カテゴリー

大人の余裕が尽きるとき 難波2話

カレ目線

【ベランダ】

サトコが電話を始めたのを機に、俺はベランダに出た。

タバコに火を点け、溜まった疲れと一緒に煙を吐き出す。

(今日はサトコのお陰でいい休みになったな‥)

(サトコも久しぶりにのんびり過ごせたし‥)

部屋の中をチラリと見ると、サトコは楽しそうに電話で話を続けている。

(俺が構ってやれないのを分かってるからあいつも無理は言わないが)

(本当は今日だって遠出したかったんだろう)

(ずっと寂しい思いさせてるし、できればまた旅行にでも連れてってやりたいが‥)

考えていると、電話を終えたサトコがベランダに出てきた。

サトコ

「すみません。ヒロヨからでした」

難波

ああ。今日の子か~

サトコ

「さっそく声掛けてもらっちゃいました」

サトコは随分と嬉しそうだ。

これまでの休日、俺が休めなくて相当寂しかったのかもしれない。

(来週末なら何とかなるか‥)

難波

俺も考えてたんだけどな‥

来週末、久しぶりにまた温泉でも行かないか?

サトコ

「え、来週末‥?」

決意の提案だったが、サトコの表情が予想外の戸惑いに揺れた。

難波

別に、温泉じゃなくてもいいんだが‥

サトコ

「そ、そうじゃないんです。温泉、行きたいんですけど、来週は‥」

難波

悪い、用事があったか

そりゃ、いくらなんでも急だよな

間の悪さを埋めるように、灰皿に煙草を押し付ける。

サトコ

「すみません。さっきまでは空いてたんですけど‥」

難波

もしかして、今の電話か?

サトコ

「同窓会をしようって話になって‥」

難波

おお、同窓会か。それは行かないとだな

サトコ

「でも‥」

難波

何迷ってんだよ。10年以上ぶりなんだろ?

俺の方はまた都合付けるから、行って来いよ

サトコ

「‥はい」

サトコは遠慮がちながらも、最後にはしっかりと頷いた。

(同窓会か‥やっぱりそういうのって、男も来るんだよな‥)

イケメンの若い男たちに囲まれるサトコの姿を思い浮かべ、

暗澹たる気持ちになる。

(思い出ってやつは手強いからな‥)

(思い出を共有しつつ同年代トークなんて、盛り上がるに決まってる)

(男勝りの女の子がこんなに女らしくなってたら、絶対色んなヤツが声掛けてくるぞ)

(しかもこの笑顔だ。気があると誤解されて言い寄られてフラフラと‥なんてことは‥)

気が付くと、2本目の煙草に火を点けていた。

(おいおい、大丈夫か、俺‥いくらなんでも心配し過ぎだろ)

難波

フッ

過保護すぎる年上の男なんて、うっとうしいだけだ。

思わず苦笑してしまい、サトコが不思議そうに俺を見た。

サトコ

「どうかしました?」

難波

いや、若いっていいなと思ってな

サトコ

「なんですか?それ」

難波

一番面白い時期だってことだよ

思いがけないヤツが思いがけない仕事してたり

ダメダメだったやつが一転エリートになってたり

サトコ

「確かに、ありますよね。そういうの‥」

難波

今しか味わえない時間なんだから、楽しんで来いよ

サトコ

「‥はい。ありがとうございます」

いつも通りに何でもない風を装って言うと、サトコはようやく笑顔を浮かべた。

(俺も素直じゃねぇな‥)

(この歳になると、自分の気持ちを隠すのばかりがどんどん上手くなっちまう)

素直になりたい気持ちと大人な分別との間で、俺の本音が行き場を失う。

もどかしさを感じつつも、俺は結局、今まで通りに大人の分別に従うことにした。

【学校 カフェテラス】

週明け。

昼休みに黒澤と食堂に行くと、サトコと佐々木と千葉が昼ご飯を食べていた。

サトコ

「今年のアオデミー賞間違いなしって、すごい話題らしいよね」

千葉

「そうそう、俺も今、その映画に注目してるんだ」

鳴子

「へえ‥2人とも、詳しいね」

どうやら、最新のハリウッド映画の話で盛り上がっているらしい。

(サトコ、ああいう映画が好きなのか‥)

俺は定食の列に並びながら、3人の会話を聞くともなしに聞いていた。

千葉

「俺たちの仕事に関わる話だし、佐々木もきっと興味持つと思うけどな」

サトコ

「そうだよ、鳴子。今度一緒に観に行かない?千葉さんも一緒に」

千葉

「え、俺も一緒でいいの?」

サトコ

「もちろん。千葉さんの感想、聞いてみたいし!」

難波

‥‥‥

(なるほど‥相手が同級生の男だとサトコもあんな風にはっきりと言えるんだな)

(これが俺相手だったら、サトコは俺が『行くか』って言わなきゃ誘ってこないもんな)

サトコの様子を見ていて、普段は俺にどれだけ遠慮しているのかがよく分かった気がした。

(年上だから趣味が合わないかもとか、いろいろ思ってるんだよな、きっと‥)

