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やさしい嘘を零すとき 東雲2話

カレ目線

【脱衣所】

サトコを寮に帰してから、猫を連れて脱衣所に入る。

(これだけ小さいと目が離せないし‥)

東雲

すぐ出て来るから、ここにいて

【バスルーム】

(それにしても、まさかオレが拾う羽目になるとはね)

実家には猫がいるけれど、飼い始めたのはオレが家を出た後の話。

(猫の世話なんて、両親からちょっと聞いた程度だし)

(ちゃんと面倒見れるか心配だったけど‥)

そんなオレがこの猫を拾ってしまったのは‥

子猫

「ニャ~」

子猫特有の細い鳴き声と、カリカリと壁を引っ掻く音。

(随分懐かれたな)

(実家のミケコには未だに威嚇されるのに)

ちょっとおかしく思いながらドアを開ける。

東雲

どうしたの‥

って、うわっ

子猫はドアの僅かな隙間から飛び込んでくる。

子猫

「!?」

途端に出しっぱなしのシャワーに当たって、世にも哀れな姿になった。

子猫

「ニャーッ!!」

パニックになって暴れる姿に、ついため息が出た。

(やっぱそうなると思った‥バカ?)

東雲

ほら、出な。ここにいるともっと濡れるよ

オレも一緒に出て乾かしてあげるから‥

って、痛っ!

ちょっと、なんで噛むの‥

子猫

「ニャーッ!」

よく見るとただ噛みついている訳じゃなく、オレをドアの方へと引っ張っている。

東雲

オレを助けようとしてるの?

オレはキミと違って、濡れても平気だから

って、言ってもわかんないか‥

小さな子猫がオレを風呂場から連れ出そうとする。

その必死な様子が誰かと重なった。

(やっぱり似てる)

(オレの為にいつも走り回ってる、あの子に)

あの時、教官室で『オレが面倒見ます』なんて言ってしまったのもそうだ。

必死で自分についてくる姿が、あの子と重なって見えたから。

(一度そう思ったら、もう負けだよな‥)

(‥本当はあの子がいつもの正義感で何とかするとか言うかと思ったけど)

腕を伸ばしてシャワーを止めると、猫はようやくオレの手を放した。

子猫

「ニャッ」

東雲

誇らしげに胸張ってる場合じゃないでしょ

オレもキミも、早く乾かさないと。おいで

抱き上げた猫が裸の胸にしがみつき、そのまま肩へとよじ登った。

東雲

いたたっ、ちょっと、降りて。早く

爪、食い込んでるから。痛いから!

子猫

「ニャ~」

濡れてひと際細くなった尻尾が、ピチッと顔を叩いた。

(ホント、何してんだか‥)

【脱衣所】

猫と自分の身体をざっとタオルで拭い、容赦なくドライヤーの風を当てる。

予想通り暴れる猫が、オレの腕に無数の引っ掻き傷を作った。

東雲

キミって本当に容赦ないね

ぶつくさとこぼすオレに、猫は「ニャッ」と鋭く鳴いた。

(絶対普段ならどこで何してたかもわからない野良猫なんて拾わないのに‥)

(怠‥)

しかも、あの子と違って意思疎通ができるわけでもない。

(前途多難もいいとこだよな‥)

【リビング】

けれども、あの子と重ねて見ているせいだろうか。

数日経ってくると、オレの心境も少しずつ変わってきた。

(だんだん可愛く見えてきた気がする‥)

(いやいや、里親を見つけるまでだし)

離乳食を与えてからトイレのチェック、それに毛並みや動きも確認。

(元気に動いてるし、体重も増えてるし)

(顔もわりと可愛いし愛嬌あるから、里親もすぐに見つかるかな)

毛布の下に隠した猫じゃらしに、子猫はすぐ食いついてくる。

けれども、隙を見てさっと背中に隠すと、いつまでも気付かず首を傾げているのだった。

(オレが腕を隠してる時点で気付けって!)

(こういう、見え見えのいたずらに引っかかるところとか‥)

(ほんとバカ)

(こういうとこ似すぎでしょ)

【スーパー】

次の週末。

サトコ

「あ!これ、猫ちゃんに良さそうですね」

一緒に入ったスーパーには、猫のエサがずらりと並んでいる。

サトコ

「もう少し大きくなったら、ごはんも変えなくちゃですね」

東雲

そう?気が早いと思うけど

サトコ

「それが、そうでもないらしいですよ」

「うちの母、子猫から育てたことがあるんですけど」

「あっという間に大きくなって、びっくりするよって言ってました」

東雲

へぇ‥

もしかして、キミも前に飼ってたの?

サトコ

「あ‥はい、実家で」

「て言っても、もういないんですけどね」

「私が生まれる前からウチの親が飼ってた猫で‥」

「一緒に遊んだりしたんですけど、私の小さい頃に病気でお別れしなくちゃいけなくて」

「その時すごく悲しかったこと、今でも妙に覚えてて‥」

(‥もしかして、それでもう動物は飼わなくなった?)

サトコ

「父や母にとっても同じだったらしくて、もう動物は飼ってないんですけどね」

(ふうん、やっぱりね)

(あぁ、だからか)

教官室で、拾った猫の処遇を話し合った時のことだ。

いつもお節介なサトコが、あの時に限って何も言おうとしなかった。

(心配そうな顔はしてたけど‥)

(いつもなら真っ先に手を上げるのにって、不思議だったんだよな)

サトコ

「‥なんて、暗い話でしたね。すみません」

東雲

いや、別に。聞いたのオレだし

サトコ

「そういえばあの子、名前とか決めないんですか?」

東雲

決めない。だっていらないでしょ

オレが飼う猫じゃないんだし

サラッと答えたけど、本心は別だ。

(近い将来にオレの元から離れる猫なのに)

(名前なんてつけたら‥)

それこそ情が移って離れがたくなってしまう。

(‥そんなこと考える時点で、もう手遅れか)

捨て猫にオレがこんなに入れ込むなんて、どうかしている。

きっと、誰かさんに浸食されてしまったせいだろう。

そうとはわかっていても‥

撫でられて目を細める顔や、お腹を見せて転がる姿。

たとえ離れても、いつまでも覚えているに違いなかった。

必要なものを揃えたことを確かめ、オレたちは家路につく。

サトコ

「あの子、いい子にしているといいですね」

東雲

寂しがって泣いてないといいけどね。誰かさんみたいに

サトコ

「なっ、私は泣いたりしませんよ!」

東雲

どうだか

【東雲マンション】

それから数日が経ち、彼女は実地訓練の準備に入った。

訓練とはいえ実際の現場で行うため失敗は許されず、卒業の査定にも関係する重要なものだった。

東雲

そんなに謝らなくていいから

サトコ

『でも‥』

東雲

キミは訓練生。本分は勉強

また来られるようになるまで、猫のことはオレが責任持つから

サトコ

『すみません‥よろしくお願いします』

しばらく世話を手伝えなくなったという彼女からの電話。

電話の向こうで何度も謝るのをなだめ、ようやく会話を切り上げる。

(心配しなくても、ちゃんと面倒見てるし)

東雲

これ、好きでしょ

猫じゃらしで遊ぼうと誘う。

けれども、子猫は乗り気じゃないらしい。

(遊び疲れたのかな。それとも猫じゃらしに飽きた?)

東雲

明日、新しいおもちゃ買ってこなきゃ

とりあえず何か遊べるもの‥

あちこち探して、もう使わなくなったスニーカーを見つけた。

(かなり前に洗って、それきりだったっけ)

(これなら中に隠れるのに丁度いいかも)

スニーカーはリビングの隅に置いておくことにした。

東雲

ご飯だよ。おいで

子猫

「ニャ」

いつもの離乳食を皿に入れ、パソコンの前に陣取る。

里親になってくれる人をネットで募集しているのだ。

(変な奴には任せられない。慎重に吟味しないと)

カチ‥カチ‥

ふと見ると、スニーカーに子猫が早速潜り込んでいた。

眠そうに、ゆっくりとまばたきをしている。

東雲

気に入ったみたいだね

(お腹いっぱいで眠いのかな)

静かにしていようと思った途端、無粋にも携帯がうるさく鳴った。

画面を見てみると‥

(げ‥よりによって)

東雲

‥もしもし?

黒澤

お疲れ様です、黒澤です!今いいですか?

東雲

ウザ‥声でかすぎ

(こうしてコイツと話してると)

(冬眠してるのに無理やり起こされたクマの気持ち、ちょっと分かる‥)

黒澤

そういう歩さんはどうしていつもテンション低いんですか

ひょっとして、血圧低いとか?オレ、いいサプリ知ってますよ!

東雲

いらない。早く用件言って

黒澤

もう、冷たいなあ

実は先日から追ってるX国の件で、ちょっとした情報が‥

用事が終わったんだから切ればいいのに、黒澤は呑気に続ける。

黒澤

猫ちゃんどうしてます?やっぱりかわいいですか~?

東雲

まあ、ぼちぼち‥

黒澤

ははあ‥

東雲

黒澤

歩さん、意外と猫ちゃんに満更でもなさそうですね!

東雲

‥‥

(だから、どうして変なところで鋭いんだって‥)

うんざりしながら視線を巡らせる。

なぜか、猫が入っているスニーカーが目に留まった。

(‥ん?)

to  be  continued

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