カテゴリー

加賀 ふたりの卒業編 2話

【リビング】

翔真

『姉ちゃん、大変だ‥!母さんが倒れた!』

弟の翔真からの電話を切ったあと。

花ちゃんを寝かしつけた加賀さんが、リビングに戻ってきた。

サトコ

「花ちゃん、寝ましたか?」

加賀

ああ

‥さっきの電話、なんだ

どうやら、私の様子がおかしいことに気付いていたらしい。

サトコ

「実は‥弟から電話で」

「母が‥倒れたって」

加賀

‥‥‥

サトコ

「弟の話では、突然めまいを起こして立てなくなったって‥」

「これから詳しい検査をして、原因を調べるみたいなんですけど」

加賀

早く行け

サトコ

「え?」

加賀

ここはいい。早く実家に帰れ

サトコ

「でも‥」

(もちろん、私もそれは考えた‥けど)

お母さんは、刑事になるという夢を、ずっと応援してくれていた。

いつだって、私の “正義” を信じてくれた。

(‥明日は、卒業前の実践訓練がある)

(もし、それをすっぽかして長野に帰ったとしたら)

サトコ

「‥きっと、母は喜ばないと思います」

加賀

‥‥‥

サトコ

「勉強があるでしょ、って追い返されるかも」

「だから‥残ります」

はっきり言い切った私を、加賀さんはまるで睨むように見つめる。

きっと、私の決心を確かめているのだろう。

(だけど、この2年間ずっと頑張ってきたのに‥)

(ここで大事な演習よりもお母さんを取ったら‥きっと怒られる)

加賀

‥好きにしろ

私の気持ちが変わらないとわかったのか、加賀さんが目を逸らす。

それ以上は何も言わず、布団を取りに奥の部屋へ向かった。

リビングに布団を敷いて、加賀さんと並んで横になる。

サトコ

「それじゃ、おやすみなさい」

加賀

‥‥‥

ああ

おやすみを言ったものの、頭に浮かぶのはお母さんのことだった。

(翔真からは連絡が来ないけど‥検査、どうなったんだろう?)

(でも、連絡がないのは大丈夫な証拠かもしれないし‥)

なんとか自分を落ち着かせようとするのに、ついつい連絡が来ないかと携帯を見てしまう。

私の隣でその様子を見ていた加賀さんが、無言で腕を伸ばしてきた。

サトコ

「加賀さ‥」

加賀

‥‥‥

何も言わず、加賀さんがその腕の中に私を閉じ込める。

加賀さんの温もりを感じて、思わずぎゅっと抱きついた。

<選択してください>

A: 何も聞かないの?

サトコ

「‥何も聞かないんですか?」

加賀

聞いて欲しいのか

サトコ

「そうじゃないんですけど‥」

加賀

あれこれ聞いても、しょうがねぇだろ

聞いて欲しくなったら、勝手に話せ

B: 平気ですから

サトコ

「私、平気ですから‥」

加賀

そうか

静かに返事をしながらも、加賀さんは私を抱きしめたままだ。

(平気です、なんて言っても、こうやって抱きついてたら説得力ないよね‥)

C: 花ちゃんと添い寝してあげて

サトコ

「私はいいですから、花ちゃんと添い寝してあげてください」

加賀

あいつはひとりで寝れる

一度寝ると、朝まで起きねぇからな

サトコ

「私も、ひとりで大丈夫ですよ」

加賀

こんなときくらい、黙ってろ

加賀さんの胸に顔をうずめていると、さっきまでの不安が少しだけ消えていく気がする。

(余計な同情を見せないのが、加賀さんらしいな)

サトコ

「‥ありがとございます」

加賀

黙って寝ろ

サトコ

「はい‥」

いつもの低い声に安心して、目を閉じた。

【訓練所】

翌日、予定していた通り実践訓練が行われた。

(結局、昨日は翔真から連絡がなかった‥)

(何度か電話してみたけど、病院にいるのか電源切ってるみたいだし)

石神

では、これより実践演習を行う

今回は凶悪犯が複数潜んでいる拠点に潜入し、そこを占拠するのを想定した訓練だ

颯馬

ふたりずつペアになり、先陣を切る者とその補佐に分かれてもらいます

ペアはあらかじめこちらでランダムに決めてありますので、それに従ってください

(私の携帯は、置いてきた‥途中で翔真から連絡が入ってもわからない)

(ううん、もし万が一のことがあれば、きっと翔真は学校の方へ連絡するだろうから)

万が一のことなんて考えたくないのに、どうしても嫌な方へと思考が傾いてしまう。

千葉

「氷川?顔色悪いけど大丈夫?」

サトコ

「千葉さん‥う、うん。平気だよ」

千葉

「ならいいけど‥」

「今回の訓練、オレが氷川の補佐役みたい。よろしくな」

(千葉さんとペアか‥他の人よりも意思の疎通ができてるし、やりやすい)

(‥とにかく、残るって決めたのは自分なんだから)

覚悟を決めて、パン!と両手で軽く頬を叩く。

千葉さんとともに演習に臨むため、石神教官のところへ向かった。

訓練用の銃を持ち、千葉さんのフォローを受けながら廃墟ビルを進んでいく。

途中に現れる教官たちの気配に集中し、順調に奥を目指した。

(この調子なら、演習は問題なく終われそう‥)

(早くこのビルを占拠して、急いで翔真に連絡‥)

千葉

「氷川!」

その声に我に返ったときには、もう遅かった。

背後の物音に気付いた瞬間、振り返る間もなく背中に軽い衝撃を覚えた。

成田

「簡単なものだな」

サトコ

「‥‥‥!」

千葉

「氷川!」

私が撃たれたことに気付くのが遅れた千葉さんが、私を助けようと物陰から姿を現す。

でもそれを狙っていたかのように、千葉さんも成田教官に撃たれた。

サトコ

「千葉さん‥!」

千葉

「っ‥‥」

成田

「ふん、ふたりもいるのに、ずいぶん容易いことだ」

石神

氷川・千葉チーム、脱落!

インカムから、石神教官の声が聞こえる。

あまりのあっけなさに、愕然とした。

(まさか‥もう少しだったのに)

(ううん‥最後の最後で、気を抜いた‥もうゴールできた気になってた)

サトコ

「千葉さん‥ごめん」

千葉

「いや、オレも焦りすぎたよ」

「オレだけでもゴールして占拠できてたら、演習は成功だったのにな」

謝られると、なおさら申し訳ない気持ちになる。

落ち込む私に、千葉さんは心配そうな視線を向けた。

千葉

「本当に大丈夫か?もしかして、体調悪い?」

サトコ

「ううん‥そんなことないよ」

千葉

「でも、いつもの氷川と違う気がしたから」

お母さんが倒れたことは、加賀さん以外、他の教官たちにも言っていない。

(言う必要のないことだし‥それに)

(もしこの演習が失敗したとしても、お母さんの入院を言い訳にしたくない)

そう思っていたのに、まんまと注意力散漫になってしまっていた。

肩を落としながら、千葉さんと一緒にゴール地点まで歩いた。

訓練生たちが集合し、今回の演習がすべて終了する。

鳴子

「サトコ‥」

サトコ

「鳴子、成功おめでとう」

鳴子

「ありがとう‥サトコ、大丈夫?」

サトコ

「うん‥私のせいで、千葉さんにまで迷惑かけちゃった」

男子訓練生A

「なあ、今回失敗したのって、氷川と千葉だけだろ?」

男子訓練生B

「千葉は氷川をかばったんだよな?」

「後ろを取られてることに気付かないなんて凡ミス、大丈夫かよ」

周りから、心配するような、呆れるような声が聞こえてくる。

男子訓練生C

「千葉はともかく、氷川は下手したら卒業も怪しいんじゃないか?」

男子訓練生B

「だよな‥さすがに、この時期のあのミスはな」

(卒業も怪しい‥)

(確かにみんなが言うように、あり得ないような凡ミスだった)

石神

氷川

解散になったあと、石神教官と成田教官が私の方へ歩いてきた。

ふたりとも、厳しい表情を崩さない。

成田

「現場で共倒れになるなど、論外だな」

サトコ

「‥申し訳ありません」

石神

今まで、何を学んできた?

