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ヒミツの恋敵 加賀6話

【屋上】

テロ犯を確保したと思った直後、辺りを煙幕が覆うと同時に腕に痛みを感じた。

煙と痛みのせいで意識が朦朧とする中、私の傍に寄り添う加賀さんの姿が見える。

加賀

大至急、救護班を手配しろ。小料理屋の隣のビルの屋上だ

氷川が撃たれた

氷川を撃ったのは確保したのとは別のヤツだ

まだこの付近にテロ犯が複数いる可能性がある

救護要請をした後、加賀さんが電話を切る。

そして、悔しそうに私の手を取った。

加賀

痛むか?

サトコ

「だい‥じょうぶ‥です‥」

「加賀さん‥犯人は‥」

加賀

‥‥‥

サトコ

「加賀さん‥犯人‥!」

加賀

っ‥‥

私の手を握ったまま、加賀さんの視線が一瞬、出口の方へ向けられたのがわかった。

加賀

‥必ずつかまえる

絶対許せねぇ‥

今まで見たことがないほど悔しそうに、加賀さんが表情を歪めた。

奥野

「‥‥‥長野!」

誰かが、こちらに駆け寄ってくる音が遠くから聞こえた。

それと同時に、加賀さんは出口の方へと向かう。

奥野

「長野‥お前、なんで‥!」

「あんた、コイツを置いてくつもりか?」

サトコ

「奥野‥さ‥ちが‥」

加賀

‥コイツを頼む

奥野

「!?」

「おい‥待てよ!長野の恋人だろ!?」

サトコ

「奥野さ‥いい‥いいん、です‥」

奥野

「お前‥」

加賀

‥‥‥

加賀さんを引き留めたくなくて、必死に声を振り絞った。

加賀

‥一人の男である前に

俺は‥刑事だ

奥野

「‥!」

加賀さんがいつもの低い声でつぶやき、屋上を出て行く。

奥野

「しっかりしろ、長野‥!」

サトコ

「‥‥‥」

奥野

「お前、本当にいいのかよ‥」

(私たち‥は‥刑事、だから‥)

(犯人確保‥優先‥)

奥野さんの言葉に、私は無言でうなずく。

救急車やパトカーのサイレンの音に、意識を手放した‥‥

(加賀さん‥!よかった。無事だったんですね)

(テロの犯人は‥?事件は、どうなったんですか‥?)

加賀

‥‥‥

(加賀さん‥?)

加賀さんの姿を見つけ、呼び止めるが私の方を見ようとはしない。

加賀

俺は‥もし目の前でテメェが死ぬかもしれねぇって時

‥テメェを見殺しにしてでも、公安刑事としての仕事を全うする

(そんなの、わかってます‥それでいいんです!)

(事件解決よりも私を優先するなんて、そんなの、加賀さんらしくない)

加賀

‥大事な女一人、守れねぇ

俺は‥無力だ

(そんなことない‥加賀さんはいつだって、私の目標なんです)

(前だけを見てる加賀さんでいいんです。それでも、私は加賀さんの傍にいたい‥)

必死に言葉にしようとするのに、まったく声が出ない。

何も言わない私に背を向けて、加賀さんは暗闇の向こうへ歩き出してしまった。

(待って‥待って、加賀さん!)

(お願い‥私、頑張って加賀さんに追いつきますから‥!)

追いすがる私に、加賀さんは振り返ってもくれなかった‥

【病室】

(待って‥!行かないでください!)

(私じゃダメですか?私じゃ、加賀さんのパートナーは務まらないですか‥?)

サトコ

「‥加賀さん!」

自分の声で、目が覚めた。

涙が頬を伝い、枕を濡らしている。

(夢‥?)

涙を拭いながら起き上ると、銃弾がかすめた腕が痛んだ。

ぐるりと部屋を見渡して、そこが病室らしいことに気付く。

(そうだ‥テロ犯を取り押さえた後、煙を吸って‥それに、腕の痛みで気を失ったんだ)

(あの後、加賀さんはテロ犯を追ってるはずだ‥事件は解決できたのかな?)

