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ヒミツの恋敵 加賀7話

【病室】

奥野

「俺なら‥お前に、そんな顔はさせない」

「お前の傍にいてやれるし‥いつでも、駆けつけてやる」

「‥どんな時だって、お前を守ってやる」

ふたりきりの病室で告げられた言葉に、何も答えられなかった。

(それって‥)

奥野

「‥刑事とは言っても、お前は女だ」

「俺の前では‥女に戻っていい」

そっと手を取られて、まっすぐに見つめられる。

ストレートな言葉だったのに、その意味をすぐには理解できなかった。

サトコ

「あの‥奥野さん」

奥野

「‥お前、鈍いんだな」

クッと、奥野さんが苦笑いする。

それがほんの少しだけ、加賀さんと重なった。

(どうして、こんな時にも加賀さんのことばっかり‥)

(目の前にいるのは、奥野さんなのに‥)

サトコ

「私‥寂しくないです」

「仕事のことは、ちゃんと分かってます‥自分だって、見習いとはいえ刑事ですから」

「きっと、私が加賀さんと同じ立場でも同じと思います」

奥野

「でも、四六時中仕事人間でいるわけにいかないだろ」

「‥たまには、自分を “女” に戻してやれ」

(女に、戻してやる‥)

その言葉に、涙がひとすじ、頬を伝った。

自分でも驚き、慌てて涙を拭う。

サトコ

「すみません。こんなつもりじゃ‥」

奥野

「いい」

「お前は少し、我慢しすぎだ」

奥野さんの大きな手が、肩に触れる。

その優しさに、涙が止まらなくなった。

(我慢なんてしてない‥寂しくなんてない)

(加賀さんが好きだから‥どんなことがあっても、ついていきたい)

そう言い聞かせてきたのに、知らないうちに寂しさを感じていたのかもしれない。

気付かないフリは、奥野さんには通用しなかった。

サトコ

「すみません‥大丈夫ですから」

奥野

「いいから、少しくらい甘えろ」

「刑事じゃなくなれば、お前はただの女だ‥今は、それでいい」

(よくない‥こんなの、ずるい)

(なのに、涙が止まらない‥)

そっと、奥野さんが私を抱きしめる。

あとからあとから涙がこぼれてきて、どうしようもなくなった。

奥野

「お前がバイトで入って来た時、ずいぶん力が入ってるように見えた」

「逆に、肩ひじ張りすぎてすぐ疲れて辞めちまうだろうと思ってたんだけどな」

静かな、奥野さんの声が病室に響く。

奥野

「でも、お前はそんなヤワな女じゃなかった」

「ただ、頑張りすぎていつか壊れるんじゃねぇかとハラハラする」

私に優しく語りかける奥野さんの声は、今まで以上に優しい。

<選択してください>

A: 奥野さんは勘違いしてる

サトコ

「奥野さんは、勘違いしてます‥私は、奥野さんが思うような人間じゃないんです」

「捜査のために必死になって、空回りして‥みんなに迷惑をかけてるだけで」

奥野

「普通なら、そうなる前に投げ出してる」

「‥もっと、自分を評価してやれ」

サトコ

「‥ダメなんです。加賀さんに認めてもらうために、もっと頑張りたいんです」

「だから、私は‥」

B: すぐ泣き止みます

サトコ

「すみません‥すぐ、泣き止みますので‥」

奥野

「いや‥お前の気が晴れるまで泣け」

「いつまでだって‥こうしててやる」

奥野さんが、ぎゅっと私を抱きしめてくれる。

(でもこれは‥逃げてるだけだ)

サトコ

「‥ごめんなさい。私‥」

C: 身体を離す

(奥野さんの優しさに甘えちゃ‥ダメだ)

そっと、奥野さんの胸に手を添えて身体を押し戻した。

奥野

「氷川‥」

サトコ

「奥野さん‥私」

奥野

「‥言うな」

私の手をつかみ、奥野さんが至近距離で見つめる。

奥野

「返事はわかってる。お前を困らせようとしたんじゃない」

「それに‥お前の寂しさにつけこんで、彼氏から奪おうとも思ってない」

サトコ

「はい‥」

奥野

「でも‥一人で頑張るお前を支えたいって気持ちは本当だ」

「もし、ほんの少しでも可能性があるなら‥まだ、言うな」

(可能性‥)

(加賀さんと別れて、奥野さんと付き合う‥?)

サトコ

「それは‥」

奥野

「混乱させて悪かったな」

「‥今日はゆっくり休め。もうすぐ、退院だろ」

サトコ

「あっ、奥野さん‥!」

もう一度私の頭を撫でると、奥野さんは返事を聞くことなく部屋から出て行った。

その背中を眺めている間に、ようやく激しく脈打つ心臓の音が収まってきた。

(いくら、加賀さんがお見舞いに来ないからって‥)

(どうして抱きしめられた時、すぐに断れなかったんだろう)

『まだ言うな』と言われた時も、強引にでも断ることはできた。

なのに、それをしなかった弱い自分が情けない。

(今度会った時、ちゃんと断ろう)

(私は、加賀さん以外の人は考えられない‥何があっても、加賀さんについていきたい)

その時、携帯がメールの着信を告げた。

見ると、送信者は『加賀さん』となっている。

(加賀さんからメール‥!)

急いで開けてみると‥そこには、たった一言。

‥‥‥『あいつといろ』

(え‥)

(あいつって‥まさか、奥野さん‥?)

慌ててベッドから起き上がり、点滴スタンドを引いて廊下を覗く。

しかし、加賀さんの姿はなく、かわりにドアに何かがぶら下がっていた。

サトコ

「‥!」

袋の中身を確認してみると、加賀さんが好きなお店の大福が入っていた。

ちょっとでも寂しさを感じてしまったことに、申し訳なく思う。

(でも、加賀さん‥来てくれたんだ‥)

(なのに、あんなところ見せちゃった‥)

サトコ

「誤解されたかもしれない‥」

急いで、さっきの状況を説明するためにメールを打つ。

しかし、いくら待っても加賀さんからの返信はなかった‥

【屋上】

翌日も、加賀さんから連絡はない。

(どうしよう‥きっと、奥野さんに抱きしめられたところ見てたよね)

(電話してみようかな‥でも今は、テロ未遂事件のことで忙しいだろうし)

病室で悶々としていても仕方ないので、気晴らしに屋上へとやってきた。

柵に寄りかかって外を眺めていると、誰かが近づいてくる足音が聞こえて振り返る。

難波

よう。元気そうだな

サトコ

「室長!わざわざ来て下さったんですか」

難波

他の奴らから、お前の経過は聞いてたんだけどな

もう、歩き回っていいのか?

サトコ

「はい。検査の結果も良好だったので、平気です」

「あの、室長‥退院したらすぐ、捜査に戻っていいですか?」

勢い込んで尋ねると、室長が少し、面食らった顔になる。

でもすぐに、首を振った。

サトコ

「身体なら平気です!ご迷惑はおかけしませんから‥」

難波

‥お前は、今回の捜査から外れた

サトコ

「‥え?」

難波

加賀の意向だ

その言葉に、頭が真っ白になった。

サトコ

「どうしてですか‥?」

難波

さあな。だがアイツは、理由もなくそんなことする奴じゃない

お前に、させたくない “何か” があったんじゃないのか

(私にさせたくない “何か” ‥?)

加賀

目の前の事件を未然に防げる可能性がある

その可能性をテメェの感情が潰すなら、公安なんざやめちまえ

思い出したのは、いつかの加賀さんの言葉だった。

そして、昨日の加賀さんからのメール。

『あいつといろ』

(加賀さん‥本当に、私が奥野さんと付き合えばいいと思ってる‥?)

(だから私を捜査から外して、奥野さんから情報を聞きださなくてもいいようにしたの‥?)

難波

アイツは、いつだって言葉足らずだからな

加賀なりに、大事な補佐官を守りたかったんじゃないのか

ショックを受ける私を落ち着かせるような、室長の低い声が降ってきた。

難波

人には、向き不向きがある。その中で折り合い付けてやってきゃいい

‥加賀の想いを、無駄にするな

まるで加賀さんの判断を擁護するように静かに告げて、室長は屋上を出て行った。

(人には、向き不向きがある‥)

(私は捜査から外れて、奥野さんと一緒にいればいい‥?でも‥)

東雲

あれっ?なんだ、来て損した

突然、久しぶりの声が後ろから飛んできた。

振り返ると、難波室長と入れ替わりに東雲教官がこちらに歩いてくる。

サトコ

「東雲教官‥」

東雲

なに、その顔?体調悪いの?

サトコ

「いや、体調は悪くないんですけど‥」

「‥どうかしたんですか?」

東雲

別に、どうもしないけど‥キミの容体になんて興味ないし

毎日颯馬さんたちが話してるの聞こえるから、嫌でもわかるし

サトコ

「うぐっ‥」

(この嫌味も結構久しぶりだな‥)

(ずっと潜入捜査で新聞社にいたから、東雲教官とも全然会ってないし)

東雲

兵吾さんの代わりに来てみたけど、別に来なくてもよかったね

サトコ

「加賀さんのかわり‥?」

東雲

兵吾さん、毎日遅くまで、例のテロ未遂事件にかかりっきりだから

学校にもほとんど来てなくて、他の教官たちと透が代わりに講義してるくらいだし

<選択してください>

A: 何か手伝わせてください

サトコ

「教官‥私にも、何かお手伝いさせてください!」

東雲

この状況で?どうやって?

今キミができることは、さっさと怪我を治して退院するくらいじゃないの

(確かに、入院してたら何もできない‥)

B: 潜入捜査に戻りたい

サトコ

「私‥やっぱり、潜入捜査に戻りたいです」

東雲

ああ、キミ、今回の捜査から外されたんだっけ

やめといたら?なんで外れたのか、考えた方がいいよ

(室長は、加賀さんの意向だって言ってたけど)

サトコ

「でも‥このままじゃ、私‥」

東雲

なんでもいいけど、そういうのは室長に言ってくれる?

C: 捜査に進展はないの?

サトコ

「加賀教官がそこまで捜査してるのに、進展はないんですか?」

東雲

そう簡単に解決するなら、警察なんていらないでしょ

キミは捜査から外れたんだし、大人しく完治するまで入院してたら?

(東雲教官、私が捜査から外されたこと、もう知ってるんだ‥)

東雲

そうそう、兵吾さん、毎日ここに寄ってキミの顔を見て帰ってるみたいだけど

サトコ

「‥え?」

東雲

四六時中付き添うわけにはいかないから

せめて、顔くらいは見たいと思ってるんじゃない?

(加賀さんが、私のお見舞いに‥?)

東雲

ほんと、ご苦労さまだよね。捜査で疲れてる上にキミの顔を見るとか

そんな拷問を自らに課すなんて‥

サトコ

「でも、私は一度も会ったこと‥」

東雲

だから言ってるじゃん。毎日遅くまで事件にかかりっきりだって

捜査の合間とか、夜遅くとかにしか来れないんでしょ

東雲教官の言葉は、すぐには信じられなかった。

(だから昨日も、捜査の合間に来てくれたの‥?)

(じゃあタイミングが少しでもずれてたら、加賀さんに会えたかもしれないんだ‥)

東雲

今日だって、わざわざオレに病院に行かせて、キミの様子を見に来させたんだよ

はあ‥兵吾さんって、意外とこういうところがめんどくさいんだよね

サトコ

「‥‥‥」

東雲

兵吾さんなりに、自分の大事な飼い犬のことを心配してるんだね

自分が言いたいことを言って、東雲教官は屋上から姿を消した。

(時間が空いたら、来てくれた‥)

(どんなに遅くなっても‥私の様子を見に‥)

初めて知ったその事実を胸に、私も病室へ戻った。


【病室】

病室に戻ってテレビをつけると、またあのテロ未遂のニュースを報じていた。

(加賀さんは、これを解決しようと頑張ってる)

(なのに、毎日私の様子を見に来てくれた‥)

難波

‥お前は、今回の捜査から外れた

加賀の意向だ

加賀さんはきっと、私が奥野さんを利用するという方法を取れないことに気付いていたのだろう。

(だから、今回の狙撃のタイミングで捜査から外した‥)

(そして私に、奥野さんと一緒にいろ、って‥)

サトコ

「テロ犯から守ってもらって、今度は自分の甘さからも守ってもらってる‥」

(本当に、これでいいの?加賀さんに守ってもらって、自分は何もしないで)

(私は一体、何を加賀さんから学んできたんだろう)

奥野

『お前がバイトで入って来た時、ずいぶん力が入ってるように見えた』

『逆に、肩ひじ張りすぎてすぐ疲れて辞めちまうだろうと思ってたんだけどな』

(奥野さんは、私が頑張ってるって言ったけど、それは違う‥)

(加賀さんは口が悪いけど、いつも私を導いてくれていた)

厳しいやり方だけど、そのおかげで挫けずにここまで来られた。

サトコ

「このままでいいわけない!」

テレビの前に置いてある携帯を手に取り、室長の番号を呼び出した。

すぐに、室長が電話に出てくれる。

サトコ

「お疲れ様です、氷川です!先ほどはありがとうございました」

難波

どうした?

サトコ

「お願いします。退院したら、捜査に戻してください!」

難波

‥‥‥

サトコ

「最後まで、やらせてください!」

必死にお願いすると、電話の向こうの室長の口調が変わった気がした。

難波

‥自分のすべきこともわからないひよっこをか?

サトコ

「‥‥‥!」

難波

わかってるのにやらねぇのは、わからねぇよりもタチが悪い

潜入捜査の意味を思い出せ。ただホシを追えばいいってもんじゃねぇぞ

サトコ

「‥わかってます」

「誰かを利用しても‥たとえ納得できない汚い手でも」

「事件を解決するためなら‥やってみせます!」

難波

‥そうか

なら、戻って来い

あっさりそう言うと、室長との電話は切れた。

(今、私がすべきこと‥)

(それは捜査を外れることでも、ましてや奥野さんと一緒にいることでもない)

サトコ

「私がやるべきなのは‥テロの情報を手に入れることだ」

テロのニュースを流すテレビを眺めながら、そう決意した。

その翌日、病院に奥野さんを呼び出した。

奥野

「どうした?急に『来てほしい』なんて」

サトコ

「すみません‥退院まで、待ってる時間がないんです」

「単刀直入に伺います‥奥野さんの周りに、テログループと繋がっている人がいます」

奥野

「!」

サトコ

「信じられないかもしれませんけど‥本当なんです」

「思い当たる人はいませんか?怪しい行動をとってるとか」

「最近になって、よくテロ予告の号外を出してる人とか」

奥野

「‥‥‥」

奥野さんの表情を見ようと、畳みかけるように質問する。

奥野さんは何かをためらうような仕草を見せたものの、私から目を逸らすだけだった。

奥野

「そうか‥お前、それでバイトに‥」

サトコ

「‥ここの新聞社だけなんです。テロ予告をすっぱ抜いたのは」

「公にしてない情報を、どこよりも先に掴んで発信してる」

心当たりがあるのか、奥野さんは一言一言、確認するように話した。

奥野

「‥確かに、テログループと繋がるなんてとんでもねぇことだ」

「でも‥そうやって取引して情報を得てる奴は、ゴマンといる」

サトコ

「奥野さんは、それでいいんですか!?」

奥野

「‥‥‥」

サトコ

「テロ組織と繋がってる新聞社なんて、それでいいんですか?」

「本来テロ組織に流してはいけない情報が、新聞社から流れてる可能性があるんです」

必死の説得しても、奥野さんは何も話さない。

(でも‥この反応、少しおかしい)

(もし知り合いがテログループと繋がってるって知ったら、もっと驚くはず‥)

でも奥野さんは、それを知っているかのように見える。

そしてその上で、私に言おうかどうしようか迷っている気がした。

サトコ

「奥野さん‥何か知っていますよね?」

奥野

「!!!」

サトコ

「お願いします、どんな些細なことでもいいんです!」

「この間は未然に防げましたけど、もしかしたら次は、犠牲者が出るかもしれないんです!」

奥野

「‥‥‥」

サトコ

「奥野さんは‥大好きな仕事が、犯罪目的に使われてもいいんですか?」

「誰かの犠牲の上に成り立つスクープに‥なんの意味があるんですか!」

黙っていた奥野さんが、ようやく、顔を上げた。

奥野

「誰かの犠牲の上に成り立つスクープ、か‥」

「なんで、あの人は‥それに手を染めちまったんだろうな‥」

サトコ

「‥奥野さん、知ってるんですか?」

それからまたしばらく、奥野さんは口を開かなかった。

でもようやく、諦めたように肩を落とす。

奥野

「‥前に、保管室でお前が見つかりそうになったことがあっただろ」

サトコ

「‥はい。奥野さんに助けてもらいましたよね」

「実はあの時、犯人がテロ犯と電話を‥」

奥野

「ああ、知ってる」

私の言葉をさえぎり、奥野さんが目を伏せた。

奥野

「あの電話の会話‥俺も聞いたからな」

サトコ

「‥え?」

奥野

「だが、信じたくなかった。あの人が、そんなことするなんて」

「あの人は誰よりも記事を愛して、記者の仕事に誇りを持ってるって言ってた」

サトコ

「‥まさか」

奥野

「‥あの電話の声は‥」

奥野さんの口からこぼれたその名前に、血の気が引くのを感じた‥‥‥

to  be  continued

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