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加賀 ふたりの卒業編 7話

【倉庫】

加賀さんが向かった先は、もう使われていない古びた倉庫だった。

ここに来るまで、結局、教官や室長からはなんの連絡もない。

(でも、加賀教官を放ってはおかないはず‥今は、教官たちを信じよう)

加賀さんが、倉庫の中へと入って行く。

気付かれないように、私もそのあとを追った。

(いざというときのために、銃は構えておいたほうがいい)

(まずは加賀さんを驚かせないように合流して、花ちゃんを‥)

でも倉庫に足を踏み入れた瞬間、突然、後ろから手を取られた。

サトコ

「っ‥‥‥!」

捻りあげられて、壁に身体を押し付けられる。

(気配、感じなかった‥!)

(でも、抵抗しないと殺される‥!)

脚で脛を払い、少しバランスを崩したのを見逃さず、相手のこめかみに銃を突きつける。

薄暗い照明に浮かび上がったその顔は、加賀さんだった。

サトコ

「‥‥‥!」

加賀

ここで何してる

私を見ても驚いた様子もなく、加賀さんが舌打ちする。

サトコ

「か、加賀さん‥私に気付いてたんですか」

加賀

なんで来やがった

足引っ張るんじゃねぇ。死にてぇのか

周りに響かないように感情を押さえながらも、加賀さんの声はいつも以上に低い。

私がここへ来たことは、予想外だったのだろう。

サトコ

「すみません。だけど、何を言われても引き返しません」

「美優紀さんから電話が来ました。花ちゃんが行方不明だって」

加賀

‥チッ

サトコ

「加賀さんひとりで危険な目になんて、あわせません」

「私は、加賀さんの補佐官です‥何があっても、ついていきます」

今まで見たことがないほど厳しい視線に、身がすくみ上がる思いだった。

(でも、ここで怯んでたらテロ組織となんてやり合えない)

(加賀さんの補佐官は、こんなところで怖気づいたりしない!)

睨み返すように加賀さんを見つめると、ようやく腕の力が緩んだ。

加賀

‥忠犬には、程遠いな

サトコ

「ご主人様が間違ってたら、それを正すのも飼い犬の役目です」

加賀

言うじゃねぇか

‥絶対、生きて帰るぞ

サトコ

「もちろんです。花ちゃんも一緒に」

覚悟をこめてうなずくと、加賀さんが倉庫の奥へと歩き出す。

加賀

‥なんで追って来た

サトコ

「え?」

加賀

今日、俺がひとりで動く保証はねぇだろ

なんで実践を蹴ってまで、尾けてきた?」

サトコ

「それは‥刑事の勘、です」

石神教官に言ったことを、そのまま伝える。

私の前を行く加賀さんが、微かに笑った気がした。

加賀

それで落第してりゃ、世話ねぇな

サトコ

「ま、まだ決まってませんよ‥」

「あ‥加賀さん」

私の声よりも先に、加賀さんが前方の異変に気付いて歩みを止める。

倉庫の奥には椅子に縛られてぐったりしている花ちゃんがいた。

サトコ

「っ‥‥‥」

思わず飛び出しそうになる私を手で制すと、加賀さんが辺りに視線を配る。

私も冷静さを取り戻し、周囲に注意しながら用心深く花ちゃんに近づいた。

サトコ

「花ちゃん‥花ちゃん、大丈夫?」

「うーん‥」

(全然目を覚まさない‥薬で眠らされてる?)

(でもどこも怪我してない‥無事だ)

縄を解くと、花ちゃんを加賀さんに託す。

その直後、出入り口付近が騒がしくなり、複数の足音がこちらに迫ってきた。

加賀

‥おでましだな

サトコ

「足音からして、5人以上はいます‥!」

<選択してください>

A: 加賀さん、大丈夫?

サトコ

「私はいつでも行けます。加賀さん、大丈夫ですか!?」

加賀

誰に言ってやがる

(だって、花ちゃんを抱えたままじゃ)

でも私の心配などお構いなしで、加賀さんが花ちゃんを担ぎ上げる。

薬で眠らされている花ちゃんは、目を覚ます気配がない。

B: 投降しましょう

サトコ

「投降しますか?フリだけでも」

加賀

テメェ、捨てるぞ

敵に頭下げるなんざ、死んでもごめんだ

(加賀さんらしい‥けど、この状況で、ふたりだけで突破するなんて)

C: 応援を待ちましょう

サトコ

「きっと、東雲教官たちが応援に来てくれるはずです‥!それまで待ちましょう!」

加賀

クズが。向こうはそれでまってくれんのか

サトコ

「だけどっ‥」

加賀

俺たちだけで凌ぐ。今さら、泣き言は聞かねぇ

加賀

後ろから援護してやる

サトコ

「え?」

加賀

花を抱えた状態じゃ、分が悪いからな

テメェが先陣だ。一回やったから、できんだろ

確かに、千葉さんとペアを組んだ演習では、私が先陣を切った。

でも、あのときは凡ミスで失敗に終わっている。

(でも‥加賀さんは信じてくれてる)

(なら‥応えるしかない!)

テロ組織員A

「加賀と、もうひとりの女は?」

テロ組織員B

「誰でもいい。加賀を殺せという命令だ」

じりじりと、組織員たちが私たちを取り囲む。

加賀さんと背中合わせになり、小さく合図した。

サトコ

「‥行きます!」

準備していた銃で、一番近い組織員数人の足を撃った。

すべて命中した男たちが次々に地面に突っ伏すと、道が開けた。

サトコ

「加賀さん!」

加賀

走れ!

加賀さんは右、私は左の敵を撃ちながらさらに道を広げる。

背後から追いかけてくる敵には、わざと壁や天井を撃って気を逸らした。

加賀

その部屋に入れ!

途中の部屋のドアを開けると、花ちゃんを抱えて走る加賀さんを先に入れる。

組織員たちに向けて数発撃って牽制すると、私も部屋に駆け込んでドアを閉めた。

【部屋】

鍵をかけて、近くに置いてある棚などをドアの前に移動させる。

すぐには破られないようにバリケードを作ると、ようやくひと息ついた。

サトコ

「はぁっ‥はあ‥っ」

加賀

‥‥‥

サトコ

「じょ、冗談抜きで‥」

加賀

あ?

サトコ

「死ぬかと思いました‥」

その場に座り込みそうになる私を、加賀さんがクッと微かに声を出して笑う。

久しぶりに見た気がするその笑顔に、泣きそうなほど安心した。

サトコ

「花ちゃん、大丈夫ですか?」

加賀

ああ。ぐっすり寝てやがる

だが‥

花ちゃんを抱えたまま、加賀さんがドアの外に意識を向ける。

誰かが体当たりしているのか、ドアの前に置いた棚がぐらぐらと揺れた。

(このままじゃ、時間の問題だ‥ここから逃げる手立てを考えないと)

部屋には、窓がいくつかある。

近づいて外を見てみると、既に下には組織員たちが配置されていた。

加賀

逃げ道なし、か

サトコ

「なんとか、花ちゃんだけでも‥」

テロ組織員A

「この部屋か」

テロ組織員B

「ああ、ドアはちょっとやそっとじゃ破れないな」

テロ組織員C

「絶対に逃がすなよ。ボスに知られたら、殺されるぞ」

話し声とともに、部屋の前に集まってくるのがわかった。

テロ組織員D

「いっそ、部屋ごとハチの巣にするか?」

テロ組織員E

「殺せという命令しか受けてない。要するに、始末すればいいだけの話だ」

微かに聞こえてくる言葉に、加賀さんと顔を見合わせる。

(向こうはマシンガンくらい持ってるはず‥ハチの巣にするっていうのは脅しじゃない)

(でも、そうなったら逃げ場がない‥!)

加賀

多勢に無勢だな

サトコ

「そんな、のんきな‥!」

加賀

‥何があっても、お前と花だけは逃がしてやる

まるで自分自身にそう誓うように、加賀さんが声に出す。

(そんなの嫌だ‥加賀さんだけを、危険な目にあわせたりしない!)

決意した直後、室内の照明が全て落ちた。

サトコ

「え!?」

加賀

‥遅ぇよ

花ちゃんを抱きしめたまま、加賀さんが口の端を持ち上げる。

テロ組織員A

「おい、どういうことだ」

テロ組織員B

「わからない!誰か、原因を調べろ!」

加賀

そんな甘くねぇ

暗がりで、ニヤリと加賀さんが笑ったのが見えた。

その表情には、余裕さえ窺える。

(まさか‥この停電、東雲教官のハッキング!?)

(じゃあ、もしかしてもうすぐ‥)

その疑問に答えるように、部屋の向こうから銃声が聞こえてきた。

石神

警察だ!全員、武器を下して手を頭の後ろで組め!

後藤

ここは包囲した。速やかに投降しろ

(石神教官‥後藤教官!)

予想もしていなかった援軍に、嬉しくて肩の力が抜けそうだった。

サトコ

「加賀さん‥!教官たちが来てくれました!」

「よかった‥まずは花ちゃんの安全を確保しましょう!」

部屋から出るために、ドアの前の棚を移動させる。

銃を構えようとする私を止めるように、加賀さんが肩を掴んだ。

加賀

補佐官が上司を差し置いてんじゃねぇ

私に花ちゃんを預け、今度は加賀さんが銃を構える。

加賀

テメェは花の子守りだ

サトコ

「でもっ‥」

加賀

誰の心配してやがる

テメェにしてはよくやった。充分すぎる働きだ

サトコ

「加賀さん‥」

<選択してください>

A: 私も行きます

サトコ

「待ってください!私も行きます!」

加賀

黙ってここにいろ

サトコ

「だけど、ひとりでも多い方がいいはずです!」

加賀

花が目を覚ましたら面倒だ。いいから黙って従え

B: 花ちゃんについててあげて

サトコ

「いえ‥花ちゃんには、加賀さんがついててあげてください」

「花ちゃん、寂しがってましたよ。もう加賀さんは来てくれないかも、って」

加賀

‥あとでゆっくり、甘やかしてやる

今は寝かせとけ

(花ちゃんを託してくれるのは、加賀さんの私への信頼を証だって分かってるけど)

C: 褒めてくれるの?

サトコ

「それって‥褒めてくれてるんですか?」

加賀

そう思いたきゃ、勝手にしろ

(いつもこうやって、はぐらかされる‥)

(でも‥加賀さんの『よくやった』は、私にとって最大の褒め言葉だよ)

ドアに背中を預けて、加賀さんが向こうの様子を窺う。

私が花ちゃんを抱きしめるのを見届けると、一気にドアを開けた。

ドアの向こうでは、銃撃戦が繰り広げられていた。

教官たちだけでなく警視庁の刑事たちも加わってるぶん、人数的にはこちらが優勢だ。

(これなら、なんとか制圧できる‥)

(あとは、花ちゃんを避難させれば)

颯馬

サトコさん!

敵の狙撃をかいくぐり、颯馬教官が私たちのいる部屋に駆け込んできた。

颯馬

大丈夫ですか?

サトコ

「はい‥!花ちゃんを安全な場所に」

颯馬

ええ。貴女も避難してください

花ちゃんを抱えた颯馬教官が、ドアの方を避けて窓から外へ出ようとする。

そのとき、バーンとひときわ大きな銃声が響き渡った。

(な、何‥!?いったい誰が)

振り返ると、組織員たちの真ん中をゆっくりと、一人の男が歩いてくる。

どうやら、その男が天井に向けて一発放ったらしい。

「警察どもが‥邪魔しやがって」

組織員たちが、まるで男を守るように取り囲んだ。

石神教官たちも発砲を止め、テロ組織員たちの行動を注意深く見ている。

(あの男が、テロの首謀者‥?)

(じゃあこの間、あのビルに火を放ったのも)

「お前が加賀か」

加賀

だったらどうした

「なるほどな‥ガキのためにひとりで来るとは、どんな野郎かと思ったが」

加賀さんは動じることなく、男を睨みつけた。

(あの人が、松田さんを操ってた‥つまり、加賀さんの仲間を殺したのも、あの人だ)

(今回も、加賀さんが真実に近づきすぎたから、花ちゃんを使ってでも殺そうとした‥!)

「いつも、俺たちの前に現れやがって」

「たったひとりの男のせいで、綿密なテロ計画が台無しだ」

加賀

くだらねぇ計画がおじゃんになって、よかったじゃねぇか

「テメェらだけは、始末しねぇと気が済まねぇ」

「加賀‥テメェの大事なもんを、消してやるよ」

(‥花ちゃん!)

咄嗟に、花ちゃんを守ろうと振り返る。

でもすでに、颯馬教官が窓から花ちゃんを連れて脱出したあとだった。

(よかった‥!これで、加賀さんの弱みはもう‥)

「‥まさか、自ら飛び込んでくるとはな」

「ガキが使えねぇときには、力づくで女を連れて来ようと思ったが」

(女‥?)

男が持っている銃口が、私に向けられる。

頭が真っ白で、男の言葉をうまく理解できない。

「こんなことなら、最初からテメェを誘拐しときゃよかった」

「ふん‥鬼だ悪魔だと恐れられる加賀も、結局女の前じゃただの男だ」

(私が、加賀さんの弱み‥?)

石神

銃を下ろせ!

加賀

‥‥‥サトコ!

男から向けられる銃口に、咄嗟に動くことができない。

加賀さんが私の名前を呼んだとき、倉庫内に銃声が響き渡った‥‥‥

to  be  continued

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