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総選挙2016① 心霊旅館:東雲1話

その旅館は、寂れた町のかなりはずれにあった。

サトコ
「ごめんくださーい。先ほどお電話をした氷川ですが···」

【旅館】

女将
「いらっしゃいませ。氷川様と東雲様ですね。お待ちしておりました」

サトコ
「すみません、急なお願いに対応して頂いて」

女将
「いえ、うちは構いませんよ」
「それより大変だったでしょう。まさか列車事故が起きるなんて」

サトコ
「はい、まぁ···」

この日、私は出張でY県の山奥に来ていた。
予定では最終列車で都内に戻るはずが、まさかの事故で列車は運行休止。
そのため、同行して頂いた東雲先輩と旅館に1泊することになったのだ。

女将
「ところで、お部屋ですが···」
「その···お2人で1部屋でもよろしいでしょうか?」

サトコ
「えっ!?」

女将
「あいにく、今日はほぼ満室でして···」
「よろしければ、氷川様と東雲様は同部屋でご了承いただければと」

サトコ
「え、ええと、でも···」

東雲
困ります

それまで黙っていた東雲先輩が、いきなり私の前に進み出てきた。

東雲
同室は困ります。2部屋用意してください
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サトコ
「せ、先輩、でも···」

東雲
『ほぼ満室』とういうことは、まだ空き部屋があるんでしょう?

女将
「それは、まぁ···」
「···かしこまりました。それでは2部屋用意いたしますので、しばしお待ちくださいませ」

私は、ちらりと東雲先輩の横顔を見た。

(あんな言い方しなくても···)
(そりゃ、先輩が私のこと嫌いだって知ってるけど···)

【部屋】

10分後。
先輩は当初の予定通りの部屋に、私は急きょ用意された部屋に案内された。
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(なんか、この部屋‥妙に埃っぽいな···)
(しかも、空気もひんやりしてるし)
(まさか、ここ···『いわくつきの部屋』でした。なんて‥)

サトコ
「はははっ、ないない!そんなこと···」
「ない···よね?」

募る不安を振り払っていると、スマホがプルルと着信を伝えてきた。

サトコ
「はい···」

鳴子
『おつかれー、サトコ。どうだった、今日の出張は』
『黒澤先輩が開発した「KLデータバンク」、無事に買ってもらえた?』

サトコ
「それについては週明けに正式な返事をくれるって」
「それよりどうしよう。実は今···」

今日の経緯を伝えると、鳴子は「ええっ」と大声をあげた。

鳴子
『ホントに?ホントに東雲先輩とお泊りなの?』

サトコ
「そんなお泊りって···部屋は別々だし···」

鳴子
『だとしてもいいじゃん、チャンスじゃん!』
『東雲先輩といえば、顔良し・将来性良し・家柄良し・成績優秀···』
『問題があるとすれば、「性格」と「女子力の高さ」だけって超人気物件じゃん!』
『頑張って、今晩落としちゃいなよ!』
『部屋に押しかけて、色仕掛けでも何でもしちゃってさ!』

サトコ
「そんな無茶な···私なんか相手にしてくれるはずないじゃん」
「そもそも私、先輩に嫌われて···」

鳴子
『えっ、ちょっ···』

何故か、急に鳴子の声のトーンが変わった。

鳴子
『やだ、東雲先輩がいるなら先に言ってよ。これじゃ私、ただのおじゃま虫じゃん』

サトコ
「??」
「東雲先輩なんていないけど···」

鳴子
『ハイハイ、誤魔化さなくていいから』
『ちゃーんと男の人の声が聞こえてきましたから!』

サトコ
「!?」

鳴子
『それじゃ、週明け、良い報告待ってるから』
『今夜はお二人でごゆっくり~』

サトコ
「ちょ···待って、鳴子!」

ツーツーツー

(『男の人の声が聞こえた』ってどういうこと?)
(ここ、誰もいないのに···テレビもついてないのに···)

サトコ
「まさか本当に、いわくつきの···」

コンコン!

(えっ、誰か来た?)

コンコン···コンコンコン···!

(もしかして旅館の人?それとも···)
(まさかと思うけど、万に一つの確率だと思うけど、東雲先輩が···)

サトコ
「···っ!」

私は、まさに飛びつくような勢いでドアを開けた。
ところが···

サトコ
「···え、なんで?」

(誰もいないんですけどーっ!)

【ロビー】

部屋にいるのが怖くなった私は、ひとまず大浴場へと逃げ込んだ。
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けれども、いくら長風呂するにしてもさすがに限界はあるわけで···

(指、すっかりシワシワだし)
(さすがに、あれ以上入るのはちょっと···)

サトコ
「はぁぁ···」

(どうしよう、怖い···部屋に戻りたくない···)

実は、先ほどスマホでこの旅館のことを検索してみた。
そこで知ったのは、検索したことを後悔するような事実で···

(まさか、この旅館···隠れ心霊スポットとして有名だったなんて···)
(しかも『男性の幽霊がいると噂の部屋』って、まさに私の部屋···)

女将さんが、先輩と同室をお願いをした理由がようやく分かった。
2部屋だと、あの部屋に人を入れるしかなかったのだ。

(うう、先輩のバカ···)
(こんなことなら先輩と同室でもよかったのに···)
(でも、あの先輩がそんなこと、許してくれるはずが···)

東雲
何してんの
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サトコ
「!」

東雲
風呂上り?
だったら早く部屋に戻れば?

