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潜入捜査は蜜の味 難波2話

【スタジオ】

収録は順調に進み、最初の休憩時間になった。

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「おい、みなさんに飲み物配っとけ」

サトコ

「はい!ええっと‥」

私は事前にまとめておいた情報リストをポケットからそっと取り出す。

そこには、捜査対象のプロデューサーと交流のある人物たちの細やかな情報が記されてた。

(TAKUさんは、『水は必ず炭酸水』か‥)

サトコ

「お疲れさまでした。こちらどうぞ」

TAKU

「ああ、さっきの‥」

TAKUさんは一瞬渋い顔をしかけたが、差し出された炭酸水を見て表情を緩めた。

TAKU

「サンキュ。キミ、分かってるじゃない」

(ご機嫌直ったかも‥これで少しは挽回できたかな?)

手応えを感じ、もう少し踏み込んでみようとタイミングを計る。

サトコ

「先ほどは、本当にすみませんでした」

TAKU

「もういいよ。こっちこそ悪かったね。大人げなく怒ったりして」

サトコ

「いえ、当然のことです。この世界では、順番は命ですから」

TAKU

「順番がどうこうっていうかさ」

「ああいうことされると、大切にされてないのかなって感じちゃうわけ」

サトコ

「わかります‥」

TAKU

「でも逆に、こんな些細なことで大切にされてるなって思うんだよ」

TAKUさんは炭酸水を指差すと、おいしそうに飲み干した。

サトコ

「これからも頑張りますので、よろしくお願いします!」

TAKU

「こちらこそ。こうやってお世話してくれるのは、無粋な男より女の子の方がいいしね」

サトコ

「でもあのプロデューサーさんはそうは思ってくれてないみたいで‥」

捜査対象のプロデューサーを遠目に見ながら言うと、TAKUさんは不思議そうな表情になった。

TAKU

「そう?あの人、女好きだと思うけどな」

サトコ

「でも、何となく壁があるというか‥」

TAKU

「まあ、言えないことのたくさんある人だからね」

サトコ

「言えないこと‥ですか?」

TAKU

「それがさ‥」

収録も片付けも終わり、スタジオには私と室長だけが取り残された。

難波

どうだった?何か収穫はあったか?

室長は世間話でもするような表情で切り出した。

サトコ

「はい。TAKUさんから色々と‥」

休憩時間にTAKUさんから聞いた話を告げると、室長は大きく頷いた。

難波

その話、俺が別の女優から聞き出した話と合うな‥

サトコ

「じゃあ‥」

難波

ああ、間違いないだろう

あの状況から良く挽回したな。お前ならきっとうまくやるって信じてた

他のヤツのミスだったのに、被らせて悪かったな

サトコ

「室長‥」

(室長、ちゃんと分かっててくれたんだ‥!)

室長は優しく微笑むと、私の頭にポンポンと手を置いた。

(室長はいつでも私のことをちゃんと見ててくれるんだな‥)

ほんわかと温かい気持ちに包まれながら、私は室長の後についてスタジオを出た。

【ロビー】

難波

それじゃ、俺はちょっと寄ってくわ

室長は2本の指で煙草を持つ仕草をしながら立ち止まった。

サトコ

「それじゃ、また後で」

難波

ああ、またな

ひらひらと手を振りながら歩いて行く室長を見送っていると、

帰り際のTAKUさんとバッタリ出会った。

サトコ

「あ、TAKUさん‥今日はお疲れさまでした!」

TAKU

「ああ、キミか‥激務明けの割に、元気だね」

サトコ

「はい!それだけが取り柄ですから」

TAKUさんは驚いたような呆れたような表情で少し笑った。

TAKU

「おもしろいね、キミ‥でもそういうの、嫌いじゃないな」

「また現場で会うのを楽しみにしてるよ。もしも会えなかったら、連絡して」

サトコ

「え‥?」

差し出された紙切れを思わず受け取ると、そこにはLIDEのIDが書かれていた。

(これ、もしかしてTAKUさんの‥?)

TAKU

「じゃあ、待ってるから」

サトコ

「!」

TAKUさんの囁き声が耳元をくすぐる。

硬直する私にニッコリ微笑みかけると、

TAKUさんは迎えに来たマネージャーさんと一緒に去っていった。

(待ってるって‥連絡しろってこと‥?)

難波

いやぁ、モテるねぇ

サトコ

「!」

驚いて振り返ると、いつの間にか室長がすぐ傍に立って紙切れを覗き込んでいた。

(今の、見られてた‥!?)

(というか、喫煙所に言ったはずじゃ‥!?)

難波

ん?なんだ、こりゃ

何かの暗号か?

サトコ

「い、いえ、その‥これはっ」

難波

昔は電話番号を渡したもんだけどな

時代だねぇ‥

サトコ

「待ってくださいよ!」

ブツブツ言いながら今度こそそそくさと歩いて行く室長を追いかけて、私も喫煙室に飛び込んだ。

【喫煙室】

難波

お前も疲れただろ

ジュースでも買って来いよ

室長はさっそく煙草に火を点けると、ポケットから無造作にコインを取り出した。

サトコ

「ありがとうございます。でも、大丈夫なので」

難波

なんだ、いいのか?

後で欲しくなっても知らねぇぞ

サトコ

「そ、それより‥」

さっきの話を蒸し返しかけて、ふと黙り込む。

難波

なんだ?他にもアイツから聞き出せたことがあんのか?

サトコ

「い、いえ‥」

難波

じゃあ、とりあえず今は仕事の話は抜きで休憩だ

室長はそう言うと、一際大きな煙を吐き出した。

(さっきのこと、別に気にしてないのかな‥?)

(室長は大人だから、こんなことくらいでいちいち動じたりしないってことか‥)

室長の大人の余裕を感じて、妙に感心してしまう。

それと同時に、あんなことで焦った自分がおかしく感じてしまった。

サトコ

「やっぱり、私もジュース買ってきます」

ポケットからお財布を出し、歩き出しかけたその時。

難波

‥やっぱりお前は危なっかしいよな

サトコ

「え?」

(なんだろう、急に‥捜査のこと?)

サトコ

「すみません‥次からは、もっと冷静にできるように‥」

戸惑いながらも言いかけた私の唇を、室長が塞いだ。

サトコ

「!」

難波

お前は自覚なく周りを引き付ける‥

歳取ると、無駄に心配性になるんだよな

俺は過保護なのか‥?

室長はボソッと呟くと、またそっとキスを落とした。

その手には、いつの間にかTAKUさんからもらった連絡先の紙切れが握られている。

(さっき、お財布出した時‥)

(ってことは‥もしかして、妬いてるってこと?)

室長の本音が分かり、急に嬉しい気持ちが湧き上がった。

サトコ

「室長の過保護なら、大歓迎です」

難波

‥お前には敵わねぇな

室長の笑みが、苦笑から不敵なものへと変わる。

難波

過保護ついでに俺の印付けとくから

有効に使えよ?

室長が私の首筋に唇を当てた。

(これって‥キスマーク‥?)

(室長もこんな風に嫉妬するんだ‥なんか、嬉しい‥)

室長の髪から漂うシャンプーの香りが、私のドキドキをかきたてる。

(もっともっと室長と固く結ばれたい‥)

(そのためにも、女としても刑事としても、もっと成長できるように頑張ろう)

新たな決意を込めて、私は室長の大きな身体をギュッと抱きしめた。

Happy  End

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