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加賀 Season2 カレ目線1話

【居酒屋】

難波

加賀‥お前だったら仕事と恋愛、どっちを取る?

酒を酌み交わしながら、難波さんが不意にそう尋ねてきた。

しばらくはグラスの中で揺れる氷を見ていたが、顔を上げて難波さんに視線を向ける。

加賀

‥なんの話ですか

難波

いや‥お前だったら、どうするんだろうと思ってな

俺は仕事を取った挙句、失敗した男だからなぁ

確かに、難波さんは仕事が原因ですれ違い、離婚している。

この仕事をしていればよく聞く話で、別段珍しくもない。

難波

お前は、俺と同じ立場に立ったとき‥どういう選択をするんだろうな

まあ‥恋愛や家族を優先するってのは、なかなか難しいが

加賀

‥‥‥

(俺は‥どっちも、守ってやる)

(どっちかしか守れねぇ‥そう思えば、弱くなる)

仕事も、サトコも‥どちらも選べない。選ぶ必要はない。

このときは、そう思ていたーーー

【屋上】

(‥なんで今になって、あのときのことを思い出す)

(両方守ると‥そうできると、思ってたじゃねぇか)

サトコを撃った犯人は、煙幕に紛れて逃げた。

目の前には、腕から血を流して真っ青な顔をしたサトコが倒れている。

加賀

大至急、救護班を手配しろ。小料理屋の隣の、ビルの屋上だ

刑事

『何があったんですか?』

加賀

‥氷川が撃たれた

撃ったのは、確保したのとは別の男だ

指示を出しながらも、サトコから目を逸らせない。

応急処置で自分のシャツの袖を破り、サトコの腕に巻いて止血した。

サトコ

「加賀‥さん‥」

加賀

喋るな

サトコ

「だい、じょう‥」

大丈夫、という声が、はっきりと聞こえない。

いつもの能天気で呑気な笑顔が、目の前で消えてしまうような恐怖を覚えた。

(‥犯人の野郎は、まだ近くにいる)

(このまま追えば、間に合う‥追いつける)

なのに、血まみれのサトコの手を離すことができない。

逮捕への道に保険をかけるなど、自分らしくないこともわかっていた。

(だが‥指示は出した)

(待機してる奴が追っても、さほど差はない‥)

普段の自分なら、目の前で仲間がひん死の状態だろうと仕事を優先させてきた。

“仲間殺し” ---その異名を、否定するつもりもない。

難波

加賀‥お前だったら仕事と恋愛、どっちを取る?

お前は、俺と同じ立場に立ったとき‥どういう選択をするんだろうな

犯人が逃げた扉を振り返る。

そしてまた、サトコに視線を戻した。

(くそっ‥くそ!)

サトコ

「加賀さん‥犯人‥は‥」

俺に手を握られたままのサトコが、小さく小さくつぶやいた。

サトコ

「加賀さん‥犯人‥!」

「行って‥ください‥!」

加賀

‥‥!

サトコ

「加賀さんの‥手、で‥」

加賀

---

強くサトコの手を握りしめて、その力を緩める。

そして‥すべてを振り切るために、立ち上がった。

加賀

‥必ずつかまえて、戻ってくる

サトコ

「は、い‥」

「私‥加賀さんを、信じ‥て‥」

加賀

っ‥‥

救護隊が近づいてくる音を確認して、屋上の出口へ向かう。

するとちょうど、奥野とかいう男が駆け上がってくるのが見えた。

奥野

「長野!」

加賀

‥‥‥

俺に気付いた奥野と、視線が交差する。

だがそれも一瞬で、すぐに犯人確保へと走り出した。

奥野

「待てよ!あんた、なんで‥」

「コイツを置いていくつもりか?恋人だろ!?」

サトコ

「奥野、さ‥」

奥野

「長野、大丈夫か‥!?救急車は!?」

加賀

もうすぐ救護班が来る

‥それまで、頼む

サトコ

「か、が‥」

奥野

「あんた‥それでいいのかよ」

「自分の女が、こんなっ‥」

(---いいわけねぇだろ)

その声を飲み込み、きつくこぶしを握りしめた。

(‥どっちも、守れると思った)

(捨てるものなんざ、ねぇ‥そう思ってた)

加賀

一人の男である前に

‥俺は、刑事だ

奥野が息を呑む音が聞こえる。

俺はサトコを振り返ることなく走り出した。

(男である前に、俺は刑事だ。何があってもそれは変わらねぇ)

(‥大事な女にも、背を向ける)

自分は、そういう人間だ。

結局‥そういう人間だったのだ。

(他の男に、任せるなんざ‥)

(俺が守るって、決めたのに)

今は犯人確保に集中するため、奴の痕跡をたどってひたすらに走り続けた。

【病室】

犯人を確保したあと、サトコが入院している病院を訪れた。

病院のベッドに横たわり点滴を受けているサトコは、腕の包帯以外にもよく見れば傷だらけだ。

(犯人とやり合ったときに、ついたか‥)

(‥女なのに、傷つけちまったな)

サトコの呼吸は安定していて、思わずホッと息を吐く。

麻酔で眠らされているらしく、近づいても目を覚まさない。

加賀

俺は‥もし目の前でテメェが死ぬかもしれねぇって時

‥テメェを見殺しにしてでも、公安刑事としての仕事を全うする

さっき、サトコに背を向けてからずっと考え続けてきたことだ。

ぽつりぽつりと、まるで懺悔するかのように、眠るサトコにこぼす。

加賀

‥大事な女一人、守れねぇ

俺は‥無力だ

それは、誰に向けて言った言葉でもなかった。

サトコには当然聞こえていないだろうし、こんな言葉は情けなくて聞かせられない。

サトコ

「‥‥‥」

「っ‥‥」

だがまるで俺の言葉が聞こえたかのように、サトコの唇が微かに動いた。

でもそれも一瞬で、すぐに静かな寝息へと変わる。

(‥生きてさえいればいい)

手を伸ばし、サトコの頬に触れる。

もう数えきれないほど撫でて、つねって、つまんできた肌。

(柔らかさも、感触も‥全部覚えてる)

(テメェが俺に、こんなにも刻み付けた)

もしかして、この触れ合いもこれが最後になるかもしれない。

決して手放さないと誓ったのに、それは思っていたよりもずっと困難だった。

(生きてさえくれれば‥)

(‥たとえ、他の男に守られることになっても)

こんな弱気になる日が来るとは、夢にも思わなかった。

自分の考えを覆してでも守りたいと思ったのは、サトコが初めてだった。

(テメェが‥最初で最後だ)

二度と、そう思える女には出会えないだろう。

だからこそ、サトコにとって最善の方法を考えなければならない。

(そばに置いておきてぇ)

(手の届くところで、刑事として、女として成長していくテメェを見守るつもりだった)

だが、今回の件でその気持ちが揺らいでしまった。

自分の隣で同じように事件に関わらせれば、いつかサトコを死なせてしまうかもしれない。

(そうなったとき‥俺は、後悔せずにいられるか?)

(刑事として、男として‥割り切れるのか)

いくら考えても、答えは出ない。

サトコの姿を目に焼き付けるため、ただただ、そばについていた。

to  be  continued

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