‥‥‥

サトコ

「教官‥?」

東雲

なんかムカつく‥

なんでキミ、こんな‥

バカ‥

悪態をついてくるわりに、肩に埋められた教官のおでこはなんだか熱くて。

私の頬に触れてる耳も、明らかに熱を持っていて。

(どうしよう‥抱きしめてみる?)

(いいよね‥寄りかかってきたの、教官のほうだし‥)

東雲

‥鞄

サトコ

「えっ」

東雲

オレの鞄、取って

サトコ

「あ、はい‥」

少し離れた場所に会った鞄を引き寄せると、教官は中から付箋を取り出した。

(‥なんで付箋?)

(いったい何のメモを‥)

パチン!

サトコ

「痛‥っ」

(な、なんで、私のおでこに付箋‥っ)

東雲

‥ケーキ、切り分けてくる

サトコ

「あ、それなら私が‥」

東雲

いいから

キミはそこで待ってて

(‥なんだったんだろう、いきなり)

(それに、この付箋はいったい‥)

疑問に思いつつも、おでこの付箋をぺりっと剥がす。

そこに書いてあったのは‥

サトコ

「『アタリ』‥?」

(『アタリ』ってなにが?)

(さっきのキスのこと?それとも今日のプレゼントのこと?)

(それとも、もっと他の‥)

考えれば考えるほど、能天気な頭に浮かぶのはポジティブな解釈ばかりで。

だからこそ、少しの間も待ちきれなくて。

サトコ

「教官ーっ」

結局、私は付箋を手に立ち上がった。

教官のいるキッチンに向かうために。

1秒でも早く、教官から「正解」を聞きだすために。

Happy  End

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