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続編エピローグ 難波2話

【駅】

帰省の日。

ドキドキしながら待ち合わせ場所で待っていると、室長は時間ピッタリに現れた。

サトコ

「お、おはようございます」

難波

おはよう‥

互いに何となくぎこちない挨拶を交わす。

(いよいよなんだな‥)

緊張気味に室長を見ると、なんだかいつもよりも爽やかなような気がした。

(あれ?もしかして‥ヒゲ!?)

サトコ

「ど、どうしたんですか、それ」

難波

ん?それって何のことだ?

サトコ

「ヒゲですよ、ヒゲ!」

難波

ああ、これな~

室長はヒゲがなくなって妙につるっとしてしまったアゴをしみじみ撫でた。

難波

さすがにお前のご両親に会うのに、ヒゲ生やしたままってわけにもいかねぇだろ

サトコ

「そんなことないですよ」

(似合ってたからよかったのに‥)

(こんなにつるっつるの室長、ちょっと違和感‥)

難波

お前が良くてもな、こればっかりはケジメだ、ケジメ

俺もまだ慣れないが‥どうだ?

サトコ

「爽やかな感じがします」

難波

爽やかか‥

室長がちょっと微妙な表情になったのを見て、慌てて付け加える。

サトコ

「あと、若く見えます」

難波

お、そうか?

室長は嬉しそうにアゴを撫でると、もう片方の手を私に差し出した。

難波

それじゃ、行くか

サトコ

「はい!」

(あの無精ヒゲは室長のこだわりだと思ってたけど、それを剃って来てくれるなんて‥)

室長の本気を改めて感じ、嬉しくなった。

(練習もたくさんしたし、今日の顔合わせは和やかに進んでくれるといいな‥)

練習に励んでいた室長の姿を思い出し、そっと胸の中で祈った。

【難波マンション】

サトコ

「アポ取りました。次の連休、両親共に室長をお待ちしてますとのことです」

実家への電話を終えてそう告げると、室長は床に正座し、緊張気味に居住まいを正した。

難波

そうか‥

(ん?どうしたんだろう、急に‥?)

難波

それでは‥ゴホン!

はじめまして。私は、難波仁と申します

サトコ

「‥‥‥」

難波

サトコさんとは、真剣にお付き合いをさせて頂いておりまして‥

サトコ

「‥室長?」

難波

ん?

サトコ

「何してるんですか?」

難波

決まってるだろ。シミュレーションだよ、シミュレーション

お前もそんなとこでボーっと見てないで、お父さんの役をやってくれ

サトコ

「ええっ、私がですか?」

難波

相手がいた方がより臨場感が出るからな

よし、それじゃ『お歳は?』辺りから始めてみてくれ

室長は再び神妙な表情になった。

サトコ

「‥あの、お歳は?」

難波

40です

サトコ

「‥‥‥」

難波

ほら、次!

父親ってのはな、娘のために相手の男に次々辛い質問を投げかけてくるもんだ

サトコ

「そう言われても‥」

(あと、何を聞けばいいんだろう‥?)

難波

絶対に突っ込まれるのは離婚歴だろうな

サトコ

「!」

難波

その辺り、いってみようか

サトコ

「は、はい‥それじゃ‥」

(これはお父さんと言うより、私が聞きたいことかもしれないけど‥)

邪心を悟られないように、敢えてお父さんの声音を真似てみる。

サトコ

「難波さん、あなた、離婚歴があるそうですが?」

難波

‥はい。これに関しては、完全に非は私にあると思っています

サトコ

「と、おっしゃいますと?」

難波

ちょうど仕事にやりがいを感じていた時で、仕事に打ち込み過ぎたんだと思います

家庭をかえりみずにいるうちに、愛想を尽かされてしまいました

(へぇ‥そういうことだったんだ‥)

室長の離婚の経緯なんて、ちゃんと聞くのは初めてだ。

サトコ

「なるほど‥でもそういうことだと、またウチの娘とも同じことになりませんかね?」

難波

そうだ、サトコ!そういうことを聞いてくれないと。いい質問だ

室長は一瞬だけ素に戻った後、またすぐに表情を戻した。

難波

その点については、ご安心ください

私も歳をとり、あの頃よりは随分と余裕を持って仕事と向き合えるようになりました

今なら、サトコさんとの関係も仕事と同じように大切にしいけるものと思っております

サトコ

「室長‥」

思わず感動めいた声を上げた私を、室長は苦笑して見つめた。

難波

おいおい、しっかりしてくれよ。お父さん

サトコ

「すいません、つい‥」

難波

でもまあ、これで大体の難問はさらえたな

やっぱりこれだけの年齢差があったらご両親は心配だろうし‥

ちゃんと信頼してもらえるようにしねぇとな

【サトコ 実家】

さっきからブツブツと想定問答を繰り返している室長の手を引いて、

私はついに実家の前に到着した。

サトコ

「ここです。着きました」

難波

ここか‥

室長は実家を見上げ、ゴクリと唾をのみ込んだ。

難波

前に長野に来た時には、まさかこんなことになるとは思わなかったが‥

サトコ

「そうですよね‥」

(前に来た時は、室長をバイクの後ろに乗せて、山田警備局長を追いかけてたんだよね‥)

しかもあれは室長に手痛く振られた後で、もう2度と2人で笑える日なんて来ないと思っていた。

(未だに信じられないな。こうして室長と一緒に実家に戻ってくることになるなんて)

不意に、私の手を握る室長の手に力がこもった。

室長を見ると、表情が硬く強張っている。

難波

‥‥‥

サトコ

「‥緊張してます?」

難波

‥ん?ああ。まぁな

なにしろ彼女の親御さんだからな。緊張しねぇわけがないだろ

サトコ

「そうですよね‥」

(室長、本当にカッチンコッチンだ‥)

そのあまりの緊張ぶりに、笑ってしまいそうになりながら、

私は改めてしみじみと幸せを感じていた。

(こんなに緊張するってことは、それだけ私のことを真剣に思ってくれてるってことだよね‥)

サトコ

「じゃあ、行きましょうか」

難波

ああ、行こう

チャイムに指を触れようとした、その時‥‥

ガチャッ!

サトコ

「お、お母さん!?」

難波

お母さん

「サトコ!」

いきなり玄関が開いて、お母さんが飛び出してきた。

しかも妙に様子が慌ただしい。

サトコ

「どうしたの?そんなに慌てて」

お母さん

「どうしたもこうしたもないわよ!」

「サトコったら、何度電話しても出ないんだから」

サトコ

「で、電話‥?」

バッグからスマホを取り出すと、確かにお母さんから大量の着信が記録されていた。

サトコ

「ごめん‥気づかなくて」

お母さん

「そんなことだろうと思ったわ」

「お母さん、今から病院に行かなきゃいけないから」

サトコ

「え‥病院って、どういうこと?」

難波

もしかして、お父さんに何か?

お母さん

「違うの。おばあちゃんよ。転んで入院してね」

「お父さんは先に行ってるだけで、ピンピンしてますよ」

「でもお父さんだけじゃ、おばあちゃんを運ぶことくらいしかできないから」

サトコ

「そういうことなら、私も行った方がいいんじゃない?」

難波

そうだ、それがいい

お母さん

「いいわよ。全然大したことないんだから」

「骨も折れてないんだけど、念のためって入院したの」

「あんまり大袈裟にすると本人がビックリしちゃうから、サトコは家で休んでて」

サトコ

「わ、わかった‥」

お母さん

「たぶん今日は付き添いで戻れないけど、とりあえず元気な顔が見られて良かったわ」

サトコ

「う、うん。私のことなら気にしないで大丈夫だから」

難波

‥‥‥

お母さん

「それじゃ‥」

行きかけて、お母さんはようやく室長に気付いたようにハッとなった。

お母さん

「やだ‥あなた、難波さん?」

難波

はい。難波仁と申しまして‥

お母さん

「サトコから話は聞いております。はるばるご足労頂いたのに申し訳ありません」

難波

いえ、お気になさらず。不測の事態は誰にでも起こり得ますから

お母さん

「すみませんねぇ。また日を改めてということで‥」

「折角ですから、長野を楽しんでいってください。それじゃ」

難波

し、失礼致します‥!

お母さんが車で去っていくなり、室長は大きく息を吐いた。

難波

緊張で息するの忘れてたぞ‥

サトコ

「大丈夫でしたか?」

難波

ああ、なんとか‥シミュレーションはほとんど役に立たなかったけどな

サトコ

「ですね。とりあえず、一休みしましょうか」

【リビング】

さっきから汗を拭きまくっていた室長は、

私が出した冷たいお茶を美味しそうに飲み干した。

難波

はぁ~ようやく人心地がついたって感じだな

サトコ

「すみませんでした。こんなことになっちゃって‥」

難波

しょうがないだろ。それに、お母さんだけでも挨拶できてよかった

それにしてもお前のお母さん‥俺の存在に気付くの遅すぎだけどな

サトコ

「すみません‥あわてん坊でおっちょこちょいな母で‥」

難波

あわてん坊でおちょこちょいか‥

つまり、お前も将来はあんな感じになるってことだな?

サトコ

「そ、そんな‥一緒にしないでくださいよ」

難波

なんでだよ。ステキなお母さんじゃないか

室長はお母さんとのやりとりを思い出したようにふっと笑った。

そしてキャビネットの上の家族写真をジッと見つめる。

難波

ここが、お前の育った家なんだな‥

サトコ

「いかにも田舎家で恥ずかしいですけど‥」

難波

そんなことはないだろ。これぞ家庭って感じだ

そうだ。お前の部屋も見せてくれないか?

サトコ

「私の部屋ですか?」

(見せるのは構わないけど、もうずいぶん入ってないし‥どうなってるか心配だな‥)

【自室】

ガチャッ‥‥

恐る恐るドアを開けると、そこは思いがけずきれいに保たれていた。

サトコ

「私が家を出た時のまんま‥」

難波

お前がいつ帰って来てもいいように、お母さんがいつも掃除してくれてるんだろうな

室長は感慨深げに言って、室内をゆっくりと見回した。

難波

お、これはもしかして‥

室長が本棚からアルバムを引き出す。

サトコ

「ああっ、それは!」

止めるよりも早く、室長は中を見始めてしまった。

生まれた時からの懐かしい写真が次々に出てきて、思わず赤面してしまう。

難波

ひよっこのひよっこ時代か

サトコ

「そ、そうですね‥」

難波

かわいいな。お前‥小さい頃は結構ぽっちゃりだったんだな

サトコ

「恥ずかしいので、あんまりじっくり見ないでください!」

難波

いいじゃねぇか‥この写真見てるだけで、お前がどんなふうに育ってきたのかよく分かる

見るからに、愛情いっぱいって感じだもんな

サトコ

「そうですか?」

難波

そうだろ。ほら、これなんか見てみろよ

お前を抱っこするお父さんの嬉しそうな顔‥

お父さんに付けられた吹き出しには『重い!』と書かれていたけれど、

その顔は確かにとても幸せそうだった。

難波

お父さん、お前のことがかわいくて仕方ないって感じだな‥

サトコ

「お父さんは男兄弟の中で育ったので、どうしても娘が欲しかったって言ってました」

「だからこんなに重そうなのに幸せそうなのかも‥」

「そう言われてみれば、お父さんには怒られたこともないです」

「お母さんにはしょっちゅう怒られてましたけど」

小さい頃を思い出して微笑む私を、室長は温かな笑みで見つめた。

難波

そうか‥いいご両親だな‥

室長はしみじみとした口調で言う。

そこになんとなく羨ましそうな雰囲気を感じて、私はふと室長を見返した。

(そういえば、室長の生まれとか家族のこととか、何も聞いたことがないかも‥)

サトコ

「室長のご家族は、今どうしてるんですか?」

難波

俺の家族か‥

俺にはもう、そんなもの‥

室長はボソリと言うと、切なげな目で遠くを見つめた。

(室長‥なんでそんなに悲しそうな目をするんだろう?)

(家族との間に、何かあったのかな‥)

そのまま次の言葉を待つが、室長はそれ以上、何も言おうとはしなかった。

(あまり人には言いたくないことがあるのかも‥)

(だとしたら、いつか室長が自分から話してくれるまで待った方がいいよね)

聞きたい気持ちをグッと堪えて、室長の手を握った。

難波

お前だけかもな。こんな風にしてくれるのは

サトコ

「!」

「私は‥傍にいますよ。こうしても、いつまでも室長の傍に‥」

難波

‥サトコ‥‥

室長は思いがけない言葉に出会ったように私を見つめた。

私もじっと見つめ返す。

どちらからともなく、だんだんと顔が近づいて‥‥

唇が触れ合いそうになった瞬間、頭上からハラリと写真が落ちてきた。

サトコ

「あれ?」

難波

なんだこれ

どっから来やがった?

互いに笑いながら顔を離し、頭上を見上げた。

サトコ

「アルバムを取り出したときに抜け落ちた写真がどこかに引っかかってたのかもしれませんね」

難波

とんだ邪魔が入ったもんだな‥

ん?これは、どこだ?

室長が手にした写真を覗き込むと、そこには懐かしい場所と懐かしい顔ぶれが映っていた。

サトコ

「これ、幸せの丘ですよ!」

難波

幸せの丘?

サトコ

「恋人たちの聖地って言われてて、地元では有名なデートスポットなんです」

「恋人とここで一緒に写真を撮るのが憧れだったんですけど、この頃はまだそんな人いなくて」

難波

‥‥‥

サトコ

「とりあえず高校の友だちと女同士で撮ったんです」

「いつかまた、恋人と来られるようにって願いを込めて‥」

懐かしい光景が蘇り、微笑ましい気持ちになった。

そんな私を、室長は真剣な表情で見つめている。

難波

今でもか?その憧れ

サトコ

「え?ええ、まぁ‥」

(そりゃ、行けたら素敵だなって思うけど‥)

難波

それじゃ、行ってみるか

サトコ

「えっ‥行くって、今からですか!?」

to  be  continued

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