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総選挙2016② 東雲 2話

コンコン‥コン‥

(え、ええと‥これって教官だよね?)

(今日は家政婦さんたちもいないはずだし)

サトコ

「待ってください。今、開け‥」

その時、ふと先週観たホラー映画の1シーンが頭を過った。

(なんか似てるよね。このシチュエーション‥)

(主人公が部屋にいると、誰かがドアをノックして‥)

(なのに、ドアを開けると誰もいない‥!)

サトコ

「!!」

(そう言えばさっきのリビング‥!)

(人の気配がしたのに、振り返ったら誰も‥)

サトコ

「‥いやいや」

(大丈夫‥絶対大丈夫‥)

(ちゃんと教官がいてくれるはず‥)

暗闇の中、よろめきながらなんとかドアの前に辿り着く。

それなのに、ドアノブを回す勇気がどうしても湧いてこない。

(こ、こうなったら‥)

サトコ

「あの‥そこにいるのは教官ですよね?」

‥‥

‥‥‥

(‥ええっ、何で無視!?)

サトコ

「お願いです、返事をしてください!」

「そこにいるのは東雲教官ですよね!?」

コンコン‥コン‥

(ノック3回!?)

(それってたしか「いいえ」の意味‥)

サトコ

「!!!」

(じゃあ、この人は誰!?まさかリビングにいた人?)

(‥違う違う!この家には、今私と教官しかいなくて‥)

???

「遅い!」

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サトコ

「きゃああっ」

勝手に開いたドアに驚いて、私は後ろにひっくり返ってしまった。

サトコ

「ででで、出たぁぁっ」

???

「何が?」

サトコ

「ゆゆゆ幽霊ですよ!ゆうれ‥」

「い‥」

(‥あれ?)

東雲

いい度胸だね

人のことを『幽霊』とか

(教官だ‥)

(幽霊じゃない‥本物の‥)

サトコ

「教かぁぁぁ‥」

(な‥っ)

サトコ

「ヒドイです!なんで抱きつかせてくれないですか!」

「本当に怖かったのに‥」

東雲

何が?暗闇が?

でも訓練で習ってるよね?暗闇で行動するコツとか

サトコ

「そ、それは習いましたけど‥」

(それとこれとは違うっていうか‥)

(そもそも今は任務中じゃないのに‥)

東雲

‥まぁ、いいや。元気そうだし

じゃあ、ここで待ってて。ブレーカー見てくるから‥

(えっ、ちょ‥)

サトコ

「待ってください、教官!」

「行きます!ついていきます!」

(ここで待機とか、絶対にムリーっ!)

数分後‥

停電自体は、ブレーカーを戻したことによってあっさり解消された。

けれども‥

(もう嫌だ‥絶対に怪しすぎるよ)

(いきなり停電になるし、リビングでは変な視線を感じるし‥)

サトコ

「あの‥教官‥」

「幽霊って信じますか?」

東雲

は?

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サトコ

「子どもの頃、そういうの見たりしませんでしたか?」

「なにかこう‥心霊体験っていうか‥」

東雲

なにそれ

意味不明

サトコ

「ですから、この家って本当は‥」

ガチャーン!

2人

「!!」

(な、なに‥今の‥)

東雲

リビングだ

行くよ

サトコ

「は、はい!」

【リビング】

教官の後に続くように、私はリビングに転がり込む。

背中越しに見た室内は、それはもうひどい有様になっていた。

(なに、これ‥)

(少し前まで、あんなに片付いていたのに‥)

割れた陶器の壺。

ズタズタに切り裂かれたクッション。

傾いて落ちかけている絵画。

さらに‥

ブチブチブチッ!

サトコ

「ひ‥っ」

(カーテンが!)

(なんで勝手にリールから外れて‥)

サトコ

「ポルターガイスト!ポルターガイストです、教官‥っ」

東雲

‥‥‥

サトコ

「やっぱりこの家には幽霊が‥」

東雲

ありえないから

(えっ‥)

東雲

幽霊とか心霊現象とか

ほんと、くだらなすぎ

教官は窓辺へ近づくと、床に落ちたカーテンを拾い上げた。

その下から出てきたのは‥

三毛猫

「ニャッ!」

(ええっ、ネコ!?)

教官はしゃがみこむと、三毛猫を雑に抱えて戻ってきた。

東雲

これ、うちの新しい家族

ミケコ・1歳

(じゃあ‥)

サトコ

「本当に‥ポルターガイストじゃない?」

東雲

当然

サトコ

「よ‥」

「良かったぁ‥」

身体中の力が抜けて、私はその場に座り込んだ。

(幽霊じゃなかった‥ネコの仕業だった‥!)

(だったら、こんなに散らかるのも当然‥)

サトコ

「!」

(‥待って)

(あんなに、ばあやさんに「任せてください」って言ったのに‥)

サトコ

「か、片付け‥今すぐ綺麗に‥」

東雲

いい加減にしろ

バチン!

サトコ

「痛っ!」

(な、なんでデコピン‥)

東雲

何なのキミは

サトコ

「え‥」

東雲

キミは、オレの何なわけ?

サトコ

「な、何って‥教官の教え子で、部下で、恋人で‥」

「今日と明日は『お世話係』‥」

バチン!

サトコ

「痛っ!」

「ヒドイです!なんで2度も‥」

東雲

『世話係』のキミなんて望んでいない

キミに掃除をさせるために、オレはここに呼んだわけじゃない

サトコ

「‥っ」

東雲

割れた壺だけは、危ないから今オレが片付ける

残りは明日

キミは、この子を抱いてそこに座ってて

私をソファに押しやると、教官は壺の破片を片付け始めた。

その手際の良さは見事なくらいで、私がやるよりも確実に早く終わりそうだ。

(‥そうだ。教官だけじゃない、会長たちにも言われてたんだ)

(『大人なんだから世話なんて必要ない』って)

(それなのに、私は‥)

東雲

どうせ認めて欲しかったんでしょ、ばあやに

サトコ

「!」

東雲

でも無理じゃん

こんな短時間で

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(あ‥)

東雲

たとえば、母さんは『長野カッパ』だったキミを知ってるから、あっさり認めてくれたけど

ばあやは違うじゃん

今日で2回目だよね、キミと会うの

サトコ

「‥はい」

東雲

だったら焦らなくていい

会う機会は、これからいくらでも作るから

(教官‥)

東雲

‥はい、片付け完了

それで?次はどうするの?

サトコ

「DVD‥」

東雲

ん?

サトコ

「教官が借りてきてくれたDVDを一緒に観たいです」

「その‥『恋人』として‥」

東雲

ふーん、だったら‥

こっちを先に希望だけど、オレは

サトコ

「こっち?」

聞き返しながら顔を上げると、かすめるようなキスをされた。

(あ、そういう‥)

同意するつもりで目を閉じる。

ちゅ、ちゅ‥とキスするたびに、濡れた音が耳に届く。

(そういえば、キス‥)

(結構久しぶり‥)

ふ、と太ももが軽くなった。

ついさっきまでミケちゃんを乗せていた場所だ。

(え、どうして‥)

サトコ

「‥っ」

(教官!?)

(何で太ももに跨って‥)

東雲

逃げるな

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サトコ

「違‥っ」

東雲

さんざん待たせといて‥

焦らすだけ焦らしておいて‥

サトコ

「そんなつもり‥」

「ぁ‥っ」

喉の奥から、甘い声が洩れる。

いつもより意地悪なキスに、身体中の力が抜けてしまいそうになる。

(どうしよう‥身体中が熱い‥)

両手で包まれた頬が。

布越しに触れている太ももの一部が。

(わかんない‥私の熱か、教官の熱か‥)

(もう何も‥ちっともわかんない‥)

ミケコ

「ぶみゃあっ!」

突然響いたものすごい鳴き声に、教官は驚いたように身体を離した。

東雲

なに、今の

サトコ

「さ、さぁ‥」

ミケコ

「シャーッ」

2人

「!?」

ミケコ

「シャーッ‥シャーッ‥」

サトコ

「‥なんか、教官のこと、威嚇してますけど‥」

東雲

は?なんでオレが‥

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教官が身体を浮かせたとたん、ミケちゃんが素早く私の上に乗ってきた。

ミケコ

「ナァァゴ‥」

サトコ

「‥‥‥」

ミケコ

「ナァァァゴ‥」

サトコ

「あの‥まさか教官、さっきミケちゃんを無理矢理‥」

東雲

退かしたけど

キスするのに邪魔だったから

ミケコ

「シャーッ!」

(やっぱり‥原因は教官なんだ‥)

それなのに、教官はめちゃくちゃふてくされている。

(どうしよう‥ここは何か別の話題を‥)

サトコ

「え、ええと‥」

「良かったですよね、ポルターガイストじゃなくて!」

東雲

‥‥‥

サトコ

「壺が割れた時は、私もう本気で驚いて‥」

東雲

オレも驚いたけどね

キミが、真っ先に心霊現象を疑ったことが

(え‥)

東雲

強盗か窃盗を疑うよね、普通は

それが『警察官』ってものだよね?」

サトコ

「は、はぁ‥」

(しまった、話題の選択を間違えた‥)

東雲

ほんと単純すぎ

暗闇の中で待つこともできないし

ここに駆け込んだときも、震えてばかりいたし

(うう‥)

東雲

そもそもありえないんだけど

B級ホラー映画に影響されて、ドアもろくに開けれないとか

サトコ

「‥っ!あれは!」

「だって、あのシーン、怖かったじゃないですか!」

「ドアをノックされたのに開けたら誰もいないなんて‥」

(‥ん?ちょっと待って)

サトコ

「教官‥なんで映画の内容、知ってるんですか?」

「あの日、確かずっと寝てましたよね?」

東雲

ああ、寝てたね

キミの肩に寄り掛かって

サトコ

「!」

東雲

そうしたら、いきなり手を繋がれて?

さらに指を絡められて?

サトコ

「!!」

東雲

驚くよねぇ、普通

ホラー映画なんかよりずっと

しみじみ語る教官に、もはや返す言葉がない。

(もうやだ、泣きたい‥)

(ていうか、今すぐここから逃げ出して‥)

東雲

ま、悪くなかったけどね。ああいうのも

(‥え?)

東雲

久しぶりだったし

手繋ぐのも

教官の手が、私の右手を絡め取る。

交互に重なった指を確かめるように、ギュッと強く締め付けられた。

東雲

‥ミケは?気付いてない?

サトコ

「はい、まぁ‥」

「さっきみたいに怒ってる感じでは‥」

教官が、軽く手を引いてきた。

それから、そっと顔を近付けてきた。

さっきとは違う、息を潜めるようなキス。

でも、それで終わるとはとても思えなくて‥

東雲

‥寝ないでよ。あの映画の主人公みたいに

サトコ

「大丈夫です。そんなのもったいないですし‥」

「何より私も、教官が全然足りてないですから」

東雲

‥バカ

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そうして、私たちは何度もキスを交わすのだ。

散らかったままのリビングで、いろんなことは一旦忘れて‥

ただ、想いを溶かし合うように。

お互いの吐息だけを追いかけるように。

Happy  End

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