カテゴリー

ヒミツの恋敵 加賀1話

【新聞社】

サトコ

「本日からこちらでお世話になります、バイトの長野です。よろしくお願いします」

名前を偽り、私は新聞社にいた。

部長

「いやー、この忙しい時期に新人が入ってくれて助かったよ」

「部長の山下だ。わからないことがあったらなんでも言ってくれ」

サトコ

「はい。ありがとうございます」

新しい上司の山下さんの隣で、他の社員たちに挨拶する。

(公安学校の訓練生の私が、まさか新聞社で働くことになるなんて‥)

事の始まりは、補佐官交代を告げられた、あの日‥

【教官室】

補佐官を交代する可能性があると聞き、教官室にやってきた。

(確かに、定期的に上司が変わった方がいろんな経験ができるかもしれない‥)

(でも私はまだ、加賀さんの下で学びたい‥!)

石神

‥ということで、色々と考慮した結果‥

石神教官の言葉に、ぎゅっと目を閉じる。

(もちろん、加賀さんがいいけど‥誰の補佐官になったとしても頑張らなきゃダメだよね!)

(でも‥本音を言えば、やっぱり加賀さんがいいな)

石神

氷川には、これまで通り加賀の補佐官でいてもらうことになった

サトコ

「えっ!?いいんですか!?」

東雲

うわっ、わかりやす

颯馬

フフ、加賀さんの補佐官に選ばれて喜ぶのは、サトコさんくらいでしょうね

後藤

氷川は熱心だな

東雲

‥‥‥

サトコ

「あ、いえ、その‥」

(しまった‥あからさまに喜びすぎた!?)

サトコ

「か、加賀教官に鍛えられれば、どこへ行ってもやっていける気がして」

難波

まあ、それは一理あるな

黒澤

サトコさん、正真正銘のマゾですからね~

(また黒澤さん‥!学校に入り浸りすぎじゃ!?)

恐る恐る加賀さんを見ると、無言でこちらを睨んでいる。

サトコ

「あ、あの‥やっぱり私が補佐官じゃ、役立たずでしょうか‥?」

加賀

よくわかってんじゃねぇか

使えねぇなら、切り捨てるまでだ

(うう‥相変わらず言葉のナイフが胸に突き刺さる‥)

加賀

さっさと来い。次の捜査の打ち合わせだ

サトコ

「はい!」

加賀さんを追いかけて個別教官室に向かうと、黒澤さんたちの声が聞こえてきた。

黒澤

サトコさんは相変わらず、加賀さんの忠犬って感じですね

東雲

駄犬の間違いでしょ?

颯馬

確かに、いつも喜んで尻尾を振ってついて行ってますもんね

難波

犬かー。俺は大型犬がいい

(‥!)

(ヒドイ‥教官たちまで、私のこと犬扱い)

聞こえないフリをして、個別教官室のドアを閉めた。

【個別教官室】

ドアを閉めた途端、加賀さんが強引に肩を組んできた。

サトコ

「!?」

加賀

クズが‥顔に出してんじゃねぇ

サトコ

「す、すみません‥嬉しくて、つい」

「それにしても‥他の教官たちはみんな、補佐官が変更になったんですよね?」

加賀

らしいな

サトコ

「どうして、私だけが変わらなかったんでしょう?」

加賀

‥そんなに、他の奴がよかったか

<選択してください>

A: それも勉強になるかも

サトコ

「そうじゃないんですけど‥でも万が一そうなったら、それはそれで勉強になるので」

加賀

‥まあ、同じ上司じゃ、仕事に変化がねぇからな

今からでも遅くねぇ。サイボーグ野郎の補佐官にしてやる

サトコ

「い、いえ!せっかくなので、どうかこのままで!」

B: 絶対加賀さんがいい

サトコ

「滅相もないです!何がなんでも絶対、加賀さんがよかったです!」

加賀

当然だ

サトコ

「!」

加賀

そうなるように、躾けてきたからな

(躾けられたと聞いて、内心喜んでる私って‥)

C: 加賀さんは?

サトコ

「加賀さんは‥他の人が補佐官の方がよかったですか?」

加賀

質問してんのは誰だ?

サトコ

「加賀さんです‥」

加賀

テメェは言われたことだけに答えとけ

(相変わらず、手厳しい‥)

加賀

テメェにはまだまだ、躾が足りねぇ

これかもしっかり調教してやる。覚悟しとけ

サトコ

「調教‥!?」

(あれ?でも加賀さん、ちょっと嬉しそうな顔してる‥?)