カタン、と入口の方で物音が聞こえた。

サトコ

「加賀さん‥?」

奥野

「‥気が付いたのか」

部屋に入ってきたのは、加賀さんではなかった。

奥野さんには申し訳ないけど、気持ちが一気に沈む。

奥野

「‥具合、どうだ」

<選択してください>

A: 全然大丈夫です

サトコ

「もう大丈夫です。銃弾がかすっただけですから」

奥野

「‥ずいぶん、簡単に言うんだな」

「銃で撃たれたんだろ?普通なら、大騒ぎするところだ」

サトコ

「そうですね‥」

(でも私たちは、いつ事件の中で命を落とすかわからない‥)

B: お見舞いに来てくれたの?

サトコ

「もしかして、わざわざお見舞いに来てくれたんですか?」

奥野

「いや‥まあ、見舞いっていうより付き添いだ」

「誰も来られなそうだったから」

「素性を明かして、お前の目が覚めるまで、付き添わせてもらうことにした」

サトコ

「そうだったんですか‥すみません、ご迷惑をかけて」

C: 加賀さんに会いませんでしたか?

サトコ

「あの‥加賀さんに会いませんでしたか?」

奥野

「さあな。お前がここに運び込まれてから、一度も来てない」

サトコ

「そうですか‥」

(きっとまだ、捜査が終わってないんだ)

(‥加賀さんなら絶対に捕まえてくれる)

サトコ

「私、どのくらい眠ってたんですか?」

奥野

「あれから2日だ」

サトコ

「2日‥」

(事件はどうなったんだろう‥テロ犯は?)

事件のことを考える私のベッドの方に、奥野さんが歩いてくる。

奥野

「‥お前、本当は “長野” じゃないんだろ?」

サトコ

「はい‥長野は偽名で、本当は‥氷川です」

奥野

「そうか‥」

「わざわざ、偽名を使ったってことは潜入捜査か?」

サトコ

「‥!」

奥野

「俺は新聞記者だ。だいたい予想はつく」

サトコ

「騙してしまって、すみませんでした‥」

「でも、このことは‥!」

奥野

「わかってる。別にチクるつもりはねぇよ」

「何のために捜査をしてんのかも聞くつもりもない」

サトコ

「奥野さん‥」

奥野さんの優しさに、胸がチクリと痛む。

奥野

「‥氷川」

名前を呼ばれた直後、奥野さんに抱きすくめられていた。

サトコ

「お、奥野さっ‥」

奥野

「‥無事でよかった」

「お前が気を失ったあと‥病院に運び込まれるまで、生きた心地がしなかった」

本当に心配してくれていたらしく、私を抱きしめる奥野さんの腕に力がこもった。

サトコ

「あ、あの‥」

奥野

「‥ああ、悪い」

私の腕をかばうように、奥野さんが身体を離す。

何も言えない私の頭をひとつ撫でて、奥野さんが病室を出て行った。

奥野

「看護師に、お前の目が覚めたって伝えてくる」

サトコ

「あ‥ありがとうございます」

病室に一人きりになると、さっきの奥野さんの温もりに今さらながらに戸惑った。

(どうして、あんなこと‥)

加賀

あの男、テメェに気がある

思い出したのは、いつかの加賀さんの言葉。

(まさか‥そんな)

(でも、もしそうだとしても、私は‥)

翌日、ぼんやりと眺めていたテレビでは、あのテロ犯のニュースを報じていた。

アナウンサー

『‥の会食を狙った犯行と思われ、現在、犯人の行方を追っています』

(犯人、まだ捕まってないのかな‥)

(海外にでも逃げられたら大変なことになるし、なんとかして早く確保しないと)

石神

入院してまで仕事か。感心だな

振り返ると、病室の入口に石神教官が立っていた。

サトコ

「石神教官!お疲れ様です」

石神

その様子なら、怪我は大丈夫そうだな

サトコ

「はい。まだ少し動かすと痛いですけど、そのくらいです」

「少し昏睡状態になったのは、煙を吸ったせいだそうです」

持ってきた洋菓子店の箱をテーブルに置くと、石神教官がテレビを観る。

石神

まだ公にはしていないが、犯人は確保できた

サトコ

「本当ですか!?」

石神

ああ。小料理屋を狙っていた男と、お前を撃ったその仲間もな

そのうち、ニュースでも流れるだろう

サトコ

「よかったです。これで、ひとまずテロの脅威はなくなったんですよね?」

石神

いや、そうとも言えない

石神教官の表情は硬いままだった。

石神

犯行グループ全員を確保したわけじゃない

それに、テロ犯がどこから政治家たちのスケジュール情報を仕入れたのかもわかっていない

サトコ

「あ‥そうですよね。それに、テロ犯に情報を流してる犯人も‥」

石神

おそらく、その犯人はテログループに代議士たちの情報を流す代わりに

テロの犯行予告を事前に手に入れ、号外として流しているんだろう

(ということはやっぱり‥あの新聞社の誰かが、テログループとやり取りしてるんだ)

