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総選挙2016① 俺が君を見つけた日:石神2話

【弁当屋】

(もうそろそろ閉店かな)

時計を見て、小さくため息をつく。

サトコ
「石神さん、今日も来なかったな‥」

いつでも返せるように、ポケットに入れている小型の機械にそっと触れる。

石神
数日後には、ここを離れないといけないので

サトコ
「‥‥‥」

(最後に1回くらい会えるかなって思ってたけど‥)
(‥もう会えないのかな)

伯父
「ぼさっとしてんじゃねぇ!もう閉店時間だろう!!」

サトコ
「っ、はい!」

(早く片付けなきゃ‥)

暖簾を下げようと、お店の入口に向かうと‥

石神
‥こんばんは

サトコ
「石神さん!」

久しぶりに見た石神さんの姿に、ホッと胸を撫で下ろす。

サトコ
「こんばんは。お店を閉めるところだったので、ちょうどよかったです」
「今日もプリンですか?」

石神
いえ‥

石神さんは一度言葉を切り、真っ直ぐ私を見つめる。

石神
今日は貴女をもらいに来ました
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サトコ
「!」

(私をもらいに来たって‥)

石神さんの瞳に射抜かれ、目を逸らすことができない。

サトコ
「あ、あの‥それはどういう‥」

石神
‥貴女は今のまま、あの伯父の言いなりで幸せですか?

サトコ
「っ‥」

(幸せだなんて、そんなことない‥)

伯父のところにきてから、辛い毎日だった。
怒鳴られたり、時には手を上げられそうになったり‥
挙句の果ては、望まない結婚を強いられている。

(でも‥)

自分の想いを飲み込むように、ギュッと手を握り締める。

サトコ
「身寄りのない私を引き取って、ここまで育ててくれたのは伯父です」
「伯父には育ててくれた恩があります」
「私はその恩を返さなきゃいけないんです」

決して目をそらさずに、ハッキリとした口調でそう返す。

石神
それは貴方の本心ですか?

サトコ
「!」
「それは‥」

石神
自分の気持ちを押し殺して、本当に幸せになれるんですか?

石神さんの言葉が刃となり、私の心を抉る。

石神
貴女は伯父の操り人形なんかじゃない。ひとりの人間なんです
もっと‥自分の幸せを望まないとダメです

サトコ
「っ、そんな簡単に言わないでください!」
「私だって‥私だって‥‥!」

目頭が熱くなるのを感じながら、震えそうになる手を必死に抑える。

サトコ
「本当は‥結婚なんて、嫌‥」

石神
‥サトコ

サトコ
「っ‥」

石神さんは私の手を掴み、強く握りしめる。

石神
行きましょう

サトコ
「ど、どこに‥」

石神
‥いいから

石神さんが私の腕を引いた、その時

伯父
「なんだ、てめぇは」

石神
‥‥‥

サトコ
「あっ‥!」

伯父さんを強く睨みつけ、石神さんはそのまま入口の扉に手を掛ける。

伯父
「おいっ!」

伯父さんの言葉を背に受けながら、私たちはお店を後にした。

【車】

石神
‥‥‥
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サトコ
「‥‥‥」

車に揺られながら、運転席の石神さんを見る。

サトコ
「‥石神さん。何故ここまでしてくれるんですか?」

石神
‥‥‥

石神さんはチラリと私を見て、口を開く。

石神
‥俺にもよく分からない
ただ、俺と貴女は似ていると思ったんだ

サトコ
「え‥?」

石神
俺は‥貴女と同じで身寄りがない。長い間、孤独を味わってきました

サトコ
「!」

(石神さんも、私と同じ‥?)

サトコ
「石神さ‥」

(っ、クラクションの音が‥)

鳴り続けるクラクションに、後ろを見る。

サトコ
「伯父さん!?」

石神
ここまで追いかけてくるとは‥しっかり掴まってろ

サトコ
「きゃっ」

石神さんがハンドルを切ると、車体が大きく揺れる。

(すごい‥!)

伯父さんが乗っている車が、みるみるうちに遠くなっていく。

石神
このまま振り切るぞ

私たちを乗せた車は、夜の街を駆け抜けていった。

【村】
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サトコ
「ここは‥」

車から降りると、離れたところにいくつかの古民家が見えた。
自然の中にある村はとても静かで、外を出歩いている人は誰もいない。

石神
ここまでくれば、さすがに追ってこないだろう

サトコ
「‥‥‥」

優しい風が頬を撫でるのを感じながら、私は石神さんの正面に立つ。

サトコ
「石神さん、ありがとうございます。私のためにここまでしてくれて」

石神
‥礼なんて結構です。俺が勝手にしたことですから

サトコ
「勝手だなんて、そんなことありません!」
「もし石神さんがいなかったら、私は‥」
「私は、あのまま伯父の言いなりになって、知らない人と結婚しなきゃいけなかったんです」
「だから‥石神さんには感謝しかありません」

石神
サトコさん‥

サトコ
「石神さん‥」

石神さんに近づこうと、一歩踏み出したその時。

サトコ
「あっ‥」

ポケットから、小型の機械が落ちた。

石神
これは‥

サトコ
「す、すみません!落としちゃって‥」
「これ、石神さんのですよね?」

石神
‥ええ

石神さんは小型の機械を広い、ぼんやりとそれを眺める。

サトコ
「この機械、見たことないですけど‥なんですか?」

石神
これは‥

一度言葉を飲み込み、石神さんは意を決したように口を開く。

石神
これは未来との通信に使うものです

サトコ
「未来、ですか?」

石神
‥‥‥

石神さんは小さく頷くと、言葉を続ける。

石神
俺は‥未来から来た、未来人です

サトコ
「えっ!?」

(み、未来人って‥)

驚きのあまり目を丸くする私に、石神さんは苦笑いする。

石神
いきなりこんなこと言われても、困りますよね

サトコ
「い、いえ‥」

石神
無理に信じて欲しいとは言わない。ただ、これは事実です

サトコ
「‥‥‥」

私は静かに、石神さんの言葉に耳を傾ける。

石神
俺はここよりも先の未来をよりよくするため、過去に戻って様々な調査をしていました
さしずめ、政府の秘密機関に所属しているエージェントというところでしょうか
調査期間が終わり、本来なら元の時代に戻らなければならなかったのですが‥
どうしても、貴方のことが気がかりだった

サトコ
「私、ですか‥?」

石神
はい
俺は‥いつの日からか、サトコさんに恋をしていたんだ

サトコ
「!」

石神さんは頬を染めながら、私の手をそっと握る。

石神
過去の人間に恋することは禁じられています
だけど‥この気持ちを止めることができなかった

サトコ
「石神、さん‥」

熱い眼差しを受け、心に熱が灯る。
私は思わず、石神さんの手を小さく握り返した。

石神
‥サトコ

(あっ‥)

気付いたら、私は石神さんの腕に抱かれていた。
石神さんの温もりが、全身に伝わる。

石神
俺は‥サトコのことが好きだ

そして、ゆっくりと石神さんの顔が近づいて‥

石神
‥‥‥

唇が触れ合う直前、ピタリと止まった。

石神
‥すみません。貴女の気持ちを聞いていないのに‥

サトコ
「私は‥」

石神
今日は日替わり弁当と‥プリンはありますか?
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サトコ
『すみません、プリンは品切れちゃいまして』

石神
そうですか‥

サトコ
『今日は何になさいますか?』

石神
唐揚げ弁当と‥プリンをお願いします

サトコ
『ふふっ、石神さんって本当にプリンが好きなんですね』

サトコ
『本当は‥結婚なんて、嫌‥』

石神
‥サトコ

サトコ
『っ‥』

石神
行くぞ

(私は‥)

石神

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私は全ての想いを伝えるように、石神さんの唇にキスをした。

石神
サトコ‥

石神さんはまっすぐに私を見つめ、コツンと額を合わせる。

石神
‥もうあの弁当屋のプリンを食べられなくなるのが寂しいな

サトコ
「大丈夫ですよ。私が作りますから」

石神
ああ‥そうだな

サトコ
「ん‥」

唇が重なり、熱いキスを何度も繰り返す。
とろけるくらい甘いキスに、石神さんの服をギュッと掴む。

(家や未来を捨てた私たちに、何も残ってないけど‥)

白紙になった未来に、2人の自由は広がっている‥
石神さんが重ねてくれた手の暖かさが、そう思わせてくれた。

Happy  End

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