(言葉は辛辣だけど、最近は少しずつ、表情で気持ちが分かるようになってきたんだよね)

こっそりと加賀さんの顔を覗き込み、密かに喜ぶ私だった。

【室長室】

これからも加賀さんの補佐官でいられることが決まった、数日後。

サトコ

「室長、お呼びでしょうか?」

難波

ああ。急で悪いが、明日から転職しろ

サトコ

「え!?」

(て、転職‥!?この間の補佐官の話はなんだったの!?)

サトコ

「私、この仕事が天職だと思って頑張ってきたんです‥!」

「いきなり転職なんて‥」

難波

なんだ?転職と天職をかけたのか?

サトコ

「あ、いや、そういうわけじゃ‥」

「でも、転職ってどういうことなんですか?わ、私‥クビですか?」

難波

実はな、新聞社への潜入捜査が決まった

お前はアルバイトとして、明日からそこに行ってもらう

サトコ

「アルバイト‥」

(潜入捜査ってことは、仕事だよね‥)

(びっくりした‥本当にクビになって、転職しなきゃいけないのかと思った)

サトコ

「でも、どうして新聞社に?」

難波

この間、大物政治家の会食を狙うテロ予告が出た

まだ表沙汰にはしてないが、なぜか一社だけ、それをすっぱ抜いたところがある

サトコ

「一社だけ‥」

(公表してないものが記事になった‥ってことは)

サトコ

「公安に、その情報を新聞社にリークした人がいるか‥」

「テロ組織が直接、新聞社に情報を流したか、ですね」

難波

お前もなかなか、読みが早くなってきたな

そういうわけだ。どっちにしろ、新聞社が何者かと繋がってる可能性が高い

サトコ

「もし公安の誰かが内部情報を流してたとすると、大変なことになりますね」

難波

そっちは、加賀と歩に追わせる

お前は新聞社に潜入して、テロ組織の情報を持ってる人間がいないか調べてくれ

サトコ

「あの‥私で大丈夫なんでしょうか?」

難波

お前なら大丈夫だろ。あの加賀の補佐官なんだから

それにお前も、加賀に鍛えられれば、どこへ行ってもやっていけるって言ってただろ

サトコ

「はい!」

(そうだ、あの加賀さんに鍛えられたんだもん!自信持たなきゃ!)

難波

手続きはこっちでやっとく。お前は明日から、ここへ行け

イヤモニも持って行けよ。常に加賀と連絡を取れ

サトコ

「イヤモニ‥イヤーモニターですね。わかりました」

室長に渡されたのは、新聞社の場所や私の偽名が書かれたメモだった。

(もしテロ組織と繋がってる記者がいるとしたら)

(身柄を確保できれば、テロ情報を事前に手に入れられるかもしれない)

頭を下げて、室長室をあとにした。

【新聞社】

‥というわけで、私はアルバイトとして、新聞社にいる。

山下

「さて、それじゃとりあえず、長野のデスクはそっちだ」

サトコ

「‥‥‥」

山下

「おい、長野?」

サトコ

「えっ?あ、は、はい!」

山下

「大丈夫か?ぼんやりしてるけど」

サトコ

「すみません。ちょっと緊張してしまって‥」

(そうだ、今は “長野” だった‥ちゃんと慣れなきゃ)

山下

「お前の面倒は、隣のデスクの奥野が見てくれるからな」

奥野

「‥は?」

声を掛けられた男性が、あからさまにめんどくさそうな顔をして振り返る。

奥野

「初耳ですけど」

山下

「いいだろ、人手不足だって言ってたし」

「バイトだから難しいことはさせられないけど、資料整理とか、主に雑用を頼む」

サトコ

「分かりました」

奥野

「なんで俺が‥」

サトコ

「あの‥よろしくお願いします」

奥野

「‥‥‥」

「‥チッ」

(‥舌打ち!?)

(今、舌打ちで返事した!?)

奥野

「仕方ねぇ。なら、まずはこの資料を25部ずつ作れ」

「15分後の会議で使う。急げよ」

バサッと大量の資料を置かれて、思わず時計と見比べる。

(これを、25部!?時間的に不可能じゃ!?)

奥野

「なんだ?できねぇのか?」

サトコ

「い、いえ‥やります!」

慌てて資料を手に取って、ハッとなる。

サトコ

「あの‥コピー機、どこですか?」

奥野

「‥あっちだ」

サトコ

「ありがとうございます!」

奥野

「‥‥‥」

コピー機に走る私を、奥野さんは手伝うこともなく、ただ眺めていた。

その後も、奥野さんから不可能だと思われる雑用を次々に丸投げされ‥

なんとかそれをこなしているうちに、時間はあっという間に過ぎていった。

奥野

「おい、バイト」

サトコ

「ひぃっ」

奥野

「‥『ひぃ』?」

サトコ

「な、なんでもないです!あの、なんでしょうか」

奥野

「ファイリングを手伝え」

サトコ

「はい‥」

さっさと行ってしまった奥野さんを、急いで追いかける。

(咄嗟に、『ひぃっ』って悲鳴が出ちゃったよ‥)

(なんかこの感覚、普段から味わってるような)

思い浮かんだのは、加賀さんの顔だった。

(そうだ‥奥野さんのスパルタ、加賀さんに似てるんだ!)

奥野

「おい、さっさと来い。やる気あんのか」

サトコ

「す、すみません!」

「やる気は充分あります!!」

奥野

「へー‥お前、弱音吐かないよな」

サトコ

「え?」

奥野

「俺の下で働く奴は、男でもすぐ逃げ出そうとする」

「お前も、半日で辞めると思ったけどな」

サトコ

「大丈夫です‥慣れてますから」

奥野

「何?」

サトコ

「あ、いえ、なんでもないです」

(‥加賀さんに似てるけど、奥野さんの方がちょっと優しいかも)

(加賀さんは、1ヶ月に1回、優しい言葉をかけてくれれば御の字って感じだし)

加賀さんの厳しさを考えると、まだ頑張れる気がする。

その日の仕事を終えると、疲れた身体を引きずりながら新聞社を出た。

【加賀マンション】

その夜、加賀さんから連絡があり、まっすぐ加賀さんの家にやってきた。

加賀

で、どうだった

<選択してください>

A: 疲れました

サトコ

「疲れました‥」

加賀

収穫はあったか聞いてんだ

サトコ

「で、ですよね‥」

「まだ初日なので、特に大きな動きはなかったです」

B: まだ収穫なしです

サトコ

「まだ収穫なしです。初日なので」

加賀

だろうな

向こうも、そう簡単に尻尾は出さねぇだろ

サトコ

「そうですね‥なんて言っても、テロ情報ですから」

C: 結構楽しいです

サトコ

「普段の仕事とは違って、結構楽しいです」

加賀

なら、そのまま転職しろ

サトコ

「えっ!?じょ、冗談ですよね!?」

加賀

さあな

収穫はゼロか

サトコ

「はい‥残念ながら」

予想していたかのように、加賀さんがソファに座りながらうなずく。

サトコ

「新聞社の規模やオフィスの状況は、さっき電話で話した通りです」

加賀

ああ

サトコ

「私の面倒を見てくれるのは、奥野さんっていう男性になったんですけど」

「なんていうか、そこはかとなく加賀さんに似てるような気が」

加賀

どうでもいい

サトコ

「ハイ‥」

加賀

くだらねぇことより、使える情報持って来い

(使える情報かあ‥とりあえず、明日からも奥野さんの雑用をこなしつつ)

(怪しい動きをしてる人を探る‥って感じかな)

加賀さんの部屋でお風呂に入らせてもらうと、疲れのせいかまぶたが重い。

サトコ

「今日、泊まっていってもいいんでしょうか‥」

加賀

その濡れた髪で帰るつもりか

ソファに座らされると、加賀さんがドライヤーで髪を乾かしてくれた。

(うう、気持ちいい‥このまま寝ちゃいそう‥)

(でも、加賀さんにこんな優しくしてもらえたら、1日の疲れも吹き飛んじゃうよ)

身体がどんどん傾いて、ソファに倒れ込みそうになる。

ドライヤーを止めて、加賀さんが私を抱きかかえ、寝室へと歩き出した。

【寝室】

ベッドに降ろされると、加賀さんの香りと温もりに包み込まれて、ホッとした。

サトコ

「おやすみなさい‥」

加賀

‥‥‥

目を閉じると、加賀さんの手がうごめくのがわかった。

部屋着の裾から、肌をまさぐるようにして手を差し入れられる。

サトコ

「!?」

加賀

寝かせるわけねぇだろ

サトコ

「わ、私‥今日はハードな1日で、かなり疲れてて!」

加賀

そりゃこっちの台詞だ

雑用をこなすしか能がねぇ駄犬を、勝手に連れていかれたんだからな

(そうだ‥ってことは、私の代わりに加賀さんのお手伝いをした人がいるはずだよね)

サトコ

「ちなみに‥普段私がやっている雑用は、今日はどなたが」

加賀

千葉だ

(千葉さん、ごめん‥!)

加賀

主人から勝手に逃げ出した覚悟はできてるだろうな

サトコ

「勝手にじゃないです‥!じょ、上司命令で!」

加賀

黙れ

ベッドに手をついて、その中に私を閉じ込める。

私を見下ろす加賀さんの色気に帯びた表情に、一気に目が覚めた。

(あっちでもこっちでも、雑用係なのは悲しいけど‥)

(こんなご褒美があるなら、頑張れる‥)

加賀さんに愛されて、疲れが癒えていくのを感じた夜だった。

to  be  continued

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする