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総選挙2016① 心霊旅館:東雲 カレ目線

【旅館】

携帯用プリンターが次々と紙を吐き出している。
印字されているのは、どれも「心理現象のウソを暴く」といったもの。
1時間かけて、オレがネット上で調べ上げたものだ。

(ほんと、くだらなすぎ)
(いい大人が『幽霊』で騒ぐとか)

それでも放っておけなかったのは、騒いでいたのが「あの子」だったからだ。

(『同僚』‥『後輩』‥)

そして‥

(『数か月前、オレに告白してきた子』‥)

思えば、彼女の第一印象はあまりよろしくなかった。
開発部を希望していたのに、営業部署に配属されてきた気の毒な子。
でも、うちの会社じゃ、そんなのよくあること。

(どうせなめてんだろうな)
(『希望部署じゃないからヤル気が起きない』って‥)

なのに、気がつけばあの子は「営業部の一員」になっていた。
営業先を大手ライバル社に取られたときは、歯を食いしばって涙を堪えていた。

(昨日だって‥)

サトコ
「し、室長‥できました‥企画書‥」

難波
おい、凄い顔つきだな

サトコ
「すみません‥徹夜明けでして‥」

確かに、髪はボサボサでノーメイク。
コンタクトレンズが辛かったのか、ダサいメガネをかけている。

(怖‥まさにゾンビじゃん)

自席で眺めながら、こっそり呟いていたオレ。
なのに彼女は企画書にOKが出ると嬉しそうに笑ったんだ。

サトコ
「良かった‥東雲先輩のおかげです‥」

難波
ん?

サトコ
「先輩、昨日アドバイスをくださって‥」
「それで何とか形になったようなもので‥」

(‥別に、アドバイスなんてしてないし)

いつまでも行き詰っていたからほんの少し声を掛けただけ。
彼女が気付いていない企画のキモを指摘しただけ。

(その程度で『オレのおかげ』とか‥)

気に入らない。
ほんと気に入らない。

(そもそも何?)
(オレのおかげとか言ってるわりに、オレの前ではいつもビクビクしているくせに)

もっとも、その原因はなんとなく分かっている。

数か月前、オレが失恋した日のこと。
あの子は真っ直ぐな目でオレの前にたちはだかったんだ。

サトコ
「立候補します」

東雲
は?

サトコ
「私が先輩の恋人になります!」

その目があまりにも真剣で‥
苦しくなるくらい、まっすぐすぎて‥

東雲
え、無理

サトコ
「!」

東雲
キミと付き合うとか、ありえないし

サトコ
「そ‥」
「そう‥ですか‥」

まっすぐだった目が、ゆらゆらと揺れた。
あれ以来、彼女はオレをまっすぐな目で見なくなった。

【旅館】

(まぁ、確かにひどいフリ方だったけど‥)
(だからって距離取りすぎじゃん)
(ロビーで話しかけた時も、隣に座っただけで露骨にビビってたし)

だから、あの子はいつまで経っても気づかないのだ。
ピーチネクターを飲む横顔を、オレがずっと見ていたこととか。
「話ならあります!」とすがりつかれたとき、オレの頬が赤くなっていたこととか。

(ほんと、鈍すぎ‥)
(人の気持ちは、変わってゆくものなのに)

そう、オレはあの子を気にかけている。
自分がフッたはずの後輩のことを、皮肉にも好きになりかけている。

(いや、違う‥)
(もう『好き』なんだ)

だから、同じ部屋で1泊なんてできない。
夜の遅い時間に部屋を訪ねたくなんてない。

(なのに、あんなに怖がっているから‥)

【サトコの部屋】

何度もドアをノックして、LIDEでメッセージまで送って‥
ようやく顔を出した彼女に、オレはプリント用紙を押し付けた。

(あとは自分の部屋に戻るだけ)

それなのに‥

サトコ
「すみません、先輩‥」
「これ‥調べるの大変でしたよね」

東雲
‥は?

サトコ
「なのに私が幽霊を怖がったりするから‥」
「そのせいで先輩によけいな手間をかけさせてしまって‥」

相変わらず立ちはだかる分厚い壁。
それにカッとなって言い返そうとしたそのとき‥
見てしまったのだ。
彼女の指先がガタガタと震えていることを。

(‥バカ!)

放っておけなかった。
放っておきたくなかった。
結局、オレは様々な理由をつけて彼女の部屋にあがりこんだ。
一度そうなってしまったらどうなるか‥
薄々分かっていたはずなのに。

(やった‥やってしまった‥)
(あんなにはっきり『何もするわけない』って言い切っていたのに)

理性なんて脆かった。
暗闇の中で抱きしめた身体が柔らかすぎて、夢中で距離を縮めてしまった。

(なのに、寝てるし)
(しかもキスの途中で)

こんな屈辱、味わったことがない。
そのくせ、心のどこかでホッとしている自分がいる。

(がっつきすぎたし‥)
(全然優しくできなかったし‥)

何より、彼女の問いに答えられなかった。
好きなのか、と。
本当に好きでいてくれるのか、と。
不安そうに何度も訊ねてきたのに、結局すべて無視してしまった。

(だって今さら‥)
(キミが好き、とか)

やっぱりオレはひどい男なのかもしれない。
彼女をフッたときも、ついさっきのあれもこれも‥
彼女が望んでいることは、たぶん何ひとつ出来ていないのだ。

(なのに、キミを自分のものにしたいとか‥)

ふと見ると、眠っているはずの彼女の目から涙が1粒零れ落ちていた。
それを、そっと指で拭って‥
彼女の耳元に唇を近づけた。

東雲
好き‥

サトコ
「‥‥‥」

東雲
好きだ。キミのことが

返ってきたのは「すぅ‥」という穏やかな寝息だけ。

(‥サイアク)

自分の身勝手さにうんざりした。
こんなところで口にしても、彼女に伝わるはずなんてないのに。

(どうして素直になれないんだろう)

本当は、きちんと「好き」と伝えたい。
彼女の笑顔をもっと見てみたい。

(もっと優しく‥彼女に触れてみたい)

頬の輪郭を、ゆっくり手のひらでなぞってみる。
髪に触れ、こめかみに触れ‥
震えるまつげに唇を近付けてみた。

(そう、こんなふうに‥)

ただ優しく触れることが出来たら‥

サトコ
「う‥ん‥」

東雲
‥っ!

驚いて、身体を起こした。
彼女はむずがるように寝返りを打って、オレに背中を向けてしまった。

(‥小心者か)

けれども、これが本当のオレ。

(眠っていれば何でもできる)
(なのに、目覚めたとたん、できないなんて‥)

ふと、自虐的な思いが頭をよぎった。

(もし、オレが彼女を捕まえなかったら?)
(オレ以外の人間が、この手を掴んだら?)
(もしかしたら、その方が彼女は幸せに‥)

『代わろうか』

(え‥)

『ボクが、キミと代わろうか?』

頭をあげて、ゆっくりと辺りを見回した。
分かっていたことだけど、この部屋にはオレと彼女以外、誰もいない。

(‥‥バカバカしい)
(心霊現象なんてあり得ない‥)

それなのに、ふわ、と意識が浮き上がった。
まるで眠りに落ちる寸前のように。

『代わるよ』

(無理‥‥)
(あの子は‥‥オレ‥の‥‥‥)

何故か急速に意識が遠のいていく中で、オレはかろうじて手を伸ばした。
彼女に触れるために。
柔らかな身体を、この腕の中におさめるために。

End

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