公安学校卒業どころか、警察学校からやり直せ

返す言葉もなく、厳しい叱咤にうなだれるしかない。

そんな私を、遠くから加賀さんが見つめていた‥

【食堂】

その夜、加賀さんから電話が来た。

(てっきり、今日の演習のことを言われるのかと思ったら)

(『食堂から夜食持って来い』なんて言われるとは‥)

サトコ

「おばちゃん、遅くにごめんなさい。実は」

おばちゃん

「ああ、はいはい。加賀さんの夜食でしょ。ちょっと待ってね」

「今日は加賀さんが寮監の日だから、きっと来ると思ったのよね~」

(さすがおばちゃん、慣れてる‥)

簡単な夜食を作ってもらうと、急いで食堂を出る。

(そういえば‥まだ学校に入学してすぐの頃にもこんなことあったな)

(あのとき初めて、加賀さんが野菜嫌いだって知ったんだっけ)

少し懐かしく思いながら、寮監室へと急いだ。

【寮監室】

ドアをノックして、寮監室にお邪魔する。

夜食をテーブルに置くと、加賀さんに何か言われる前に、目の前で頭を下げた。

サトコ

「今日の演習‥不甲斐ない結果で、すみませんでした」

加賀

‥‥‥

(無事に学校を卒業して、加賀さんの隣に並べる刑事になって)

(そしていつか、加賀さんを支えられたら‥なんて思ってたのに)

現状は自分のことすらままならず、指導教官である加賀さんの顔に泥を塗る結果になった。

謝ることしかできず、加賀さんの言葉が聞こえるまで頭を下げたままでいた。

加賀

‥クズが

サトコ

「はい‥」

加賀

演習の間、何考えてた

<選択してください>

A: 母親のこと

サトコ

「‥母のこと、です」

もう気付かれてるだろうから、正直に答える。

加賀さんは、眉間にシワを寄せたままだった。

(今さら、加賀さんにうそをついても仕方ない‥)

B: 演習のこと

サトコ

「も、もちろん、演習のことです」

加賀

テメェのくだらねぇうそが通用すると思うか

サトコ

「でも‥最後の最後、成田教官に撃たれるまでは、本当に‥」

加賀

最後に気を抜いた瞬間、現場でお陀仏だ

C: 返事ができない

最後に気を抜き母親のことを考えていたとは言えず、返事ができない。

うつむいて黙っている私に、加賀さんがため息をついた。

加賀

テメェが何を考えてたくらい、聞かなくてもわかるがな

サトコ

「‥‥‥」

加賀

これくらいで揺らぐようじゃ、公安は務まらねぇ

四の五の言ってねぇで、さっさと長野に帰れ

サトコ

「それは‥でも‥!」

加賀

謹慎だ

低い声で、短く言い渡される。

背筋が凍りつくようで、何も言えない。

(謹慎‥担当教官にそう言われたら、学校には行けない)

(もうすぐ卒業なのに、謹慎なんて‥)

加賀

今のテメェは、役に立たねぇ

静かに、加賀さんが続けた。

加賀

実家に帰って、親についてろ

サトコ

「‥え?」

加賀

実家で謹慎してろって言ってんだ

寮だろうが実家だろうが、たいして変わんねぇだろ

私が持ってきた夜食を食べるため、加賀さんがソファに座る。

まだその言葉の意味が頭に入ってこなくて、バカみたいに立ち尽くしていた。

サトコ

「加賀さん‥」

加賀

それとも、中途半端な状態でまだ残るなんて言うんじゃねぇだろうな

今のテメェなら、弟を連れてった方がマシだ

サトコ

「しょ、翔真‥?」

(そういえば、前に翔真が東京に来たときに加賀さんに紹介したけど)

(『意外と根性あるな』って、なんか感心してたっけ‥)

お母さんのことで頭がいっぱいの私は、加賀さんに必要ない‥

しっかり迷いを晴らして戻って来い、という、加賀さんの激励のように思えた。

(確かに今回、覚悟を決めたんだからしっかりやろうって思ってたけど)

(こうして演習に失敗したとき、周りに迷惑をかける‥っていう考えが抜けてた)

実際、私のせいで千葉さんも演習失敗という結果になってしまった。

いくら謝っても、千葉さんの成績に響くことは避けられない。

(自分だけの問題じゃない‥他の人のためにも、このままじゃダメなんだ)

(公安刑事としてやっていくなら、こんな中途半端な気持ちじゃ)

そしてそれを見抜いてくれたからこそ、加賀さんはあの夜、『実家に帰れ』って言ってくれたのだろう。

(私が、無理を言って残ったのに‥)

(加賀さんは『謹慎』という名目で、長野に帰る口実を作ってくれた)

サトコ

「申し訳ありませんでした。では、明日から謹慎します」

加賀

反省するまで戻って来るな

サトコ

「はい‥加賀さん、ありがとうございます」

私の言葉には応えず、加賀さんがそれとなく、野菜を端に避けた。

サトコ

「‥全部食べなきゃダメですよ」

加賀

うるせぇ。さっさと長野に帰れ

サトコ

「今からじゃ帰れませんから、明日朝イチで帰ります」

「それより、野菜‥」

加賀

食わなくたって死なねぇだろ

サトコ

「またそうやって‥」

(‥加賀さんは、いつだって厳しくて言葉も冷たくて‥)

(だけど、教官としても恋人としても、私を支えてくれてる)

その気持ちを無駄にしないと誓い、野菜だけが残った夜食のトレイを持って部屋を出た。

【駅】

翌朝、長野に帰るため駅の改札に向かう。

すると、翔真から着信が入った。

サトコ

「もしもし!?お母さんは!?」

翔真

『姉ちゃん、落ち着いてよ』

サトコ

「落ち着いてって‥全然連絡つかないから」

翔真

『母さん、過労だって』

サトコ

「過労‥!?」

翔真

『ほら、俺の進学のこととかで色々悩ませちゃっただろ』

『何日か入院するって言われたけど、とりあえず点滴して、元気になったら退院できるって』

(過労‥)

(元気になったら、退院できる‥)

想像していた最悪の事態ではなく、安心に身体の力が抜けた。

翔真

『あ、母さんが姉ちゃんと話したいって』

サトコの母

『サトコ?元気?』

サトコ

「いや、それはこっちの台詞だよ‥」

サトコの母

『学校はどう?楽しくやってる?』

『もうすぐ卒業でしょ?間違ってもこっちに帰ってくるなんて言わないでね』

(今まさに、帰るために駅にいるんですけど‥)

サトコの母

『心配かけてごめんね。お母さんは大丈夫だから』

『あんたは、あんたのやりたいことを頑張りなさい』

サトコ

「‥うん」

(やっぱり‥お母さんはいつだって、私の背中を押してくれる)

(もう、迷わない‥前だけを見て頑張ろう!)

電話を切ると、急いで学校へ戻った。

【教官室】

『謹慎』と言われた手前、勝手に学校に来ていいものか迷ったけど‥

とにかく加賀さんに挨拶しようと、教官室を訪ねた。

サトコ

「失礼します。加賀教官は‥」

難波

撃たれた?

黒澤

はい。事態は一刻を争います

警察庁長官が銃撃されるなんて、前代未聞ですから

(警察庁長官が銃撃‥!?)

慌ただしい教官室の入口で、突然の事態に立ち尽くすしかなかった‥

to  be  continued

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする