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加賀 ふたりの卒業編 6話

【個別教官室】

しばらく捜査を休むよう、加賀さんからお達しがきてしばらく経った。

相変わらず捜査には連れて行ってもらえず、加賀さんは単独行動を続けているらしい。

(筆記試験は終わっても、全然加賀さんと会えない‥しばらくこのままなのかと思ったけど)

ある夜、加賀さんの個別教官室に呼び出された。

そこで私を待っていたのは、大量の虚偽の報告書作成。

加賀

これを、明日の朝までに仕上げろ

サトコ

「‥わかりました」

きっと、聞いても何も答えてくれないだろう。

そう思い、報告書に淡々と実態のない情報を記入していく。

(‥前にも、こんなことがあったな)

(あれは、加賀さんの補佐官になって間のない頃‥)

加賀さんに言われて、同じように嘘の報告書を書かされた。

加賀さんが過激な取り調べをしたり、命令に従わず勝手な捜査をした時に。

(すごく不安になりながら書いたっけ‥本当にこれが “正義” なのかって)

(今は分かる‥加賀さんは加賀さんの “正義” で行動してるって)

でもだからこそ、あのときとは違う不安や心配で胸が押しつぶされそうだった。

(偽りの報告書の裏で、加賀さんはなにしてるの?)

(危険なことをしてるんじゃ‥相手は、国際的なテロ組織なのに)

ようやく報告書を半分くらい終わらせると、できたものを加賀さんに持って行く。

サトコ

「加賀さん‥こっち、終わりました」

加賀

ああ

サトコ

「あの‥」

無駄だというのは分かっている。きっと加賀さんは、私の言葉を受け入れてはくれないだろう。

でも、心配するなというのは無理な話だった。

サトコ

「私は、まだまだ未熟です。加賀さんに追いつけるまでに、100年かかるかもしれません」

「仕事上でも私に言えないことや任せられないことがあるのも、理解してます」

加賀

それだけわかってりゃいい

テメェが今やるべきことは、報告書の作成だ

サトコ

「雑用なら、いくらでもやります。危険なことにも慣れてます」

「でも‥もっとできることだってあります!」

加賀

ほう‥例えば?

<選択してください>

A: 癒してあげられる

サトコ

「た、例えば‥この間みたいに、疲れを癒したり」

加賀

俺に色仕掛けが通じると思うか

それこそ、100年早ぇ

嘲笑うかのように、加賀さんが口の端を持ち上げた。

B: 愚痴を聞いてあげられる

サトコ

「愚痴を聞いてあげることもできます!」

加賀

愚痴、か

クッと笑い、加賀さんが眉間にシワを寄せた。

加賀

確かに、テメェでもそのくらいならできるかもな

サトコ

「ま、真面目に聞いてください‥!」

C: 捜査でフォローできる

サトコ

「今なら‥捜査でフォローすることも、少しはできます!」

加賀

‥‥‥

サトコ

「この前、あのスナイパーとテロ組織の情報を持ってきたのは私です」

「頑張れば、私だって‥」

加賀

駄犬ほど、よく吠える

分不相応なことは考えるな

サトコ

「加賀さんを助けたいと思うのは、分不相応ですか?」

「確かに、グズでノロマですけど‥少しは、使えるようになったはずです!」

私の主張を、加賀さんは正面から聞いてくれない。

めんどくさそうに、舌打ちするばかりだった。

加賀

テメェは誰の補佐官だ?誰の犬だ?

サトコ

「‥加賀さん、です」

「だけど‥加賀さんと不安を分かち合ったり、精神的な支えになりたいんです!」

次の瞬間、乱暴に腕を引っ張られた。

壁に背中を押し付けられて、腕を掴む加賀さんの手が痛いほどだ。

サトコ

「っ‥‥」

加賀

喚くな

サトコ

「嫌です‥!加賀さんがひとりで危険な目にあうなんて、そんなのっ‥」

加賀

だからテメェは、駄犬止まりなんだ

余計な干渉はするな

サトコ

「余計なことなんかじゃ‥」

加賀

テメェは、黙って守られてりゃいい

サトコ

「待っ‥」

加賀

しつけぇ犬は目障りだ

わかったら、さっさと報告書作って戻れ

ドン、と私の肩を押すと、加賀さんが個別教官室を出て行く。

(しつこい犬‥)

東雲

兵吾さんがすることには、必ず意味がある

そのくらい、キミにだって理解できるよね?

(分かってる‥加賀さんは私を遠ざけるために、厳しいことを言ってるって)

加賀

‥大事な女一人、守れねぇ

俺は‥無力だ

(加賀さんが私から離れていくのは、いつだって私のためだった)

(私を危険に晒したくないから‥いざというとき、自分だけが犠牲になるように)

加賀

お前は‥俺といて、幸せか?

ここぞって時に、そばにいてやれねぇ

仕事を優先して、平気でテメェの前からいなくなる

‥そんな男でも、いいのか

(加賀さんは、いつも私を守ってくれた)

(私も、加賀さんを守りたい‥だから‥)

でも実際は、仕事でも精神面でも、加賀さんの支えに離れない。

こんなに、自分の力不足と無力さを感じたことはなかった。

(‥泣いてる場合じゃない)

こぼれそうになる涙を、ぐいっと乱暴に手で拭った。

(今、私にできること‥加賀さんのために、やれること)

(何かあるはずだ‥雑用以外にも、何かが)

それを探すため、報告書を書き終わると急ぎ足で寮へ戻った。

【訓練所】

翌日は、卒業認定をもらうのに必須の危険物所持犯捕獲実践が行われた。

これをクリアしなければ、本格的に卒業が危ない。

(今の私ができること‥まずは刑事になるために、無事に公安学校を卒業する)

(そのためには、講義や演習を頑張る‥一生懸命取り組む)

自分に気合を入れ直し、実践に臨む。

今回は鳴子、そして以前の演習で迷惑をかけた千葉さんと同じチームだった。

鳴子

「サトコ、頑張ろうね」

千葉

「よろしくな」

サトコ

「千葉さん、この前はごめんね。今日はミスしないように気を付けるから!」

実践が始まると、ふたりと連携を取りながら危険物を所持している設定の犯人を追う。

でも途中で、加賀さんが誰かと電話しているのを見つけた。

(実践中に電話‥?)

不意に、背後に誰かの気配を感じた。

銃を構えながら振り返り、ターゲットを仕留める。

千葉

「氷川、すごいな!この前は同じ方法でやられたのに」

鳴子

「今日、絶好調じゃない」

サトコ

「うん‥」

もう一度加賀さんを探すと、周りに気付かれないよう、さり気なく現場を離脱していく。

(どうして‥?今日の実践は卒業がかかってるから、教官たちも全員参加のはず)

(誰にも言わず、あんな風にいなくなるなんて)

鳴子

「サトコ?」

サトコ

「鳴子‥私‥」

千葉

「‥‥‥」

私の視線を追いかけた千葉さんが、加賀さんに気付いた。

千葉

「氷川‥今日の実践は、卒業がかかってる」

サトコ

「‥うん」

鳴子

「それでも、行くの?」

<選択してください>

A: この実践が終わったら

サトコ

「うん‥この実践が終わったら」

鳴子

「サトコがそれでいいなら、いいけど‥」

千葉

「これが終わるまで、結構時間かかるよ」

(そうだ‥その間に、加賀さんに万が一のことがあったら)

B: 行ってもいい?

サトコ

「‥行ってもいい?」

鳴子

「私たちに聞く前に、もう心は決まってたんじゃない?」

千葉

「というか、オレたちが『行くな』って言ったら、行かない?」

サトコ

「それは‥」

C: 後悔したくない

サトコ

「加賀教官よりも事件よりも、卒業することを選んで‥後悔したくないから」

鳴子

「でも、教官たちは甘くないよ。途中ですっぽかしたのがわかったら」

「もしかしたら‥本当に卒業できないかもしれない」

サトコ

「でも、加賀教官ひとりだったら‥いざというとき、誰も助けに行けない」

「この試験に合格しても、万が一‥」

(加賀さんに何かあったら‥私は一生、自分を許せない)

鳴子

「行っておいで」

サトコ

「え‥」

千葉

「氷川の刑事人生がかかってるんだろ?」

「一番大事だと思うものを、優先した方がいいよ」

「オレたちも一緒に‥って言いたいところだけど」

サトコ

「ううん、その気持ちだけですごく嬉しい」

鳴子

「私たちはこの実習を成功させて、その後教官に報告しとく」

「すぐ応援が行くはずだから、信じて行ってきな?」

サトコ

「ありがとう‥ごめんね」

背中を押してくれたふたりに見送られ、私も加賀さんを追って現場を離脱した。

【裏路地】

尾行は真後ろからじゃなくて対角線上から。

そうすれば対象者が戻ってきたりしたときにすぐ対応できる‥

基礎に忠実に加賀さんを尾行していると、携帯に着信が入った。

見覚えのある番号は、加賀さんのお姉さん、美優紀さんのものだ。

サトコ

「はい。氷川です」

美優紀

『サトコちゃん?まだ学校でしょ?こんな時間にごめんね』

『実は、花が保育園からいなくなったって連絡が来て』

サトコ

「えっ?」

美優紀

『兵吾が連れて行ったのかと思ったけど‥携帯がつながらないの』

『先生たちも、いついなくなったのかわからないほどだって‥何か知らない?』

(花ちゃんがいなくなった‥?でも、絶対加賀さんが連れ出したんじゃない)

気付かれない距離を保ちながら、加賀さんの尾行を続ける。

サトコ

「こっちでも調べてみます。何かわかったら連絡しますから」

美優紀

『ありがとう。すごく助かる‥』

不安なのか、美優紀さんの声にはいつもの元気がない。

急いで、東雲教官に連絡を取った。

東雲

何?突然実践から離脱した落第サン

サトコ

「すみません!お叱りならあとでいくらでも‥!」

「花ちゃんが、突然保育園からいなくなったそうなんです。調べてもらえませんか?」

「もし、加賀さんがいなくなったことと関係があったとしたら‥」

東雲

‥ちょっと待って

東雲教官は、実践中の訓練生全員の動きを把握するため、モニタールームにいる。

ほどなくして、携帯から東雲教官の声が聞こえてきた。

東雲

保育園の近くの防犯カメラに、それらしき子どもが映ってる

ただ‥男が一緒だ

サトコ

「男‥?」

(そういえばこの間、花ちゃんを迎えに行ったとき‥保育園の帰りに、怪しい人影を見た)

(まさか‥勘違いじゃなかった!?)

サトコ

「東雲教官‥加賀教官はどうして実践から離脱したか、何か言ってましたか?」

東雲

何も。モニターには映ったけど、余計な口出しすると怒られるから

サトコ

「花ちゃん、誘拐されたのかもしれません!」

「加賀教官を、おびき出すために‥!スナイパーとつながってる、テロ組織に!」

東雲

‥‥‥

室長に連絡しとくよ

サトコ

「お願いします!」

電話を切り、尾行を再開させる。

(さっきの電話‥加賀さんに、犯人グループからかかってきたものだとしたら)

(罠だとわかってても、加賀さんは花ちゃんを助けるためにひとりで行くつもりだ)

そう思ったときには、再び携帯を取り出していた。

石神教官の名前を呼び出すと、発信ボタンを押す。

石神

氷川、今どこだ。実践を放棄するなど‥

サトコ

「石神教官、申し訳ありません。今、加賀教官を尾行中です」

石神

なんだと?

サトコ

「加賀教官の姪っ子の花ちゃんが、テロ組織に誘拐された可能性があります」

「加賀教官は、花ちゃんを助けに行くためにひとりで行動してるのかもしれません」

石神

‥もしそうだとしても、こちらに報告しなかった、奴の落ち度だ

サトコ

「石神教官‥テロ組織を確保するチャンスです」

「私の携帯のGPSを東雲教官に追わせて、取引現場に応援を向かわせてください」

必死に懇願すると、石神教官がしばらく黙り込む。

その間にも、加賀さんはどんどん先へと進んでいった。

サトコ

「あのスナイパーは、過去、松田理事官に雇われていました」

「加賀教官は、仲間が亡くなった “あの事件” を追ってるんです」

石神

それぞれの事象が関連しているという証拠は、ひとつもない

サトコ

「でも、スナイパーの背後にいるテロ組織は、松田理事官の事件にも関与してるはずです!」

石神

他には?

石神教官の冷たい声が、電話の向こうから聞こえた。

石神

他に、すべてがつながっていると思う根拠はなんだ

サトコ

「それは‥」

(根拠‥?証拠‥)

(今、私が提示できるものは‥)

サトコ

「‥刑事の勘、です!」

加賀

俺は、何よりも自分の勘を信じてる

言った瞬間、加賀さんの言葉が蘇った。

(私、今‥加賀さんと同じこと言ってる)

(だけど、これに賭けるしかない‥勘、としか言いようがない)

石神

‥話にならないな

まったく相手にされず、電話を切られてしまった。

(でも、東雲教官が室長に連絡してくれてるはず‥)

(室長なら、動いてくれるかもしれない)

サトコ

「こうなったら、私ひとりでも、加賀さんを助ける」

「このままみすみす、ひとりで行かせたりしない!」

携帯を強く握りしめると、加賀さんの背中を追った。

to  be  continued

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