サトコ
「え、ええと···その···」
「ちょっとここでゆっくりしてから戻ろうかと」

東雲
あっそう

(リアクション薄っ!)
(でも、そうだよね。先輩、私なんかに興味ない···)
(ええっ!?)

東雲
···なに?

サトコ
「あ、いえ、その···」

(何で先輩が、私の隣に座ってるの?)
(なにこれ、どういうこと?)

東雲
今日の報告書は書いた?

サトコ
「えっ、いえ···まだです。先輩は···」

東雲
とっくに書いた

(うっ、さすが···)

東雲
月曜の午後の会議で必要だから、朝イチで提出して

サトコ
「わ、分かりました。頑張ります」

東雲
あと、これ

膝の上に乗せられたのは、ショッキングピンクが眩しい缶ジュースだ。

サトコ
「『ありがちなピーチネクター』···?」

東雲
あげる。間違って買ったから

サトコ
「えっ、でも···」

東雲
キライだし、そういう甘いの

サトコ
「はぁ···そうですか···」

(でも、職場でよく飲んでいるような···)
(千葉さんがしょっちゅう買いに行かされてるし)

怪訝に思いつつも、ネクターに口をつけてみる。

(うわっ、甘い···)

けれども、疲れている身体にはこれくらいの甘さがちょうどいい。

(はぁ、おいしい···)
(やっぱりいいな、疲れてる時の甘いものって···)

東雲
で、何があったわけ?

サトコ
「え···」

東雲
キミがここにいる本当の理由

サトコ
「そ、それは···」
「ええと、その···それほど大した理由では···」

東雲
話す気がないなら部屋に戻るけど···

サトコ
「あります!めちゃくちゃあります!」

自分の立場も忘れて、私は先輩にすがりついた。

サトコ
「いるんです!あの部屋、絶対にいるんです!」

東雲
『いる』って何が···

サトコ
「幽霊です!」
「あの部屋、男性の幽霊がいるんですーっ!」

たっぷり30秒は沈黙があったと思う。
その後、先輩の口から吐き出されたのは···

東雲
···怠。くだらなすぎ
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サトコ
「···っ!ウソじゃないです、本当なんです!」
「ネットでも噂になってるし、鳴子も電話中に『声を聞いた』って言ってたし」
「何度も部屋をノックされたのに、いざドアを開けたら誰もいなくて···」
「待ってください!先輩···っ」

「東雲先輩ーっ!」

(···行っちゃった)
(きっと、呆れられた···『バカな後輩だ』って思われたんだ)

思えば、ずっと東雲先輩には呆れられてきた。

もともと今の会社に就職したのは研究開発に携わりたかったからだ。
なのに、営業部に配属されて···
初めての営業同行の日も、開発部の同期と話し込み過ぎて···

東雲
キミはヒーローにでもなりたいの?
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すごい研究に携わって、マスコミにちやほやされたいわけ?

サトコ
「そういうわけじゃ···」

東雲
言っとくけど営業はヒーローにはなれないよ
開発されたものがどんなに売れても、注目されるのは開発部だ
営業部は売って当然だから目も向けてもらえない
キミ、確か『開発部』に行きたかったんだよね?
でも会社はキミを『営業部』に配属した
だったら覚悟を決めなよ。それが嫌なら転職でもすればいい

(あれがきっかけで、東雲先輩のことがちょっぴり苦手になって···)
(でも)
(頑張って開拓した営業先を、大手のライバル会社に理不尽なやり方で持っていかれた時···)

東雲
···なんか用事思い出しちゃった
キミは疲れてるでしょ
さっさと帰ってゆっくり休めば
じゃあ、また明日
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(先輩は、私が涙を堪えているのに気づいてくれて···)
(1人きりにしてくれて···)

(先輩が社内恋愛をこじらせて、秘書課のさち先輩にフラれたとき···)
(つい、言っちゃったんだよね)

サトコ
「立候補します」

東雲
え?

サトコ
「私が先輩の特定の相手になります!」

(そしたら、先輩にドン引きされて···)
(はっきり言われたんだよね。『え、無理』って)

サトコ
「···ダメだ。涙が出そう」

部屋には戻りたくないけど、ここで泣きべそをかくわけにもいかない。
仕方なく、私はのろのろと立ち上がった。

(とりあえず、さっさとお布団に潜り込もう)

幸いなことに、身体はいい具合に疲れている。
あとは眠ってしまえば、幽霊も何も関係ないはずだ。

(そうだ、きっと大丈夫)
(大丈夫、大丈夫、大丈夫···)

【部屋】

(···ちっとも大丈夫じゃないんですけどーっ!)
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布団に入って、はや1時間。
睡魔は、訪れそうでなかなか訪れてくれない。

(とりあえず何か数えてみよう。ええと···)

サトコ

「かっぱが1匹、かっぱが2匹···」

(ん?かっぱの数え方って「1匹、2匹」で良かったっけ?)
(もしかして「1人、2人」?それとも「1体、2体」···)

サトコ
「ふわぁ···」

(あ···なんかいい具合に眠くなってきたかも···)
(でも···結局どっち······)

サトコ
「1匹···1···人···むにゃ···」

コンコン···

(えっ?)

コンコン···コン···

サトコ
「!!」

ようやく訪れかけていた睡魔が、あっという間に吹き飛んだ。

(また誰かがノックを···)
(ど、どど、どうしよう···どうすればいいの?)

to be continued

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