サトコ

「何人か、あの声と似てる人は絞ったんです」

「でも、まだ特定できてなくて‥怪しい行動も見られなかったし」

石神

潜入捜査すべてがうまくいくとは限らない

あの新聞社の中に、確実に情報を流してる人間がいるとわかっただけでも充分だ

怪我をしているせいか、石神教官がいつもより優しい気がする。

加賀さんのことを聞こうとした時、病室に誰かが入ってきた。

奥野

「氷川、具合はどうだ?」

サトコ

「奥野さん、今日も来てくれたんですか?」

奥野

「ああ、昼休みだからな」

「っと‥悪い、取り込み中だったか」

石神教官に気付き、奥野さんがこちらに来るのをためらう。

石神

氷川の上司の石神です

このたびは、部下がお世話になりました

奥野

「いえ‥だいたいのことは、なんとなくわかってますから」

奥野さんの様子から、公安刑事だということはバレてないみたいだ。

(まさか、自分の会社にテロ犯とつながりのある人間がいるなんて、思ってもみないだろうな‥)

石神

それじゃ氷川、無理はするなよ

サトコ

「はい。石神教官も、お忙しいのにありがとうございました」

石神

ああ、そのプリンは俺のおすすめだ。腹が減ったら食べろ

どうやら、さっきテーブルに置いたのはプリンだったらしい。

奥野

「なあ、ひとつ聞いてもいいか‥?」

サトコ

「はい‥?」

奥野

「お前が前に話してくれた仕事への情熱は、刑事へのもんだったのか」

<選択してください>

A: 嘘ついてごめんなさい

サトコ

「はい‥嘘ついてすみませんでした」

奥野

「昨日も言ったが、それがお前の仕事なんだろ」

「なら、胸張ってろ。悪いことしたわけじゃねぇんだから」

(奥野さん、優しいな‥騙したことにはかわりないのに)

(仕事のことを理解して、許してくれる‥)

B: 新聞社も楽しかった

サトコ

「でも‥新聞社の仕事が楽しかったことも、事実です」

奥野

「確かに、慣れてねぇくせに一生懸命だったよな」

「‥いっそ、このまま新聞社に勤めればいいんじゃねぇか」

サトコ

「え?」

奥野

「‥いや」

C: まだ刑事じゃないんです

サトコ

「実は私、まだ刑事じゃないんです」

「見習いっていうか‥でもいつかは、立派な刑事になりたいと思ってます」

奥野

「‥そうか」

どこかまぶしそうに、奥野さんが目を細める。

それから少し世間話をして、奥野さんは部屋を出て行った。

入院している数日間、もどかしい時間を過ごした。

(教官たちが入れ替わり来てくれて、状況は教えてくれるけど‥今の私には、何もできない)

(それに‥入院してからまだ一度も、加賀さんの顔を見ていない)

サトコ

「やっぱり、忙しいんだよね‥」

「早く、加賀さんの傍に戻りたいな」

奥野

「よう。今日はだいぶ顔色がいいな」

窓の外を眺めていると、いつものように奥野さんが顔を出した。

サトコ

「奥野さん‥すみません。毎日のように来ていただいて」

奥野

「気にすんな。好きでやってんだ」

「‥今日は、彼氏は来てくれたか?」

答えられずにいると、奥野さんがベッドの隣に立つ。

奥野

「‥寂しくないのか?」

サトコ

「‥‥‥」

「‥平気です!」

「私たちは、捜査を最優先にするのが当たり前です」

振り絞るように答えると、奥野さんが私の頭をそっと撫でた。

その手が、頬へと滑ってくる。

サトコ

「奥野さ‥」

奥野

「‥我慢するな」

それは、今まで聞いたどの声よりも、優しく響いた。

奥野

「俺なら‥お前に、そんな顔はさせない」

「お前の傍にいてやれるし‥いつでも、駆けつけてやる」

サトコ

「‥奥野さん?」

奥野

「仕事が優先だからって‥倒れてるお前を、他の男に任せたりしない」

「‥どんな時だって、お前を守ってやる」

静かな声が、病室に響いた‥

to  be  continued

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