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大人の余裕が尽きるとき 石神4話

カレ目線

【空港】

(ようやく会えるな‥)

2ヶ月ぶりの帰国に、自然と心がはやる。

(結局最後はドタバタとしてしまい、連絡もろくにできなかった)

早く会いたいと思いながら到着ゲートを抜けると、そこに会いたかった人の姿が見えた。

(サトコ‥!)

目が合い、どちらも少し足早に近づく。

目の前まで来ると、サトコは笑顔で俺を見上げた。

サトコ

「おかえりなさい」

石神

ああ

(‥それだけか)

(思ったよりさっぱりした反応だな)

意外と淡白な出迎えに、少し拍子抜けする。

(しかもなんだか笑顔が冴えないというか‥)

サトコらしい弾けた笑顔を期待していただけに、若干の違和感を覚えた。

石神

元気がないようだが、何かあったのか?

サトコ

「‥‥!」

不意にサトコがパッと驚いたような顔を向けた。

(しまった‥今のも過保護な言動だったか)

石神

‥いや、もし言いたくないならいいんだ

サトコ

「‥‥‥」

干渉しすぎは良くないと思って言ったものの、サトコの表情に再び影が差す。

(ここは男としてどうするべきか‥)

悩む俺の頭の中で『お父さんみたい』というサトコの声がこだまする。

(お父さんみたいと思われないためには‥どう言ったものか‥)

『ちょっと放し飼いにするくらいがいいよ~女の子は』

(そうか、放し飼いか‥)

ジムの言葉を思い出し、

浮かない顔のサトコを敢えてこのままそっとしておこうかと思ったその時‥

サトコ

「金髪‥」

(ん?)

突然サトコの口から小さな声がこぼれた。

サトコ

「金髪美女なんですか、やっぱり‥?」

(!?)

俯きかけたサトコが、泣きそうな顔になっている。

(な、なんでそんな顔をする‥‥急にどうした)

サトコ

「やっぱり、超セクシーな‥」

(これは一体‥)

サトコ

「仕事もデキる、フジミネコみたいな美女に‥」

石神

‥‥何の話だ?

サトコ

「いいんです‥!」

(い‥)

(いいって、何がだ‥!?)

サトコ

「いっ、いや、やっぱりダメです‥!」

石神

‥サトコ?

サトコが放つ言葉が、ことごとく理解できない。

(あいつらにもう少しアドバイスをもらっておくべきっだったか‥‥?)

悲しげな顔で頭を抱えるサトコに、俺は何も聞けなくなった。

【石神マンション】

(そういうことだったのか‥)

気まずい空気のまま帰宅したものの、久しぶりに2人で過ごす時間にホッとしたのか、

サトコは心にため込んでいた不安を話してくれた。

(まさか俺の不干渉がサトコを不安にさせていたとは‥)

石神

よそよそしくしたわけではない

サトコ

「でも、女の人が甘えた声で‥」

石神

キャサリンのことだな

彼女は現地の同僚で、誰にでも平気で抱きついたりするんだ

サトコ

「誰にでも‥ですか?」

石神

ああ。過剰なスキンシップは彼女の癖のようなものだと、皆が認識している

半信半疑の顔をしつつ、サトコは更に質問を投げかけてくる。

サトコ

「じゃあ最近、私の興味がなくなったのは‥?」

石神

興味がなくなった?

サトコ

「私が何を言っても無関心そうというか‥」

「前みたいに‥その、あまり気にかけてくれてないというか‥」

石神

それはお前‥

サトコ

「?」

(『お父さんみたい』と言われたことを気にして‥とは、さすがに言いづらい‥)

(しかし、サトコの誤解をきちんと解いておきたい‥)

そう思った俺は、意を決して本音を明かすことにした。

気恥ずかしさを隠すように、眼鏡をかけ直すフリをしながら呟く。

石神

‥お前が『父親』などと言うからだろう

サトコ

「えっ!?」

驚いた顔をしたサトコは、すぐに神妙な顔になった。

サトコ

「ごめんなさい、私そういうつもりじゃなくて‥」

「石神さんがいいお父さんになりそうだなって思っただけです」

「いい意味でっていうか、優しくてあったかい感じが素敵だなって思って‥」

石神

‥そうなのか?

サトコ

「はい‥お父さんになったときの石神さんの姿を想像したら、なんか微笑ましくて」

(‥それで笑ったのか)

サトコ

「『困ったことがあればいつでも連絡しろ』って言ってくれて、すごく嬉しかったです」

(嬉しかった‥)

サトコ

「『お前は少し頑張りすぎるところがあるから』って‥」

「私のこと分かってくれてるんだなって思えて」

石神

そう‥だったのか

サトコ

「誤解させるような言い方してしまって、ごめんなさい」

石神

いや‥俺の方こそ、余計な心配をさせて悪かった

お互いが誤解を招く言動をしてしまったが故のすれ違いだったらしい。

(しかし、サトコのことを少し考えれば分かることだろう‥)

(いい歳して “親扱い” に過剰反応するなんて)

自分の余裕のなさを恥じて苦笑するも、どこかくすぐったい気持ちになる。

(俺がそんな風になってしまうのも、サトコ相手だからこそだ‥)

サトコが唯一無二の存在であることを改めて実感し、一人密かに満足する。

(お互いの誤解で生じたすれ違いも、今となっては笑い話だな)

そう思ったものの、サトコの顔に笑みはない。

驚いているような、意外そうな顔で俺を見ている。

石神

‥なんだその顔は

サトコ

「あ、いえ‥石神さんがそういうことを気にするなんて思ってもみなかったから‥」

(サトコは未だに分かっていないらしいな‥)

(俺がどれだけお前に惚れているかということを)

まっすぐに俺を見つめるサトコを見つめ返しながら思う。

(俺の愛情は、そんなに伝わりにくいのか‥)

探るようにサトコの瞳を見る。

視線を合わせたまま、俺はゆっくりと顔を近づける。

石神

‥お前の “恋人” でいたいからな、俺は

優しく諭すように言いながら、そっとサトコの唇に口づけた。

(不安にさせてしまって悪かった‥)

反省の意も込め、柔らに包み込むようなキスをする。

父親が子どもにするようなキスとは全く違う、一人の男が愛する女へ贈る特別なキスを。

サトコ

「‥あの‥石神さん」

石神

サトコ

「‥抱きついても、いいですか?思いきり‥ぎゅっとしたいです‥」

恥ずかしそうに言いながら、サトコが俺を見上げる。

サトコ

「本当は空港でしたかったんですけど‥拒まれたらって思うと、できなくて‥」

(まったく‥)

いじらしいほどの健気さに、グッと胸を掴まれる。

どこまでもしおらしく、頑張り屋なサトコが、愛おしくてたまらない。

(本当に、どれだけ俺を翻弄すれば気が済むのか‥)

俺は思わず自分からぎゅっとサトコを抱きしめた。

(そんな素直な気持ちをぶつけられたら、俺だって我慢できなくなる‥)

溢れ出す想いを込めるように抱きしめると、サトコの手が背中に回ってきた。

ぎゅっと強く、俺の愛に応えようとするかのように。

石神

安心しろ、俺にはお前だけだ

サトコ

「‥はい」

(サトコ‥)

その潤んだ瞳を見た途端、押さえていた感情が弾けた。

ほとんど衝動的にサトコの唇を塞ぐ。

サトコ

「んっ‥」

(サトコ‥俺はこんなにもお前が愛しくてたまらない‥)

(向こうではサトコのことばかりを思い出していた‥もちろん浮気する暇もないくらいな)

言葉にしきれない想いを伝えるように、何度も何度もキスをする。

自分の愛がどれだけのものか、少しでも分かってもらいたくて。

石神

‥伝わってるか?

思わずキスを止めて確かめる。

でも、またすぐにその唇に吸い寄せられる。

(俺の愛情は伝わりにくいかもしれないが、嘘も偽りもない)

(俺には‥お前しか見えていないも同然だ)

想いを伝えようとするあまり、どんどんキスが激しくなってしまう。

サトコ

「ん‥石神さん‥」

石神

逃げるな‥

一度離れかけた唇を、俺は強引に引き戻す。

サトコ

「んっ‥!」

息を上げ、少し苦しげな表情を見せながらも応えようとしてくれる。

そんなサトコが、愛おしくてたまらない。

サトコの言葉ごと絡め取るように、熱を差し入れた。

湧き上がる情熱に突き動かされるように、キスはどんどん深くなっていく。

(もう止められない‥)

サトコ

「あっ」

俺はそのまま優しくサトコをソファに押し倒した。

石神

‥欲しい

サトコ

「‥‥!」

思わずこぼれたストレートな言葉に、サトコは一瞬驚いた顔をした。

でもすぐに、その表情が和らぐ。

サトコ

「私も‥同じ気持ちです‥」

石神

頬を染め、恥ずかしそうに言うサトコに、大きく鼓動が跳ね上がる。

(‥俺の理性を奪うのは、お前だけだ)

柔らかなその身体に身を沈めた俺は、

既に完全に大人の余裕を失っていた‥

Happy  End

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