自分も同じようなことを思ってサトコを誘うのをためらったことがあるだけに、

サトコの気持ちはよく分かる。

(でも、こうして改めて実感すると寂しいもんだな)

(俺にもあんな風に我儘でも要望でも言ってくれればいいんだが‥)

モヤモヤと考えているうちに、黒澤はさっさとサトコたちの近くの席に座ってしまった。

俺も仕方なく、黒澤と向かい合って座る。

鳴子

「ええっ、じゃあ、その同窓会に初恋の相手が!?」

難波

突然聞こえてきた佐々木の大声に、思わず耳がピクッとなった。

目の端で、サトコが動揺しているのがよくわかる。

サトコ

「鳴子、声が大きいってば!」

鳴子

「でも、これはただごとじゃないよ?だって、初恋だよ?再会だよ?」

(そうか‥初恋の相手か‥)

週末のあらぬ妄想が再び湧き上がる。

(うかつだったか‥?)

黒澤

失礼ですがその話、詳しく聞かせてもらってもいいですか

(黒澤‥?)

思わず切り込みをした黒澤に一瞥くれた。

(コイツ‥突然何を言い出すんだ?)

(よりによってこの俺の前で、サトコの初恋相手の話を聞き出すつもりか?)

鳴子

「やっぱり聞き捨てなりませんよね?」

黒澤

ええ、全く聞き捨てなりません。同窓会で初恋の相手に再会なんて‥

言いながら、黒澤ちゃっかりとサトコたちの隣に席を移動する。

黒澤

それで、サトコさんはどうされるんですか?

サトコ

「ど、どうって‥?」

黒澤

サトコさんは最近ますます魅力的になられましたからね

その初恋の相手も悩殺してしまうかもしれませんよ

サトコ

「そ、そんなことは‥!」

難波

‥‥‥

(悩殺ってお前‥)

過去に介入しすぎない方が2人のためだと思ってなるべく聞き流そうとするが、耳に入ってくる。

鳴子

「いいなぁ、サトコ!同窓会って、そうじゃなくても恋が生まれやすいって言うじゃない?」

黒澤

同窓会マジックですね!室長はどう思われますか?

難波

は?俺か?

(振るなよ、俺に‥)

難波

あー、マジックね、マジック

サトコ

「そんなのないですからっ!」

適当に答えた俺に、サトコがムキになった様子で言い切った。

(あ、やっちまった‥)

【室長室】

♪ ~

夜になって、サトコから電話が入った。

難波

どうした?

サトコ

『同窓会のこと、ちゃんと説明しておきたくて‥』

難波

いいよ別に、説明なんて‥

また思ってもいないことがすらすらと口をついて出た。

サトコ

『あの、初恋の人とは言っても小学生の時の話で!』

『ずっと忘れてましたし、もちろんお付き合いだってしてないんです、だから‥』

サトコの懸命な説明に、さすがに俺の気持ちのモヤモヤも吹き飛んだ。

それと同時に、少しでも妬いてしまった自分を恥ずかしく思う。

難波

分かった、分かった‥

別にそれくらいのことでいちいち気にしたりしないから、そんなに必死にならなくても平気だぞ

サトコ

『そ、そうなんですか‥?』

難波

ああ

サトコ

『じゃあ、いいんですか?行っても‥』

難波

もちろん

(とはいえ、男は初恋の相手ばかりじゃないからな‥)

一瞬不安がよみがえりかけるが、

ここは大きな気持ちで背中を押してやるのが大人の分別というものだ。

難波

そんなの俺に確認する必要ないだろ?

お前が行きたいなら、行けばいいんだよ

(いくらなんでも、オッサンが若者の同窓会に口出しって‥ダサすぎるだろ)

サトコ

『‥ですよね』

自戒を込めて苦笑するが、なぜかサトコの声は暗かった。

【屋上】

(サトコ、なんか暗い声出してたな‥)

電話を切ったあと、俺は屋上で煙草をふかしながら考えた。

サトコのちょっとした変化にいちいち一喜一憂してしまう。

気が付けば、灰皿にこんもりと吸殻が溜まっていた。

難波

いけね‥いつの間にこんな‥

(余裕ねぇな‥俺‥)

思わず苦笑した。

サトコを好きになればなるほど余裕が減っていく。

取り繕ってはいるけれど、これが俺の現実だ。

【廊下】

屋上から降りてくると、少し前を千葉と佐々木が歩いていた。

千葉

「俺だったらちょっと心配だな。彼女が同窓会に行くって言ったら‥」

難波

鳴子

「じゃあ、行くなって言えばいいのに」

千葉

「でも、それもちょっと‥」

(そうなんだよ‥わかる、わかるぞ、千葉!)

鳴子

「分かってないね、千葉くんは」

「一応さ、心配して欲しいのが乙女心なの!」

難波

!?

鳴子

「行くなって言われるのは嫌だけど、嫉妬くらいはして欲しいんだよ」

(‥それじゃもしかして、サトコも)

複雑な乙女心に思考を巡らせながら、窓の外の濡れた夜空に目をやった。

to  be  continued

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする